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スポーツのデータ活用とデータドリブンマーケティングに共通するものとは?
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スポーツのデータ活用とデータドリブンマーケティングに共通するものとは?

データスタジアムのアナリスト、山田隼哉に聞く

「スポーツにおけるデータ活用アプローチとデータドリブンマーケティングに共通するものとは」

アメリカで生まれたセイバーメトリクスは、メジャーリーグの選手の評価、戦略・戦術はもちろん、球団のあり方まで左右する重要なデータ分析手法です。セイバーメトリクスをはじめとするスポーツにおけるデータ活用は野球をどのように変え、何をもたらすのか。そして、野球少年の未来にどのような影響を与えるのか。そして、いわゆる企業のデータドリブンマーケティングと通じるものがどこにあるのか。
今回は、野球とデータとのかかわりについて、データスタジアムのアナリスト、山田隼哉と、博報堂DYメディアパートナーズの竹下伸哉が語り合いました。

写真左から)博報堂DYメディアパートナーズ竹下伸哉、データスタジアム山田隼哉
竹下

マーケティングも野球も、データを活用するという点では共通するものがあり、技術の進化などによって、データの種類や扱い方などが移り変わってきている点も同様です。マーケティングでは、多様なデータを分析して活用するデータドリブンアプローチが当たり前になりつつあり、野球でも、セイバーメトリクスを重視するようになってきていると聞いています。まずは始めに、アメリカで生まれて、メジャーリーグのチームづくりにも大きな影響を与えている「セイバーメトリクス」とは、そもそもどういうものなのか教えていただけますか。

山田

簡単にいうと、「客観的に野球を分析して評価する手法」です。メジャーリーグに限らず、野球チームの目的は「勝利」だったはずですが、いつのころか「こういう野球がしたい」とか「パワーのある選手がほしい」といったことが前面に出てくるようになり、目的と手段が曖昧になってしまったわけです。そこで、改めて勝つために必要なことを分析した結果、得点と失点が重要ということがわかり、そのためには何を高めればよいかを突き詰めたのがセイバーメトリクスといえます。勝利のためには得点することが必要であり、そのためには塁に出ることが重要と考えるので、セイバーメトリクスでは、従来はヒットより価値が低かった四球の評価も高くなります。また、打率よりも出塁率、長打率も評価するようになります。

竹下

例えばOPS(On-base plus sluggingの略)のような指標がそれにあたりますね。

山田

OPSは出塁率と長打率を足したもので、得点との強い結びつきがあることがわかっています。セイバーメトリクスの初期のころに生み出された指標です。

竹下

なるほど。そうなると、野球には昔からのセオリーがあったりするじゃないですか。例えば右投手には左の代打というようなものがありますよね。セイバーメトリクスというものは、いわば肌感覚で知っていたセオリーを、データで裏付けるものといえるのでしょうか。

山田

長年の経験や勘から導かれたセオリーは、ある程度は正しいのですが、はたしてどの程度正しいのか、勝利にどのくらい結びついているのかといったことがすべてはっきりとはしていません。セオリーというものは、「何となく正しいだろう」ということで使ってきたところがあります。それを定量化して客観的な情報にし、影響度の強さや優先度を判断ができるようにするのがセイバーメトリクスといえます。

竹下

セイバーメトリクスは、影響度を明確にするものなんですね。あと最近、フライボール革命がメジャーリーグなどでは話題になっていますが、あれもセイバーメトリクスから生まれたといえるわけですか。

山田

そうです。フライとゴロのデータを統計的に分析した結果、打球を打ち上げた方がヒットになる確率が高く、得点や勝利により結びつくということがわかったのです。

竹下

失点における指標はありますか。

山田

それが、失点の評価は難しいんですよ。そもそも責任の所在をどうするかによって、評価が全く違ってきますから。例えば、内野ゴロがアウトになろうが、ヒットになろうが、その処理に投手は関与できないので、投手の責任は限定的といえます。昔は投手の責任を大きく見ていたところがあり、失点の大部分は投手の責任といわれていました。しかし今では、守備に結構依存していることがわかってきました。よって、野手と投手で責任をシェアしないと、正しい評価はできないとされています。一方で、エラーも野手の責任が100%とはいえません。野手がゴロをはじいたのは、投手が打球の速いゴロを打たれたからだといえるケースもあるわけです。また、守備範囲が広く、内野ゴロに追いつくことができたのだけれど、ボールをこぼしてしまいエラーが記録されるということもあります。逆に守備範囲の狭い野手なら、打球に追いつけずにヒットが記録されていたでしょう。このように、公式記録だけでは責任の所在を判断するのが難しいんですよ。

竹下

投手を評価するデータには、勝利数などのほかに失点や自責点、防御率などが従来指標としては存在しましたが、セイバーメトリクスの考え方では捉え方も違ってきそうですね。

山田

はい。セイバーメトリクスでは自責点はあまり重視されず、失点の中で投手の責任はどの程度あるか、ということを見るようになっています。

竹下

その目線で、リーグ3連覇を果たした広島カープを見ると、どのようなことがいえるでしょうか。私のようなカープファンとしてはそれが気になりますね(笑)。

山田

2018年のカープは、投手は平均的な成績でしたが、野手が充実していました。四球も選べて長打も打てる選手が複数いることが大きかったと思います。これだけでも布陣として充実しているんですが、この3年間の記録をみると、走塁で次の塁をおとしいれたりする、いわゆる好走塁がカープはずば抜けていたりするんですよ。シングルヒットでより一つ先の塁を走者が取っていく、そういうところを評価していくと3年間で他球団よりも50得点くらい多く稼いでいます。これまで走塁のデータはなかなか解明しきれていない領域だけに、もう少し詳しく分析すると新しいものが見えてくるかもしれません。セイバーメトリクスは勝利に結びつく影響力の大きい要素に比重が置かれるので、どうしても打撃と守備のデータが中心になりがちで、走塁はまだまだ未開拓な領域といえます。

竹下

走塁、打撃、守備と野球のデータはそれぞれ膨大ですよね。その中からOPSのような指標は誰が、どのようにして導き出し、定義・設定しているのでしょうか。また、データ分析は一般的にはどういった手順で行われるものですか。

山田

アメリカには、野球のデータや歴史などを研究している「アメリカ野球学会(SABR)」という組織があり、セイバーメトリクスの語源にもなっています。OPSなどの多くの指標は、野球やデータの研究者やマニア、ファンなどが集まるコミュニティやサイトなどから生まれ、本当に意味があるものだけが定着したわけです。データの分析については、まずは仮説を立て、過去の経験などから必要と思われるデータを集めて検証していくのが一般的な手順ではないでしょうか。

竹下

仮説に基づいてデータを分析・検証するというアプローチは、一般的なマーケティングにも通じるものがありますね。野球のデータを分析するには、やはり山田さんのように野球経験や、スポーツへの熱意といったものは必要でしょうか。

山田

野球経験といっても、私の場合は、普通の公立高校の野球部レベルのものですからね(笑)。むしろ野球経験のない人の方が、いわゆる「野球の常識」にとらわれずにデータに接することができ、新しい指標を生み出せたりするかもしれません。フライボール革命も、「ボールは打ち上げるな、転がせ」という、野球経験のある人なら誰もが知っている常識にとらわれていたら、おそらく生まれなかったでしょう。その意味で子どもたちの育成には、もっとデータを使ってほしいと考えています。間違った常識による指導がはびこらないように。

竹下

実は私、個人的に少年野球の監督をしているので、今のご指摘にはドキッとします(笑)。「ボールを転がせ」とか「ダウンスイングでボールを上からたたけ」といった指導を、私も子どものころから受けてきたわけですが、子供ごころにどこかおかしいと思っていたのもたしかなんですよ。やはり客観的なデータに裏付けられた指導が必要ですね。

山田

目の前の試合に勝つことだけを考えたら、小学生レベルではゴロを転がす方が相手のミスを誘うことができるので、いい戦術かもしれません。しかし、将来的にスケールの大きい選手に育てたいなら、ポップフライを恐れずに大きなスイングをすることをぜひ教えてほしいと思います。それと、データを指導に使うことによって、子どもたちは、頭も使って野球をすることを覚えるはずです。中学生以上の選手には、データの意味を考えさせ、体だけでなく頭も使える選手に育ててほしいですね。

竹下

カープの話に寄ってしまいましたが(笑)今回、いわゆるデータドリブンマーケティングとして通じるものがあるなと随所に感じました。仮説を持つことで初めてデータの価値が分かってくるという基本的なところを始めとして、目的と手段をどう定義して深掘っていくかなど、共通点がいくつも見受けられますね。

山田

そうですね。何が勝利に結びついているかは時代によって変わるとも思っています。だからこそ、それに貢献しているものは何がどのくらいなのか?というものを明らかにしていくのはイタチごっこのようなものです。一度学んで得られたことを手段として活かしていっても、それが目的に沿っているのか?というアップデートは定期的に必要ですね。

竹下

まさにビジネスで言うKGI/KPIやその目的変数/説明変数やそのPDCA型運用そのものですね。データをめぐってゴロ派、フライ派が議論するのは、健全な姿といえるでしょうし、データが加わることによって、野球の楽しみ方も増えるといえますね。

山田

そうです。ですから、私たちは過度なデータの押しつけは避けなければならないと考えています。それに、データそのものも変化しています。例えば、個々の選手の動きを画像解析からとらえる「フィールドトラッキング」などは、サッカーなどでは当たり前のものになりつつあります。これが野球でも普及すると、選手の守備範囲などが明確になるので、守備の評価が大きく変わる可能性があります。メジャーリーグではすでに、打球に対して野手がどのようなスピード、軌跡で走ったかが細かくデータ化されていますね。

竹下

こうした変化を踏まえて、データスタジアム、山田さん個人はそれぞれ、データとどう向き合っていこうとお考えですか。

山田

データの種類も量もどんどん増えていますが、それを支えるのは「人」です。なので人材の確保・養成は必要で、特にデータを分析するアナリストは、プロ野球の球団でも不足しており、育成が急がれます。個人的には「勝負強さ」を、セイバーメトリクスで説明したいと考えています。ここぞという場面で力を発揮する秘密を、数字で明らかにできればいいですね。

竹下

ありがとうございます。ちなみにしつこいですが・・・カープは日本一になれますかね?(注:このインタビューは10月中旬に行われました)

山田

(笑)そうですね・・・展開として考えられるのは、セパいずれもリリーフ陣が疲れてるんですよね。なので、短期決戦ならではの判断がどう転ぶかがポイントですね。投手のリレーなど、そこでよそ行きの野球をしたほうが勝つ、ということも考えられますね。

竹下

これが掲載される頃には結果が出てますね(笑)。4連覇の可能性についても聞きたいですがそろそろ怒られそうなのでそれはまた別の機会に聞かせてください(笑)。本日はありがとうございました!

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  • データスタジアム株式会社 アナリスト
    プロチームの強化サポートやトラッキングデータの解析などに従事。日本スポーツ企画出版社「2018プロ野球ベストプレーヤー・ランキング100」にセイバーメトリクス指標WARの解説記事を寄稿。
    専門:野球
  • 株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ メディアマーケットデザイン局 データドリブンマーケティング部 部長
    通信キャリアでSE、広告宣伝、サービス開発を担当し、2006年に博報堂入社。以降、マーケティングプラナーとしてクライアントのマーケティング支援に関わり続け、2013年より博報堂DYメディアパートナーズ。ここ数年はスマートデバイスアプリ活用や、企業が保有するデータと博報堂の生活者データを組み合わせた、統合型のマーケティングプランニングを推進中。家にAmazon Echoが氾濫中。