テクノロジーによる米国小売業界の進化とは?-NRF Retail’s Big Showレポート ~後編~
前編では、米国小売業がいかに既存ドメインをアップデートする取り組みをしているかについて触れました。後編では、今年のNRFにおける最大のポイントである「新産業への越境」について触れていきます。
<Retail as a Service:“サービス”に越境する小売>
近年、「Retail as a Service(小売のサービス化)」というキーワードが様々な所で語られるようになってきました。小売企業がこれまで獲得してきた膨大な顧客データやテクノロジー等の資産を活用し、他の小売企業やメーカー等に向けたBtoBサービスの提供を行い、新収益を獲得しようとする動きです。
近年このRaaSの取り組みを特に積極的に推進している小売企業のひとつがKrogerです。
今年のNRFではKrogerがKeynoteセミナーを持ち、マイクロソフト社をパートナーとしたRaaS戦略を紹介しました。
両社は2018年にRaaS領域での提携を発表、現在EDGEと呼ばれるスマートシェルフのサービスを発表しています。EDGEはプロジェクターディスプレイがついた棚ですが、Krogerがもつ売場知見と顧客データを元に、MicrosoftのAzure・AI技術によって生成されたアルゴリズムを活用して情報配信を行い、小売業の業務支援を行うサービスです。具体的には、カメラで計測する買物客の属性や行動に応じて表示するコンテンツや価格を変えることができたり、Click&Collectサービスのスタッフによるピックアップ支援のための情報表示など、データを連携しながら自在に表示を変えることができます。
今後は、センサーやアプリ連携を通じてパーソナルなクーポン配信や無人支払いに対応したり、POS・在庫データとの連携で発注管理を行えるなどの機能拡張の計画も発表されています。
この取り組みで特徴的なのは、自社データを自社店舗の改善に活用するだけでなく、クラウドベンダーとの共同サービスとして、他の小売企業を対象に提供していく点です。これまでのデータ活用ソリューションは、クラウドベンダー等が単体でそれぞれの小売にソリューション提供を行うモデルが一般的でした。しかしこの取り組みは、小売とクラウドベンダーが共同で小売企業向けのサービス開発・提供を行い、レベニューシェアをしていくモデルです。小売が持つデータと実際の店舗オペレーションや売場知見と、ベンダーのテクノロジーが融合することで、課題解決の精度が高いサービスの開発が進むことが考えられます。
RaaSを主戦場に、新たな競争関係が生まれつつある点も興味深い点です。MicrosoftはKrogerの他にも、WalgreenやWalmartとの提携を発表しています。Walgreenとは健康データを基にした医薬品のリコメンドや医療機関の紹介を行うサービスの開発、WalmartとはCloud Factoryと呼ばれる研究機関を共同で創設し、機械学習による店舗の空調システムや物流ルートの最適化等を推進していくとしています。近年急速に同社が小売企業との関係性を深めている背景には、やはり小売業とクラウドベンダーが共通して対峙するamazonグループの存在がある点が指摘されます。自社グループ内で小売とベンダーを兼ねることが可能なamazon/awsに対して、いかに対峙していくのか。小売業界とベンダーの課題意識が一致している点も、両社の連携を加速させている要因のひとつと言えるでしょう。
また、RaaS領域において「広告/メディア」はマネタイズの仕方が見えやすい領域として注目されています。Krogerのプレゼンテーションの中でも、「広告産業を破壊・革新する」という宣言がなされていましたが、こうしたサービス基盤にメディアサービスをどのように導入・開発・提供していけるかは、正に私たち広告会社にとっても重要なテーマです。
<新・プライベートブランド:“商品”に本腰を入れる小売>
小売業がプライベートブランドへの投資を拡大する点は、今年小売の越境の方向性として議論されたもうひとつの重要なテーマです。プライベートブランドとは日本でも馴染みがある、小売業が独自に展開するオリジナルブランドを指しますが、その役割や位置付けが変わり始めています。
背景には、D2C(Direct to Consumer)ブランドの躍進が指摘されます。D2Cブランドは、多くは生産~販売~流通までを自社で完結させ、オンラインを中心に顧客と直接繋がるブランドです。規模の小ささを武器に、先鋭化されたニーズに対応した商品やブランドビジョンを提案することで熱量の高いファンを獲得しながら、多くはサブスクリプションモデルによって継続的な関係を構築し、顧客からの反応をすぐにサービス/商品にフィードバックします。オンラインで安価に高品質なメガネを提供するWarby Parkerや、中間マージンを透明化し$3の共通価格で日雑品を提供するBRANDLESSや、髭剃りの替え刃が定期的に配送されるサービスのHarry’sなどのブランドは、細分化されたニーズを持ち、オンラインで買い物を完結させるデジタル世代の生活者に厚い支持を獲得しています。最近では、こうしたブランドの成長力に目をつけた大手リテーラーがD2Cブランドと提携する動きも出てきており、例えばHarry’sはTargetと提携して専用売場を持ったことで、Targetにとっては頭打ちになっていたカテゴリの成長、Harry’sにとっては間口拡大に繋がるなど、両者にとってWin-Winの関係を築きはじめています。
こうした細かなニーズに対応したブランドを小売が自社で開発する、というのが新・プライベートブランドのポイントです。従来「商品」はメーカーが中心となっていた領域でしたが、データ/テクノロジー実装が進んだ小売から見ると、いまやメーカーはリアル・デジタルを横断する生活者の購買行動やニーズを捉えるケイパビリティが十分でないと見なしていると明らかにしたリサーチもあり、メーカーに頼りきりの状況から脱却しようとする狙いが伺えます。
例えばTargetは、自社データを活用して細かな顧客ニーズを捉え、現在ではトイレタリーやアパレルを中心に20ものブランドを展開。うち8つを2018年にローンチするなど、直近で投資を集中させており、写真映えする子ども用家具や、グローバルをテーマにした雑貨ブランドなど、コンセプトが明快なブランドを多く展開しています。Krogerは自社ブランドSimple Truthを、競合とも言えるドラッグストアのWalgreensやAlibabaグループと提携し、他社のチャネルで販売をしています。
豊富な顧客データを元にニーズを抽出しながら、多様性のあるブランドを展開し、場合によっては競合の小売やオープンECにもチャネルを解放していく新たなプライベートブランドへの投資は、従来のストアロイヤリティ向上のために売れ筋カテゴリで低価格を武器に販売していたものとは、随分性質が異なることが分かると思います。小売が商品領域にも積極的に進出し、メーカーが担っていた「製造業」としての役割をも担うことで、新たな収益源を獲得していく狙いが伺えます。
これまで本稿の前編・後編を通じて、NRFで行われていた議論を中心に変化する小売業界の動向を見てきました。店頭体験の向上を目的に獲得してきたデータ・テクノロジー領域の資産を、新たなサービスに活かしていく動きが進み、新たな収益獲得が進むことでビジネス構造やエコシステムが大きく変わろうとしています。自動車業界では「クルマ」から「モビリティ」への急速なシフトが議論されていますが、小売業の「変態」はどこに向かっていくのか。今後の変化に、注目が集まっています。
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博報堂データドリブンマーケティング局 ストラテジックプラナー2012年博報堂入社。以来TBWA\HAKUHODOにてブランド・コミュニケーション戦略の立案に従事した後、博報堂買物研究所を経て、現在は主に小売・CPGメーカー・通信会社等の企業が保有する顧客データや「生活者DMP」の活用によるマーケティングの高度化を支援。また、サイネージ・モバイル等の生活動線メディアを連携させ、都市の中で新たな情報体験の提供を可能にするメディアサービス・ビジネス開発を推進。