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CES 2025 AIによって統合される新たな顧客体験への転換点
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CES 2025 AIによって統合される新たな顧客体験への転換点

世界最大級のイノベーション展示会「CES」が、今年も1月7日から11日にかけて米国ラスベガスで開催されました。例年、各国の大企業からスタートアップまで、自社の商品やサービスを通して未来の生活を提案する場として注目されているCESですが、今年はAIを活用して自社の提供する価値をどのように革新していくかを表明する場となっていました。その模様を現地で取材した、博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンターの島野真がレポートします。

生成AIが人・モノ・データをつなぐインターフェースとして顧客体験を統合

1967年から毎年開催されているCESは、当初の家電ショーからインターネットやデジタル技術の普及とともに領域を拡大。近年ではEVや自動運転などの自動車関連展示や、メタバース、スマートホーム、スマートシティといったテーマでも注目されています。主催者である全米民生技術協会(CTA)のゲイリー・シャピロCEOは「CESはイノベーションを生む場所だ」と定義。生存のために常に変革し続けることの重要性を「Pivot or Die」という言葉で表現しています。
今回の出展社数は約4500社、来場者数は約14.1万人。昨年を上回る規模となり、イノベーションに対する世界的な関心の高さを象徴していました。

今回のCESでは、生成AIが人やモノ・データをつなぐインターフェースとして機能し、企業や商品・サービスの枠を超え、一つながりの心地よい顧客体験へと統合する姿が印象的でした。
「シームレスな顧客体験」ということは従来から理想像としては語られてきましたが、生成AIの急速な浸透により現実のものになってきていることを実感させられました。

昨年のCESのテーマは「ALL ON」。あらゆる商品やサービスにAIが搭載されるようになり、家電、自動車、住宅機器などあらゆる商品やサービスがより知的になっていくことを示していました。今年のテーマは「DIVE IN」。そこには、AIによって知的になった個々の商品やサービスを統合して新たな顧客体験を創造する転換点と捉え、国や業界を超えて積極的に「飛び込み」、自社が提供する価値を変革していくことの重要性を示していました。

CES2025で注目したのは次の三つの大きなトレンドです
1. 現実世界との融合が急速に進化するAI
2. スマートグラスで実現するAIとの人機一体
3. AIによって加速するロボットの進化

以下、それぞれのトピックについて詳細にご紹介します。

1.現実世界との融合が急速に進化するAI

今年特に注目を集めたのは、NVIDIAのジェンスン・ファンCEOによる基調講演でした。通常キーノートは2千数百人規模の会場で行われますが、NVIDIAのキーノートは1.2万人収容の大規模なスポーツアリーナが用意され、それでも満員になるほどの人気ぶりでした。開場前から会場前には長蛇の列ができ、入場打ち切りで入れなかった人たちからは不満の声も上がっていました。

ジェンスン・ファンCEOはトレードマークの革ジャンで登場。場内からは歓声や掛け声も相次いで聞こえ、テック業界のキーマンに対する期待の高さが伺えました。ジェンスン・ファンCEOは1時間半にわたって一人で最後まで熱くAIのこれからを語りました。印象的だったのは、AI活用の進化で「今後数年間で人間社会の中でヒト型ロボットとの融合が飛躍的に進む」と語っていたこと。
その現実空間向けのAIの学習・検証を効果的に行うための基盤として開発してきた「cosmos」を無料公開することを発表。開発者が現実空間でのAI活用を加速させるために不可欠なものであり、現実の世界で人間と共存する人型ロボットや自動運転車などを多くの企業が開発するために活用が期待されるものです。
「cosmos」のデモンストレーションでは、AIが現実世界の物体を正確に認識し、複雑なタスクを遂行する様子が披露され、AIが情報処理ツールから、物理的なアクションを伴う技術へさらに進化していることが示されました。

韓国の家電メーカーのLGは、これまでは最新ディスプレイを活用した巨大ウォールがブース正面を飾っていました。しかし今年はディスプレイの展示は奥に移り、代わってブース正面で紹介されていたのは、家族を取り巻く家電や住宅機器、ウェアラブルデバイスなどが生成AIによってつながり、家族の暮らしを24時間サポートするというコンセプトの紹介でした。
デバイス、AIエージェント、サービスの三要素を統合。生活者や家庭内外の状況をセンシング技術で認識し、AIによって文脈として理解し、先を見越して顧客にサービスを提供する。こうした自社のAIをLGは「Affectionate Intelligence」(愛情深い知性)」であるとしています。

同様にSamsungも個別の家電機器だけではなく、AIによって相互に連携させたホームネットワークを中心とした展示でした。
家族のスケジュール機能との連動などだけでなく、例えばストレスレベルを計測できるウェアラブルデバイスからの情報をもとにAIがユーザーの感情状態を把握。家族の誰かのストレスが高いときにはリラックスするための音楽を流したり、温度調整や照明を最適化したり。さらには、家庭内で野菜などを栽培できる「AI PLANT BOX」の中からちょうど収穫のタイミングのハーブを選び、ハーブティを作って飲むことを薦めたりする様子も紹介していました。

これらの韓国の家電メーだけではなく、従来はテレビ等の個別機器の性能訴求が目立ったTCLやHISENSEといった中国の家電メーカーも「ホームネットワーク」を全面に打ち出し始めている点も特徴的でした。

ChatGPTの登場以降、これまでAI活用は言葉や画像などの「データの世界」で急速に進化してきましたが、AI常時接続の世の中になっていくことと共に、生活に不可欠な「物理的な世界」での活用が加速していくことが、国や業種、企業を超えて様々な企業から示されていました。

2.スマートグラスで実現するAIとの人機一体

今回の会場で具体的な商品として様々な企業のブースで目にしたのは、生成AIを活用したスマートグラスの進化でした。これまでのCESでもスマートグラスは様々なタイプが発表されていましたが、生成AIの活用によって使い勝手や機能が一気に進化。会場では様々な国の企業ブースで展示され、技術が広く一般化してきていることを感じさせました。

たとえば、TCL傘下のRayNeo社のスマートグラス「RayNeo X3 Pro AR」は、レンズ部分に明るいディスプレイ機能を搭載し、フレームにマイク、カメラ、スピーカーを内蔵することで生成AIと連携した高度な機能を実現。マイクを通じて音声指示を行うと必要な情報がレンズ上に表示されたり、リアルタイムに翻訳がされる機能があったりなど、従来は手元のスマートフォンで行う必要があった機能を実現。会場内では利用体験の長い列ができていました。

AgeTech領域の代表的な出展者であるAARP(世界最大の高齢者団体)のブースはXander社が高齢者向けに開発したXanderGlassesを紹介。目の前にいる相手が話している内容をリアルタイムで字幕表示する機能を備えています。実際に体験してみるとタイムラグもなく違和感がありません。
高齢者の方には、いかにも耳が遠いと思われるとして補聴器を避けたいと感じている人が多いことや、難聴が進むと補聴器を通じても聞こえにくいことがあることを解決したいというのが開発のきっかけとのこと。字幕表示に特化することで、高齢者にも使いやすい簡単な操作性と軽量なデザインを実現。多くの来場者の注目を集めていました。

同様にサンフランシスコのCaptify社からも相手の話している内容を字幕表示するスマートグラスが発表されていました。こちらは話している言葉での字幕表示だけでなく、スマートフォンと連動させることで40か国以上の言葉で同時通訳も可能となるもの。難聴対策としてだけでなく、幅広い場面でのコミュニケーションギャップを埋めることを可能にしています。

Metaのスマートグラス「Ray-Ban Meta glasses」も手掛けているフランスのEssilorLuxotticaはNuance Audio OTC Hearing Aid Glassesを発表。フレームの両端に組み込まれた指向性の高いマイクが相手の人の声を捉えて、耳元のスピーカーで聞き取りやすくしてくれるメガネフレームです。レンズへの表示機能などがない代わりに、ふつうの眼鏡と同程度の重さを実現。フル充電で8時間連続使用が可能です。
また、完成品メーカーだけではなく、米国のVuzix社などスマートグラスをOEMでも提供している企業の展示も多く見かけました、Vuzix社はAI搭載のUltralite Pro OEMプラットフォームを公開。様々な企業やブランドがこのようなOEMプラットフォームを活用すれば、生成AIとの対話によって操作できるスマートグラスを容易に発売することも可能です。

眼鏡以外ではUNISTELLAR社が開発した世界初のスマートAR双眼鏡ENVISIONも注目されていました。アウトドアでの利用に特化したデバイスで、GPSと連携して景色に重ねた情報を表示します。ハイキングや観光で山や地形の名前、道案内などをレンズ上にリアルタイムで表示でき、オフラインでも利用可能です。

このように、見た目はふつうの眼鏡や双眼鏡に見えるものがAIによって機能を強化。スマートフォンの普及で手元から様々な情報を入手したり発信したりすることは当たり前になりましたが、より体に身近な眼鏡などのウェアラブルデバイスを通じて様々な情報にアクセスできる感覚は、目や耳の能力を機械によって拡張する「人機一体」の未来の姿を実感できるものでした。

3.AIによって加速するロボットの進化

過去のCESでは22年にロボット関連の出展が急拡大し、ロボットの年として印象付けられました。それらのロボットが生成AIによってさらに賢く、人間とのコミュニケーションも自然に取れるようになって帰ってきたのも今年の特徴でした。
NVIDIA社のジェンスン・ファン氏はキーノートでAIによる物理空間への理解が進むことで人型ロボットにおいても機能が向上。「あそこに行って、その箱を取ってきてくださいと言ったことが可能になる『ChatGPTが登場した時のような瞬間』がロボティクスにおいてもすぐそこまで来ています」と紹介しました。

Samsungは20年からコンセプトの紹介のみ行ってきた、家庭内を自由に移動できるAIロボット「Ballie」を25年上半期に一般発売することを発表。家族の後をついて歩き、家電を操作してくれたり、話しかけると必要な情報を内蔵プロジェクターから壁や床に映してくれたり、必要な行動を考えて促してくれたり。ペットや子供の見守りなどもこなし、まるで執事のように働いてくれます。

同様にホームネットワークに力を入れるTCLも、スマートライフのためのAIコンパニオン型ロボット Ai Me を発表。可愛らしい人形のような形で、卵型の台に乗せると部屋の中を自由に移動できます。子供の見守りや遊び相手として主に想定されており、人間との「感情的なつながり」を重視しているとのこと。会場にはAi Me に着せる服などのアクセサリー類も合わせて展示されていたのが印象的でした。

また昨年、各国のスタートアップの展示が集まる Eureka Park会場に出展していたフランスのロボット企業Enchanted toolsは、今年はLVCC会場でより大規模に展示。足元がボール状になってバランスを取る人型ロボットで自由に移動や方向転換が可能。生成AI搭載で会話も自然で、顔の部分の表情も多彩。病院での患者との話し相手としてや、店頭での販売アドバイザー、飲食店でのウェイターとして既に活躍しているとのこと。会場で記者からの取材に上手に受け答えしていました。

よりコンパクトなタイプのロボットとしては、TangibleFutureがスマートフォンを接続して使用するデスクトップロボット「LOOI Robot」を発表。スマートフォンをロボットのスタンド部分に合体するとキャタピラ付きの移動型ロボットに変身して可愛らしく動きます。この会社では誰もが持つスマートフォンを活用して、生成AIが搭載されたロボットのある生活を容易に楽しむことが可能になることを目指しているとのこと。スマートフォンのディスプレイには様々な表情を浮かべ、生成AIに機能によって会話をしたり、持ち主の後を追って移動したりすることができます。

さらに進化した「ロボット掃除機」も複数の会社から展示されていました
Roborock の「Saros Z70」は、ごくふつうに見える円形のロボット掃除機に5軸のアームを内蔵。部屋を掃除中に脱いだままの靴下やくしゃくしゃのティッシュ等を見つけると本体からアームを伸ばし、バランスを保って器用につかみ、それぞれに対応した箱や棚、ごみ箱などの中に移動させることが可能。生活に身近な現実世界でAIによって暮らしが便利になる様子を示していました。

このようにロボット関連の展示が拡大している背景には生成AIの活用の進化が挙げられます。従来のロボットのように細かな指示に応じて「反応的」に動くだけではなく、ある程度のあいまいな目標を提示するだけで「自律的」に考えて複数の情報を統合して行動できるようになってきたことと、人間との間のコミュニケーションがよりスムーズに行えるようになったことが挙げられます。

AIを活用してどのような顧客体験を目指すのか

このように、CES2025では、AIが現実世界と融合。生活者の能力を拡張し、より便利で豊かな生活を実現する姿を見ることができました。その背景には、AIが「データの世界」だけではなく「現実の世界」での活用が進化していることと、人間との間でより自然なコミュニケーションが可能となってきたことがあげられます。AIはもはや効率や利便性のみを高めるだけではなく、現実の世界で人々の暮らしや社会の在り方を変えていく力を発揮し始めています。
帰路に立ち寄ったサンフランシスコでは、自動運転タクシーのwaymoが24年6月より、数百台規模での一般営業運転を行っています。一般の車に交じって右左折や車線変更、一時停止交差点で譲り合いながらの割り込みなど、AIによってスムーズな運転を実現しています。街の人やタクシー運転手からも、AIと共存していることに違和感を感じなくなってきたとのこと。

CES2025ではこうした現実世界と結びつきを強めるAIだからこそ、その信頼性や安全性を保つ仕組みが必要であるとして、各社からセキュリティ関連の展示も目立ちました。著作物の権利の問題も含めて、AI活用の前提として重要なのは言うまでもありません。
その上でAIの力をどう活かし、どのような顧客体験や生活体験、社会を作っていくのか。AIの持つ可能性に「DIVE IN」して、あらゆる領域で変革を進めていくことが求められていると言えそうです。

(その他の展示内容やセッションについてご質問等がありましたら、ページ最下部の「お問い合わせ」または本人までお知らせください)

 

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  • 博報堂DYメディアパートナーズ
    イノベーションセンター 兼 Media Innovation Lab
    兼 博報堂 研究デザインセンター
    兼 博報堂DYホールディングス テクノロジーR&D戦略室
    研究主幹
    博報堂に入社後マーケティング部門に在籍し、通信、自動車、ITサービス、流通、飲料など数々の得意先の統合コミュニケーション開発他に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング領域の新設部門でマーケティングとメディアのデータを統合した戦略立案の高度化、ソリューション開発、DX推進等を担当。2020年よりメディア環境研究所所長 兼 ナレッジイノベーション局局長として、メディア環境の未来予測他の研究発表を行う。24年より現職。