「対話」から始まる、生活者発想とAIの融合 ~DDD-AIが切り拓くブランドとユーザーの新たな関係性~
博報堂DYホールディングスは2024年4月、AI(人工知能)に関する先端研究機関「Human Centered AI Institute」(HCAI Institute)を設立しました。
HCAI Instituteは、生活者と社会を支える基盤となる「人間中心のAI」の実現をビジョンとし、AIに関する先端技術研究に加え、国内外のAI専門家や研究者、テクノロジー企業やAIスタートアップなどと連携しながら、博報堂DYグループにおけるAI活用の推進役を担います。
そして同時に、全社横断プロジェクト「Human Centered AI Initiative」(HCAI Initiative)もAIを軸としたグループ情報連携・集約・横展開を行う組織として本格的なスタートを切りました。
今回、HCAI Initiativeのリーダーで、グループのCAIO(Chief AI Officer)である森正弥が、博報堂DYグループのソリューションを紹介し、そのトップランナーと語り合うシリーズ対談「Human Centered AI Works」。
第1回は、株式会社大広WEDO代表取締役社長 大地伸和氏に、9月にローンチした顧客とAIとの対話を通じたマーケティング支援プラットフォーム「DDD-AI(Deep Dialogue デザイン-AI)」について伺いました。
顧客との直接的なつながりを強みに
- 森
- 大地さん、まずは大広WEDOの特徴と、ご自身のキャリアについてお聞かせください。
- 大地
- 大広はこれまでダイレクトマーケティングのお仕事が多かった関係で、顧客と直接つながるビジネスのサポートに強みを持つことが最大の特徴であり、今後も独自性を深めていきたいと思っています。その中でもWEDOは、顧客とつながる際のコンテンツ制作顧客とつながり続けるためのCRM展開、ダイレクトビジネスに効果的なデジタル活用という部分で特徴を持ち、通常のマーケティング・コミュニケーションとは異なる領域のケーパビリティがあります。
私自身は、大広に1990年に入社し、CTOを経て2024年4月より現職に就いています。デジタルテクノロジーにいち早く注目し、アドテクだけでなく、あらゆるテクノロジー領域を応用したサービス開発を推進してきました。
CESをはじめ、ミラノ・サローネ、メゾン・ド・オブジェ、アルスエレクトロニカなど、テクノロジーに関連する世界中の見本市やフェスティバルを数多く視察し、新たなビジネス創出に挑み続けています。
AIが引き出す顧客の本音
- 森
- そうした背景から、DDD-AIの開発に至ったのですね。開発テーマと思想についてお聞かせください。
- 大地
- DDD-AIは「DeepDialogueDesign」という、顧客との深層対話を軸にしています。顧客の本音に迫ろうと思ったとき、AIの方が自然に自己防衛の壁を取っ払って話しやすいのではないかという部分が着想のスタートでした。
例えば、高校生とベンチャー企業との対話で、ハラスメントの相談窓口をAIにしてほしいという意見が出たことがあります。AIの方が喋りやすい、相談しやすいという声があったんです。学校にはセクハラやパワハラの窓口がありますが、そこには言えない。先生に自分の人間関係をさらけ出すのは不安だし、自分的にパワハラだと思っていても、それを言って間違っていたら恥ずかしいと感じる。でも、AIだったら「間違っている」と言われてもはずかしくないので、語りやすいという意見でした。
また、私自身の経験からも、この考えは腑に落ちました。ホテルでシーツ交換をお願いする際、電話で直接伝えるのは少し気が引けますが、チャットだと気軽にリクエストできる。このように、AIを介することで、人間が本音を話しやすくなる場面は多々あると思ったのです。
もう一つの視点は、マーケティングの活用についてです。例えば、私の妻が毎夜買ってくるヨーグルトを気を利かせて買っておいたら、「夜遅くてこれしかないから買ってきてるだけで、好きなやつは別にあるんよ。見て勝手に判断せんと、ちゃんと聞いて!」と怒られたという経験があります。嫁さんからは本当にいろんなことを教えてもらえますが、関係性があるのに対話をせず、データだけを見て推測するのは間違いだと気づきました。
企業にはコールセンターなど直接の接点があるわけですから、何かあれば聞けばいいわけです。しかし、1対1のライトな対話を人的に行う事は今のコールセンターでは実質不可能なので、AIで対話を行い、履歴を蓄積して展開していきたいと考えました。
- 森
- なるほど。コールセンターの声を活用するのは素晴らしいアイデアですね。ただ、膨大なデータの中から有用な情報を抽出するのは難しそうです。
- 大地
- おっしゃる通りです。コールセンターには、膨大なインプットがありますが、その膨大な中からロジカルに有効な声を抽出するという事は大変難しい。
時々顧客の声を分析するんですが、クレームだとか、大きな声だけに注力してしまったり、全体から適切に取らなければいけないのに、感覚的に本質的ではない部分を参考にしてしまったりと、人的なエラーが起きるんですよね。
AIによる効率的な顧客の声の分析
- 森
- そうした課題に対して、DDD-AIではどのようなアプローチを取っているのでしょうか?
- 大地
- OpenAIのベクトル検索の仕組みがオープンになったことで、状況は大きく変わったと考えました。ベクトル検索だったら、文脈とかこんな方向みたいな形が抽出できるので、これでいけるんじゃないかと考えたんです。
- 森
- 日本語特有の曖昧さや、ビジネス文書特有の形式的な表現などが、ベクトル検索の精度を下げる要因になることもありますが、その点はいかがでしょうか。
- 大地
- 確かにその課題はあります。日本語は英語と違って、前置きが長かったり、修飾語が多かったりといったケースもあります。なので、分析するにあたって「雑味」を消すことが必要で、例えばGPTに読み込ませ、テキストを加工して濃度の高いものでベクトル検索をかけると、結構うまくいきます。
ちなみに、コールセンターの対話データは比較的ベクトル検索に適しています。余分な言葉が少なく、本質的な部分に集中しているからです。SNSやレビューデータも、直接的な表現が多いので取り扱いやすいです。
DDD-AIの主要機能:BrandDialogueAIとTribe抽出
- 森
- 具体的に、DDD-AIはどのような機能を持っているのでしょうか?
- 大地
- DDD-AIには「BrandDialogueAI」と「Tribe抽出」という2つのエンジンがあります。そのエンジンを中心に顧客との対話、対話から得た顧客視点の抽出、アイデア出しを行う機能を持っています。
BrandDialogueAIは、1対1の対話を実現するものです。ブランドとして必要な外部知識をラグデータとして所持したうえで、ブランドとして必須の内容を固定プロンプトで記述して、ブランド人格を設定します。そのうえで、対話するお客様の情報や対話内容に関する情報をラグデータから抽出して動的プロンプトを生成して対話を行います。例えば、FABRIC TOKYOさんとのPoCでは、FABRIC TOKYOさんのブランド人格に、優秀な販売スタッフの知識ベースを組み合わせ、コーディネーターAIとして実装しました。
このAIプログラムは、「コーダイ by FABRIC TOKYO」 と言い、LINE公式アカウントのトークルーム上でお客様と対話を行います。
FABRIC TOKYOさんは、一度店舗に来店して商品を購入したお客様に対してアンケートもとっているので、購入データとアンケートによる嗜好性データを基に個別の提案を行う仕組みがとれました。購入した商品や好み以外に、例えば勤めている企業が毎日スーツを着なければいけないのか、カジュアルでもいいのかとか、普段どういう風な服で日常を過ごしているのかといった情報も把握します。それに基づいて適切な答えを返すということになっているので、同じ天気同じ場所に行くにしてもその人のライフスタイルで全部変えて提案してくれるというわけです。
もう一つのエンジンであるTribe抽出は、顧客との対話データを分析し、顧客をグループ化する機能です。当初はBrandDialogueAIでの対話データを使う予定でしたが、まだ十分なデータ量がないため、現在はSNSやカスタマーレビューのデータを活用しています。これにより、新商品発売後の反応分析などを素早く行うことができ、PDCAサイクルを回しやすくなっています。
- 森
- ユーザーの話を引き出すコツなどはありますか?
- 大地
- はい、いくつか工夫していることがあります。まず、私たちの発話量を減らすことを意識しています。理想は全体の50%以下に抑えることですね。ユーザーにより多く話してもらうのが目的です。
質問の仕方も重要です。『どう思われますか?』というように、ある程度自由度を持たせつつ意見を聞くようにしています。また、ユーザーが話しやすいタイミングを見計らって質問するよう心がけています。
ただし、自由度が高すぎると逆に答えにくくなることもあるんです。そこで、最初はYes/No形式の質問から始めて、そこから話題を広げていくようなテクニックを使っています。これはプログラムの対話設計に似た手法ですね。
さらに、コーディネーターなどの専門家のノウハウも活用しています。彼らの知識をトークスクリプトに落とし込んで、ユーザーが自然に、たくさん話せるような流れを作るようにしています。
現在はこれらの方法を組み合わせて、試行錯誤しながらより効果的な対話の方法を探っているところです。ユーザーにより多く、より自然に話してもらうことが私たちの目標です。
F2転換率10pt以上向上の秘密*
- 森
- FABRIC TOKYOさんの施策での効果はいかがでしたか?
- 大地
- 効果は非常に良好でした。初回購入客(F1)から2回目以降の購入客(F2)への転換率を見ると、通常よりも初速が上がり、最終的なF2転換率(初回購入後の顧客が2回目以降も購入する割合)も10pt以上上昇しました。AIとの対話が顧客の購買意欲を高める効果があったと考えています。
- 森
- 凄いですね。その効果の要因はどこにあると考えていますか?
- 大地
- まず、購入後の対話のしやすさが挙げられます。AIには不満や感想を言いやすいので、『どうでしたか』『不満はありましたか』といった対話がしやすいんです。対話のしやすさは、対話量の増加に直結し、結果としてエンゲージメントが高まったと思っています。
次に、AIの適切な対応が重要でした。顧客の声に対して、『申し訳ございません。次回はこのようなおすすめをさせていただきます』や『それならこういうコーディネートはいかがでしょうか』といった適切かつスピーディーな提案ができました。これがF1からF2への転換のきっかけになっています。
さらに、戦略的な対話設計も効果的でした。FABRIC TOKYOさんはカスタムオーダーのビジネスウェアブランドですが、スーツは頻繁に購入されるものではありません。そこで、シャツやポロシャツ、付属品など、比較的購入頻度の高い商品に焦点を当てた対話を最初から組み立てていました。2回目の購入につながりやすい商品を中心に提案することで、F2への転換率を高める戦略を取りました。
これらの要因が組み合わさって、効果的な結果につながったと考えています。
*POC参加者と全体との比較(初回購入から一定の日数までのF2転換率)
AIと人間の協業で新たな価値創造へ
- 森
- ちょっと話は変わりますが、AIと人間の協業という観点で言えば、どのようにバランスを取っていくべきだとお考えですか?
- 大地
- AIが進化すると、「人間とは何か」の定義が大変難しくなると思いますが、喜びや感動を感じるという部分だと今は思っています。そして人は、体験とストーリーの中で喜びや感動を感じるのだとも思っています。ストーリーは歴史や考え方、文脈を含むものです。
体験を通じた喜びの創出は、プロモーションとして日々行われています。これは人間が日常的に見て、聞いて、感じる活動なので、今後も広がっていくでしょう。
ストーリーは、私たちの業務であるブランディングと深くかかわる部分ですね。ブランド、各人、各共同体が持つ世界観を維持しつつ、よりよいものへの変革が求められていくと思います。AIによって私たちの価値観は爆発的に拡大するので、それをうまく活用して、新しい喜びや感動を創造していきたいです。
- 森
- AIの導入によって、人間の仕事がなくなるのではないかという懸念もありますが、その点についてはどうお考えですか?
- 大地
- AIの導入は、人間の仕事を奪うのではなく、むしろ私たちの働き方を改善し、より価値ある仕事に集中できる環境を作り出すと考えています。
例えば、私たちのグループにはコールセンターがありますが、そこでの実務を見てみると、膨大な量の情報が日々処理されています。
AIの導入により、このようなデータ分析やルーティンワークをAIが担当することで、人間はより戦略的な思考や、感性を活かしたクリエイティブな業務に注力できるようになります。つまり、AIは人間にしかできない創造的な仕事に集中できる環境を作り出すのです。
さらに、AIとの協業は人間の創造性を拡張する可能性も秘めています。AIが提示する新しい視点や、大量のデータから抽出したインサイトを基に、人間がより革新的なアイデアを生み出せるようになるでしょう。
結局のところ、AIは私たちの仕事を奪うのではなく、私たちの能力を増幅し、より高度な価値創造に取り組める環境を提供してくれると信じています。これからの時代は、AIと人間がそれぞれの強みを活かしながら、共に成長していく時代になると考えています。
進化するブランドと深化する顧客関係
- 森
- DDD-AIの今後の展望についてお聞かせください。
- 大地
- まず、顧客との対話を継続する機能の向上を目指しています。適切な頻度で心地よい対話を続けることが重要です。
ただ、距離感が課題ですね。毎日5通も来ると、かえって関係性が悪くなる可能性があります。理想的なのは、自分にとって心地よい関係性を保てるコミュニケーション量です。例えば週1、2回程度。LINEで言えば、スクロールして2、3番目に表示される程度の頻度が良いかもしれません。そういった適切な対話を顧客と続けていきたいですね。
また、蓄積したデータをクリエイションやマーケティングに活用することも進めています。さらに、AIによるブランド自体の変化の可能性も探っています。顧客の声をリアルタイムで反映し、ブランドを進化させていく。その速度は今までより速くなるでしょう。ただし、ブランドの本質は失わないよう注意が必要です。
- 森
- 重要なポイントかと思います。技術が変わってもコミュニケーションの距離感は大事にしなければいけないですよね。また技術の発展にあわせて、変えていくところもある。ブランドの進化とAIの関係について、もう少し詳しく教えてください。
- 大地
- ブランドは顧客の認識の中で形成され、時代とともに変化します。この変化をどの程度許容するかが重要です。顧客の声に合わせてブランドを変えるべきですが、どこまで変えるかのバランスが鍵となります。
広告表現でも、ブランドらしさを保ちつつ、新しさも取り入れる。そのバランスを取りながら、ブランドを活性化させてきました。伝統のみに執着するとブランドは古くなりますし、変革のみに注目すると守るべき大切なものを失う恐れもあります。
AIの登場によって個人的には、ブランドの変化のスピードが速くなると感じています。時代に合わせて変化してきたブランドですが、今後の社会では、多様な顧客の価値観と、顧客の変化に素早く対応することが求められると思います。素早くAIの発展で人々の思考や行動のスピードも上がり、様々な変化が起きやすくなると予想しています。そうなると、ブランドもそれに応じて変化する必要があります。従来のやり方では、顧客や世界の動きについていけず、時代遅れになる可能性がある。
今後の社会では、さらにダイバーシティがすすみ、莫大な人の価値観を統合してブランディングを考えることが必要になるのではないでしょうか?そうすると、この多次元での価値観の分析と方向性の提示が重要となり、ブランドの革新のための道標に、AIは必須になると思います。
僕たち人間はぜいぜい2次元か、3次元程度での判断しかできないので、多次元の価値観をロジカルに分析して方向性を出すにはAIの力が必要だからです。
- 森
- 人々の思考や行動が進むところに、ブランドもどう応えていくかが大切ということですね。顧客の声を的確に捉え、ブランドの本質を守りながら変化していくことにも、AIと人間の協業が求められると感じました。最後に、人間中心のAIの未来について、ビジョンをお聞かせください。
- 大地
- AIは単なる自動化ツールではなく、人間の創造性を引き出し、ブランドと顧客の関係性を豊かにする存在になると信じています。これからも人間中心のAI活用を追求し、よりよいマーケティングソリューションを提供していきたいと思います。
- 森
- ありがとうございました。一緒にAIと人間が協調し、新たな価値を創造していきましょう。DDD-AIの今後の展開も楽しみです。
▼大広についてはこちら:https://www.daiko.co.jp/
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株式会社大広WEDO代表取締役社長株式会社 大広に1990年入社。大広のCTO(Chief Technology Officer)を経て2024年4月より現職。
広告業界で、いち早くデジタルテクノロジーに注目。
アドテクだけでなく、あらゆるテクノロジー領域を応用したサービス開発を推進。
CESをはじめ、ミラノ・サローネ、メゾン・ド・オブジェ、アルスエレクトロニカなど、テクノロジーに関連する世界中の見本市やフェスティバルを数多く視察し、新たなビジネス創出に挑み続ける。
デジタル・テクノロジー業界のさまざまな著名人とも親交が深い。
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博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
Human-Centered AI Institute代表外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。