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IoTセンシングの普及が生み出す未来(後篇)
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IoTセンシングの普及が生み出す未来(後篇)

 博報堂DYベンチャーズは2019年8月、エッジコンピューティング技術を持つIdeinに出資しました。Ideinが2020年1月に商用化した「Actcast」は、安価な小型コンピューターの上で高度なAIプログラムの実行を可能にするプラットフォームであり、IoTセンシングが普及する上での鍵になり得るものです。
 今回の出資の経緯やIdeinの技術の特徴、両社のビジネスの展望、IoTセンシングの今後などについて、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター(MTC)の青木雅人室長、博報堂DYベンチャーズの武田紘典取締役COO/マネージングパートナー、Ideinの中村晃一代表取締役CEOが語り合いました。

~前篇からの続き~

テクノロジーが生活者と融解する

武田
 デバイスやAI技術が進化し、IoTが普及する中で、博報堂DYグループとしても出来ることがどんどん変わって来ていますよね。
青木
 多様な生活者データを活用できる可能性が増していきます。今までデータベースで扱ってきたような構造化データだけでなく、人の暮らし方や生活時間をセンシングしてデータを取得するようなことが技術的には出来るようになってきました。
 私はスマートウォッチを使っているんですが、ずっと座って動かないでいると「動きなさい」というアラートが出るんですね。これって、新しいデバイスが生活者の健康を良く出来る可能性を示していると思うんです。今は、例えば街で美味しそうなレストランを見つけたとしても、店舗の前でスマホを出して評判を調べたりして、確認してから入ったりするじゃないですか。でもこれってシームレスじゃないと思うんです。スマートグラスが普及すると、店の前の看板が気になって凝視すると、視線データをセンシングし、その店のSNSでの評判等の情報を示す、といったことが出来るはずです。サイバーとフィジカルが一体化して、人の行動が変わるということですよね。この例のように、センシングを使えば生活者により便利な体験を作れるのではないか、ということを考えています。
 最近、“ヒューマンオーギュメンテンーション”という言葉がしきりに使われるようになりました。ARやAIなど、テクノロジーの力で人間の能力を拡張させることが既に可能になってきていると感じます。我々もそういうことがやりたいです。
中村
 音声入力などによって、コンピューターと人間のインタラクションがどんどん便利になっているのもそれに当たりますよね。私の2歳の娘は、字は読めないのに音声で検索したりして、動画サイトを使いこなしています。2歳のときの私より、語彙力が上なんじゃないかと思います。
青木
 スマートスピーカーなんかも、まさにエッジコンピューティングですよね。
中村
 そうですね、様々なところでネットやコンピューターとの接点が出来ています。
武田
 IoTが広がって新たな生活者のデータが活用できるようになると、マーケティングも変わってきています。商材のリコメンドが一般的になりましたが、それをもっと広げて生活全体に対して提供出来るのではないかと考えているんです。例えば、ある家庭でお父さんは週末に必ずゴルフに行くので、用意が整うと自動的に家の前に車が来るとか、料理する際に家族の体調や健康状態を考慮したレシピが自動で出てくる、といった具合です。テクノロジーが生活者と融解していき、よりなめらかになっていくようなイメージですね。
青木
 少し前の研究結果ですが、買い物迷子の方が増えているんです。棚に並ぶものが凄く増えている中で、売り場の前でずっと悩んでそのまま帰ってしまう人がかなり多いというのが、データを見ると分かるんですね。センシングによって、生活者の気持ちや行動がどこで滞ってしまっているかが分かるようになってきました。
 これは小売りとしては凄いチャンスです。アクチュアルデータを取れなかった時は課題として認識することすら出来なかった訳ですから。いろいろなセンシングの仕方がありますし、大きなチャンスと捉えている業態が増えているのを感じます。
 今までのパーソナライゼーションはデジタル上でのことでしたが、これがオフラインでも出来るようになるのがこれからの5年だと思います。IoT化が進み、オフラインの様々なデータがセンシングされ、AI等で分析された結果にもとづいた生活者とのインタラクションを作ることが可能になる中で、オフラインでの様々な領域でのパーソナライズ・カスタマイズが可能になってくると思います。
中村
 全体のトレンドとしてマスプロダクションからマスカスタマイゼーションという流れがあると言われていますが、小売りでもヒアリングをしてみると、店舗ごとの最適化を図りたいという要望が多いんですよね。「トラックの運転手の方がよく来る国道沿いと街中の店舗では状況が全然違うのでそれぞれで最適化したい」と言った具合に。
武田
 パーソナライゼーションとしての個人最適化に加え、オフラインデータを活用した出店計画や店舗レイアウト、棚割の最適化など、様々なマーケティング領域において、IoTセンシングデータの利活用が進みそうですね。

博報堂の生活者発想が一番の魅力だった

武田
 IoTデバイスは2014年の時点で170億個使われていて、2019年にはその倍に当たる348億個にまで増えているというデータを総務省が出しています。実際に、スマートスピーカーやコネクテッドカーなどのデバイスは生活に溶け込み始めていますよね。今後更にIoTセンシングが普及するためには、どのようなことが必要だと思いますか。
青木
 プライバシーの部分で乗り越えなくてはならないハードルがまだまだあると思っています。ヘルスケアや感情解析など、個人についてのデータを使ってその人を深く知ろうとすれば何でも知ることが出来るようになるかもしれない。ただ、様々なデータが取得できるようになればなるほど、しっかりと目利きをしてプライバシーを管理することが重要ですね。またサービスの便利さ、有用さをしっかりとお伝えして、「そこまで便利になるんだったら私もデータを提供します」といった形で納得していただくことが必要です。
 普及の鍵になるのは、データを取るだけでなく、価値を生み出すサービスを作ることです。我々はそれをやりきれるようになりたいと考えています。
武田
 中村さんに先ほどお話いただきましたが、エッジで処理するということはプライバシーへの対応を強化することにも繋がりますよね。
中村
 そうですね。全てのデータをデータセンターに集めてしまうと、そこでどう使われているか分からなくなってしまいますし、流出する危険性もあります。そのようなデータを扱うのは怖いので、サービスプロバイダも触りたがらないですよね。IoTのエッジで処理してしまえば、プライバシーに配慮した形で、必要なデータだけを扱うことが出来ます。
武田
 IoTがより普及すると、デジタルタッチポイントが広がって新たな市場が創出されたり、既存の市場同士が融解したりしますよね。青木さん、博報堂DYグループとしてはどういった分野に取り組む意向でしょうか。
青木
 高齢社会なのでヘルスケアは必須領域だと考えています。ただ個人情報の扱いが難しい。うまく貢献出来る形を探る必要があります。
 博報堂DYグループでは昨年から、健康診断の際に「健診戦」というイベントを実験的にやっています。「今年の健康診断の結果で、前年の自分を超えましょう」というのがコンセプトで、健康診断で悪い結果が出るとすぐ資料をしまってしまいがちですが(笑)、「良い結果を出している人はこういうことをやっていますよ」というデータを集合知化していこう、という企画です。社員の方が病気で働けなくなるというのは、どんな企業にとっても経済的な損失です。こういった取り組みで得た成果を、サービスとして展開出来ないかと考えています。
 他には広義のリテールですね。情報が集まり過ぎて買い物が難しくなっているという現状があるので、それをサポートするサービスをIoTを使って実現出来たらと考えています。また、移動系のサービスや、移動中の情報配信についても取り組んでいきます。
武田
 新市場の創出や既存市場の融解という産業の地殻変動が起きている環境ですと、イノベーションの重要性がますます高まります。博報堂DYグループが広告マーケティングのみならず、企業のイノベーションをサポートするようなことが出来ればいいですよね。
中村さん、今後取り組まれることをお話いただけますか。
中村
 Actcastをこの1月に商用化しましたが、プラットフォームがあればそれだけでいいということはありません。現場へのシステムの設置だったり、ハードウェアの保守といったことを行う体制が必要になります。「デバイスを数十万個使いたい」といった大規模な案件に対応することも必要です。そのためにはパートナーシップを拡大することが欠かせません。現在ソフトウェア、ハード、AI、通信、エンドユーザーとなる事業会社など、パートナーが39社いますが、より多くのパートナーと連携出来たらと思います。
青木
 我々のこともパートナーとして利用していただけたらと思っています。我々の強みはテクノロジーをマーケティングする力があることです。生活者発想を持ってテクノロジーの活用に取り組んでいたり、パートナーとしてクライアント企業に寄り添っているところも我々の強みだと思います。
中村
 出資していただく際に一番魅力を感じたのが生活者データや生活者発想という部分です。あらゆるデータを横串で見ていらっしゃることが分かりました。我々のプロダクトはビッグデータをうまく取得しよう、というものですから、データをどうプロダクトに活かすかについてはパートナー企業にご協力いただく必要があります。博報堂DYグループは「どの業界がどういうことをしたいと考えている」ということを把握しているので、我々のプロダクトと大きなシナジーがあると期待しています。
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  • 中村 晃一
    中村 晃一
    Idein株式会社
    Founder / CEO
    代表取締役
    1984年生まれ。東京大学情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻博士課程を退学しIdein株式会社を設立。大学では主に高性能計算の為の最適化コンパイラ技術を研究。
    2018年に英ARM社の選定するARM Innovatorに日本人として初めて選定。
  • 株式会社博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 室長
    兼 株式会社博報堂 研究開発局 局長
    1989年博報堂入社。マーケティング・ブランディング・買物研究等の業務に従事。
    現在は、データマーケティング、マーケティングテクノロジー領域の研究開発を推進。
  • 博報堂DYベンチャーズ
    取締役COO/マネージングパートナー
    監査法人、証券会社を経て博報堂に入社。博報堂DYホールディングス経営企画局にて、投資戦略立案、ベンチャー投資、M&A、事業開発を担当。
    2019年5月博報堂DYベンチャーズを設立し現職に。