成功するPoCと失敗するPoC、その違いとは何か─PoCの方法論
新規事業や、新しい商品・サービスをローンチさせる前にPoC(Proof of Concept=概念実証)に取り組む企業が増えています。しかし、PoCの考え方や方法論が必ずしも確立しているわけではありません。「正しいPoC」によって、新しい事業やサービスを確実に成功に導くにはどうすればいいのでしょうか。これまで数々のクライアントのPoC支援を経験してきた博報堂マーケティングシステムコンサルティング局の荒井友久と、BtoB企業を中心に、新規事業のコンサルティングをしているコムレイズ・インキュベート代表取締役社長の長谷川裕樹氏に、PoCの方法論について聞きました。
荒井友久
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局 部長
長谷川裕樹氏
コムレイズ・インキュベート 代表取締役社長
PoCは「とにかくやってみること」ではない
──PoCについてどのような相談を受けられることが多いのでしょうか。
荒井
最近、お客様からPoCをやりたいというご相談をいただく機会が非常に増えています。内容はさまざまで、新規事業のPoCもあれば、新しいサービスのPoCも、あるいはプロモーションのPoCなどもあります。
どうしてそういう相談が増えているかというと、生活者のニーズが多様化してわかりにくくなっていること。それからデジタル技術が進化する中で、以前にはなかったニーズが生まれていること。そんな理由があると思います。そうなると、これまでのやり方ではうまくいかないことが増えてくるので、自社の過去の事例や他社の事例がつかえません。そのような中で少しずつ検証をしながら大きくしていくという意味で、PoCが注目されているのではないかと思います。
しかしいろいろお話をうかがっていると、PoCを「とにかくやってみて、そこからいろいろな学びを得て次につなげること」と捉えていらっしゃるお客様がわりと多いんです。「よくわからないけど、とにかくやってみようよ」といったお話をよく聞きます
──アジャイルなやり方、ということでしょうか。
荒井
アジャイルというのは、「何も考えずに、とりあえずやる」ということではないですよね。「走りながら考える」「試しながら事業やサービスの精度を上げていく」というのは正しいことだと思いますが、どこに向かって走っているのか、何を試しているのかは明確にしておく必要があります。でも、何を検証するかがはっきりしていないPoCが、実はとても多く、お客様からもその検証すべきことの具体化を相談いただく事が多くなっています。
長谷川
僕はBtoBビジネスのPoCを支援することが多いのですが、事業としてテーマアップしている課題が本当にPoCの手順を踏んで検証すべきものなのかどうかが不透明なケースがよくありますね。
例えば、新規事業を立ち上げる場合、その事業がビジネスとして成立するか否かを検討する必要があるわけですが、その検討の観点にはいくつかあるのですが、そのなかにはPoCをやらなくても、その業界の専門家とか事業会社の現場の責任者などに話を聞けば、ある程度確からしい見解を得られることもあると思います。最初にやるべきは、「その検証はPoCでしかできないものなのか?そのPOCをやる意味はあるのか」という問いを立ててみることだと思います。
荒井
事業開発の場合、提供する「価値」の質と、その価値を提供する「方法」の質という2つの軸があります。うまくいく新規事業は、その2つの質が高いと言えます。そのそれぞれでPoCを行う必要があるのですが、検証には順序があります。まずは提供しようとしている価値が質の高いものかどうかを検証し、その次にそれを提供する方法の質を検証する。それがPoCの正しい順序です。
長谷川さんが言っている「そのPoCをやる意味はあるのか」という問いは、その前の段階の、価値の仮説を立てるプロセスで必要とされるものですよね。仮説づくり自体をPoCでやる必要はなくて、むしろヒアリングやリサーチを行うべきであるということです。
長谷川
「価値」の質は、それによって解決するターゲットの「課題」の質が前提にあるものともいえると思いますが、「課題」の質とはターゲットにとってお金を払うに値する、解決し甲斐のある課題になっているかという点が重要になります。特にBtoBビジネスの場合、事業として収益を上げるための売上を上げる、コストを下げる、事業を持続的に運営するためのリスクヘッジなど、そこに影響を与えることが課題の領域として考えられます。それらの要素をそれぞれブレイクダウンして解決すべき課題として見極めることが必要です。
価値のPoCで検証するのは価値の「量」ではなく「質」
──「価値(課題)」と「方法」の違いについて、もう少し詳しく説明していただけますか。
荒井
アメリカのZapposという靴のECサービスがあるのですが、Zapposが最初に行ったPoCは、「ECで靴を販売する」ことに価値があるかどうか、つまり「現物を見ていないし試着もしていない靴でも購入するか」を検証するものでした。というのも、Zappos創業当時、通販で靴を買うというモデルはまったくなかったからです。だから、それが生活者に受け入れられるかどうかを試す必要があった。では、創業者は何をやったか。街の靴屋さんに売っているいろいろな靴の写真を撮り、それを自分のサイトに載せて、「この靴が欲しかったら、代わりに買って送ってあげるから、メールして」というメッセージを発信したわけです。そうしたら、たくさんのメールが送られてきた。そこで、自分がやろうとしている靴の通販サービスには価値があるということがわかったんです。
──なるほど、新しい事業の価値が証明されたのですね。
荒井
そうです。まずは価値があるかどうかを明らかにしたうえで、次にサービスの提供方法としてのECサイトのPoCを行って「方法」の質を検証していく。そういう順番で検証を進めていったわけです。
長谷川
「価値」と「方法」は、カスタマーにとっての「課題」とそれを解決する「ソリューション」と言ってもいいかもしれませんね。
荒井
例えば「ほしい靴を手軽に買いたい」、あるいは「近所の店に売っていない靴がほしい」というのが「課題」だとすると、それを解決する「ソリューション」が「靴のEC」ということです。課題の検証とソリューションの検証を混同するとPoCは失敗する可能性があるのです。
──ほかに、失敗してしまう可能性が高いPoCにはどのようなものがあるのですか。
荒井
先に申し上げたように、検証テーマを明確にせずに「とにかくやってみよう」といって始めるPoCは、失敗してしまう可能性が高いと思います。ほかに、「量」を検証するPoCは成功させるのに注意が必要です。ウェブサービスであれば、例えばPVやユニークユーザー数、リアル店舗であれば、来客数や売り上げをテーマにすると、本来の価値の検証ができなくなる可能性が高くなるのです。
──具体例を教えていただけますか。
荒井
例えば、先程のような靴のECで考えてみます。その事業によってカスタマーに提供できる価値は、「近くのお店に売っていない靴も気軽に手に入る」ことです。PoCは、その価値の質を検証するものでなければなりません。
しかし陥りがちなのは、来場者や売り上げなどの「量」を検証してしまうパターンです。実際に簡単なECを構築し、UIにこだわり、広告も多少やったり、購入特典などをつけたり・・・そのようにして、たまたまそれなりの来客数があって、売り上げも上がったことによって、「この事業は成功する」というエビデンスが成立してしまう。そして、その結果を上申して、事業化の許可が下りる──。そんなケースがあったとして、それがPoCの成功と言えないのは、価値の「質」が検証されていないからです。
事業がスケールするためには、「価値を感じたから購入した」というお客様が増えることが重要です。ところが、「お得そうだから購入した」お客様が増えてしまい、これでは検証としてはノイズになります。
価値の「質」を検証するには、大々的なプロモーションは行わず、購入してくれた人にしっかりインタビューをして、アクセスした理由や購入理由を聞かなければなりません。そしてそれによって、そのビジネスモデルに本当の価値があるかどうかを確認しなければなりません。その結果、実はそのモデル自体にあまりニーズがないことが明らかになる可能性もあります。
長谷川
一方で、「価値」の検証は質にこだわるべきですが、「方法」の検証では量が重要になる場合もありますよね。例えばBtoBビジネスの場合、事業として成立する収益性から逆算して、一人の営業担当が月に何件の商談をして、そのうちの何件をクロージングに持っていく必要があるのかという計画を立て、それを検証しないと事業の収益性が成立しません。
荒井
事業に「価値があるか」を検証した上で、「ビジネスとして儲かるか」を検証するということですよね。そのそれぞれで質と量の検証をしっかり分ける必要があるということだと思います。
中心価値と付加価値を混同してはいけない
荒井
もう一つ、失敗しやすいPoCの事例として、複数の価値を混在させて検証してしまうケースが挙げられます。さきほどの靴のECの例で言うと、中心価値は「ECで靴が買える」ということで、まずはそこに絞って検証する必要があるのですが、そこに「安い」とか「返品無料」とか「試着サービスあり」といった付加価値を盛り込んでしまうようなケースです。そうすると、一体何の価値を検証しているのかがわからなくなってしまいます。最初から想定している最終形態でPoCを始めるのではなく、MVP(Minimum Viable Product)と言われる「価値を生み出す最小単位」から検証を始めるべきです。
もちろん、ECで靴が買えることが一般的になりつつある現在においては、「ECで靴が買える」ことは検証不要な価値で、「返品無料」が中心価値になるかもしれません。
長谷川
重要なのは、やはり価値の仮説づくりですよね。その新規事業で実現できる価値がいろいろあったとして、そのうちの何が最も大切なのか、効果的なのかという優先順位をつけることが、すなわち仮説を立てるということです。まずは、考えられる価値をすべて出してみる。そして、その中で最もクリティカルな(重要な/重大な/検証が必要な)価値が何かを見極める作業が欠かせないと思います。
あと、「中心価値を検証すべき時に、付加価値を足してしまう」という話に近いものだと、サービスを使用してもらえるかを検証するときに、多くの人に使ってもらうために無料で提供することがあると思うのですが、その場合は無料で提供したことも含めて検証に向き合う必要があります。価値の評価として、それに対するコストや導入負荷、リスクを天秤にかけることになるので、その一つであるコストがかからない場合の価値だと理解しておく必要があります。そうしないと、無料だから利用していたが、有料になった途端に離脱してしまう可能性があるからです。
──有料でもそのサービスは使用されるとどのように判断すればよいのでしょうか。
長谷川
私は、最初から有料で実施することをおすすめしています。無料だと、気になる懸念点に対してもお客様は寛容になりがちです。ただ、いくらであってもお金を払うというときは、合理的な判断のもと貴重な意見をいただけます。BtoBビジネスの場合、会社のお金ですから特にそうだと感じます。とはいえ、まだ製品が脆弱な初期フェーズで通常価格でセールスするのは難易度が高いと思うので、一定期間、通常料金より割引をするなどの対応で検証して、価値があると感じていただければ、通常料金に戻しても利用いただける場合が多いです。
荒井
無料で実施する場合は、利用頻度や継続率などのデータを見ながら、定性インタビューなどと組み合わせて、生活者や顧客を知るための検証とするのがよいと思います。マーケティングを目的にするというよりは、検証に必要なサンプル数を集めなければいけない時にコストをかけずに実施する方法なのかなと思います。
──「中心価値」を定義する際のポイントはありますか。
荒井
経営学者のフィリップ・コトラー氏は、「顧客にとっての価値は、コスト的価値と情緒的価値の掛け算で決まる」と言っています。PoCの対象となるのは多くの場合、そのうちの「コスト的価値」です。金銭的コストだけでなく、時間的コスト、心理的コスト。そのコストを軽減することを価値と考えるということです。というのも、「前向きな自分になれる」とか「より幸福な生活が送れるようになる」といった情緒的価値は、生活者がお金を払ってまで得たい価値になるかというと相対的に弱く、まずは中心価値をコスト的価値で定め、付加価値として情緒的価値を足していくことが必要です。
長谷川
コスト的価値は「機能的価値」と言ってもいいと思います。機能的価値が明確になっていないということは、事業やサービスのアイデアがまだ具体的になっていないと考えるべきかもしれません。
──最後に、PoCを始めようとされている企業、ご担当者へアドバイスをお願いします。
長谷川
PoCはそれ自体が目的ではありません。PoCの結果を踏まえて、顧客のためになり、かつビジネスにもなる事業を作り上げる。そして、それを持続的に提供できるビジネスの体制を構築し、売り上げにつなげ、さらにリテンションを図っていくという流れのスタートになるのがPoCです。事業開発やサービス開発の一連の動きを確認しながらPDCAを回していく必要があります。私たちは、そのそれぞれの段階で必要なノウハウやリソースを提供できますので、ご支援させていただきたいと思います。
荒井
繰り返しになりますが、PoCで最も重要なのは、検証すべき価値は何かを見極めること、その価値を具体化して、最も安く・速く・精度よく検証することです。博報堂では、その検証方法をご提案するコンサルティング力と生活者発想を組み合わせて、より確度の高い事業やサービスを生み出す支援をさせていただくこともできます。博報堂のフィロソフィーでもある生活者発想があるから、PoCをやりながらさまざまな事業のピボットを支援できていますので、ぜひ相談いただけると嬉しいですね。
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長谷川 樹裕コムレイズ・インキュベート 代表取締役社長
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博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局 部長2012年博報堂入社。事業戦略・マーケティング戦略から情報システム開発までを一気通貫して支援する、ストラテジックプラニングディレクター。大手SIerの経営企画を経て、大手メディアサービス企業の不動産広告事業における事業企画・営業推進にて、事業を成長させる事の難しさ・泥臭さを最前線で経験する。その後、経営コンサルティングファームにて第三者として事業支援を行った後、クリエイティブとの融合による、新しい事業支援のあり方を作るために博報堂に転身。