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対談!EC+【第9回】──「メディア型コマース」ってなに? 顧客との確かな絆をつくる新しい手法
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対談!EC+【第9回】──「メディア型コマース」ってなに? 顧客との確かな絆をつくる新しい手法

博報堂DYグループ内のEC領域のナレッジやスキルを集約し、クライアント企業のEC事業を戦略構築から実装・運用までフルファネル、ワンストップでサポートする「HAKUHODO EC+」がお送りする、EC事情の最前線をさまざまなプロフェッショナルの方とご紹介する連載「対談!EC+」。
「対談!EC+」の第9回は、2年前に日本に上陸して話題を集めた体験型ストア「b8ta(ベータ)」のCOOを務める羽田大樹さんをお招きし、「メディア型コマース」をテーマに語り合いました。「メディア型コマース」とは何か。そして、リアル店舗とECのこれからのあるべき関係とは──。

羽田 大樹氏
ベータ・ジャパン株式会社 
COO

鷹野 翔平
HAKUHODO EC+
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局
D2C Design Studioリーダー
イノベーションプラニングディレクター

奥山 貴弘
HAKUHODO EC+リーダー
博報堂 ショッパーマーケティング事業局
メーカーDX推進グループマネージャー

「売る」ことを主目的としないリアル店舗

奥山
ECはこれまで、いつでもどこでも好きなときに買い物ができるという利便性を最大のメリットとして発展してきました。しかし、オンラインでものを買うことが当たり前の時代になってきて、利便性以外の価値を人々はECに求めるようになっています。私たち、HAKUHODO EC+は、「買い場」という機能を超えて、人と人、人とブランドがつながる場になる可能性がECにはあると考えています。

さて、今回は「メディア型コマースの可能性」をテーマに、b8ta(以下、ベータ)のCOOである羽田さんにお話を伺っていこうと思います。まずは、体験型ストアの先駆けであり、「メディアとしての店舗」として多くの生活者を引きつけているベータの概要について、あらためてお聞かせいただけますか。

羽田
ベータの最初の店舗は2015年にシリコンバレーで開店し、その後全米で最大23店舗まで拡大しました。日本に参入したのは2020年です。コロナ禍が急速に拡大している中でリアル店舗を出店したこともあって、多くの方に注目していただきました。

店舗内のスペースを企業に月単位で貸し出し、私たちがテスターと呼んでいる接客スタッフがお客さまとのコミュニケーションの中で得たカスタマーボイスなどの定性データと、店内のAIカメラで捉えた顧客動線などの定量データからインサイトを発見し、出品企業にご提供する。それがベータのビジネスモデルです。
ベータの最大の特徴は「売ることを主目的にしない」点にあります。店舗における売上や利益を追求するのではなく、「ブランドを体験していただく空間」を提供するのがベータのコンセプトです。テスターにはものを売るというミッションはありません。お客さまにブランドの特徴や魅力をプレゼンテーションすることと、お客さまの生の声を収集することがテスターの役割です。もちろんその場で商品を購入していただくことも可能ですが、その売り上げは出品企業に100%お返ししています。

鷹野
ベータのテスターの皆さんのデモンストレーションのスキルが非常に高いのもベータの特徴だと思います。商品のスペックや機能だけではなく、ブランドの背景にあるストーリーや開発哲学などをフェイストゥフェイスでわかりやすく伝えられるのは、リアル店舗ならではであり、ベータならではですよね。
羽田
ウェブなどでの情報の伝え方は、どうしても一方向的になりがちです。それに対してリアル店舗では、お客さまの反応を見ながら対話の内容を変えたり、お客さま自身が気づかれていなかったニーズを引き出したりすることができます。それによってお客さま、ブランドの両者がハッピーになり、いい価値をご提供できたことで私たち自身もハッピーになれる。それがベータのモデルの一つの本質であると考えています。

商品の中にコンテンツを包摂する

奥山
まさに、店舗がブランドの価値を伝える「メディア」として機能しているということですね。EC事業開発の視点から見ても、こういった「メディア型コマース」の考え方が今後重要になっていきそうですね。

鷹野
そう思います。これからのEC事業開発では、「商品とコンテンツの掛け合わせ」が非常に大切になると考えています。これは、いわゆるコンテンツマーケティングとは似て非なる手法です。商品を売るためにコンテンツを活用するというのがコンテンツマーケティングの考え方です。この場合のコンテンツは、商品が開発され販売される段階になって用意されることがほとんどです。それに対して、今後必要になるのは、「商品そのものの中にコンテンツを包摂する」という考え方です。

例えば、エシカルな素材を積極的に使ったり、商品開発の段階から有識者と協業したり、プロトタイピングの段階でアンバサダーになってくれるユーザーの意見を聞いたりするといった取り組みが考えられます。商品そのものの中にストーリー性を織り込んで、それをコンテンツとして商品と一緒に世に出していくという方法です。

奥山
なるほど。そういったコンテンツを、オンラインやオフラインのさまざまな接点で生活者に届けていくのが「メディア型コマース」ということですね。
鷹野
そうです。コンテンツを軸として、SNS、ECサイト、ライブコマース、リアル店舗、ポップアップストア、コールセンター、あるいは外部のコンテンツメディアなど、多面的な接点でコミュニケーションを展開していくことができれば、ブランドの価値を立体的に伝えることができるし、購買してもらえる機会も格段に増えるはずです。ベータは、そういった接点の中でも有力なメディアの一つと言っていいと思います。
奥山
EC事業開発を進めていく際には、テストマーケティングも重要になります。ベータは、そういったテストマーケティングの場としても有効なのでしょうか。
羽田
有効だと考えています。EC事業開発における課題の一つは、ターゲットとなる顧客の理解です。あるペルソナを仮説として設定しても、それが本当に正しいかどうかを検証することは簡単ではありません。その検証にベータを活用していただくことができます。

ベータの店頭では、どのような人が商品に興味をもったか、どのような人が購買に至ったかがわかるだけでなく、どういう人が興味を示さなかったか、どういう人には買ってもらえなかったかがわかります。そういった情報を参照することで、ブランドの方向性をピボットしたり、仮説を確かなものにしたりすることが可能です。そこからブランドの世界観を確固たるものにして、ECの戦略を描いていく。そんな方法を企業の皆さんにはご提案しています。

リアルでの実証実験を支援するソリューション「X-PROTO」

奥山
博報堂ブランド・イノベーションデザイン局は、クライアントのEC事業開発を支援する中で、「MVS(ミニマム・バイアブル・サービス)」という考え方を提唱していますね。これについて説明していただけますか。

鷹野
EC事業開発は年々高度化しています。生活者の購買行動が多様化し、タッチポイントも拡大しているからです。どのタッチポイントでどのようなコンテンツを発信し、かつそれぞれのタッチポイントをどのように統合していくか──。それを考えるのは簡単ではありません。

その課題を解決できる考え方の一つが「MVS(ミニマム・バイアブル・サービス)」です。プロダクト開発では、実用最小限の製品を作り上げていくことを「MVP(ミニマム・バイアブル・プロダクト)」と言いますよね。ミニマム・バイアブル、すなわち実現可能な最小限の構成要素から実現していくという考え方です。MVSはそのサービス版と考えていただければいいと思います。

例えば、商品本体、ECサイト、SNS、ポップアップストアのそれぞれで体現したい価値がある場合、それをまずはミニマムな形で実現し、生活者に提示してフィードバックをもらい、改善を加えながら構成要素を徐々に増やしていく。それがMVSの具体的な進め方です。いわゆる新規事業開発時に採用されることの多い、リーンスタートアップに近い方法論ですね。

奥山
その方法論を体現するソリューションが、博報堂とベータが共同で開発した「X-PROTO(エクス-プロト)」というわけですね。
鷹野
そうです。「X」には、体験(エクスペリエンス)という意味と、トランスフォーメーションという意味の両方が含まれています。そのプロトタイピングを行うためのソリューションがX-PROTOです。MVSの考え方をベースに、ベータにある「エクスペリエンスルーム」を使って新しいブランドの検証を支援するのがX-PROTOの基本的な機能です。
羽田
ベータには、通常の展示スペースのほかに、企業に一定期間自由に使っていただける半個室のスペースがあります。それがエクスペリエンスルームです。そこにサイネージなどを設置して導線を設計し、カメラなどのセンシング技術で顧客動線を捉えることで、お客さまがその空間における体験のどこに興味があって、どこに興味がないかがわかるようになっています。導線設計も、マーケティングファネルの流れに準じて、認知、理解、購買意欲といった段階ごとのゾーニングを行ったり、その場でアンケートを行う仕組みなどをつくったり、場合によってはベータのテスターがお客さまに話しかけたりして、定量、定性両方のデータが取れる仕組みになっています。

奥山
そこで得られたデータは、ECサイト内の導線設計にもいかせるのでしょうか。
鷹野
そう考えています。商品の提示の仕方、コンテンツの配置、ランディングページの構成など、ECサイト全体の導線をリアルでの実証実験の結果をもとに設計できるのが、EC事業開発に対してX-PROTOがご提供できる価値です。
奥山
この取り組みにおけるベータと博報堂のそれぞれの役割をご説明いただけますか。
鷹野
私たちの一番の役割は、クライアントの課題を理解し、実証実験のコンセプトを組み立てることです。例えば、ブランド訴求メッセージの仮説が二つある場合、展示期間を二期間に分けて、ABテストを行う実験計画を策定します。それを踏まえて、エクスペリエンスルームのゾーニングやサイネージに投影するコンテンツ内容、あるいはアンケート取得の仕組みなどを提案させていただくことになります。
羽田
私たちがご提供できるのは、エクスペリエンスルームという空間と、その中で取得できる定量、定性データです。そのデータをどう分析して、どう活用していくか。そのコンサルテーションは博報堂の皆さんが得意とするところだと思います。

「エレクトロニック・コマース」から「エンゲージメント・コマース」へ

奥山
今後、生活者の購買行動はどう変化していくと考えていますか。
鷹野
ブランドのストーリーや哲学が今後はますます重視されるようになるのではないかと思います。「何を買うか」ということは、生活者にとっては一種のセルフブランディングであると私は考えています。どのような商品、どのようなブランドを選ぶかが、そのまま自分自身の表現になるということです。生活者の意識や行動がそのような方向に向かっている中で、ブランドを展開する側はこれまで以上に自分たちのスタンスを明確にしていく必要があるのではないでしょうか。

羽田
リアル店舗における購買行動という点で見ると、コロナ禍以降の傾向として、目的来店、目的購買が明らかに増えています。ふらっと立ち寄るのではなく、目当ての商品を目指して店を訪れるということです。店舗を展開している側は、来店していただく意味や価値をしっかり訴求していくことが必要となっています。その意味では、店舗自体のブランディングもこれからはさらに求められるようになると思います。
奥山
ベータに来れば、こんな新しい発見があります。こんな新しい体験ができます──。そういったことを伝えていかなければならないということですよね。
羽田
おっしゃるとおりです。加えて大切なのは、来てくださったお客さまに確実に「Wow!」をお届けすることです。お客さまの五感に訴えて、心を動かして、目がキラキラと輝くような体験をご提供すること。それがメディアとしてのリアル店舗の可能性なのだと思います。
奥山
「心を動かす」というのはたいへん重要なキーワードですね。オフラインでもオンラインでも、いかに生活者の心を動かすことができるか。それがこれからのマーケティングのポイントになっていきそうです。
鷹野
同感ですね。今後のECの「E」は「エレクトロニック」ではなく「エンゲージメント」という意味合いにどんどんシフトしていくのではないか私は思っています。現在EC事業開発に取り組まれているクライアントの多くは、D2Cのモデルを目指されています。私がよくクライアントにお伝えしているのは、D2Cとは「関係性のビジネス」であるということです。顧客との関係を深めていく中で、コミュニケーションの一つのあり方として「売る」ことがあるのであって、はじめから「売る」ことだけを目的としてしまったら、継続的で深い関係を築くことはできません。ブランドに対する顧客のエンゲージメントを獲得することが、結果的に購買につながる──。それがこれからのマーケティングのモデルであり、それをリアルで実践しているのがベータなのだと思います。
奥山
「関係性のビジネス」の入り口をいかにつくっていくか──。その視点に立てば、オンラインとオフラインの区別はないと言ってもいいかもしれませんね。これからもそれぞれの領域で、クライアントや生活者をハッピーにしていく取り組みを続けていきましょう。今日はありがとうございました。
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  • 羽田 大樹
    羽田 大樹
    ベータ・ジャパン株式会社
    COO
    大学院卒業後サントリーに入社し、ビールの商品開発やスピリッツ事業企画に従事。バイエル薬品へ転職し、OTC事業の拡大にブランドマネジャーとして貢献。その後マッキンゼーにて、主に消費財と小売業の経営戦略の立案やコスト削減に携わる。2021年3月より現職。
  • HAKUHODO EC+リーダー
    博報堂 ショッパーマーケティング事業局
    メーカーDX推進グループマネージャー
    2004年博報堂中途入社。大手通信会社を中心に長らく営業職を担当し、2019年より現職。ショッパーマーケティング・イニシアティブのメンバーとして、EC領域に特化した組織横断型プロジェクトチームである「HAKUHODO EC+」を推進する。
  • HAKUHODO EC+
    博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局
    D2C Design Studioリーダー
    イノベーションプラニングディレクター
    博報堂入社後、ストラテジックプラニング職として、多様な業種の戦略立案業務に従事。
    その後、博報堂DYグループ内の社内公募型ビジネス提案制度:AD+VENTUREの下、経営者として新規事業/新サービス開発に携わる。現在は自身の経験を活かし、事業・商品・サービス開発及びUX戦略・ブランド戦略のコンサルティングを行っている。