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コロナ後にブランドビジネスはどう変わるのか D2Cモデルの可能性 Takram・佐々木康裕さん×博報堂・岩嵜博論 ビジネスデザイナー対談(後編)
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コロナ後にブランドビジネスはどう変わるのか D2Cモデルの可能性 Takram・佐々木康裕さん×博報堂・岩嵜博論 ビジネスデザイナー対談(後編)

D2Cの本質は、ブランドのパーパスやフィロソフィーを高純度でダイレクトに生活者に届ける点にある──。Takramのビジネスデザイナーである佐々木康裕氏はそう語ります。また、D2Cというモデルはコロナショック後の時代のビジネスを考えるベースになりうると博報堂「ミライの事業室」の岩嵜博論は言います。日本のD2Cの可能性や、これからのブランドビジネスをめぐって二人のビジネスデザイナーが対談しました。

ミレニアル世代の圧倒的な支持を得たアメリカのD2C

──D2Cブランドが生まれた背景についてお聞かせください。

佐々木(Takram)
テクノロジーによって、ブランドが生活者と直接結びつくことができるようになったことが一つ。もう一つは、ターゲット層の特性です。アメリカのD2Cブランドの多くが主なターゲットとしているのは、いわゆるミレニアル世代です。社会人になるタイミングでリーマンショックが起こり、不況の中で働くことを余儀なくされたのがこの世代です。所得はなかなか上がらず、親が同じ年齢だった頃と比べて収入が2割くらい低く、かつ多くの人は3万ドルから4万ドルくらいの学資ローンの返済を抱えています。一方で、教育レベルは非常に高い傾向にあります。
意識は高いけれどお金はあまりない。そういう層に向けて提供されるブランドが、アメリカには以前には全くと言っていいほどありませんでした。一方には「安かろう悪かろう」な製品があり、一方には品質はいいけど高価で手が出しにくいもの。そんな二極構造になっていました。そこに現在D2Cと呼ばれているブランドが、優れた品質、優れたデザイン、優れたコンセプトを備えた商品を比較的リーズナブルな価格帯で提供して支持を集めるようになったわけです。
岩嵜(博報堂)
400ドル、500ドルというのが普通だったアイウェア市場に、100ドルちょっとのプライスの商品を独自のストーリーテリングとともに投じたのがワービー・パーカーでした。ミレニアル世代が購入しやすい中価格帯の製品をつくるだけでなく、そのブランドとともに生活することによって幸福感を得られるようなモデルをつくった。それがD2Cの新しさだったと思います。

──D2Cのターゲットはミレニアル世代のみにフォーカスされているのですか。

佐々木
そこにはアメリならではの事情もあります。現在のアメリカの人口のボリュームゾーンはミレニアル世代です。そこを主なターゲットにするのは、ビジネスとしても合理性があるわけです。
岩嵜
もっとも、最初はミレニアル世代をターゲットにしていても、そこからゾーンが広がるというケースもありますよね。ブランドに共感する層が広がり、結果的に幅広い世代に受け入れられるようになる。優れたD2Cブランドは、そんな成長の仕方をしているように思います。

佐々木康裕 Takram ディレクター/ビジネスデザイナー

パーパスを“純度100%”で生活者に届ける

──日本でもD2Cブランドは増えているのですか。

佐々木
徐々に増えていますね。おそらくアメリカには現在3000から5000くらいのD2Cブランドがあると思われますが、日本のD2Cブランドの数は、そこから桁が1つ下がるくらいではないでしょうか。
岩嵜
D2Cビジネスの多くはBtoCなのですが、日本におけるBtoC企業のほとんどは大企業ですよね。日本は流通の力も強いし、ECの普及率もアメリカほど高くはありません。D2Cブランドにとってはそんなハードルがあるように思います。一方で、従来のモデルとは異なるがゆえの可能性があるとも言えます。
佐々木
アメリカでは、スタートアップがD2Cブランドを立ち上げて、ベンチャーキャピタルから資金を得て急成長を遂げるというモデルが主流ですが、そこに大企業が関わってくるケースも少なくありません。パターンは3つ、すなわちスタートアップを買収するか、スタートアップと提携するか、あるいは自社内にD2Cブランドを立ち上げるかです。
岩嵜
4つめがあるとすれば、自社のブランドをそのままD2C化してしまうケースですね。従来の商品コンセプト、販売方法、顧客との関係などをすべてD2Cモデルにするという方法です。

──日本の市場構造や人口構造はアメリカとは異なります。となると、D2Cブランドの戦略にも日本独自の考え方が求められるのでしょうか。

佐々木
ある程度独自の方法論が必要になるでしょうね。日本は、リーズナブルな価格で高品質な商品の市場が世界一発展している国だと思います。また、人口のボリュームゾーンはシニアです。そのような市場でD2Cブランドを成功させるには、「安さ」で訴求するのではなく、むしろ価格レンジを少し上げることが有効かもしれません。
岩嵜
価格レンジを多少上げたうえで、パーパスや世界観を明確に打ち出す。そこに大きな可能性があると感じます。というのも、「パーパスドリブン」なブランドが日本にはまだ少ないからです。人々のソーシャルグッド(社会善)への意識は高まっています。そこに応えられるブランドとしてD2Cブランドを立ち上げる。そんな発想は大いにありうると思います。
佐々木
ブランドが自分たちの社会的スタンスを明確にするということが、日本でももっとあっていいですよね。
岩嵜
主張を明確にし、フィロソフィーを明確にすることは、ブランドがいわば「人格」をもつことだと思うんです。ブランドの人格から生活者の人格にむけて、商品とともにメッセージを発信していくというのが、D2Cの本質だと思います。
佐々木
まさにそのとおりですね。D2Cは、ブランドのパーパスやフィロソフィーを“純度100%”に近い形で生活者に届けることができる方法です。卸売り、小売り、あるいはマーケティング会社といった中間的パートナーに依存せず、生活者と直につながり、ブランドの価値観やパーソナリティをそのまま伝えられる。そこにD2Cの一番の可能性があると思います。
岩嵜
そういう本質に期待して、日本の大企業の中からもD2Cブランドが生まれてくるのではないかと思っています。生活者と直接つながるモデルが浸透していくことで、よい方向に産業構造が変わっていくのではないでしょうか。

──D2Cビジネスを新たに構築する際の視点はどのようなものでしょうか。

佐々木
D2Cモデルにおいては「購買後」のデザインが重要であると僕は考えています。「買うまで」だけではなく、「買った後にいかに関係を深めていくか、どうやって顧客でいつづけてもらうか」をデザインするということです。そこには例えば、既存顧客のロイヤリティを高めてブランドのエバンジェリストになってもらうといった戦略も含まれると思います。
岩嵜
従来のような「リターゲティングによって刈り取る」といったドライなCRMではなく、「パーパスや志によって顧客と結びつく」という発想で関係を深めていくということですよね。広告会社が企業のD2Cビジネス構築をどう支援するかという視点でいえば、マーケティングの支援にとどまらず、「D2Cのブランドビジネス全体をデザインする」という関わり方をしていくべきで、実際にそれができると僕は思っています。

岩嵜博論 博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター

「アフターコロナ」の時代のビジネスの形

──世界中でコロナショックが続いています。ブランドビジネスのあり方は、このショック後にどう変わっていくと思われますか。

佐々木
新型コロナウイルスのパンデミックには、9.11(米国同時多発テロ)や3.11(東日本大震災)を超えるインパクトがあると僕は感じています。時代は「ビフォーコロナ」と「アフターコロナ」にはっきり分かれるのではないでしょうか。アフターコロナの時代には、ビジネス、価値観、働き方、生き方、学び方、そのほかいろいろなもののルールが大きく変わるという気がしています。
アフターコロナの時代には、それぞれのブランドが社会に対して何ができるかをいよいよ真面目に考えなければならなくなる。そう僕は思います。その意味で、D2Cの方法論が主流になっていく可能性も大いにあります。パーパスドリブンでブランドと社会の関係性を考え、ブランドのフィロソフィーを生活者に高純度で届けていくというモデルは、今後ますます重要視されていくのではないでしょうか。
岩嵜
人類は、今しばらくは新型コロナウイルスと共存していかなければなりません。どういう振る舞いをすればウイルスと上手に共存できるのか。それを考えていく必要があると思います。おそらく必要なのは、人間のエゴを抑制し、より慎ましやかなライフスタイルを模索することなのではないかと僕は思っています。人間が本当に大切なもの、それは家族かもしれないし、コミュニティなのかもしれませんが、それをあらためてよく考えること。そしてビジネスの側も、その価値観に寄り添うようなモデルを模索していくこと。そんなことが求められるようになると思います。
佐々木
おっしゃるとおりですね。今何が起きているかを繊細に汲み取る力と、それを踏まえて新しい何かを生み出す力。その二つがビジネスの側に求められています。スクラップのあとで何をどうビルドしていくか。そのやり方を間違えると、商機を逸するだけでなく、世の中からの支持を失ってしまいます。頭の中を一度完全にリセットして、しっかり考える必要がありますね。
岩嵜
一つのキーワードになるのは、「謙虚」だと僕は思います。コロナウイルスによって、人間が簡単には太刀打ちできない何かがこの世にはあることが明らかになりました。それは僕たちにもっと謙虚になることを教えていると思うんです。謙虚な生き方、謙虚なビジネス、謙虚な社会──。それがこれからの一つの指針になるような気がします。
佐々木
こういう危機を安易にビジネスチャンスであるとは言いたくないけれど、コロナショックが世界の人たちにとっての共通体験であるならば、そこからグローバルな視点で構想されたビジネスが生まれる可能性もあるはずです。
岩嵜
ええ。そこは前向きに捉えたいですよね。ブランドビジネスも、グローバルな視野を持って、パーパスを真ん中に置き、自らの真摯なあり方を考える。それがアフターコロナの思考だとすれば、D2Cブランドの方法論は大いに役に立つ。そう思いますね。

この対談の前編記事はこちらから
→「D2Cブランドはなぜ生活者の心をとらえるのか Takram・佐々木康裕さん×博報堂・岩嵜博論 ビジネスデザイナー対談」

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  • 佐々木 康裕
    佐々木 康裕
    Takram ビジネスデザイナー

  • 博報堂ミライの事業室
    ビジネスデザインディレクター
    国内外のマーケティング戦略立案やブランドコンサルティングに携わった後、米国シカゴのデザインスクールを修了。現地デザインファームでのインターンを経て、帰国後は製品・サービス開発や新規事業開発のコンサルティングに従事。現在は、博報堂の新事業開発部門にて事業開発をリードしている。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。著書に『機会発見―生活者起点で市場をつくる』(英治出版)、共著に『アイデアキャンプ―創造する時代の働き方』(NTT出版)など。