話題のb8taでリアル店舗を検証の場に 事業・ブランドの成功確度をあげる新手法(前編)
多くの企業が新規事業や新ブランド開発に挑戦していますが、現状そういった開発を成功に導いたり支援したりする手法が確立しているわけではありません。米国発の体験型ストア「b8ta(ベータ)」と、博報堂ブランド・イノベーションデザイン(博報堂BID)の共同開発から生まれた「X-PROTO(エクス-プロト)」は、リアル店舗を検証の場として、事業やブランドの成功確度を高めるこれまでになかったソリューションです。この協業とソリューション開発の経緯について、ベータ・ジャパンCOOの羽田大樹さんと、博報堂BIDのチームのメンバーに聞きました。
羽田 大樹氏
ベータ・ジャパン株式会社 COO
鷹野 翔平
博報堂ブランド・イノベーションデザイン
イノベーションプラニングディレクター
髙橋 美帆
博報堂ブランド・イノベーションデザイン
イノベーションプラナー
児玉 誠周
博報堂ブランド・イノベーションデザイン
イノベーションプラナー
岡安 穂香
博報堂ブランド・イノベーションデザイン
イノベーションプラナー
※所属は取材当時
リテールを通じて人々に新たな発見をもたらす
──2020年8月に東京・有楽町と新宿にb8ta(以下、ベータ)が出店した際はたいへん話題になりました。あらためてベータのビジネスモデルをご説明いただけますか。
- 羽田
- 「リテールを通じて人々に新たな発見をもたらす」というのがベータのミッションです。一般的な小売店舗が目指すのは売上や利益の最大化ですが、ベータは「売る」ことを主要な目的とはしていません。来店されたお客さまがさまざまなブランドと出会い、新しい発見ができる場です。ブランドの存在を知り、その魅力を深く理解し、気に入ればその場で購入もできる──。その一連のプロセスを「体験」として楽しんでいただくことを目指しています。
マネタイズとしては、店内の区画を月単位で企業にお貸しするサブスクリプション型サービスを軸としています。このサービスでご提供するのは場所のほかに、私たちがテスターと呼ぶ店舗スタッフによる接客、そして店内のAIカメラで把握する顧客動線のデータです。テスターには大きく2つの役割があります。出品ブランドのアンバサダーとして、ブランドの魅力や特徴をお客さまに伝えること、そしてお客さまの声をお聞きしてブランド側にフィードバックすることです。時には1店舗あたり60以上のブランドが存在しますが、専任の社内トレーナーにより、接客ノウハウや高品質なフィードバックを得る方法を研修やシステムによって日々研鑽しています。
──店内のカメラで定量データを取得し、一方でテスターの皆さんが顧客のインサイトなどの定性データを集める仕組みになっているわけですね。
- 羽田
- そのとおりです。定性・定量の両データをご提供し、仮説の検証や商品開発にいかしていただくというモデルです。
──どのような企業が出品しているのでしょうか。
- 羽田
- 大手企業からスタートアップまでさまざまです。とくに多いのが、D2Cビジネスを新たに始める際のテストマーケティングと初期のデータ集めに活用いただくケースです。出品によって得られたデータを検証し、ブランドのピボットが必要かどうかを見極める。そんな活用法が多いですね。
アジャイルな事業開発ができるソリューションを
──では、博報堂とベータの協業のきっかけについてお聞かせください。
- 鷹野
- はじめに羽田さんにコンタクトさせていただいたのは、実はまったく別の文脈でした。私が担当している研修プログラムにご協力いただけないかという趣旨でした。しかし、羽田さんと対話を重ねる中で、研修よりも、企業の新規事業開発を支援するソリューションづくりの協業のほうにより大きな可能性があるのではないかという話になって、そちらの方向に大きく舵を切りました。それがこの協業の経緯です。
- 羽田
- ベータとしては、博報堂との協業には2つのメリットがあると考えました。ベータの店舗内ではさまざまなデータが取得できますが、その分析や活用に関する技術やノウハウについて博報堂の力をお借りすれば、より有効なデータの利用・活用法を出品いただく企業さまにご提示できる。そう考えたのが1つです。もう1つは、博報堂の広範なクライアントワークの知見から、企業の新規事業開発やブランド開発に関する課題感を学ばせていただけると考えたことです。
- 鷹野
- 私たちには、テストマーケティングができるリアルな場を展開していらっしゃるベータの力をお借りすれば、クライアントの新規事業開発のさまざまな課題を解決できるのではないかという見通しがありました。アジャイルな事業開発ができるソリューションをベータと一緒に開発し、クライアントのチャレンジを支援したい。と考えたわけです。
──ソリューションを開発するにあたって、どのようにチームを組成したのですか。
- 鷹野
- クライアントのD2Cビジネスの課題を解決しようとするときに、必要なのは若い世代の感性だと思いました。そこで、日頃一緒に仕事をしている若手のメンバーに声をかけて、2021年の夏に博報堂側のチームをつくりました。
- 羽田
- チームメンバーの皆さんと初めてお話をしたときに「これはいける」という確信を得ましたね。一人ひとりの能力がたいへん高いことだけではなく、人柄の素晴らしさを感じたからです。
──どのような課題感をもってチームに参加されたのか、お一人ずつお聞かせください。
- 髙橋
- これまでクライアントと並走させていただく中で、新規サービス開発の難しさを感じていました。サービスには必要な構成要素がたくさんあるのですが、それを一つ一つ別々に開発しているので、サービス全体でどのような価値を生み出せるかという統合的な視点を持ちづらい、そんなケースが少なくありません。サービスが生み出す体験価値をトータルに検証できるソリューションがあれば、そのような課題を解決できる。そう考えて、チームに参加しました。
- 児玉
- 僕は以前から、b8taが提唱している「RaaS(リテール・アズ・ア・サービス)」という考え方にとても共感していました。空間の中でブランドの世界観を体験してもらうというb8taのモデルと僕たちの知見を組み合わせれば、これまでできなかったこともできるのではないかと考えて、ワクワクしながらチームに参加させてもらいました。
- 岡安
- 私はプランナーとしてプロダクトデザインを担当させていただくことがあるのですが、D2Cブランドにおいては、プロダクトだけを考えるだけではユーザーに魅力的な体験を提供することは難しいと感じていました。様々なタッチポイントとプロダクトのコンセプトを統合して、ユーザーの体験価値を最大化するソリューションをb8taの皆さんとぜひ一緒につくりたい。そう思ったのが、チームに参加した理由です。
デジタルネイティブな時代に合った検証方法とは
──チーム結成後に、ソリューション開発に向けた実証実験を行ったとのことです。その概要についてお聞かせください。
- 鷹野
- はじめは、まったくのゼロベースからどのように実証実験を進めるべきか議論しました。D2Cのテストマーケティングを行う場合は、ポップアップストアを、例えば銀座や表参道などに出店するのがよくとられる手法です。しかしこの方法には非常にお金がかかるという問題があります。一方、ユーザーテスト・ホームユーステスト・クラウドファンディングといった手法もありますが、こちらは検証可能な内容に制限があります。こういった既存の手法よりもリーズナブルでコンパクトにかつ、総合的な検証ができる手法はないだろうか──。それが当初の発想でした。
- 児玉
- 現代のようなデジタルネイティブな時代に合った検証方法は何だろうと考え、サイネージを使った体験設計や、カメラを使ったデータ取得などを組み合わせるのがいいのではないかということになりました。そこで、ベータの中にそのような空間をつくらせていただくことになったわけです。
- 羽田
- ベータでは、通常のスペース以外に「エクスペリエンスルーム」という、一社で自由にお使いいただける半個室型の空間を用意しています。そこで実証実験を行おうという話になりました。
- 児玉
- 今回の実証実験にご協力いただいたのは、生花販売を手掛けるD2Cブランドです。そのブランドのコンセプトの特徴は、花を贈るシチュエーションやストーリーを重視するところにありました。ベータのエクスペリエンスルームでいくつかのストーリーをつくって、どのようなストーリーに興味を持ってもらえるかを検証しようということで方向性がまとまりましたね。
- 髙橋
- たいへんだったのは、方向性が決まってからでした。私たちはR&Dの組織ではないので、技術力や開発経験があるわけではありません。そこでグループ内の研究開発部門である、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター の技術や知見を活用させてもらい、ソリューションの開発と実証実験を進めました。ルーム内でのお客様の行動動線データと、展示するサイネージ配信のログデータを関連付けて解析する技術を活用することで、お客様が興味を持つコンテンツの検証を実現しました。
- 鷹野
- 空間内を認知エリア、理解エリア、購買エリアなどにゾーニングして、そのそれぞれでお客さまの行動を検証していくというのが具体的なアプローチでした。一人ひとりの訪問客の動きをトレースする仕組みをつくったほか、アンケートに答えてもらったり、ベータのテスターさんに話しかけてもらったりするなどして、定量と定性両方のデータを集められるようにしました。その点では、ベータが日頃取り組まれているデータ収集の考え方を踏襲させていただき、そこにアレンジを加えたわけです。
- 羽田
- しかし実際にやってみると、なかなかこちらの想定どおりには動いてもらえないんですよね(笑)。
- 岡安
- サイネージではエリアごとにブランド理解を促進するムービーを流したのですが、想定していた通りの順番に見てもらえるわけではなく、来店者の動線を計測しながら実験の間に何度も微修正し理想の動線を設計しました。その点では、この実証実験のプロジェクト自体がアジャイル型だったと言えると思います。
(後編に続く。後編では、実証実験の成果と、そこから生まれたソリューション「X-PROTO」をめぐる対話をお届けします)
※X-PROTOに関する問い合わせ先
X-PROTO運営事務局 x-proto@hakuhodo.co.jp
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羽田 大樹氏ベータ・ジャパン株式会社 COO大学院卒業後サントリーに入社し、ビールの商品開発やスピリッツ事業企画に従事。バイエル薬品へ転職し、OTC事業の拡大にブランドマネジャーとして貢献。その後マッキンゼーにて、主に消費財と小売業の経営戦略の立案やコスト削減に携わる。2021年3月より現職。米ノースカロライナ大学チャペルヒル校MBA
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博報堂ブランド・イノベーションデザイン
D2C Design Studioリーダー
イノベーションプラニングディレクター博報堂入社後、ストラテジックプラニング職として、多様な業種の戦略立案業務に従事。
その後、博報堂DYグループ内の社内公募型ビジネス提案制度:AD+VENTUREの下、経営者として新規事業/新サービス開発に携わる。現在は自身の経験を活かし、事業・商品・サービス開発及びUX戦略・ブランド戦略のコンサルティングを行っている。
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博報堂ブランド・イノベーションデザイン
D2C Design Studio
イノベーションプラナー博報堂入社後、関西営業局を経て、 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局に所属。マーケティングコミュニケーション戦略の立案業務から、近年は主に事業開発支援に従事。
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博報堂ブランド・イノベーションデザイン
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イノベーションプラナー/UXプラナー博報堂入社後は、トイレタリー・通信情報機器・飲料等、 様々な業種の戦略立案を経験。ブランド・イノベーションデザイン局に所属後は、イノベーションデザインカンパニーへの出向経験を活かし、デザイン思考をベースとした事業・商品・サービス開発、デザインリサーチ、UI・UXデザインに従事。
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イノベーションプラナー博報堂入社後は、飲料・食品・卸売業・通信業等の戦略立案業務に従事 。プロダクトデザインを専攻していた経験を活かし、サービスデザイン発想に基づいたプロダクトデザイン・商品開発を行っている。