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生成AIがもたらすマーケティング変革 ──【アドテック東京2023レポート】
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生成AIがもたらすマーケティング変革 ──【アドテック東京2023レポート】

生成AIの普及によって、80%の職種が何らかの影響を受けると言われています。では、マーケティング領域に生成AIはどのような影響をもたらすのでしょうか。10月19日に開催されたアドテック東京2023のセッションにて、生成AIに詳しいMetaverse Japanの馬渕邦美氏、博報堂テクノロジーズの柴山大、パナソニックコネクトの向野孔己氏、モノタロウの米島 和広氏の4人が、「生成AI(Generative AI)」がもたらすマーケティング変革」をテーマに語り合いました。

本稿では10月19日、20日に開催されたアドテック東京2023のセッション「Generative AIがもたらすマーケティングの変革」の模様をお届けします。

馬渕 邦美氏
Metaverse Japan 共同代表理事

向野 孔己氏
パナソニックコネクト 
IT・デジタル推進本部戦略企画部シニアマネジャー

米島 和広氏
モノタロウ
マーケティング部門長

柴山 大
博報堂テクノロジーズ
執行役員 プロダクト開発センター長

マーケティングにおける生成AIの活用法

馬渕
Chat GPTを含む生成AIの登場で、AIは第4次ブームを迎えたと言われています。生成AIの大きな特徴は、大規模言語モデル(LLM)をベースとし、私たちが日常的に使っている自然言語で操作することが可能なことです。現在アメリカや中国を中心に、生成AIを使ったサービスが次々に立ち上がっています。一方、AIに学習させるデータの著作権や個人情報をどう保護すべきかという議論も進んでいます。

生成AIが今後さらに進化し、社会に広く普及していくことによって、現在のほとんどの職種に何らかの変化があるだろうと言われています。仕事の自動化率が高くなると予測される国の中で日本は3位につけています。それだけAIによって代替可能な仕事が日本には多いということです。

このような生成AIの波をどう受け止め、その波にどう乗っていけばいいのか。まず出席者の皆さんに、それぞれの会社における生成AIの取り組みをお聞きしていきたいと思います。

米島
モノタロウは、広告主とEC事業者の2つの立場で生成AIに向き合っています。
広告展開については、それぞれの商品画像に対してAIを使って最適な説明を作成する取り組みを行っています。一方、自社で展開するECのサービスをAIによっていかに充実させていくかという課題にも取り組み、技術投資も進めています。

私たちが目指しているのは、お客様の仕事を便利にする商品を提供し、「現場の味方」になることです。
そのためには、最適な提案ができなければなりません。
多様な業種の多様なニーズを理解し、そのそれぞれに対してどのような提案をしていけばいいか。その答えをAIに考えてもらい、社員はAIのハルシネーション(事実に基づかない答え)をチェックする体制をつくっています。重要なのは、提案の仕方を考えるだけでなく、それをECサイトの中に説明ページや特集ページとして実装して、EC全体のサービスレベルを上げていくことであると考えています。

向野
パナソニックコネクトでは、今年の2月から国内の全社員1万3400人がChat GTPを活用しています。法務、経理、経営企画など、さまざまな部門が生成AIを使って成果を出していますが、とくに活用が進んでいるのがマーケティング部門です。
マーケティングにおける生成AIの活用法は大きく3つあります。
1つ目はコンテンツ制作のサポートです。
マーケティングメールの文面作成、CTA(行動喚起率)の低いメールの改善提案、キャッチフレーズやリスティング広告のタイトルの案づくりなどがここに含まれます。AIが生成するメール文面は、まだそのままで配信できるレベルではありませんが、人間が一から書く作業と比べれば、格段に時間が短縮できます。また文面修正の提案についても、「!を多用するのはやめましょう」「誇張表現を減らしましょう」「オファーの緊急性を強調しすぎないようにしましょう」といった具体的かつ現実的な指摘をしてくれます。

2つ目の活用法がアイデア出しとシミュレーションです。
マーケティング戦略を検討する際の業界分析、ペルソナ作成、顧客インタビューのシミュレーションなどをAIがサポートしてくれます。パナソニックコネクトはBtoBビジネスを手掛ける会社なので、マーケティング活動においては、さまざまな業界のことを深く知る必要があります。その理解促進にもAIが役に立ちます。例えば、「運送業界の課題を3つ挙げてほしい」という指示を出せば、「運転手不足」「輸送費の高騰」「環境規制」といった答えを提示してくれます。さらに「輸送費の高騰」という課題に対して私たちができることは何かと聞けば、「輸送効率の向上を支援すること」といった答えが出てきます。それによって、「トラック貨物の積載率を可視化するわが社のソリューションをご提供することがお客様の課題解決につながる」という提案の道筋が出来上がるわけです。

また、運送会社の運行管理者にインタビューしたい場合は、事前にAIにインタビュイーになってもらい、模擬的なインタビューを行うことができます。AIの回答を聞きながら、質問をブラッシュアップしたり、新しい質問項目を加えたりすることでインタビューの精度を上げることが可能になります。

3つ目がデータの整備と分析です。
これについては非常に幅広い使い方ができますが、1つわかりやすい例が、お客様の会社名の名寄せです。社名には、カタカナ、アルファベット、「株」表記の有無など、いろいろな記載の仕方があります。それをすべてAIが判断して、同じ会社を1つにまとめてくれます。これまで人手で行っていた単純作業の多くは、AIに代替可能であると私たちは考えています。

人間の思考プロセスをベースにすることが大切

柴山
マーケティングにおいてペルソナづくりはとても大切ですが、ペルソナをつくること自体がもちろんゴールではありません。
つくったペルソナによって有効なコミュニケーションを行い、それをビジネス成果に結びつけていくことがマーケティングの目的です。ペルソナづくりに時間をかけて、そこで力尽きてしまっては元も子もありません。そのペルソナづくりの作業に生成AIを活用する取り組みを博報堂DYグループでは進めています。

しかし、いきなり「ペルソナをつくってほしい」という指示をAIに出しても有効なペルソナが生成されるわけではありません。大切なのは、人間がペルソナを考える場合の思考の流れをプロセスに分解し、そのプロセスごとにプロンプトをリクエストすることです。プロセス分解の作業自体をAIに担わせるという方法もあります。そうしてプロセスに沿って段階的に指示を出していくことで、AIが出す答えの精度は格段に上がります。これは、あらゆるLLMを活用する際のコツと言ってもいいかもしれません。

また最近では、ChatGPTに自社のデータを学習させることも可能になっています。
自社の用途に合わせて汎用AIを独自にカスタマイズしていく動きは、今後どんどん広まっていくと思います。私たちもそのような取り組みを進めています。その際に必要になるのが、データの不一致や重複を排除したり、データの構造を均一化したりすることです。その作業を行わないと、精度の高いアウトプットは望めません。AIのカスタマイズには未着手であるという企業もまだ多いと思いますが、今後に備えてデータの整備をぜひ進めておくべきだと思います。

さらに私たちは、AI自体の独自開発にも取り組んでいます。例えば、リスティング広告の広告文づくりに生成AIを活用する場合、汎用AIは大量のコピー案を出してくれますが、それは必ずしも「成果につながる広告文」ではありません。「広告の成果と何か」ということについてAIが学習していないからです。したがって、成果につながる広告コピーづくりを自動化するには、広告の文脈を学習させたAIを独自に開発する必要があります。もちろん、汎用AIをそのまま使える領域もあります。今後は、汎用AIの活用と独自AIの開発を両輪で進めていく必要があると考えています。

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AIはマーケターの仕事を楽にしない

馬渕
生成AIは従来の仕事のあり方をどう変えていくのか。それに対してどのような心構えが必要なのか。お考えをお聞かせください。
向野
生成AIによって、業務プロセスが完全に自動化されて人手がいらなくなる領域が確実に出てくると思います。しかし、それがどの業務なのかはまだ明らかではありません。どのプロセスが残って、どのプロセスが省かれるのか。それを見極めていくことが必要だと思います。
米島
どの企業でも、社員のスキルセットはばらばらだと思います。マーケティング部門だけを見ても、データ分析に詳しい人もいれば、コピーライティングが得意な人もいます。一方、それぞれに不得意な仕事もあるはずです。生成AIを活用することによって、その得意・不得意がある程度平準化されることになると思います。AIが不得意な部分をサポートしてくれるので、それぞれの社員はこれまで以上に専門領域に注力することができるようになる。それによって、部門全体のスキルが上がっていく。そんなふうに考えています。
柴山
生成AIによって、従来の作業の負荷が軽減されることは間違いありません。
では、それによってマーケターの仕事は楽になるのか。あるいは、マーケターという職種自体が必要なくなるのか。いずれも、そうはならないと私は思っています。現在多くのマーケターが忙殺されている比較的単純な作業をAIに任せることによって、マーケターは本来頭を使うべきプラニングの領域に集中することが可能になります。それ自体をAIに任せればいいという見方もありますが、現在のAIには質の高いプラニングをする能力はありません。マーケティングのプラニングとは、商品やサービス、市場を深く理解した上で、これまでにない新しい要素をつけ加えていく仕事です。いい意味での違和感を創出する仕事と言ってもいいかもしれません。それができるのは、今のところ人間だけです。逆に言えば、プラニングという仕事において、マーケターにはこれまで以上の能力が求められるようになるということです。アウトプットの質をどんどん高めていかなければならない。その点でマーケターという仕事は決して楽にはならない。それが私の意見です。

「生成AI×ロボティクス」の可能性

馬渕
これまで、諸外国と比べて日本はデジタルに取り組むスピードが遅いと言われてきました。しかし生成AIの活用に関しては、かなりスピーディに進んでいるようにも見えます。
向野
日本は、生成AIの活用に最も積極的な国だと思います。生成AIを起爆剤として、30年にわたって続いてきた停滞から何とか脱却したい。そのような思いが政府や多くの企業にあるのではないでしょうか。

日本はまた、ロボットやAIといったテクノロジーに対してとてもフレンドリーな国です。「ロボット×AI=ドラえもん」というイメージを多くの日本人はもっていて、AIは私たちを助けてくれるという感覚があるように思います。一方、欧米の人たちと話をすると、「ロボット×AI=ターミネーター」といったイメージで捉えている人が少ないことがわかります。AIは自分たちの仕事を奪い、生活を滅ぼす悪であるといった感覚です。生成AIをリードしているのは欧米ですが、ユーザーという立場では日本はAI先進国になりうるのではないかと私は考えています。

米島
生成AIを活用していると、どのようなデータを学習させればどのようなアウトプットが出てくるかといったことがわかってくるようになります。それによって、最終ゴールの指標を最大化する取り組みも進みます。そのような生成AIのパワーを多くの人が実感し、それによって普及が加速しているということなのだと思います。

馬渕
生成AIの活用範囲もどんどん広がっています。パナソニックコネクトでは、ロボティクス技術との融合にチャレンジしているそうですね。
向野
私たちはメーカーなので、ソフトウェアとハードウェアを組み合わせることに常に関心があります。その1つが「生成AI×ロボティクス」です。従来の産業用ロボットはプログラミングしたとおりにしか動かすことができず、プログラミングの書き換えはかなりの手間でした。しかし生成AIは、自然言語で指示を与えるだけでプログラムを書き換えてくれます。それによって、ロボットはどんどん新しい動作をすることができるようになります。生成AIとロボティクスの組み合わせには、非常に大きな可能性があると思いますね。
馬渕
画像や映像作成での活用はどのくらい進んでいるのでしょうか。
柴山
静止画を使ったバナー広告などでは、生成AIの活用がかなり進んでいます。今後、バナー作成にAIを使わないという選択肢はなくなっていくと思います。一方、動画での活用はこれからの取り組みとなりますが、CG映像にAIがパーツをつけ加えるといった映像生成のモデルはすでにできつつあります。例えば、木の幹を描いて、そこにAIに葉をつけ加えてもらい、さらに全体を桜の木にアレンジしてもらう。そんなことは十分に可能です。あと2年ほど経てば、生成AIを活用したテレビCMがどんどん出てくるのではないでしょうか。

マーケターに求められる「クリエイティブ脳」

馬渕
生成AIが普及していくことで、マーケターのスキルはどう変わっていくと思いますか。
柴山
生成AIによって誰もがクリエイターになれる可能性があります。
例えば、これまで絵を描くスキルがなかったために自分のアイデアをビジュアルとして伝えられなかったマーケターでも、生成AIでアイデアをビジュアライズすることができるようになります。これが進んでいくと、マーケターの職域がクリエイターの領域まで広がっていく可能性があります。しかしビジュアライズするツールがあっても、「クリエイティブ脳」が鍛えられていなければ、優れたクリエイティブを生み出すことはできません。
クリエイティブ脳を鍛えることで、マルチタスクを担えるマーケターになる。そんな道筋が1つありうると思います。
米島
マーケターの本質的な仕事は、「人の心を動かす」ことだと思います。では、どうすれば人の心を動かすことができるのか。そのスキルを身につけるために、AIを活用する方法がありうると思います。AIに対話相手になってもらって、感覚を磨いていくことができれば、マーケターとしての本質的なスキルの向上につながるのではないでしょうか。
馬渕
最後に、これからの取り組みの見通しをお聞かせください。
向野
生成AIはこれからどんどん進化していくと思います。その進化に後れないようにすること。それから、生成AIによってよりクリエイティブな領域で社員が活躍できる環境をつくること。その2つが大きな目標です。
柴山
生成AIがあるからこそつくれる、斬新なクリエイティブを生み出していきたいですね。
米島
生成AIの進化に合わせて、EC自体を進化させることを目指していきたいと考えています。
馬渕
生成AIの普及は、マーケターにとっても大きなチャンスであると思います。このチャンスをどういかしていくのか。これからの皆さんの取り組みに期待したいと思います。
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  • 馬渕 邦美
    馬渕 邦美
    Metaverse Japan 共同代表理事
    2009年:世界No2広告代理店グループのオムニコムのデジタル・エージェンシーTribal DDB Tokyo ジェネラル・マネージャーに就任。
    2012年:WPPグループである世界No1広告代理店オグルヴィ・ワン・ジャパン、ネオ・アット・オグルヴィの代表取締役に就任。
    2016年:オムニコム・グループのNo1PRエージェンシーであるフライシュマン・ヒラード SVP&Partner。
    2017年:PwCコンサルティングのエグゼクティブ・アドバイザー就任。
    2018年:Facebook Japan Director / 執行役員に就任
    2020年より現職。
  • 向野 孔己
    向野 孔己
    パナソニックコネクト
    IT・デジタル推進本部戦略企画部シニアマネジャー
    外資系IT企業で約20年間、ITの専門家としてウェブ、マーケティング、アジャイル、デジタル領域に従事。2022年1月パナソニック コネクトに入社し同社のAI活用プロジェクトをリードしている。
  • 米島 和広
    米島 和広
    モノタロウ
    マーケティング部門長
    米国系SIer・インド企業で、国内外のシステム導入後、2008年オイシックスにて、新規事業(海外/卸/JV)の立ち上げ・運営に関わり、全社の分析・テクノロジーマーケティングを担当。
    2018年 東京でのデータマーケティングチームの立ち上げメンバーとして モノタロウ入社。集客(SEO/広告)、サービスのよる顧客体験向上を経て、マーケティング全体を担当。
  • 博報堂テクノロジーズ
    執行役員 プロダクト開発センター長
    通信企業やWebメディア企業にて商品企画開発を経験したのち、2017年にnegocia株式会社を設立、代表取締役(現任)。2019年、negociaのアイレップへのM&Aに伴い、アイレップのテクノロジー領域全般を管掌。2022年よりアイレップ取締役CTO、博報堂テクノロジーズ執行役員。