Z世代の意思決定行動から考える、不安定な時代の人と情報の関係 博報堂若者研究所×ヴァリューズ 共同研究 レポート 後編
WebやSNSの普及によって日々膨大な情報が飛び交う現代。VUCAの時代と呼ばれるように未来の見通しを立てることはますます難しくなっています。そんな時代を生きるデジタルネイティブのZ世代の若者たちは、普段の生活でどのように情報に接して、意思決定をしているのでしょうか。そこから不安定な時代の人と情報のあるべき関係を考えるためのヒントが見えてくるかもしれません。
本稿では、「意思決定行動」という大きなテーマを考えるための入口として、若者にとって身近な「旅の計画」を題材に、学生研究員の若者と一緒に未来の暮らしを考える博報堂若者研究所(以下博報堂若者研)とWeb上の行動ログデータから生活者のニーズを読み解く株式会社ヴァリューズ(以下ヴァリューズ)の共同研究の内容を前後編に分けてお届けします。
前編はこちら
後編では、引き続き「旅の計画」をテーマに、ヴァリューズの持つWEB行動ログデータを活用して行動実態を客観視しながら、博報堂若者研の学生会議のメンバーと若者の計画や意思決定行動について深掘りした内容と、そこから見えてきたこれからの未来の社会への示唆について紹介を致します。
「旅と計画」ログデータ解析から見えてきた
若者のWebでの意思決定の特徴
ヴァリューズでは、明確な許諾を得たモニタ一人ひとりからWeb上の全行動履歴を収集して、一人ひとりのモニター会員が日々どんな流入経路でどんなWebサイトをどのくらい見たかという情報を時系列で見ることができます。今回は、直近2年以内に楽天トラベル、じゃらん、一休のいずれかで旅行予約を行った20代男女3名を対象に分析を行いました。Aさん、Bさん、Cさんの旅行計画について旅マエ、旅ナカ、旅アトの3つのフェーズに分けて情報収集から計画、意思決定までの行動を分析しています。
また、今回は、共同研究の新しい試みとして、3名の行動ログデータを博報堂若者研の学生研究員に読み込んでもらい、自分だったら同様の行動を取るか、共感できるポイントがあるか、など議論をする中で、若者なりの解釈を言語化するという取り組みをしました。
こうした研究活動から見えてきた若者の特徴的な行動について、ヴァリューズ データマーケティング局の小幡のぞみ氏は、「1検索=1テーマとは限らない」「幅広い候補から自分にとって「ちょうど良い」を探す」という2つの切り口から分析をしています。
1検索=1テーマとは限らない
ワークショップを通して、若者の検索行動の特徴として3つのキーワードが浮かび上がってきました。
一つ目はスライド検索。これはAについて調べていたことが途中で全く異なるBの検索に擦り替わってしまう行動です。
Aさんは「若いうちに旅行をするなら」というテーマで旅行の目的地を調べていたのですが、途中で「新婚旅行 国内」という検索が突然発生します。Aさんは未婚で前後で特に結婚について調べていたわけではないので、この行動は一見唐突に思えます。
また、Bさんは、渋谷のプラネタリウムに行こうと調べていたのですが、その数時間後に「プラネタリウム 求人」という検索が発生。お出かけ先を調べていたはずなのに働く先に擦り替わっています。こうした行動実態について、学生研究員との議論の中で、「明らかに検索のテーマが変わっている」ことが見えてきました。Aさんは直近の旅行から将来のライフプランへ、Bさんはお出かけ先から働き先へのスライドが見られます。このように、 キーワードは不変なのに調べる事の対象や目的が変わっていくことをスライド検索と呼んでいます。
二つ目は並行検索。種類の異なるAとBの検討を同時並行で進めていく行動です。これはAさん、Bさん、Cさん3人に共通していたのですが、複数の旅行を同時に検索するという行動が見られました。Aさんの場合は、旅行の直前になって今回の目的地の滋賀とはまた別の場所のホテルを閲覧する行動が発生。Bさんは、新宿のホテルを予約した日に別日の別の場所のホテルの予約を同時にしていました。また、Cさんは旅行直前に3ヶ月以上先の旅行について調べるという行動が見られました。
三つ目は 蓄積検索。これは明らかに今すぐに使わない情報を将来のためにインプットしておこうとする行動です。Aさんの場合は、滋賀への旅行後に、「一人旅リフレッシュ」「香川 女子旅」「下呂温泉」など全く別の旅行先について調べる行動が見られました。また、Cさんの場合は、USJへの大阪旅行の最終日に、夜行バスの中で、今度は金沢旅行について調べるという行動が見られました。
このように若者の検索行動の分析から、ひとつの検索が複数のテーマに波及をしていくという特徴が見えてきました。
幅広い候補から自分にとって「ちょうど良い」を探す
また、旅行の計画の過程を見ている中で、若者が選択をする際に、自分にとって「ちょうど良い」を判断軸に意思決定をしていることが見えてきました。そして、この「ちょうど良い」というキーワードについて、若者の中に3つの尺度があるのではないかと考えています。
一つ目は、自分のときめき。大阪に旅行に行ったCさんが彼女の誕生日プレゼントを検索する場面で、「ロエべ ブレスレット」「マリメッコ マグカップ」という価格帯が全く異なるものを検索する様子が見られました。このように、価格・場所など現実的な条件よりも 自分のときめきを優先して幅広い選択肢を候補に入れるという行動が特徴として考えられます。
二つ目は、世の中一般の意見。Aさんの場合は泊まるホテルが決まっているタイミングで「高級ホテルに泊まる意味」というワードでの検索や、Cさんの場合では、「彼女誕生日 旅行 費用」というワードで検索するという行動が起きていました。このように自分のときめきを大事にする一方で、世の中一般の意見も参考にしたいそんな考えが見えてきます。
三つ目は、当日の感覚。Aさん、Bさん共に旅行の当日になってはじめて中身の計画をするような検索をしています。Aさんの場合は、滋賀旅行の最中に美術館に行こうとしているのですが、詳細については当日に検索をしています。Bさんの場合、記念日をホテルで過ごす予定だったのですが、食事の準備を当日になって探すという検索が発生しています。自分のときめきや世の中一般の意見を手掛かりに計画を立てる一方で、最終的には当日の感覚を優先するという特徴が見えてきました。
自分のときめき、世の中一般の意見、当日の感覚この3つのバランスが取れている状態が若者にとっての「ちょうど良い」という感覚なのではないかと考えています。
若者に存在する2つの情報収集行動のモード 「クラゲモード/釣り人モード」
これまでに紹介をしてきた特徴から、若者のWebでの検索行動には2面性があるのではないかと考えました。
小幡氏は、この傾向を2つのモードとして、ひとつは、情報の海に身を任せて漂うクラゲモード、もう一つは自分にちょうど良いものが来た時に釣り上げられるように感性を研ぎ澄ませておく。欲しいアタリを待つ釣り人モードと表現しています。
クラゲモードは、日々何となく目にするSNS投稿から、 いつか行きたい場所/やりたいことをストックする 蓄積検索、調べる対象・目的が他のテーマに派生するスライド検索、自分のときめきを優先して 幅広い選択肢を候補に入れる検索など。最終的に何に決めるかは一旦置いておいて、海に漂うクラゲのように情報を収集する行動です。
釣り人モードは、最適化されたアルゴリズムによる選択肢を自分の意思で判別する行動、自分のときめきを大切にしながら世の中の平均とのバランスも取るような行動です。
若者の頭の中には、このようなクラゲモードと釣り人モード が並存していて、自分にとって「ちょうど良い」選択に辿り着くために、2つのモードを使い分けていると考えることができそうです。
小幡氏は、共同研究全体を通して見えてきた示唆として、若者の計画から意思決定までの行動には「計画は自分だけで決めるものではない、 友人やアルゴリズムと一緒に決まっていく」「偶発性を楽しみながら、自分らしさを担保する」という2つの特徴があると述べています。
学生研究員の発言に「自分がやりたいことがあっても、 相手がどう思うかでベストが決まる」というものがありました。若者は、日々周りから得られる刺激に影響されながら物事を選択しています。 そのプロセスは、自分だけで「決めている」のではなく、時に友人やSNSの意見などに影響を受けながら「決まっていく」という感覚に近いのかもしれません。
また、学生研究員の意見に「隙間という空白を作っておいて、 発見やその場での感覚によって変化する状況が面白い」というものがありました。このように若者からは、トラブルさえも楽しんでしまうような感覚を持っていることが分かります。
若者は、日々の情報の蓄積や友人との会話から影響を受けながら、 状況の変化に応じて起きる偶発性もひとつの刺激としてポジティブに受け入れているように思えます。変化に刺激されて起こる自分の気持ちの鮮度を大切にして、ピークの段階で意志決定をすることで、自分らしさを担保した選択ができるのかもしれません。
こうした若者の行動の背景について、小幡氏は「若者との対話から、若者世代はこれまでの世代に比べて、自分の欲求を叶えられる選択肢とオンライン上で出会えることへの期待感が高いのではないかと感じました。世の中の変動が大きく、計画を立てにくい時代であるからこそ、『本当の正解』を見つけるのは難しい。 だからこそ、自分が納得できるものにたどり着くために情報の波を乗りこなそうとしている様子が印象的だった」と述べています。
共同研究から見えてきた示唆のまとめ
博報堂若者研所のリーダーのボヴェ啓吾は、今回の共同研究について「全体を通して根本的に情報と人とのあるべき関係性について考えさせられる取り組みだった」と振り返ります。私たちの社会を豊かに幸せにしていくために、情報技術はどうあるべきなのか。私たちは生活者としてどのようにこの情報過多の時代に向き合っていくべきなのか。変化の時代、答えの出ない社会の課題はまだまだ山積しています。そんな中、今回の共同研究から感じたのは「実は、若者たちは経験を通じてその答えを見出しつつあるのかもしれない」という予感でした。
最後に今回の共同研究から見えてきた若者たちの行動や価値観を手掛かりに、未来の社会の情報と人とのあるべき関係性のヒントを探ってみたいと思います。
ボヴェは「若者たちが抱える情報にどう接して良いか分からないという葛藤の背景には、『間違いたくない』という思いと、『自分らしさを大事にしたい』という一見矛盾する感情が存在しているということがあるのではないか」と指摘します。
黙っていても情報が入って来てしまう。そしてセオリーがあるならそれはちゃんと知っておきたいということから「間違いたくない」という思いがある一方で、本当に求めているのは情報ではなく体験で、大事なのは「自分にとっての正解」であり「自分ならでは」と思える選択肢を大事にしたいという思いもあり、心が引き裂かれるような葛藤が生まれているのではないかと考えました。また、情報や選択肢が膨大にあり、多様性の尊重が叫ばれ、絶対の正解がないという時代になればなるほど、この葛藤は大きくなっているのかもしれません。
しかしながら、社会を取り巻くこうした状況に対して、若者たちはすでに乗り越えるための方策を見つけているようにも思えます。
今回「自分らしさ」というキーワードが度々登場しましたが、ボヴェは「若者たちは『自分』というものを大人が想像するより柔軟に捉えていて、それが、実はこの葛藤を乗り換えるためのひとつの方策になっているのではないか」と考察します。
若者にとっての「自分らしさ」とは、個性的であるということや他といかに違うかという差分よりも、「自分の感覚にあっている」ということを意味しています。
例えば、何かを決める時に、友達を含めた「自分たち」という一個の単位を主体として、その中で一緒に決めるという若者の行動は、責任をあえて曖昧にしたり分担をしたりするために、「自分」の中に「友達」を取り込んでいるという面があると考えることができます。
また、直接知らない相手の投稿や体験談でもWeb上の情報を自分の体験のように感じたり、膨大にあるSNSアカウントの中から仮想の自分を見つけ、その情報を信用することで、自分にとってしっくりくるものを選択するという行動から、外部情報もまた、時に「自分」の一部として捉えていると考えることができます。
また、情報に対して、論理的になりすぎず、感覚的・身体的に扱うということも若者たちにとって葛藤を乗り越えるための方策と考えることができそうです。
学生研究員の「温度感」や「鮮度」、「身体になじませる」という言葉に表れているように、情報を合理性や正しさなどを追求するためのものではなく、感情を動かすためのものとして身体的、感情的に扱っているという点も若者に見られる大きな特徴と言えそうです。
今回のセミナーの前後で、オリジナルのテキストを生成することができるAIツール等の登場によって、検索のありかたが変わるのではないかと大きく話題になりました。改めて、私たちを取り巻く環境は日々刻々と変化していることを痛感させられます。テクノロジーの進化とそれによる社会の変化が続いていく中で、情報とどのように付き合い、どのように意思決定をするかというテーマは今後ますます重要になってくると言えそうです。今回の共同研究では、若者たちの中に、そんな未来の社会を考えるためのヒントを見つけることができました。
※本記事は共同研究結果から実施したヴァリューズ社主催セミナーの内容をもとに再構成しました
構成・記事執筆:金井塚悠生
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株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン
イノベーションプラニングディレクター/若者研究所 リーダー法政大学社会学部社会学科卒。2007年(株)博報堂に入社。マーケティング局にて多様な業種の企画立案業務に従事した後、2010年より博報堂ブランド・イノベーションデザインに加入。ビジネスエスノグラフィや深層意識調査、未来洞察など様々な手法を用いて、ブランドコンサルティングや商品・事業開発の支援を行っている。
2012年より東京大学教養学部「ブランドデザインスタジオ」の講師、大学生のためのブランドデザインコンテスト「BranCo!」の運営など、若者との共創プロジェクトを多く実施し、2019年より若者研究所リーダーを兼任。
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株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン
イノベーションプラニングディレクター/若者研究所 研究員デザイン・リサーチ、ブランディング、グローバルプロジェクトマネジメント等の経験を活かし、機会発見から実装までを探索的な視点で支援している。学生向けブランドデザインコンテストBranCo!の主催や、若者研究所としての研究活動も行う。
現職以前は一般社団法人i.clubにて、高校生向けイノベーション教育プログラムの開発・運営、地域資産をてことした食品の開発・販売に従事。
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小幡 のぞみ株式会社ヴァリューズ
アシスタントマネジャー/マーケティングコンサルタント新卒でヴァリューズに入社しマーケティングコンサルタントとして製薬・食品・不動産など、様々な企業に対してマーケティング支援を行っている。
学生時代には、弊社オウンドメディアにてマーケターへのインタビュー記事・学生視点での業界分析記事を執筆。