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【第7回】触覚技術をウェルビーイング経営に活用する道筋とは~東大・稲見研究室×博報堂ミライの事業室(後編)
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【第7回】触覚技術をウェルビーイング経営に活用する道筋とは~東大・稲見研究室×博報堂ミライの事業室(後編)

連載「東大×博報堂ミライの事業室」第7回の後編をお届けします。後編では、アカデミアと社会の接点づくり、博報堂DYグループとの連携のあり方などについて、引き続き5人のメンバーが語り合いました。

稲見 昌彦氏
東京大学 先端科学技術研究センター 教授

溝橋 正輝氏
commissure Co-Founder 代表取締役 CEO

堀江 新氏
commissure  Co-Founder 代表取締役 CTO

久保 雅史
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室
ビジネスデザインディレクター

諸岡 孟
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室
ビジネスデザインディレクター

■社会や生活者へ価値を提供していくために、枠を飛び越える

諸岡
そもそも僕と稲見先生との出会いは15年以上前にさかのぼります。当時僕は学部4年生で、卒論で所属していた東大計数工学科・舘暲研究室(現東大名誉教授)の全体ミーティングで、舘研OBだった稲見先生に研究を進めていく上でのアドバイスをいくつかいただきました。その頃から、僕は稲見先生に対していわゆる研究者という職種像からはみ出していくアグレッシブな人だなという印象をもっていました。
稲見
東京大学で助手を務めていた私が電気通信大学に移って、稲見研究室を立ち上げたのが今からちょうど20年前の2003年なので、諸岡さんとの出会いはその2年後ですね。当時は研究室を立ち上げたといっても予算や備品があるわけではなく、ほぼゼロからのスタートでした。研究資金を確保するには、外部からお金を調達する必要があります。そのためには、研究の価値を世の中に広めていかなければなりません。

諸岡
研究室を立ち上げた当初から、社会や世の中への価値というところに正面から向き合ってきたわけですね。
稲見
学術研究の世界では「それって、何の役に立つんですか?」という言葉をよく耳にします。「役に立つ」ということは、社会や人々に「価値を提供できる」ということです。価値の提供の仕方には二種類あります。困りごとを解決し、マイナスの状態をゼロ、ないしプラスにしていく方法、それから生活をより豊かにしていく、つまり最初からプラスを目指していく方法です。私が注力したのは後者で、それを「エンターテイメントコンピューティング」と呼んでいました。QOL向上を目指すエンジニアリングと言ってもいいと思います。
久保
いまの稲見先生の活動の原型は、その当時にはすでに形成されていたのだということがわかりました。
稲見
そして、2008年に慶應義塾大学に移ってからは、従来の「どうつくるか」という視点を「何をつくるか」にシフトさせるための取り組みとして、メディアデザイン研究科の立ち上げに関わりました。その新専攻でのおもな取り組みは2つでした。1つは、研究者だけでなく一般の方々にも参加していただくコミュニティ「ニコニコ学会β」の運営。もう1つは、スポーツ、テクノロジー、文化を融合させた新領域のスポーツ「超人スポーツ」をめぐる活動です。

諸岡
新たな学問領域を立ち上げる、その研究機関として新たな大学院専攻科を企画し実現へリードしたということですが、会社で言うと新たな事業本部を構想し、関係機関を調整し、組織発足まで遂行したようなものでしょうか。確固たるパーパスやビジョン、そして並外れた具現化力の結晶だと感じました。
稲見
2つの取り組みはいずれも、技術ドリブンではなく、コンセプトドリブンで新しい価値を生み出していくことを目指したものでした。同じ頃、人の能力をテクノロジーの力で拡大させることを目指すヒューマンオーグメント(人間拡張)カンファレンス(AHs)の立上げのお手伝いもしました。その後、現在所属している東大先端研に来たのが2016年です。

■アカデミアの世界でアントレプレナーシップを携えて

久保
稲見先生の歴史をたどっていくと、諸岡くんが「稲見先生は研究者という枠を飛び越えたような方」と言っていたのもうなずけますね。
稲見
東大先端研に着任してから力を入れるようになったテーマが「身体」です。稲見研が掲げた方針は、「サイエンスと社会実装を両輪とする」ことでした。というのも、従来のエンジニアリングには、サイエンスと社会を結びつけるいわば「中継ぎ」の役割が期待されていました。

ですが、私たちが目指したのは、サイエンスを追求することと社会に実装し役立てる道筋を両立しよう、ということです。その方針に基づいて、身体の原理や仕組みを解明する研究と、身体にフォーカスした新しいサービスやソリューションの開発を並行して進めてきました。その活動の中から生まれたのが、今回のcommissureです。

溝橋&堀江
ようやく僕らが登場しましたね(笑)
稲見
世の中にはアントレプレナーシップという言葉があります。これは一般に起業家精神と訳されますが、ビジネスだけでなくアカデミアにおいてもアントレプレナーシップは必要だと私は考えています。いま思えば、私が一貫して大切にしてきたことは、まさにアントレプレナーシップであったと感じています。アカデミアの既存の枠組みにとらわれない新たな研究領域を立ち上げて成長させ、そこから新しい価値を生み出していく──。それが20年前から変わらない私の流儀であると、そうあらためて思います。

■キーワードは「越境」

久保
お話を伺っていて、稲見先生の活動のキーワードは「越境」であると思いました。自分の専門分野がありつつも、そこに閉じこもらず、社会とのつながりをつくり、専門領域を拡張していく。そういったことをずっと意識してこられたのだなと。

稲見
久保さんのおっしゃるとおりですね。まさに「越境」が私のテーマだったと思います。そのようなテーマをあえて選んだというよりは、そういう方向性が自分の性に合っていたのだと思います。

「越境」はイノベーションの条件です。イノベーションは辺境からやって来るもの、異なる要素の新しいつながりによって生まれるもの、とされています。境界を越えて新しいものを呼び寄せる思考や、境界の内側と外側にあるものを結びつける取り組みがイノベーションを生み出すと考えれば、「越境」は私の研究活動はもちろんのこと、これからの時代のキーワードにもなっていきそうな気がしています。

諸岡
越境と聞いて思いついたのが、稲見先生や僕が出身の計数工学科です。計数工学は方法論の学問で、ある分野で数学や物理をベースに定式化されたナレッジを他分野に適用していきます。適用先分野の専門家とは違った角度からアプローチすることで新たな発見を目指す学科でした。
稲見
その通りです。計数工学は、異分野どうしを共通の方法論で結びつけるまさに越境の学問です。
諸岡
大学でも、学際領域や学部横断的な複合領域を趣旨に掲げる部門が増えてきている印象があります。そうした動向も越境の本格化の始まりなのかなと。東大でもメタバース工学部の発足が大きなニュースになりましたが、稲見先生も関わられていますね。

東大メタバース工学部の詳細はこちら →→ https://www.t.u-tokyo.ac.jp/meta-school

稲見
ええ。そこでまさしくメタバースをお手伝いさせていただいています。メタバース工学部は、いわゆる従来型の工学部ではなく、またメタバースの研究だけをやっているのでもありません。メタバースという情報空間を活用して、東大工学部の学生以外にも例えば中高生や社会人の皆さんとつながっていこうというのが、この学部の発端となったコンセプトです。この仕組みはまた、新しい形のオンライン教育システムになるポテンシャルがあると考えています。
諸岡
メタバース工学部も、大学は規定の入学試験をパスした学生だけが勉強できる場所、という従来の枠を「越境」していく取り組みと考えれば、これまでの稲見先生の活動と合致した方向性と言えそうです。

稲見
私のメタバースへの興味関心は、先に少し触れた「人間拡張」からスタートしています。私の身体が私自身にとってとても不自由なものであり、身体という物理的制約を超えたコミュニケーションをしてみたい──。その思いからバーチャルリアリティへの関心が生まれ、それがメタバースへとつながっていきました。この取り組みも、物理的な境界を越えていくという意味で、「越境」と言っていいと思います。
久保
もし稲見先生が企業にいらしたら、新規事業をどんどん立ち上げていかれていたかもしれませんね。
稲見
そういった志向性も含めてのエンジニアリングが必要とされているのだと思います。私はロボットをつくることも好きですが、エンジニアリングの役割はそういったタンジブル(実体的)なものをつくることだけではありません。コミュニティ、サービス、仕組みなどをつくり出すこともまたエンジニアリングの射程に入れるべきだと私は考えています。大学の工学部も、その方向に向けた再定義が現在進んでいます。

■大学発スタートアップと博報堂が手を組み「越境」していく

久保
自身の研究室からスタートアップをつくり出したことに関して、稲見先生はどう感じられていますか。
稲見
私自身、実は以前に、インターネットビジネスを手掛けるベンチャーを立ち上げたことがあります。1996年頃のことでした。しかし経営があまりにたいへんで、自分がやりたいことがまったくできなくなってしまい、長続きしませんでした。私が一時期在籍していた慶應義塾大学には、自身で会社経営をしている先生方がたくさんいらっしゃって、私も起業を勧められました。そのような道を歩まなかったのは、過去の経験があったからです。むしろ、アカデミアという立場でアントレプレナーシップを実践すること、そして学生たちのチャレンジを後押しできる環境をつくっていくことが自分の役目だろうと考えました。

しかし、堀江くんと溝橋さんとの出会いによって、アカデミア発のスタートアップに大きな可能性を感じるようになりました。この2人だったら、きっとうまくやっていける。そう信じています。スタートアップの経営にはリスクがつきものですし、失敗することもあるかもしれません。しかし、そもそも研究自体が大半は失敗に終わるものです。問われるのは、その失敗からどれだけの知見を得られるかです。アカデミアと社会の接点をつくるチャレンジからどのような成果が生まれるか。今後に大いに期待しています。

久保
皆さんのようなアカデミアやアカデミア発スタートアップと組むにあたり、博報堂として発揮できる価値はなにか。そのひとつは、アカデミアの先端技術を生活者価値の視点で捉え直し、クリエイティビティをテコにして用途アイディアを想定範囲外へ越境させていくことだと考えています。
堀江
毎回の打合せで、僕らのような技術の専門家では思いつかないような発想を出してくれるところが、ディスカッションしていて本当におもしろいです。
溝橋
アカデミアの社会接点づくりにおいて、博報堂のもつ企業ネットワークは魅力的です。博報堂と連携することであらゆる企業へのアクセスを見通すことができ、ビジネスチャンスがいっきに広がりそうです。

■「信頼」を礎に新規事業をつくりだす

諸岡
最後に、commissureのお二人と稲見先生に、博報堂DYグループへの期待をあらためてお聞きしたいと思います。
溝橋
今後、commissureの事業は拡大のフェーズに入っていきます。その中でいろいろ課題も出てくるはずです。その課題解決のアドバイスをいただきたいと思っています。深く長いおつき合いができるよう、僕たちも努力していくつもりです。
堀江
アカデミアの中で研究を続けていると、生活者や社会が何を求めているのかを把握することが難しくなってきます。博報堂DYグループは、社会課題や生活者ニーズを捉える解像度が非常に高いと感じています。その知見を共有いただいて、本当に世の中に役立つものをつくっていきたいですね。

稲見
私にとって博報堂は、常に新しいことにチャレンジしているというイメージがあります。その意味では博報堂も「越境」の会社だと思います。実際、新規事業への取り組みが盛んな会社の1つなのではないでしょうか。そのような企業風土の中で、進取の気性を当たり前に持っている人たちとおつき合いさせていただくことは、commissureのメンバーにとってたいへん大きな刺激になると思います。社会とのコミュニケーションやいろいろなプレーヤーとのおつき合いの仕方もぜひアドバイスいただきたいですね。
諸岡
ありがとうございます。こちらこそぜひと思っています。
稲見
そしてもう一点付け加えると、スタートアップにとって最も重要なことは「信頼」であると私は考えています。ある先輩の先生がおっしゃっていたこんな言葉を私は胸に刻んでいます。「うまくいっているときはそれぞれが勝手に頑張ればいい。しかし、うまくいかなくなるときが必ず来る。そのときに支え合えるかどうかが勝負となる」──。社内はもとより、おつき合いのある方々と確かな信頼関係をつくることで、事業を成長させていってほしい。私自身も成長を支援していきたい。そんなふうに思っています。
諸岡
稲見先生や稲見研、そしてcommissureとは、いま進行中の取組に加えて今後も多彩な切り口で連携を拡大していきたいと思っていますので、引き続きよろしくお願いします。本日はありがとうございました!
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  • 稲見 昌彦氏
    稲見 昌彦氏
    東京大学 先端科学技術研究センター 教授
    1999年東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了,博士 (工学).東京大学助手,JSTさきがけ研究員,電気通信大学講師,助教授,教授,慶應義塾大学大学院教授,東京大学大学院情報理工学系研究科教授等を経て2016年4月より現職.JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト研究総括,IPA未踏IT人材発掘・育成事業PM,超人スポーツ協会代表理事等を兼任.
  • 溝橋 正輝氏
    溝橋 正輝氏
    commissure Co-Founder 代表取締役 CEO
    1988年、兵庫県神戸市生まれ。大学卒業後は野村證券(株)、(株)サイバーエージェント、
    (株)セールスフォース・ジャパンを経て2020年9月にH.R.I(株)代表取締役に就任。2期連続YonY150%以上の売上成長を達成、2022年7月に(株)DirbatoとのM&Aによりグループイン。2021年度より情報経営イノベーション専門職大学の客員講師就任。
    2023年1月に堀江新と(株)commissureを創業、代表取締役を務める。
  • 堀江 新氏
    堀江 新氏
    commissure  Co-Founder 代表取締役 CTO
    1993年、福島県福島市生まれ。博士(工学)。東大先端学際工学専攻にて身体性の理解に基づいた触覚提示手法の研究や企業との共同研究を主導した。学振DC2・JST ACT-X研究代表として研究を推進。東大先端研特任助教に着任し、2023年1月に溝橋正輝と(株)commissureを創業、代表取締役を務める。2023年4月より慶応メディアデザイン研究科特任助教としてムーンショット型研究に従事。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
    航空会社・外資系広告代理店を経て、2007年博報堂入社。ビジネスプロデューサーとして、通信キャリア・飲料メーカー等をはじめ、国内外ナショナルクライアントのマーケティングコミュニケーション領域での戦略立案~実行支援にフロントラインで携わった後、現職。
    ミライの事業室では、ウェルビーイングテーマでの事業創出をリード。また個人のウェルビーイング体験を深めるために、#サウナー#ヴィパッサナー瞑想見習いとしても活動中。
    京都大学経済学部(環境経済学)出身。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
    1983年生まれ。東大計数工学科・大学院にて機械学習やXR、IoT、音声画像解析などを中心に数理・物理・情報工学を専攻し、ITエンジニアを経て博報堂入社。データ分析やシステム開発、事業開発の経験を積み、2019年「ミライの事業室」発足時より現職。技術・ビジネス双方の知見を活かした橋渡し役として、アカデミアやディープテック系スタートアップとの協業を通じた新規事業アセットの獲得に取り組む。東京大学大学院修士課程修了(情報理工学)。

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