おすすめ検索キーワード
社会課題解決に「別解」はあるか?~広告会社が挑むソーシャルイノベーション~ ─Advertising Week Asia 2024より
BUSINESS UX

社会課題解決に「別解」はあるか?~広告会社が挑むソーシャルイノベーション~ ─Advertising Week Asia 2024より

マーケティング&広告業界で最大級のグローバル・プレミアイベント「アドバタイジングウィーク・アジア2024」。昨年に引き続きリアルとオンラインで開催された今回も、各界の最新の知見に触れる刺激的で魅力的な数多くのプログラムが実施されました。

本稿では「社会課題解決に「別解」はあるか?~広告会社が挑むソーシャルイノベーション~」の内容をご紹介します。

スピーカー
吉澤 到
株式会社博報堂
ミライデザイン事業ユニット ソーシャルイノベーション局 局長/エグゼクティブクリエイティブディレクター

畠山 洋平
株式会社博報堂
テーマビジネス開発局 局長補佐/生活者主導社会を導く社会課題解決プロジェクトリーダー

モデレーター
白根 由麻
株式会社TEKO LEVERAGE
グロースパートナー

■クリエイティブを信じる会社として、「正解」ではなく「別解」を提供していく

白根
私たち博報堂は、生活者発想とパートナー主義の二つをフィロソフィーとして掲げています。生活者発想とは、人を、単なる消費者として捉えるのではなく、主体性を持って生きる「生活者」として全方位的に捉え、深く洞察することです。
そしてパートナー主義とは生活者発想を軸にクライアントとともに語り合い、行動し、創造することで責任あるパートナーになれると考えている、私たちのビジネスの原点です。

クリエイティブを信じてきた会社として「クリエイティビティで、この社会に別解を。」という言葉も掲げており、私たちは「正解」より「別解」を提供価値としています。ロジックを突き詰めてたどり着くのが「正解」とすると、クリエイティビティにより驚きをもたらす、前例のない解が「別解」です。 今回は、生活者の視点に立った社会課題解決の「別解」に挑んだお話になります。

ではお二人から、博報堂が進める社会課題解決事業ケースについてそれぞれお話しください。

■既存のアセットに注目し公共サービスに昇華させた朝日町の取り組み

畠山
私からは富山県朝日町で行っている取り組みについてお話しします。

この町では、登下校時、子どもがマイナンバーカードを端末に読ませると親にメールがいくようになっています。マイナンバーカードで決済もでき、高齢者の方が積極的に買い物に利用しています。また「ノッカル」という、タクシー会社と連携した公共ライドシェアを日本で最初※に導入しました。「みんまなび」という、地域の人が教え合う場所づくりや、官民連携によるアクティビティ、組織づくりまで、町と僕らが一緒になって進めています。いずれの活動も、最終的には「生活者一人ひとりが住みたい場所に住み続けられる」世の中を作りたいという思いを持って行っています。
※事業者協力型自家用有償旅客運送の日本第1号モデル。

朝日町は人口1万人の海・川・山が非常に豊かな町ですが、高齢化率が45%で、急激な人口減に直面しています。そこで僕たちが取り組むことにしたのが、公共サービスの見直しです。お金をかければレベルの高いサービスは実現できるでしょうが、公共サービスですから、限られた財源のなか、お金をかけずにいかにサービスレベルを上げるかが求められます。開発における哲学は、とにかく楽しい、使ってみたい、やってみたいと思えるものにすること。さらに、勝手に外から持ち込まれたものとしてではなく、地域に馴染み、地域の人に浸透するものにすること。また、全体のマーケティング上の課題の本質を押さえ、日本全国、どこにも横展開できるものにすること。そんなふうに、楽しくプラニングし実装を進めています。

そうして生まれたサービスの1つ「ノッカル」では、田舎でよくある、ご近所さん同士で「おばあちゃん、一緒に乗っけてってあげるよ」といった風景を、地域の実態課題、さらには国の法律を睨みながらサービス化しました。バス3台タクシー9台マイカー8000台という、この地域にすでにある資産を使い、地域に馴染むだけでなく、日本全体で起きている課題にも応用できるやり方にしています。

結果として、住民の方には大満足していただけています。ライドシェアには運転手不足という懸念もつきものですが、地域でしっかりとコンセプトを共有し、地域を見守っていくという動機があることで、「人の役に立てて嬉しい」という人がどんどん出てきています。人口減少の中、単にサービスをシュリンクしていくのではなく、コストを考えながら、住民が自ら参加したくなるような設計にしたことがカギだったかと思います。

次は「LoCoPi(ロコピ)」というマイナンバーカードを使ったサービスのお話です。朝日町の公共施設に端末を設置し、マイナンバーカードをタッチすることでポイントが貯まるほか、学校や施設での利用を通して、子どもや高齢者の見守りが可能になります。すべての世代が持つマイナンバーカードという資産を最大限活用し、町に住む誰もが参加できるためのサービスとして設計しました。端末にタッチする際に「ロコピッ」とかわいい音が鳴るんですが、これを聞きたくなって、使いたくなる。ちょっとしたことなんですが、皆が自ら参加したくなるような設計として、大事なことだと思います。

目指したのは、とにかくサービスレベルを上げ、コストを最適化すること。いまはどこの自治体も疲弊していて、限界に近い状況ですが、だからといって住民にまちづくりを呼び掛けてもうまくいかないでしょう。必要なのは、自治体と生活者の間に立ち、自発的に参加したくなるようなきっかけを与えること。住民が内発的動機で気持ちよく動けて、コストを抑えて目指すサービスがつくれたら、「みんなが住みたい街に住み続けられる世の中」の実現に近づけられるのではないかと思います。

プロジェクト自体はまだ道半ばですが、おかげさまでいろんな自治体からお声掛けをいただいています。こうした取り組みを通して、楽しく地域社会を豊かにしていくお手伝いができたらと思います。

■社会課題解決に大きな役割を果たしうるSIB(ソーシャルインパクトボンド)のスキーム

吉澤
私からは、2019年に立ち上がった新規事業開発組織、ミライの事業室が展開する社会課題解決型のビジネスについて共有させてください。

まず我々ミライの事業室は、広告事業とは別の柱となる事業を作ることをミッションにしています。広告ビジネスで培ったブランディング力、マーケティング力、ビジネスプロデュース力などを結集し、異なる領域でどんなビジネスが可能か、日々探索しながら作り上げています。

博報堂は数多くの企業、ブランドとのお付き合いがあり、メディアや行政、研究機関などともつながりがありますが、この規模のネットワークを持つ業態は世界的にも非常にユニークです。だからこそできる事業、社会課題解決があるはず。我々は「チーム起業型事業創造」という言葉を掲げ、クリエイティビティを発揮して経済性(利己)と社会性(利他)という相反するものを解決する「新しい社会の仕組み」、すなわちソーシャルイノベーションの実現を目指しています。

具体的には、社会課題解決型のスタートアップを支援する領域、社会的インパクトを軸としたまちづくりビジネスの領域、そして個人や小規模生産者のビジネスをイネーブラーとして支援するクリエイターエコノミー領域。さらに脱炭素など社会的なテーマに対し企業や生活者を巻き込むムーブメントを作る「ソーシャルアクティベーションビジネス」領域といった、4つの注力領域を定め取り組みを推進しています。

このうち、まずはソーシャルアクティベーションビジネスの具体例として「Earth hacks(アースハックス)」をご紹介します。これは生活者主導で脱炭素社会を実現するというビジョンのもと、三井物産と立ち上げたジョイントベンチャーの会社です。

日本は2030年までに温暖化ガスの46%削減を目指すと表明しており、多くの企業がサプライチェーンの脱炭素化を進めてはいますが、実はCO2排出量のうち61%程が家庭内の消費から生まれており、その削減が進んでいません。脱炭素には賛同しつつも、7割の人は実際に行動をしておらず、何をしていいのかわからないという状態です。

そこで私たちは、これまでの「解決しなくてはならない」という課題解決型スタンスではなく、何か楽しいなとか、いいなと思った商品やサービスを選んでいくうちに自然に脱炭素に繋がっていくような欲望刺激型の手法で、生活者、企業、社会を巻き込み、みんなで脱炭素を楽しいアクションにしていく取り組みを進めています。

代表的なソリューションに、脱炭素への取り組みを可視化する「デカボスコア」があります。たとえばとある食器用洗剤の詰め替えボトルは、薄くて軽いペットボトル素材を使ったことで、従来と比べCO2排出量が38%削減されました。とはいえ生活者にはなかなか伝わりにくく、それを理由にこの商品を選んではくれません。そこで、「38%オフ」のように削減率をまるでお得感を打ち出すような感じで見せると、生活者の目を引いて気づいてくれた方が買ってくれたりする。そのように企業努力を可視化する取り組みをしており、約2000社の500以上のアイテムに採用いただいています。

もう一つは「デカボチャレンジ」です。社会課題に関心が高いZ世代が、企業に対してZ世代が欲しいと思う商品やサービスを逆ピッチするコンテストです。ビズリーチと連携してインターンシップの体裁にしており、多くの大学生がエントリーしています。これまでに、のべ48の企業や自治体が参加し、企業とZ世代の脱炭素社会に資する共創ビジネスのアイデアが数多く生まれています。

また生活者に脱炭素行動をしてもらうには、購買シーンにも働きかける必要があります。店舗やECモール等と組んで、様々な商品にデカボスコアを導入する取り組みや、自治体と一緒に地域の小売店を巻き込み、地域通貨でデカボ商品を買うと地域ポイントがもらえるなどの仕組みを作っています。

脱炭素社会を目指すためには、行政との連携は重要です。行政・地方自治体向けソリューション「Earth hacks for Local」も提供しており、自治体の関心も高まりつつあります。たとえば愛媛県の事例では、Z世代のアイデアから、今治タオルを使ったリユース可能な包装材を開発したりしています。

続いてはまちづくりの実例です。人口減少やインフラの老朽化は全国共通の課題ですが、限りある税収で行政がそれらすべてを解決することは不可能です。地域の人たちの生活が楽しくなったり、地域に愛着を持てるようになるためのプラスの価値創造には、民間のアイデアと力が必要だということで、「good pass~goodな街は、みんなでつくる。」という官民連携の取り組みを全国で展開しています。行政が抱える課題を解決できる地域の事業者や金融機関をマッチングし、そこに地域住民も巻き込みながら社会インパクトを生み出すというスキームです。

ここでは「ブランド創出型スモールコンセッション」という取り組みも行っています。公共的なサービスをつくる際に複数事業者が入ったチームが作られるのをコンセッションビジネスといいますが、スモールコンセッションというのは、たとえば空き家をリノベしてホテルにするといった小規模なコンセッションのこと。今地域で急激に増えつつある空き家や遊休地、放置された歴史的建造物など、活用されてないアセットをSIB(ソーシャルインパクトボンド)と呼ばれる民間資金を活用して官民連携で社会課題解決を行う金融スキームを使って解決していくものです。この取り組みは国交省の民間提案型の官民連携モデリング事業に採択され、すでに自治体とのディスカッションが始まっています。

公共のアセットの運営を民間に任せる以上、収益を上げてサステナブルにすることが求められますが、解は限られているので、結局どこも大きな駐車場やカフェをつくることがテンプレート化してしまいます。コンセッションだけではなかなか本来の解決に繋がらないということで、SIBを絡めるのです。行政が指定する施設を作ったら補助金が得られるというものではなく、町に人を呼びたい、産業を振興したいといった課題に対し、民間が解決できたら成果報酬を払うという仕組みがPFS(ペイフォーサクセス)であり、その応用型がSIBです。

我々はこの仕組みが成立するためのロジックモデルづくりや、事業者や金融機関とのマッチング、市民の共感促進のためのエリアラジオやコミュニティペーパーを通じた情報発信や、good passアプリを使ったコミュニティの醸成などを行っています。

■大切なのは強いアスピレーションとビジョン、武器を持つこと

白根
ここまで、取り組んできた社会課題解決の事業ケースについてお話を聞いてきました。お二人が考える、社会課題にコミットし、ビジネスにする上での成功のキーファクターは何でしょうか。
畠山
「LoCoPi」なら「ロコピッ」と鳴る音とか、「ノッカル」だと、人の助けになりたいという想いなど、生活者が参加したくなる工夫、やりたいと思えるきっかけ、楽しいかどうかが大事だと思います。
吉澤
朝日町の、高いマイナンバーカード所持率をアセットとして捉えたわけですよね。すでにあるアセットに、実はイノベーションの種があったりします。こんなアセットがあるなら、それをうまく使えば新しい価値ができるというふうに、マイナスゼロにする課題解決ではなくプラスの価値創造という視点で考えるのがカギかなと思います。
白根
続いて、協業仲間の見つけ方・巻き込み方のポイントはありますか?
畠山
私は少なくとも、子どもたちにどんな社会を残すかという点では本当に強烈にアスピレーション(内なる想い)を持ってやっています。私は「わらしべ長者作戦」と呼んでいますが、熱いアスピレーションを持って語って動いていけば、どんどん周囲に広がっていき、結果的にいろんなわらしべ長者に繋がっていくのではないかなと思います。
吉澤
大事なのはやっぱりビジョンなんですよね。「こういう世界を実現したい」と本心で思っていると、共感して一緒にやりたいと言ってくれる人が集まってくる。先ほどのgood passも、元々はスマートシティを考える中で、データドリブンではなく生活者主導のまちづくりをしたいという思いがあり、そこにアプリやSIBといった仕組みが加わることで、行政や金融機関、地域の事業者の賛同を得てどんどん輪が広がっていった。やはりビジョンと仕組みの両方を持つことが大事かと思います。
白根
次に、広告会社が社会課題解決に取り組む意義とは何でしょうか。
畠山
僕らとしては、マーケティング・クリエイティビティという、クライアントの課題解決のために、元々自分たちが持っている能力を転用しているわけで、それがひょっとしたら社会課題解決にも役立っているのかもしれません。
吉澤
あとは、産業や分野の垣根を越えて、いろんな人を巻き込むことで、異なる強みを掛け合わせ、今までにない解決策を見つけるコ・クリエイションにも、広告会社が取り組む意味や強みがあると思います。
白根
最後にお二人が感じるそれぞれの別解と今後の展望を一言ずつお願いします。

畠山
公共サービス上は正解がない。また、これまで正解とされていたものを見つめなおし、変えていかないと、という状況にあります。それはつまり、既存のものに対して「自分たちでこういうことをやってみたい」というものを作るということ。また社会が個人化していく中、みんなのトイレ、みんなの公園、みんなの乗り物…というような公共サービスの重要性を忘れてしまいがちです。正解はありませんから、みんなで一緒に協力しながら、次の未来、社会を作っていけたらと思っています。
吉澤
社会課題解決というと、CSR的な、本業とは別にやっていることだったり、誰かの我慢が前提のイメージがあると思いますが、社会課題解決はビジネスになるし、非常にクリエイティブなソリューションにもなるし、誰も我慢しなくていい社会課題解決だって絶対にあると思うんです。そういうものの実現こそクリエイティビティのある人たちが引っ張っていくべきだと思う。実際に取り組んでみると自分たちが認識していなかった力に気づくことができたりと、やっていて面白いんです。ぜひ広告業界の方とこういった社会課題解決を一緒に頑張りたいですし、そうすれば世の中も、業界も、もっと面白くなる。そういう仲間をぜひ皆さんと増やしていきたいと思っています。
白根
まさに生活者や社会に眠っているアスピレーションを引き出し、個人のアスピレーションで周りを巻き込みながら、既にあるアセットをうまく活用し、みんなが楽しめるサービスを作っていく。そういう事例が今後もたくさん生まれるといいなと思っております。本日はありがとうございました。
sending

この記事はいかがでしたか?

送信
  • 株式会社博報堂
    ミライデザイン事業ユニット ソーシャルイノベーション局 局長/エグゼクティブクリエイティブディレクター

  • 株式会社博報堂
    テーマビジネス開発局 局長補佐/生活者主導社会を導く社会課題解決プロジェクトリーダー

  • 株式会社TEKO LEVERAGE
    グロースパートナー

関連記事