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これからの日本の地方における交通再編~システム科学研究所と語る、地域交通の未来~
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これからの日本の地方における交通再編~システム科学研究所と語る、地域交通の未来~

これからの日本社会が直面する交通課題。特に地方部では、地域交通の再編が求められています。これまで富山県朝日町を中心に、公共交通やまちづくりの課題解決に取り組み、地域交通プラニングやソリューション開発を行ってきたメンバーが、行政の交通計画に関わる調査・分析のエキスパートである京都府にあるシステム科学研究所のお二人とともに、現在の地域交通の課題と、そのあるべき姿について語り合いました。
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地方の交通課題に正面から向き合う

堀内
博報堂の堀内と申します。社会課題解決プロジェクトや、交通・MaaS領域のプロジェクトでリーダーを務めております。

常廣
常廣と申します。現在、博報堂に入社して 6年目になりますが、3、4年前から、 地域交通のプロジェクトに関わっております。富山県朝日町でのマイカー交通「ノッカル」から始まり、地域交通全体の再編を考えています。昨年、1年間かけて、システム科学研究所の方々と一緒に朝日町の地域交通計画を作らせていただきました。
中山
中山と申します。私は、前職では通信会社にてシステム開発に関わっておりまして、金融や公共領域に取り組んでいました。交通領域では、スマートシティ関連の実証実験などに携わり、基本的には、システム開発やそのプロジェクトマネジメントを担当してきました。博報堂に来て、今年の4月頃から公共交通のプロジェクトに関わらせていただいております。
システム科学研究所の東と申します。1993年から勤めているので、 31年目になります。システム科学研究所は何をしているところかというと、建設コンサルという業務分野で、特に交通領域で行政に対してレポートや報告書を作っています。例えば、道路状況の予測や鉄道の予測を行いながら、公共交通の計画立案などの支援をしています。

上田
システム科学研究所の上田と申します。私は今、入社3年目になりまして、皆さんとのお仕事の中では、交通計画のベースとなる交通データの分析などを担当させていただきました。

堀内
私たちがなぜ交通領域に取り組んできたかと言うと、元々、博報堂にとっては、鉄道事業者や自動車メーカーといったクライアント企業の支援をさせていただく中で関わる領域でした。ですが、MaaSやCASEといった大きなテーマが出てきた時に、単に支援するだけではなく、どういう世界観を作っていくのかをリードしていく必要があると考えました。
では、我々に何ができるのかと考えた時に、エリアによって違いがあるのではないかと思っております。都市部は、そこでビジネスをされているクライアント企業をサポートさせていただく立場かなと。一方、地方部では、交通の現状や実情を知る中で、より深刻な地域の課題解決に主体的に取り組めないかと考えました。交通領域を起点とし、他の領域をどのように組み合わせて、地域全体を良くしていくのかという視点を持って取り組んでいます。
常廣
例として朝日町と博報堂ではじめた取り組み「ノッカル」では、当初、主にマイカーの活用部分に注力していました。しかし、地域交通の再編のためには、バスやタクシーも含めた公共交通全体を見ていく必要があることが分かりました。そこで、交通分野のエキスパートであるシステム科学研究所に連絡させていただき、昨年1年間、富山県朝日町での交通計画策定に向けて、複数の交通モーダルを横断した交通再編計画を一緒に考えていただきました。

交通は、あらゆる社会課題解決の土台。どれだけ実装にこだわっていけるか?

常廣
システム科学研究所では、交通計画策定など、色々な自治体での交通領域のサポートをされていますが、全体的な課題感やニーズはどういうところにあるとお考えですか?
行政の計画は、必要性があり重要ではあるのですが、調査を実施した後、なかなかアクションにつながらない、ということでしょうか。
堀内
そうですよね。一般的な調査業務は、調査をすることがメインで、アウトプットや実装についてはスコープ外となることも多いかと思います。システム科学研究所は、調査業務の中で、実態としてどういう風に世の中に関わっていくのか、どんなアウトプットになるのかということを、予想されながら調査をされている姿勢を強く感じ、その点は我々の取り組み姿勢に近しいのではないかと思っています。
おっしゃる通りです。なぜ実現につながらないのかについて、地域側が抱える問題も二つ挙げられます。
一つが人事異動。キーになっている行政担当者が異動してしまうと、次の担当者ではなかなかリードできなくなってしまいます。もう一つが、個別の事業者も含めて、地域のステークホルダー全体で合意をとるのが難しいということです。バスやタクシーの事業者も、それぞれ事業者としての立場があって、優先順位があります。動きにくいといえば動きにくいけれど、やっぱり地域の交通に関わる関係者それぞれが地域全体のことを意識していく必要があると思います。
堀内
まさに。我々がひしひしと感じているのが、地域の軸にしっかりとした「交通」のプランと実装サービスがないと、地域全体がうまく回らないのではないか?ということです。例えば、移住を促進するにしても、実際に住むためには移動が必須で、車がないと生活できないことがほとんどです。また、教育領域でも、小学校の統廃合で校区がどんどん拡大し、スクールバスが必須になっています。我々は、朝日町で「みんまなび」という地域放課後教育のプロジェクトもやっているのですが、朝日町でも小学校が9校から2校まで減っています。帰りの手段まで用意しないと放課後教育もできないことになりますが、スクールバスを動かすにもお金がかかってしまいます。
やっぱり地域全体を見た上で、マイカーもスクールバスもコミュニティバスも含めた、まさに交通全体で考えないといけないし、 その目的が何なのかも一緒に考えていく必要があると思っています。
中山
そうですね。交通×教育、交通×商業等の「かけ合わせ」の構想と、それができる人材の育成が今後さらに必要になってきますね。先述の「みんまなび」では、ノッカルやスクールバスの活用も検討しており、コンテンツと移動をセットでどう提供できるのか?ということにチャレンジし始めていますが、やはり、ステークホルダーが多くなる分、交通だけの経験やスキルだけでは難しいのかなと感じています。様々な分野のステークホルダーの皆様と共創関係を築きながら、最適解を描ける人材育成が必要になってくると思っています。

上田
今年度、国土交通省の共創モデル実証実験を、交通×他分野の共創人材の育成を目的とした取り組みとして、博報堂と共同で進めています。地域の課題を持っている人材同士が集まり、それらをどう解消するかを考えることで、人材育成に結び付けられればと思っています。

あらゆる移動データから、地域全体の交通を可視化する

常廣
朝日町での交通計画では、新しいチャレンジも組み込んだ計画になったのかなと思いますが、分析などをされる中での発見は何かございましたか?
上田
今回、朝日町のデータを見て、まず、まちバスの人口カバー率が97%と高いことに驚きました。ぽつぽつと家が点在しているような地域だと、くまなくバス路線でカバーするのは難しいこともありますが、朝日町は道路沿いに集落が形成されているので、そこを走ればほとんどをカバーできたわけです。
また公共交通の本数も意外と多い印象で、分析を進めると平日であれば町内のマイカー移動のうち半数は公共交通でも可能だという結果も得られました。

マイカーデータと公共交通データを掛け合わせた分析

常廣
今回、マイカーの移動データを試験的に集め、バスやローカル路線のデータなどを重ね合わせた分析をしていただきましたよね。「ここはマイカーでの移動があるけれど、公共交通がないよね」や「マイカーだと20分でいけるけれど公共交通だと40分かかるよね」等、移動全体の可視化ができたことは大きかったと思います。
バスはバス、タクシーはタクシーで分断するのではなく、交通モーダルを横断し、さらに交通以外の分野も含めた地域全体での課題を抽出するのが大事だと思っています。
上田
そうですね。マイカーのデータ自体がまだ存在しないことが多いので、仕組みや車両に依存しない形で今回データをとれたのは大きかったと思います。
様々なデータを交通全体で組み合わせていくと、他分野の共創にもつながっていきますね。
最近ですと、個別の公共交通手段を共有する「混乗」の形態も増えていますね。路線バスがもう成り立たないような地域が、スクールバスが走っているならばそこに一般のお客さんも乗せられないか、という混乗スクールバスの形態が最近の事例として多いです。
堀内
朝日町でスクールバスがどう使われているのかというと、日常的な通常運行以外に、実は9か月間で270回運行しています。 登下校にしか使わないだろうと思っていたら、実は、自治体、町内会のイベントや、部活動や視察などでの貸し出しで使っていることもありました。そういった見えない使用を可視化していくのは重要だと思っています。
中山
車両のデータをもとに、EV化のプラニングまで出来るようになると良いですよね。今ある交通をどうしていくかだけではなく、自動運転やEV化をどうしていくのか?も、あちこちで議論され始めています。交通で扱わないといけない領域が、脱炭素方面や技術方面にかなり広がっていますよね。
常廣
町が持っている公用車や福祉車両、事業者が持っている車両も含めて、データを取らせてもらうことが、広い分野との共創の最初の一歩になるかもしれませんね。
今回の計画策定では、交通分担率の8割を占めるマイカーのデータをまず活用してみましたが、同じような形で、地域の移動アセットを可視化した上で、未来の交通のプラニングに繋げていくことを目指したいです。

地域に最適なサービスレベルをどのように決めていくべきか?

堀内
そうした視点を持つと、あるべきサービスの形も変わってくると思います。僕らもノッカルを実装した時に思ったのが、果たして、AIを活用したマッチングやルート計算、ドアtoドアの運行形態といった高度なサービスが必要になるのか?という問題です。
私は、AI運行は都市近郊のニュータウンのような近距離移動がメインで、バスのターミナル駅があるような地域に適した形態だと思います。ニュータウンは住宅街が広がっているので、バスを降りてもそこからある程度歩く必要があります。高齢者も多く、駅までの移送が1日にたくさん必要になるようなところが1番適していると思います。効率の意味でもできるだけ乗り合いを推奨した方がいいので、乗車人数によって料金を変えたり、他の人の予約状況から乗車時間を提案してくれたり、といった形もありえます。
堀内
自治体と新しい交通サービスに取り組む際に、そうしたサービスレベルをどこに決定するのかは柔軟に検討していく必要がありますね。AIを入れて限りなくリッチにするのか、ある程度ダイヤや停留所を固定したものにするのか、あるいはその間なのか?感覚的に決めるのではなく、客観的な根拠に基づいてサービスレベルを決定していくことを心がけています。今バスやマイカーなど既存の交通がどうなっていて、どのくらい不足しているか、など、きちんと現状を把握したうえで議論することが大切ですね。
私もその議論はかなり重要だと思います。なぜかというと、どこまでやるかという合意が地域の中で取れることが、交通再編を円滑に進めるうえで一番大切だからです。今はそれぞれの事業者の自助努力に頼る場合も多いですが、やっぱり毎日運行できるかどうかというのは、みんなで話して問題意識を共有しないといけない。
あとはユーザーの視点ですね。予約制や固定ルートにするべきかどうかは、利用者の性質によって変わってきます。高齢者にとっては高度すぎるサービスだと辛いので、なるべく電話で対応し、スマホ教室などとセットで広めていくような方法が考えられます。デマンド型であってもなるべくダイヤやルートは決めておいて、乗り合いを増やすようにする、といった提案をしています。
中山
「なんとなくいいもの」と「実際使われやすいもの」は違うということですね。AIが自分たちの町の課題を解決してくれる最適解なのかは慎重に考えないといけません。先ほど東さんがおっしゃっていた通り、大きいニュータウンのように人の動きが活発な地域ならいいと思うのですが、人口が少ないところでAIを入れて停留所を自由に設定できたとしても、そもそもサービス自体が使われない可能性も大きいと思います。そうしたことを、地域全体を見通しながら的確に立案していく必要がありますね。
これはサービスのUIにも関わってきます。例えば、予約操作も、ただボタンを押していくだけで全て完結するようなシンプルさが大事だと思います。最後は、高齢者の方含めて、全世代が利用できるかどうかも確かめていく。前職でシステム開発を担当していた私の身からすると、機能をリッチにして作りたい気持ちに走りがちですが、誰にとっても使いやすく、シンプル機能で作っていく思想はすごく大事だなと思います。

これからの地域交通に求められるもの

常廣
ユーザー側だけでなく、運行管理者側の課題も考えないといけないですよね。ある地域では、デマンド交通の予約方法が電話しかなく、1日にかなりの時間を電話対応に費やしたり、アナログで配車計画を作っていたり、かなり業務の負担が大きくなっていました。そこで、ノッカルと同じ仕組みを入れてLINE予約をできるようにしたところ、かなり負担が減った、と喜んでいただけました。特に過疎地では、裏側のオペレーションコストを下げるためにデジタル化する、という側面が強いかもしれません。
上田
デマンド交通なんかは、各自治体が独自で考えて、アナログで運行しているようなところが多いので、そういったニーズはありそうですね。デマンドについての論文執筆に関わっていたのですが、Web予約ができるところは14%(出典: No.103「地域から進めるデジタル実装~デジタル活用による地域課題解決に向けて~」 ) しかなかったので、オペレーションの課題が大きいところは多いのではないかと思います。
中山
やはり、デマンド交通やコミュニティバスなど、既存交通の現状もきちんと踏まえて交通再編をしていかないといけないですね。博報堂の地域交通ソリューションは、ノッカルのようなマイカー交通だけでなく、デマンド、乗合タクシー、地域バス等、様々な運行形態に対応しているので、広く活用していただけるのではないかなと思っています。

様々な地域交通を共通の仕組みで運行できる交通ソリューション

以前博報堂は、システムを可能な限り安く提供して、より多くの人に使ってもらうことが重要だと話されていましたよね。特定の地域だけで成り立つような設計ではコストが高くなりすぎて、他の自治体に受け入れてもらえない可能性があるということですよね。
堀内
そうです。とにかく広がらないと日本全体の地域への貢献に繋がらないという風に考えています。そのためには、すでに儲からない領域である、という前提を出発点に取り組まないといけないな、と。
外からまったく新しいものを持ち込んで、自治体に高額で販売するようなモデルは持続性がありません。あくまで汎用性の高いものを作っておいて、自治体に最低限の負担で使っていただきたいと思っています。そうして広がっていけば、日本全国で交通に関わるデータが取れるようになり、その結果、交通計画からアクションに至るPDCAが回しやすくなるかもしれないし、地域交通が将来的に良くなるかもしれません。
負担が少なければ、自治体も手をつけやすいですからね。実証実験からでも始めやすい。交通を変えていくときにはまずやってみることが大事なので、とりあえず試してもらえるような設計は大事ですね。
堀内
はい、地域バス・地域デマンド・乗合タクシー・マイカー交通と、地域交通の全部を組み合わせながら、その地域にすでにあるもの、そして我々が持っているものをうまく活用して、変化していく地域全体の課題に対応できるようなソリューションを提供していければと考えています。その結果、日本の社会課題にビジネスの観点で少しでも貢献できたらと思っています。
常廣
将来的には、地域の様々な交通に共通の仕組みを入れていくことで、データに基づいて現状を可視化し、さらに地域の交通再編に役立てていく、ということも目指しています。教育・福祉・脱炭素など、様々な領域の核となる交通を、システム科学と一緒に考えていければと思います。引き続き、よろしくお願いします。
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  • 東 徹氏
    東 徹氏
    一般社団法人システム科学研究所 常務理事・調査研究部長
    神戸生まれ神戸育ち。1993年システム科学研究所入社。建設コンサルタントとして、道路・交通政策立案、計画策定、将来交通量推計、費用便益分析、事業評価などに携わる。
    一般社団法人日本モビリティ・マネジメント会議理事、特定非営利活動法人持続可能なまちと交通をめざす再生塾理事などをつとめる。
  • 上田 大貴氏
    上田 大貴氏
    一般社団法人システム科学研究所 研究員
    京都生まれ京都育ち。2021年システム科学研究所入社。建設コンサルタントとして、公共交通や道路事業に関するデータ分析や施策立案などに携わる。
  • 博報堂 DXソリューションデザイン局 局長代理/グループマネージャー
    京都生まれ京都育ち。2006年博報堂入社。入社以来、一貫してマーケティング領域を担当。
    事業戦略、ブランド戦略、CRM、商品開発など、マーケティング領域全般の戦略立案から企画プロデュースまで、様々な手口で市場成果を上げ続ける。
    近年は、新規事業の成長戦略策定やデータドリブンマーケティングの経験を活かし、自社事業立上げやDXソリューション開発など、広告会社の枠を拡張する業務がメインに。
  • 博報堂 DXソリューションデザイン局 マーケティングプラナー
    福井県出身。2018年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、飲料・不動産のマーケティング業務を経験したのち、地域交通のサービス実装、自治体DXのプランニング、システム・サービス開発に取り組む。近年では、交通領域での自社ビジネスの開発を担う。
  • 博報堂 DXソリューションデザイン局 マーケティングプラナー
    2019年通信会社入社。金融、法人、公共分野のシステム開発及びデータ分析、ソリューション開発、アジャイル開発におけるプロダクトオーナー等の業務を担当。2023年1月に博報堂にキャリア採用として入社。PMやシステムの実装経験を武器にして、社会課題プロジェクトに参画。

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