
対談!EC+【第20回】コマースのグローバルトレンドってなに?Shopifyと考える顧客起点のコマース設計
博報堂DYグループのECプロフェッショナル集団「HAKUHODO EC+」のメンバーが、外部の専門家と語り合う連載「対談!EC+」。今回は世界最大級のマルチチャネルコマースプラットフォーム「Shopify」を提供するShopify Japan株式会社の熊澤 絵那さんをお招きして、グローバルにおける先進的なコマースの取り組みとユニファイドコマースを軸にした最新のEC戦略について語り合いました。
連載一覧はこちら
(写真左から)
奥山 貴弘
HAKUHODO EC+ リーダー
博報堂 コマースコンサルティング局 局長補佐
熊澤 絵那氏
Shopify Japan株式会社 パートナー・ディベロップメント・マネージャー
小田 塁
HAKUHODO EC+
博報堂 コマースコンサルティング局
コマースマーケティング部 ビジネスプラニングディレクター
世界的なEC需要の拡大とエンタメ化・リッチ化する市場
- 奥山
- ECがエンタメ化・リッチ化しているなかで、商品の提供者も従来の購買チャネルに留まらず、消費者同士の繋がりを生む「入口」としてECを捉え直しています。
今回は、グローバルにおけるECの現状と、それが日本のEC市場とどう連携されていくのかという視点からディスカッションを進めていきたいと考えています。それでは、まず皆さんの簡単な自己紹介をお願いできますでしょうか。
- 熊澤
- 私は2021年にShopify Japanに入社し、現在は日本市場のパートナー企業と協業しながらShopifyを拡大していくことがミッションになっています。その前に勤めていた飲料系の会社ではShopifyの立ち上げ・運営に関わっていました。当時はコロナ禍でEC需要が急増し、お客様からオンライン販売の要望が高まっていたなかでShopifyに出会い、その可能性に衝撃を受けたのを覚えています。
- 小田
- 私は前職では大手ECプラットフォーマーでの経験を積んできました。その知見を活かし、現在は企業のECを起点とした事業戦略や、その先のマーケティングとコマース領域を統合した支援を行っています。
- 奥山
- 急成長しているShopifyですが、現在の日本市場ではどのくらい使われているのでしょうか?
- 熊澤
- Shopifyは世界175カ国以上で展開され、すでに数百万の事業者に利用されています。また、日本市場に上陸してからも右肩上がりの成長を続けており、中小企業から大企業まで幅広く導入が進んでいます。
この成長の背景には、コロナ禍でEC開始を迫られたことが大きく影響しました。現在はオフライン活動が再開されていますが、EC市場は依然として拡大傾向にあり、新規参入者に加えて既存ECの持続的成長や戦略の見直しを求める企業の相談が増加しています。
- 奥山
- Shopifyが行っている先進的なコマースの取り組みについて詳しく紹介していただけますか。
- 熊澤
- EC業界に限らずさまざまな分野でAIが注目されていますが、ShopifyでもECに特化したAI技術の開発に力を入れています。例えば、AIを活用して画像修正や背景変更が簡単に行える機能や、チャットの利便性向上、メールの自動化などを進めています。FAQでは過去のデータを基にした適切な回答の提案や新たな質問のサジェストが可能となっています。
最も特徴的なのは「Sidekick(サイドキック)」というAIコマースアシスタント機能です。SidekickはAIを活用し、日常言語で、レポート作成やコンテンツ生成、設定確認やマーケティング提案などに対応します。例えば、従来は手動で行っていた割引クーポンの発行やレポート作成が、AIとの会話で自動化され、EC業務の効率化につながります。現在、一部のマーチャントにはすでに展開が始まっており、この機能が本格的に普及すれば、業界におけるゲームチェンジャーとなると考えています。
NRFで見えてきたECのグローバルトレンドとAI活用の重要性
- 小田
- 今年のNRFではAIが大きなトピックとなっており、「AIを活用してどのように従業員体験(EX)を向上させるか」ということに注目が集まりました。全体的には、AIを使って作業を効率化し、従業員はより価値の高い業務に集中することで、顧客体験(CX)の向上へと繋がるという考え方が強調されていましたね。このように、AIが業務効率化とCX向上の成長サイクルの核となる点が話題になっていたのが印象的でした。
- 熊澤
- Shopifyが掲げる「Make commerce better for everyone(すべての人にとってコマースをより良くする)」というミッションにはいくつかの要素が含まれているのですが、その中のひとつが“コマースの民主化”です。事業者にとって最も重要な部分であるビジネスの成長や顧客により良い体験を提供することへ集中できるように、Shopifyがあらゆる障壁をテクノロジーで取り除き、技術面でのサポートや機能強化に取り組むという考え方になっています。
これはAIにも通じる部分があり、AIを活用することで「マーチャントがどのように売り上げを増やし、ビジネスを成長させるか」というのをサポートすることが重要だと思っています。
- 奥山
- EC領域では、オンラインだけでなくオフラインも統合して考える「ユニファイドコマース」も重要になってきています。この点について、Shopifyでの取り組みやグローバルのトレンドについて教えてください。
- 熊澤
- Shopifyのユニファイドコマースは、従来の「オムニチャネル=連携」から一歩進み、販売チャネル・データ・バックエンドを“単一のデータベース”で管理する点が特徴です。従来のオムニチャネルが複数チャネルを連携させるのに対し、Shopifyの考えるユニファイドコマースは全データを一元管理する「ワンブレイン型」のシステムです。これにより、店舗・EC・SNSといった多彩なチャネルでのコンバージョン機会の増加、さらにはバックオフィス業務の統一化によって業務効率化や技術コストの削減も実現し、最終的にはパーソナライズ強化による顧客体験の向上が期待できます。従来は別々のプロファイル管理によりパーソナライズが困難でしたが、ユニファイドコマースではオンライン・オフラインの顧客データを統合することで、ECサイトと実店舗で同じ顧客を識別し、一貫したサービスの提供が可能になります。このようにデータ統合による高度なパーソナライゼーションと、顧客プロファイルを通じた体験の最適化がユニファイドコマースの本質的な価値だと言えます。
- 小田
- 2015年から2020年頃までは、主にチャネル別にサイロ化していた顧客データをもとにしたツーブレイン型のO2O(オンラインtoオフライン)型アプローチからオムニチャネル化のアプローチが加速した期間でした。しかし、コロナ禍をきっかけに、よりリアルタイムにオンラインとオフラインのデータを統合し、最適な顧客体験を提供するニーズが高まりワンブレイン型のモデルが本格的に広まり始めました。Shopifyさんはこの流れをいち早く捉え、2020年代前半からワンブレイン型のユニファイドコマースの実現に向けて取り組んでらっしゃったと思っています。
- 奥山
- 小田さんにお伺いしたいのですが、ユニファイドコマースの概念には、OMO( Online Merges with Offline )やオムニチャネルなどと似たような言葉がいくつもありますよね。そのあたりの概念は、歴史的にどのように変化してきたのでしょうか?
- 小田
- 先程もお話したように、2010年代からオムニチャネルがバズワード化し、オフラインとオンラインの統合が議論されました。当時は主にサイロ化していたデータの技術的なつなぎ込みや、店頭やECといった売り場の統合が主であり、統合した後に「次は何をするか?」ということが問われるようになったことで、顧客体験やデータ活用の最適化が注目されたのです。その後、2020年ごろにはOMOの概念も広まり、オンラインとオフラインを一体化させた顧客体験が重視されるようになります。
コロナ禍ではオンラインの重要性が高まりましたが、海外のコロナからの回復が本格的となった2021年以降は再度オフラインの価値が再評価されました。特にアメリカでは「オフラインの価値軸にオンラインを統合する」という考え方が強まりました。
この流れのなかで、システムや売り場といったハードウェア統合を前提に、ソフトウェア面で顧客や従業員体験を最適化するといった、ユニファイドコマースの考え方が2021年から2023年に浸透しました。アメリカではこのユニファイドコマースの考え方が広く浸透しているとともに、実装・実践フェーズにあります。
- 熊澤
- 世界的なトレンドとして、消費者の多くが店舗で買い物をしながらスマートフォンで小売業者のウェブサイトやECサイト、アプリにアクセスしていることがわかっています。これは、店頭の棚やPOPだけの情報ではなく、より詳細な商品レビューを確認したり、さらに深い情報を得たりしたうえで購入を決定したいという、消費者の意思の表れではないかと思います。
- 小田
- 店頭とアプリが連携していれば、QRコードを読み取るだけで商品ページにアクセスし、レビュー確認や購入がスムーズに行えます。さらに、棚のバーコードをスキャンしてレビューを表示できる仕組みがあれば、購買体験の利便性は大幅に向上するでしょう。日本ではこういったアプリを通じて購買体験を強化する取り組みは、まだ拡大余地が非常に大きい領域だと感じています。
- 熊澤
- そうですね。もちろん、店舗の規模が日本と異なるのも影響しているとは思いますが、アメリカでは店舗内でGPSを活用し、自分がどの棚やどの列にいるのかをリアルタイムで把握できる仕組みが導入されている事例もあります。こうすることで、位置情報に応じて表示される情報が変わるなど、よりパーソナライズされた買い物体験が可能になっています。
日本のEC事業者が取り組むべき「顧客起点」のEC構築と「従業員体験」の向上
- 奥山
- 日本でユニファイドコマースが今後浸透していくために必要なことはなんでしょうか?
- 小田
- 海外でユニファイドコマースが進んでいる理由のひとつは、実行力を持つリーダーが強いリーダーシップを発揮し、変革を主導している点にあります。
日本でもこうしたリーダーシップが今後もっと必要になると思いますし、ECの担当部署やマーケティング部署の強力な連携体制が必要になってくると考えています。
- 熊澤
- いわゆるレガシーシステムが使われ続けていることが多いことも、一つの課題として考えています。これは経産省のDXレポートでも指摘されており、過度なカスタマイズが柔軟性を欠きシステムが“スパゲッティ状”に絡み合ってしまい、ブラックボックス化を招いています。その結果、システムを市場変化に合わせて柔軟に対応できない状況を引き起こしています。
- 小田
- また、「顧客起点」でECやコマース事業を構築する視点を持つことも重要です。オンラインとオフラインの境界がなくなった今、企業には顧客中心のサービス設計と、オンライン・オフライン問わず従業員が評価されるシステムの整備が求められています。
- 奥山
- 今までもマルチチャネルやオムニチャネル、OMOなどが言われてきましたが、主に注目されていたのは顧客がブランドと触れる入り口、つまりオンラインとオフラインの接点の融合でした。しかし実際には、事業者側の組織や役割、データ管理の問題に課題があることが多く、なかなか融合が進まないボトルネックとなっているのかもしれません。
ユニファイドコマースを推進していくためにも、こうした組織やデータ活用をしっかり整備し、事業者がどのように取り組むべきかという点が重要な軸になってきていると感じています。
- 熊澤
- まさに、ユニファイドコマースの重要な視点は、顧客目線に立って、どうすれば顧客にとって良い体験を提供できるかを起点に設計していくことだと思います。そのうえで、パーソナライゼーションを実現するためには、データ活用が非常に重要になってくるでしょう。
マーケティングとECを統合的に支援し、ビジネスの成長を加速させる
- 奥山
- ECの進め方はマーケティング戦略と密接に関わっている部分が大きいですよね。マーケティングは商品やブランドの認知を高める役割を果たし、顧客に適切なタイミングでアプローチをかける必要があります。その一方で、ECはそのアプローチを受けて実際に購買に繋げるための要素として機能します。つまり、マーケティングとECが相互に補完し合い、両方をバランスよく強化することが肝になると考えています。
- 小田
- かつては、テレビや広告などで認知を得て、そこから店頭で購入するという流れが一般的でしたが、スマホを介した情報取得のデジタルシフトが進んだ今では従来の認知・興味関心・比較検討・購買といったファネルをすっとばした、インパルス型の購入スタイルも多く なり、商品に対する刺激や認知がその場で購買行動に繋がることが多くなっています。
従来のマーケティングファネルが機能しにくくなるなか、企業側はマーケティングと販売の境界が曖昧になっている現状を踏まえ、両者を分けずに一貫した戦略を展開することが大事になるでしょう。
- 熊澤
- Shopifyのデータによれば、マーケティングチャネルとしてコネクテッドTV広告(CTV広告)が台頭してきている傾向があり、マーチャントが投資する広告費の割合も増加しているようです。これは多くのマーチャントが広告効果を可視化したいと考えていることが背景にあるのではないでしょうか。
- 小田
- NRFでも話題になりましたが、2025年にはアメリカにおけるリテールメディアの広告費がテレビ広告を上回ると予測されています。まさにリテールメディアを活用したマーケティング活動が急成長しており、従来のマスメディアを凌ぐ勢いで拡大しているのです。この流れからも、マーケティングとコマース、そしてリテールの領域が密接に結びついていることが明確に示されていると感じています。
- 奥山
- 今回、博報堂が「 Shopify Plus パートナー」に認定されたことで、お互いの強みを活かしながら、事業者の皆さまへの支援をより一層強化していきたいと考えています。そんななかで、熊澤さんの視点から見て、博報堂の強みはどこにあると感じていますか?
- 熊澤
- 日本のEC事業者の状況は大きく変化しています。コロナ禍ではECサイトの開設が最優先だったのが、現在はECをいかに成長させて売上を伸ばすか、ビジネス全体を発展させる戦略をどう描くかという段階に移っています。この変化のなかで、単なるストア構築にとどまらず、複数のチャネルにおける成長支援やマーケティングまで一貫したソリューションを提供できることは大きな魅力です。特にマーケティング分野での強みは、今後の展開に大いに期待できるポイントだと考えています。
日本の市場は縮小傾向にあり、国内に目を向けるだけでなく、成長を目指すためには新たなチャネルの拡大が重要になってきます。また、現在活用しているシステムや組織が本当に最適なのかをあらためて見直すタイミングに来ているのではと感じています。私たちは、ユニファイドコマースを実現するための多様な機能を備えたプラットフォームを提供しており、今後は博報堂とも連携しながら、事業者のビジネス成長を加速させるために多面的な支援を推進していきたいと考えています。
- 小田
- 事業戦略を考える際には、圧倒的に顧客視点を重視することが大切です。それこそ、日本人が得意とする「おもてなしの精神」だと思いますし、博報堂は日本で最も生活者のことを知り尽くしている会社だと考えているので、その強みを活かしながらShopifyとともに「顧客起点のコマース設計」をしていきたいですね。
他方で、企業側も組織の壁を越えて変革に取り組む覚悟が求められるでしょう。実際に最初の一歩を踏み出すのが難しいこともありますが、強いリーダーシップで取り組めば、ビジネスが大きく前進するのではないでしょうか。
「HAKUHODO EC+」について
https://www.hakuhodo.co.jp/ecplus
博報堂DYグループ内各社および協力会社のナレッジやスキルを集約し、ECを起点とした企業の様々な価値創造DXの推進をワンストップでサポートするために、EC領域に特化した博報堂DYグループ横断型プロジェクト。新しいコマース、新しいECの可能性をいち早くキャッチし、市場分析・課題発見・戦略構想からシステム開発・EC サイト構築、実装・集客・CRM、さらにはフルフィルメントやコンタクトセンターなどの運用にいたるまで、あらゆるバリューチェーンにおいて企業のマーケティングDX・事業成長をフルファネルで支援。
この記事はいかがでしたか?
-
熊澤 絵那氏Shopify Japan株式会社
パートナー・ディベロップメント・マネージャー2021年Shopify Japan入社。日本におけるパートナーシップを担当し、パートナーエコシステムの拡大・深化に従事。戦略的パートナーシップの構築と協業機会の創出、そしてパートナー企業がShopify製品やサービスを通じて顧客を成功に導くためのビジネス開発・支援を行う。
-
HAKUHODO EC+ リーダー
博報堂 コマースコンサルティング局 局長補佐2004年博報堂中途入社。大手通信会社を中心に長らく営業職を担当し、2019年より現職。EC領域に特化した組織横断型プロジェクトチームである「HAKUHODO EC+」のリーダーとしてEC領域を起点とした事業支援および協業パートナーとのアライアンスを推進。
-
HAKUHODO EC+
博報堂 コマースコンサルティング局
コマースマーケティング部 ビジネスプラニングディレクター2019年博報堂中途入社。マーケティングリサーチ会社や大手ECモールでのキャリアにおけるデータ・ドリブンな事業支援経験をもとに、様々な企業のEC事業戦略策定から施策の実行にいたるフルファネルでのコンサルテーションに従事。
「HAKUHODO EC+」のメンバーとしても、グループを横断したEC業務対応やソリューション開発を推進。