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テクノロジーによる米国小売業界の進化とは?-NRF Retail’s Big Showレポート ~前編~
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テクノロジーによる米国小売業界の進化とは?-NRF Retail’s Big Showレポート ~前編~

データドリブンマーケティングを推進していくにあたり、ECや店頭など生活者の最後の購買接点のデータを活用し、顧客理解の深化や効果検証を踏まえたアクションを検討することは非常に重要です。海外では小売業を中心にいち早くその動きが進んできており、毎年米国ニューヨークで開催されるNRF Retail's Big Showは今後のデータドリブンマーケティングの潮流を占う議論が行われる場と言っても過言はありません。
昨年に続き参加し、小売業界の進化を捉える博報堂データドリブンマーケティング局長谷川恭平が、前編・後編の2回に渡って現地の様子や広告会社として着目したいポイントを紹介していきます。

-NRF Retail's Big showとは?

NRF Retail’s Big Showは、National Retail Federation(全米小売業協会)が例年開催し、世界およそ100カ国から約3万8千人が参加する、世界最大級の小売業界のカンファレンスです。小売業関係者を中心に、メーカー関係者・テクノロジーベンダー・リテールスタートアップ・コンサルタント・マーケティングエージェンシーも含め、小売のバリューチェーンに関わる様々な業界人が集まります。プログラムは、4会場で行われるkeynote/セミナーセッションの他、各社がブースを持ちテクノロジーやソリューションの常設展示、スタートアップ限定のInnovation Labで構成され、今年は2019年1月13日~15日で開催されました。

 -米国小売業界の現状とNRF2019の論点

最近「相次ぐ店舗の閉鎖」や「大手小売会社の倒産」などがニュースになることが多いですが、実はいま米国で小売業は市場成長が顕著に進んでおり、NRFは2018年には前年比4.5%の成長と過去10年で最大の成長を見込みます。背景には、リアル店舗を中核とする小売業が、過去数年来進めてきたECサービス拡充の取り組みやデータの利活用やテクノロジー投資が結実し、売上拡大のサイクルがうまく回りはじめた点が指摘されています。NRFの代表からも開催にあたるコメントで業界の楽観的な見通しと更なる進化を促す力強いメッセージが発信されましたが、今年は特に小売関係者の間に自信が戻ってきているムードが感じられました。

これまでの同カンファレンスでの議論を振り返ると、2017年には生活者の買物がamazonを始めとするECサービスの利用が急拡大し「Retail Apocalypse(小売の終末)」が囁かれ、悲観論が蔓延する中でいかにECにリアル店舗が「対抗」するかが議論されました。しかし、WalmartがECサービスjet.comを買収したことを皮切りに小売企業が積極的にECの取り組みを強化し、生鮮商品のClick&Collectサービス(ネットで注文し店頭で受け取るサービス)など店舗を活かした新たなサービスが生活者の支持を集め、リアル店舗とデジタルの相乗効果による売上拡大に成功。昨年はECを前提とした上で店舗の価値をいかに高めるかが議論され、顧客データやAIの利活用、デジタルと店舗を連携させる新たなサービスなどの取り組み、リテールスタートアップへの投資などの取り組みが紹介されました。そして今年は、前述した背景の中で小売業界の新時代を牽引していく役者が揃いつつある中、いかに新たな成長機会を獲得するかに論点がシフトしたと言えそうです。

では、小売業の新たな成長機会とはなにか?今年のNRFでは、小売業の「既存ドメインの発展進化」と「新産業への越境」の二つの大きな方向性が提示されたと見ています。本稿では、「既存ドメインの発展進化」について触れます。

AIの成熟化を見据え、「人」への投資を加速

既存ドメイン、つまり生活者の買物をいかに支援するのか。まずは、機会学習およびAIのテクノロジー実装・成熟化があります。これまでは、これらテクノロジーについては可能性の議論やトライアルの紹介がメインでしたが、顧客体験の向上への活用を見据えて人材・組織改革を含めた実装フェーズに移す様々な取り組みが進んでいます。Walmartのセミナーでは同社のCTOが登壇し、デジタルトランスフォーメーションを支えるテクノロジーへの取り組みや組織について紹介されました。

 

NRF2019 “The technology leadership behind Walmart's digital transformation”より

いまやWalmartはAmazon・Alphabet(Google)に次ぐ全米第3位のIT投資を行う企業になっており、とりわけAIに注力しているそうです。豊富なデータによってアルゴリズムをどんどん刷新させ、より精度が高いパーソナライズされたサービスを顧客に提供していくことが目的。同社ではWalmart LabやStore no.8など、自社内にテクノロジー開発組織やインキュベーション組織をもち、スタートアップ投資やオープンイノベーションを積極的に推進しています。強調されたのは「人」への投資です。Walmartはこれまで1700人のテクノロジー人材を採用、さらに今後2000人の採用を計画しているといいます。機会学習やAIのテクノロジーを効果的に活用していくには、育成資源となる良質なデータが必要です。良質なデータ、つまり「意味がある」データを生成していくこと、データを材料にアルゴリズムを更新し、アウトプットの価値判断をする上では人の力が欠かせません。積極的なIT投資で業界成長を牽引してきたWalmartが、いまテクノロジー・ハードウェア以上に「人」に対する投資拡大に注力していることは興味深い点です。同社と双角を為すTargetも同様にセミナーにおいて人材投資の拡大を強調しており、小売業における機会学習やAIの実装化においては特に「人」への投資が重要なテーマになりそうです。

NRF2019 “More in store: Target invests in its guests and its future”より

リアルな場の価値を再定義する新たな店舗

既存ドメインの発展進化の取り組みでもうひとつ重要なテーマとなっていたのが、昨年同様「リアルな場の再価値化」です。ECでの買い物がもはや当たり前になる中で、いま店舗の価値をデジタルで高める取り組みが進んでいます。マンハッタンは新たなテクノロジーやサービスを試す店舗が集う「小売の実験場」の様相を呈していますが、今年カンファレンスの中で度々紹介されていたのが、Nikeが展開するNike House of Innovationです。2018年後半に5番街にできたNikeの新しい旗艦店ですが、オリジナルシューズが作れるラボやコンシェルジュから1対1でアドバイスを受けられるサービスを提供するなど、徹底的にパーソナライズされた体験を提供する場となっています。また、店舗イベントの予約機能・陳列商品の情報提供・ピックアップサービスをアプリを中核に提供し、店舗の顧客体験を向上する仕組みが整備されており、強力なブランド体験装置として機能しています。

b8taは、スタートアップ企業によって開発された先進ガジェットを陳列する店舗です。マンハッタン市内のMacy’sの中にある店舗を視察しましたが、商品と共に陳列されているタブレットで商品紹介のムービーや開発ストーリーなどの情報を同一のフォーマットで得られる仕組みを提供しています。更に、店内のカメラで商品の前の滞在時間やタブレットへの接触情報を測定・アクチュアルデータ化し、出品しているスタートアップに買物客の行動データとして提供しています。また、接客が発生した場合はその記録も取得し、売り場行動や購買状況に応じて接客も最適化する仕組みを導入しています。このように、カメラ技術等の進化によって店頭における行動データを取得することが容易になってきており、そうした情報を売場づくりの最適化や、接客に活かしていく取り組みが進んでいます。

また「食」もリアルの場の価値を高める重要な要素として注目を集めています。コンサルティングファームWD Partnersのセミナーでは、デジタル世代がリアルの場に求める要素として「フードホール」「ファーマーズマーケット」がTOP2に挙がった調査結果を紹介しました。オーガニックやスローフードなど、食に対する意識は高まっており、食品スーパーではできたての惣菜やクラフトビールなどが店内で食べられるイートインスペース「グローサラント(Grocery + Restaurantの造語)」も人気を集めています。RHは市内にある家具のショールームですが、屋上階にルーフトップレストランがあることや、中層階にカフェ/バーを用意することで、食事やドリンクを楽しみながらゆったりとくつろげる空間を作っています。

NRF2019 “From apocalypse to relevance: What draws consumers to physical spaces in the digital age”より

新たな成長機会を模索する小売業の「既存のドメインの発展進化」は、テクノロジーを活用しこれまでの買物体験をより豊かなもの進化させる取り組みが急速に進んでいます。NRF2019ではさらに一歩踏み込み、組織体制やサービスとして実装・成熟化したことで実現したケースが数多く紹介された点が印象的でした。
さらに、このように顧客体験を向上させることを目的に整備してきたデータ基盤やテクノロジーを別の産業・サービスとして活用していく動きが盛んに議論されました。
後編では近年注目が集まるRaaS(Retail as a Service)の取り組みなどを中心に、もうひとつのトピックである「新産業への越境」について、紹介をしていきます。

  • 博報堂データドリブンマーケティング局 ストラテジックプラナー
    2012年博報堂入社。以来TBWA\HAKUHODOにてブランド・コミュニケーション戦略の立案に従事した後、博報堂買物研究所を経て、現在は主に小売・CPGメーカー・通信会社等の企業が保有する顧客データや「生活者DMP」の活用によるマーケティングの高度化を支援。また、サイネージ・モバイル等の生活動線メディアを連携させ、都市の中で新たな情報体験の提供を可能にするメディアサービス・ビジネス開発を推進。