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【第2回】自然生態系の原理はファンビジネスに応用できるか ~東大・島田研究室×ミライの事業室
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【第2回】自然生態系の原理はファンビジネスに応用できるか ~東大・島田研究室×ミライの事業室

博報堂「ミライの事業室」のアカデミア連携の取り組みを紹介する連載の第2回。今回は、東京大学准教授で、統計物理学の研究者である島田尚先生をお招きして、自然科学とファンビジネスの関連について語り合いました。物理や自然の法則からファンコミュニティのモデルをつくることはできるのか──。それぞれの立場からの興味深い意見が交わされました。

島田 尚氏
東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻/数理・情報教育研究センター
准教授

谷口 晋平
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 
ビジネスデザインディレクター

諸岡 孟
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 
ビジネスデザインディレクター


自然生態系の知見を持ち込み社会や経済を分析する

諸岡
ミライの事業室がこれまでアカデミアとの連携を模索してきたのは、アカデミアと僕たちのような民間企業の連携には新しい市場や産業を生み出すポテンシャルがあると考えられるからです。その取り組みの中で、現在僕たちがとくに力を入れているのが、東京大学との連携です。

東京大学のいろいろな研究室にアプローチさせていただく中で、ご縁があって島田先生とつながることができました。先生のご専門は、物理学の一分野でモノの集団としての性質を主に扱う統計物理学を軸に、数理的・情報工学的手法なども適宜織り交ぜながら世の中の事象を解析し原理を解明する応用物理領域の学問です。原理がわかれば、事象のコントロールも可能になるかもしれない。そこにビジネスへとつながる可能性があると僕たちは考えています。まずは、先生の研究の内容を簡単にご説明いただければと思います。

島田
「統計物理」という言葉には馴染みのない人が多いかもしれませんが、物理ですから基本的には物質で成り立つ法則の研究をする学問分野です。しかし、諸岡さんがおっしゃるように、そこで発見されたモデルを、社会や経済の分析に応用する可能性を探っている点にこの分野の特色があります。

もっとも、以前は「この物理モデルや数理モデルが社会事象にもあてはまるかもしれない」という一種のたとえ話のレベルにとどまっていました。ところが近年になって解析手段が進化し、また正確で客観的なデータが豊富になってきたことで、物理・数理モデルを社会分析に具体的に応用できる道筋が見えてきたわけです。例えば、ばらばらな方向を向いていた粒子が、ある段階になると一斉に同じ方向を向くという物理現象があります。その原理を実際の生物や社会における集団現象の分析にも当てはめられそうなケースがある。そんなことがわかってきました。

私が現在高い関心を寄せているのは、異なるもの同士が、なぜ互いに関係し、共存できるのか。つまり、広い意味での生態系の問題です。自然生態系を検証すると、強いものが単独で勝ち残っていくケースというのは実はあまり多くはありません。これは理論的に説明するのが難しい問題であることが知られています。私の理論研究からは、個別の種はそれを取り巻くさまざまな種とつながっている方が安定し、一方でつながりの多さは生態系全体としての壊れやすさを増すという一般的な性質があることが見つかりました。これは生態系の本質の一つだと思っています。

島田先生による生態系の研究はこちら

このような考え方は、しばしば社会事象にも当てはまります。例えば、今紹介した理論から計算される種の寿命のグラフを、過去6億年間の生物種の寿命を示すグラフと、コンビニの商品の陳列寿命を示すグラフを比べると、かなり似通った傾向があることがわかります。コンビニに陳列された各商品は、自然界における種と同様に競争環境にあるわけですが、一方でほかの商品と助け合っているという面もあります。甘いお菓子は、ほかの甘いお菓子とはおそらく競合関係にあるけれど、例えばしょっぱいお菓子とはむしろ補完関係にあると言えるかもしれません。つまり、「お菓子」というカテゴリーの中で、他の商品と支え合って、陳列棚で長く生き残っているわけです。これは、自然生態系のモデルを社会生態系に応用できるケースの一つです。

諸岡
島田先生は最近、Wikipedia 編集を題材とする国際研究論文を発表され、その中で Wikipedia 上の記事の編集という行為に関して直感的なモデル化を行い、2つの新たな指標を切り口に記事執筆者間の相互作用を論じていました。先ほどのお話と近い考え方を、その論文からも感じ取ることができました。

島田先生による Wikipedia 編集の研究はこちら

島田
Wikipedia は「なぜか上手くいっているコミュニティ」の典型ですので、その秘密の一端を是非理解したいと思って解析をしました。もちろん、こうしたモデル化によってすべての社会現象を説明できるわけではないでしょうが、応用できるケースも多いと期待しています。

「熱狂」のメカニズムを科学的に明らかにしたい

諸岡
生態系に関して僕が面白いと思うのは、システムを俯瞰し全体最適の観点で働きかけを行ういわゆるゲームマスター的な存在がいないのに、系全体は繁栄していくという点です。これは、今日のテーマであるファンコミュニティにも見られる現象です。タレント、アイドル、アスリートなどがいて、それを支えるさまざまな種類のファンがいて、そこへファンクラブ運営者やマネジメント会社、メディア、スポンサーなどが関わってくる。それがファンコミュニティを広くとらえたときの構成です。それぞれのプレイヤーは、基本的には自己の利益を高めるような行動を取り相手と相互作用を重ねていくわけですが、それが全体として見るとコミュニティの活性化につながったりするわけです。
谷口
僕もたいへん興味深く先生のお話を伺いました。コロナ禍以降、ファンビジネスは大きく変化しました。SNSや動画配信だけでなく、オンラインのイベントも増え、グッズ販売もEC化が進むなどしました。ファンとの接点、そして収益の主軸がオンラインにシフトしたのです。
さらに最近では、外部のプラットフォーム(SNSや動画配信サイト)だけに依存せず、自分たちのファンとのタッチポイントやファンコミュニティを“オウンド化”していく流れが起きつつあり、それを私たちはD2F(Direct to Fan)と呼んでいます。
D2F化が進むと、ファンのコミュニティの状態をより詳細に、よりリアルタイムに把握できるようになります。そのコミュニティがどのくらい盛り上がっているのか、どういうユーザーがコミュニティの活性化に寄与しているのか、どういう仕掛けによって収益が伸びたのかなど、ファンをより楽しませるため、ビジネス成果をより伸ばすための計測と改善のサイクルを回すことができるようになります。ファンコミュニティがデータによって可視化される、そこに今後のファンビジネスの一つの可能性があると僕は考えています。

とはいえ、どうすればファンが熱狂し、コミュニティが盛り上がるのか、というのは非常に難しい問題であり、私たちもいま様々な実証実験を通じて、ファンコミュニティを効果的にマネジメントする手法や仕組みを検証しています。
先生のお話でとくに面白いと思ったのは、バラバラな方向を向いていた分子が一斉に同じ方向を向く段階があるということです。これは、ファンコミュニティにおける「熱狂」を説明する原理になる可能性があるのではないかと感じました。ファンは多種多様な人々によって構成されているわけですが、あるタイミングでみんなが一斉に同じ方向を向き始め、盛り上がり、その熱量がさらに伝播し、全体が同じ方向を向いて動いていく現象、つまり熱狂が起きる。そしてしばらくすると、それぞれがまたバラバラな方向を向き始め、熱狂が収束していく。その現象を説明する原理です。

実証実験をしてみると、熱狂の発生条件、あるいはコミュニティの質やトーンは、コミュニティの規模によって大きく変わることがわかります。150人のコミュニティと1万人のコミュニティでは、発生や変化の「境界」があきらかに違うわけです。現在のところ、その境界は感覚値でつかむほかありません。それを科学的に見極められる可能性があると先生の話を伺って思いました。

島田
可能性は大いにあると思います。統計物理の方法論だけではなく、文化人類学の知見も有効かもしれません。文化人類学では、個人が識別できる他者の最大人数は150人くらいと言われています。サルの群れなら、個体数が認知レベルを超えた時点で群れを分割すればいいのですが、人間の共同体はそうはいきません。個の認知レベルを超えた段階から共同体の中に階級が生まれる。そんな説もあります(参照:Wikipedia「ダンバー数」)。

ファンコミュニティの原理を明らかにするには、統計物理によって集団現象を説明することに加えて、コミュニティの「認知サイズ」という視点を持ち込むことができそうな気がしますね。

生態系の活動を最適化するプレイヤー

谷口
「認知サイズ」の視点は、ファンの関係性がコミュニティの性質に及ぼす影響を捉える上で重要ですね。コミュニティによってファンの関係性は異なります。ファン同士が協力し合ってコミュニティを盛り上げていこうというケースもあれば、ファン同士のつながりが一切必要ないというケースもあります。これはつまり、相互の認知が必要とされるコミュニティと、そうではないコミュニティがあるということですよね。相互の認知が必要とされる場合は、規模が大きくなってくると、サブコミュニティが自然発生したり、そこに階層構造ができたり、より複雑な様相になってくるので、その際に「認知サイズ」の視点はとても有効だと思います。

もう一つ、先ほど諸岡さんも触れていましたが、自然生態系と同じようにファンコミュニティにもオーナー、つまりゲームマスターがいないケースがあります。一方、はっきりしたオーナーシップがあるケースもある。オーナーシップやゲームマスターの有無によって、それぞれどんなメリットやデメリットが生じるのか。その点にも大いに興味があります。

島田
自然生態系は、地球全体で考えれば、確かにゲームマスターはいません。しかし、「淘汰」というシステムの働きはあって、その働きによって害を及ぼす種が排除されたり、うまくいっていない生態系が滅んでしまったりということはしばしば起こります。オーナーシップがないことで自然にコミュニティが拡大したり、活性化したりするというメリットがあるとも考えられますが、コミュニティのルールは何らかの形で設定される必要があるかもしれませんね。
諸岡
オーナーシップがない場合でもルールは必要だし、全体を俯瞰してコミュニティ活動を最適化するプレイヤーの存在も必要かもしれません。いわば、生態系の外から生態系をよりよく機能させていくようなプレイヤーです。僕は、博報堂がそのような立場を担える可能性があると考えています。博報堂は、マネジメントやメディア、スポンサー、IP(知的財産権)ホルダーなど特定の立ち位置にいるわけではないからこそ、それゆえに第三者的な立場でコミュニティという生態系を俯瞰して発展を促し、ビジネスとして成長させていくことができるのではないか、と。その可能性をぜひ追求していきたいですね。

データドリブンなファンビジネス

谷口
コミュニティによって、ファンのインセンティブは異なります。そのファン視点に立ち、その行動原理や想いを理解し、コミュニティの特性をしっかりと見極めることが重要です。そういった点でも、博報堂の強みである生活者発想の視点は有効だと思います。また、コミュニティの「適正規模」を見極める際にも、博報堂のプランニング力をいかせるかもしれません。コミュニティの成功と規模の大きさは必ずしも結びつきません。あえて規模を小さめに抑えて「強いコミュニティ」を長期的に維持することによって、個々のファンの関与度が高まり、LTV(生涯顧客価値)を上げるという考え方もあります。どうすればファンの体験価値を向上させられるか、そして同時にそれを収益の向上につなげられるか、その両方を見据えたプランニングができるのも、博報堂の一つの強みだと思います。
諸岡
島田先生の統計物理の知見と、博報堂のノウハウをうまく結びつけることで、コミュニティビジネスの新しいモデルがつくれるといいですよね。よりよいファンコミュニティとはどのようなものなのか、その理想的な姿を何かしら定義すること。その理想形に対して現在の到達状況を計測してデータ化し改善策を打つ手段をもつこと。前者は島田先生が強みとするモデル化であり、後者は僕ら博報堂グループが強みとするデータドリブンなビジネススキーム開発です。その2つが実現できれば、ファンビジネスを再現性高く展開していけるのではないかと感じています。
谷口
データドリブンなファンビジネスということですよね。

自然生態系の原理とビジネス

諸岡
島田先生とはこれまで何度かディスカッションを重ねてきましたが、毎回感じるのはビジネスに対して応用物理という方法論がもつポテンシャルの高さです。島田先生は物理工学科、僕は計数工学科の出身でどちらも応用物理部門に属する隣り合わせの学科です。僕自身も以前にデータマーケティングの仕事をしていた頃に、生活者の集団としての性質を統計物理や熱力学の理論でモデル化できないかと考えていたことがあります。自然現象から社会・ビジネスまで幅広い事象を相手に手持ちの道具を駆使して解析を試みようとするのは、応用物理出身者の特徴かもしれませんね。
島田
物理というのは、一見するとばらばらに思える各事象に通底する共通の問題を定式化するということがその本質です。今回のディスカッションで言えば、集団における隠れた構造の発見や集団構成者の多様な役割といった概念を扱っていることになります。具体と抽象を常に行き来しているイメージです。
諸岡
僕が感じる研究者の方々の強みの一つは、まさに具体と抽象の行き来の速度と的確性です。多様な種が相互作用を行うという観点では、例えば街というのも生態系の一種としてとらえることができるかもしれません。例えば住民を考えてみても居住歴や世帯構成、生活スタイル、地元への関心度合いなど多様ですし、住民のほかにも遊びや用事で訪れるひと、ワーカー、商店、コミュニティ、企業法人、行政機関など様々な関係者が相互作用しながら自身の営みを行っています。
島田
私は学生の頃ジャグリングに一時期のめり込み、大道芸人として活動していました。大道芸ワールドカップin静岡などの大会に参加したこともあります。ジャグリングを街中の様々な場所で披露する中で集まってくれた人々を観察していると、どのような人々がどのような形で関与することでその街がつくられてきたのかを考えるようになりました。モデル化は一筋縄ではいかないかもしれませんが、やりがいのあるテーマだと思います。
諸岡
こうして考えると、自然生態系の原理というのは今回取り上げたファンビジネスを含めていろんなビジネスへ応用可能性が広がっていくように感じました。これからも島田先生と対話を続けさせていただきながら、アカデミア連携の好事例を生み出していきたいと僕たちは考えています。これからもよろしくお願いします。


島田研究室Webサイトはこちら

(参考)博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室

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  • 島田 尚 氏
    島田 尚 氏
    東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻/数理・情報教育研究センター
    准教授
    2003年東京大学物理工学専攻にて博士号取得(工学)。2010年日本物理学会若手賞受賞。JST BIRD 研究員(ハエ脳神経回路網の解析), JST ERATO 研究員(非線形数理工学), 東京大学物理工学専攻助教、特任講師を経て2018年より現職。統計物理学を基盤として、物質系の非平衡現象から生態系、経済・社会系まで広い対象について研究を進めている。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 
    ビジネスデザインディレクター
    2008年博報堂入社。初任配属以降、経理財務局・経営企画局にて業績管理・予算策定・中期計画策定・組織再編などのプロジェクトで業務経験を積む。その後、ストラテジックプランナーとして大手飲料・自動車・消費財メーカー等のクライアントを担当し、新商品/事業開発、マーケティング戦略立案など幅広い領域の業務に従事。自社開発プロジェクトなどを複数立ち上げたのち、現在は博報堂の新規事業部門「ミライの事業室」にて事業開発をリード。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 
    ビジネスデザインディレクター
    1983年生まれ。東大計数工学科・大学院にて機械学習やXR、IoT、音声画像解析などを中心に数理・物理・情報工学を専攻し、ITエンジニアを経て博報堂入社。データ分析やシステム開発、事業開発の経験を積み、2019年「ミライの事業室」発足時より現職。技術・ビジネス双方の知見を活かした橋渡し役として、アカデミアやディープテック系スタートアップとの協業を通じた新規事業アセットの獲得に取り組む。東京大学大学院修士課程修了(情報理工学)

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