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【WE AT連載・産官学で挑む社会課題とビジネス 第2回】”データドリブン社会課題工学”が拓く物流や電力のミライ(後編)
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【WE AT連載・産官学で挑む社会課題とビジネス 第2回】”データドリブン社会課題工学”が拓く物流や電力のミライ(後編)

博報堂ミライの事業室は、新規事業開発をさらに推し進める一手として、東大や京大、東京科学大などと共同で一般社団法人WE AT(ウィーアット)を設立しました。WE ATは、グローバルな社会課題に挑むスタートアップや未来の起業家を産学官連携で後押しするためのソーシャルイノベーションエコシステムづくりを進める法人です。本連載では、WE ATの理念や取組に共感いただいているゲストとの対話を通じて、ソーシャルイノベーション推進のヒントを探ります。第二回は、東大技術経営戦略学専攻教授の田中謙司先生を訪ね、物流や電力など大規模な社会課題への挑戦について語らいました。

田中 謙司氏
東京大学 大学院工学系研究科
技術経営戦略学専攻 レジリエンス工学研究センター
教授

諸岡 孟
博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
一般社団法人WE AT 事務局長

古賀 聡
博報堂プラニングハウス 代表取締役社長
エグゼクティブプラニングディレクター

街に賑わいをうむには?都市設計にも応用可能なモデルへ

田中
私たちが研究を進めている先述のモデルは、さらに他分野にも応用可能です。たとえば都市設計です。電力エネルギーと都市設計はまったく別分野に見えますが、エネルギーの発電からの消費までの流れと、都市に人が住んでそこを去っていく流れには共通性があります。エネルギーの需給の最適化は、街の賑わいづくりとロジックが似通っているのです。
諸岡
なんと、街づくりにも応用が利くとは思いませんでした(笑)
田中
驚いてくれてありがとうございます(笑)賑わいを最大化するには、それぞれの店舗が個別に集客の施策を実行した方がいいのか、それとも街全体レベルでキャンペーンを展開した方がいいのか。つまり、分散制御と集中制御のどちらが効果的なのか。そんなシミュレーションを以前行ったことがあります。

そのときの実施条件では、後者つまり集中制御を行ったほうが効果的でした。また、チェーン展開をしているコーヒーショップにご協力いただき、どこに店舗があると人の流れが変わるのかといった実験も行いました。

古賀
店舗と人流がテーマになると、博報堂グループの強みであるデータドリブンマーケティングとも関係してくるので、非常に興味深いです。集中制御を行いつつ、それですべてがまかなえるわけではないから分散制御も組み合わせて、という考え方になるのでしょうね。
田中
さらに、このシミュレーションは実は金融分野にも応用可能です。多くの社会課題に密接する金融において、ブロックチェーンに関する取組が数年前から盛り上がりましたが、あれはまさに分散制御の代表例ですよね。ほかにもいろいろな応用の可能性があると思います。
諸岡
汎用的方法論をさまざまな分野に応用していく、まさに「データドリブン社会課題工学」ですね。

アカデミアから起業するということ

古賀
田中先生の研究室にはいろいろな学生が集まってくるとお聞きしました。とても人気の研究室のようですね。

田中
ありがたいことに、多くの学生が関心をもってくれています。若い学生だけではなく、就業経験のあるメンバーも参加してくれています。「研究を通じてどのような社会課題を解決すべきか」といった視点を出してもらえるのがありがたいですね。

もう1つ、起業する学生が多いのもこの研究室の大きな特徴です。卒業後に自ら起業したりベンチャー企業に参画したりして、資金調達を経て事業化に成功している人も少なくありません。

諸岡
僕も東大のいろいろな研究室におじゃましていますが、なにか具体的な社会課題を念頭にその対峙方法として起業という選択肢があたりまえのように存在するような研究室が、少しずつ増えてきているような印象があります。田中研究室はもともとそういう志向性をもっている人たちが集まってくるのでしょうか。それとも、研究室で学ぶ過程で、ベンチャーマインドを身につけていくのでしょうか。
田中
どちらかというと前者ですね。もともと社会課題を解決したいという志があって、この研究室でその具体的な方法論を学び、ビジネスを通じて課題解決を実現していく。そんな流れをつくれているように思います。私もコンサルティングファームや投資ファンドの経験を学生に伝えながら、研究の知見を社会実装していく道筋づくりをサポートしています。
諸岡
具体的な研究シーズが手元に武器としてあるので道筋も具体的にイメージしやすい、というのもあると思います。研究を応用する領域は、どのようにして探索しているのですか。

田中
3つのパターンがあります。まず、これまで取り組んできた物流やエネルギーのモデルの応用可能性を私たちが考え、その分野のプレーヤーにご提案し共同研究につながるパターンです。2つめは、私が講演会やセミナーなどでお話をした際に、参加者からご相談をいただいたり、雑談の中で盛り上がったりして、それが次の研究や実証実験につながっていくパターンです。3つめは、東大と共同研究をすることによって企業価値を向上させたいと考える起業家からご相談をいただくパターンです。
諸岡
1はシーズ起点で応用先を探す方法、2と3は課題起点でシーズを適用・拡張していく方法ですね。
田中
私たちが予想していない分野を応用先として挙げてくる学生がときどきいます。例えば、空港の高潮被害を防ぐアルゴリズムをつくって、それをビジネス化した人がいました。空港の機器が高潮の被害で水没した場合、機器の代わりに人手ですべての機器をチェックして異常を見つけていかなければなりません。その作業を自動化するアルゴリズムです。その情報収集力やアイディア力に驚かされたのを覚えています。
古賀
この物流やエネルギーのモデルを異常検知に活用することもできるのですか。
田中
モデルは同じですね。さらに、異常検知だけでなく在庫計画やマーケティングにも活用することができます。例えば、シャンプーのユーザーに買い時を知らせる際、毎回同じブランドを定期的に購入している几帳面なユーザーと、そのつど新しいブランドにチャレンジしてみたいユーザーとでは、最適なアプローチの仕方は異なります。

そのアプローチに私たちがつくったモデルを適用すれば、販売数をある程度予測することも可能になります。予測値をメーカーに提供することによって、無駄のない生産計画が立てることもできるようになります。

古賀
マーケティングはまさに博報堂グループの本業なので、とても興味深いです。知らない方も多いかもしれませんが、博報堂グループにはデータ分析系のエンジニアや研究者が多数いて、クライアント企業のマーケティング支援から学会発表まで大きなフィールドで活躍しています。田中研究室のご出身者にとっても親和性の高い就職先だと思います。よかったら学生さんにもおすすめしてください(笑)
田中
もちろんです(笑)研究室に来る学生の中にも、マーケティングに興味がある人が少なくありませんので、学生のキャリアの選択肢としても、そして具体的なテーマでの連携パートナーシップの観点でも、相乗効果を見込めると思います。研究室として博報堂の皆さんのお力を借りて、マーケティング分野への応用にもチャレンジしていきたいです。
古賀
ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

アカデミアだからこそできることとは

諸岡
民間企業からアカデミアに移られた実感として、アカデミアという立ち位置だからこそできることがある、そんなふうに感じられることはありますか。
田中
それははっきりありますね。民間企業から転身して強く感じたのは、アカデミア、とくに東大のような大学は、社会的な信用度が極めて高いということです。共同研究に取り組む場合でも、はじめからパートナーとして信用していただけます。これは大きいことだと感じます。

それから、中立的な立場で動くことができるというのもアカデミアの強みです。例えば、業界全体で新しい仕組みをつくっていこうとするときに、業界内の各プレーヤー間に利害の相反関係があるケースがあります。一例として出版業界のケースで見ると、出版社、取次、書店といったそれぞれのプレーヤーの利害は必ずしも一致していません。そういう場合に、アカデミアがあくまでも中立的な立場で仕組みづくりに参画して、全体の調整役になることができます。また、法改正など、社会の仕組みそのものを変えていく動きに力を発揮できる場合もあります。新しい法律への意見を求められたり、ときには国際ルールづくりへの参画を求められたりします。

諸岡
業界全体で新しい仕組みやルールをつくる、というのはいわばゲームチェンジを引き起こすということです。ゲームチェンジを推進できるというのはアカデミアの大きな強みだと思います。
田中
世の中の仕組みを変えるには、5年後、10年後のあるべき姿を考える必要があります。そういった中長期的な視点は、ぜひ学生たちにも身につけてほしいと思っています。
諸岡
高い視座と深い専門性を兼ね備えているからこそ見えてくる未来絵図というのがあるのだと思います。WE ATの理事を務めている瀧口友里奈さんの著書「東大教授が語り合う10の未来予測(大和書房)」では、東大の各分野の先生方が起こりえそうな未来を提起しています。

これは、日頃から目線を将来にむけ、中長期のスパンで思考し続けている結果として、次から次へとアイディアが出てくるのだと僕はとらえています。アカデミアからの起業が増えることで、そういった“未来を見通すような”スタートアップも増えてくるかもしれませんね。

アカデミアと民間企業が協業する意義

田中
大学の研究室というのはどうしてもそれぞれに孤立しがちで、横の連携をつくることがなかなかできません。しかし、博報堂や外部のプレーヤーの皆さんと一緒に社会課題解決をテーマとしたチームをつくることができれば、いろいろな研究室がそこに参画することが可能になると思います。
古賀
社会課題は多様化しているので、民間企業一社で解決できることには限界があります。だからこそ企業間協業が必要なのですが、協業の規模が大きくなればなるほど、そこに利害関係が生じる可能性も高まります。そんなときに、アカデミアの皆さんがそこに参画することによって、「社会にとって本当に必要なことは何か」「そのために何をすればいいのか」という視点で、取り組み全体を方向づけることが可能になると思います。まさに田中先生がおっしゃった、中立的立場の効用ということですよね。

田中
そのような取り組みが増えてくると、東大が総合大学であることの価値があらためて見直されることになるはずです。東大には技術の専門家がいて、法律の専門家がいて、経済の専門家がいます。それぞれが力を合わせて、民間企業の皆さんと一緒に同じ方向に向かっていくことができれば、社会課題解決の射程は一気に広がる。そんなふうに思います。
諸岡
アカデミアやスタートアップ、起業家、自治体、エンタープライズなど産学官さまざまなプレイヤーが集う場として、まさにWE ATが機能すると思います。先述のアクセラレーションプログラム「WE AT CHALLENGE」は関係機関が一堂に集う貴重な機会として来年以降も継続開催します。さらに、そうしたイベントだけでなく、東京都のTIBの取組ともジョイントして日常的な対話とつながりの機会もつくっていきます。WE ATの輪を国内外に広げ、まさにエコシステムを大きく育てていきたいと考えています。
田中
アカデミアの研究者から見ると、WE ATというのは言ってみれば社会実装加速装置のようなものになるかもしれません。WE ATや博報堂の皆さんとコラボし、私たちの研究室の技術を世の中へ一気に広めていけたらと考えるとわくわくします。今日はありがとうございました。
諸岡
こちらこそありがとうございました。次はWE ATの現場でお会いしましょう!
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  • 田中 謙司 氏
    田中 謙司 氏
    教授
    東京大学大学院工学系研究科
    技術経営戦略学専攻 レジリエンス工学研究センター
    東京大学工学系研究科修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー、日本産業パートナーズを経て、東京大学大学院工学系研究科助教、特任准教授、准教授、2024年2月より現職。現在の研究領域は、データ駆動型の分散誘導による協調メカニズム。産学共同研究など応用研究も多く手掛けている。
    研究分野:分散誘導型協調メカニズム/社会システムデザイン/電力流通システム/物流交通システム
  • 博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
    一般社団法人WE AT 事務局長
    1983年生まれ。東大計数工学科・大学院にて機械学習やXR、IoT、音声画像解析などを中心に数理・物理・情報工学を専攻し、ITエンジニアを経て博報堂入社。データ分析やシステム開発、事業開発の経験を積み、2019年「ミライの事業室」発足時より現職。技術・ビジネス双方の知見を活かした橋渡し役として、アカデミアやディープテック系スタートアップとの協業を通じた新規事業アセットの獲得に取り組む。東京大学大学院修士課程修了(情報理工学)。WE AT法人発足とともに事務局長として全般を推進。
  • 博報堂プラニングハウス 代表取締役社長
    エグゼクティブプラニングディレクター
    1997年博報堂入社。マーケティング局、博報堂ブランドコンサルティングを経て、2014年に同社100%出資子会社の戦略プラニング専門組織である Hakuhodo Planning House に参画。2023年4月に代表取締役社長に就任。エグゼクティブプラニングディレクター。クライアントビジネスの本質的な課題を明らかにし、課題設定から、アイデア開発、戦略構築、エクセキューションに至るまでを統合的にプラニング。ブランディング・事業開発・新商品開発・プロモーション企画など、幅広い領域の経験値を持つ。

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