デジタル時代の「新・ブランド論」【第3回】 生活者インタビューから読み解く、情報接触と選択のリアル
SNSなどデジタル環境の変化に伴い、生活者の情報選択・購買・消費行動は大きく変化しています。また、様々なテクノロジーの登場によって、企業の行うデジタルマーケティングも日々進化しています。その一方で、長期的な視点に立った企業と生活者との絆づくりである「ブランド」はどうでしょうか?デジタル時代において、改めてブランドとは、ブランディングとはどうあるべきなのか──そんな問題意識からスタートした「デジタル時代の新・ブランド論」構築プロジェクト。
本連載では、マーケティング、消費者行動論、社会心理学などに精通した研究者と博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターのメンバーによって進められているプロジェクトをご紹介します。
第3回では、本プロジェクトにおいて実施したデプスインタビューで得られたリアルな生声や具体的な行動をもとに、デジタル時代における生活者の情報接触やコンテンツ選択、購買行動がどのように変化しているのか、またそれらが何に影響されているのかを議論しました。
第2回はこちら
<プロジェクトメンバー>
(写真左から)
西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表
石淵 順也氏
関西学院大学商学部 教授
澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表
柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
米満 良平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員
SNSネイティブな生活者は“情報過多”を感じない
- 西村
- 今回はデプスインタビューで出た発言や意見を振り返りながら、議論していければと思います。まず、博報堂DYグループにて行った消費者のデプスインタビューの調査設計を紹介します。情報をもっと知りたくなる、人に伝えたくなる、思わず買いたくなるなど、次の行動につながる感情そのものの変化や変化する瞬間をこのプロジェクトでは、「感情モーメント」と呼ぶことにしました。その「感情モーメント」を探るべく、合計16名にインタビューを実施しました。世代による違いも含めて幅広く意識を捉えるため、男女若年層(20~27歳)および男女中年層(30~40代)、さらに「直感的な購入」と「理性的な購入」という買物の仕方によってグループを分けています。
では、さっそくリアルな声を見ていきたいと思います。最初は「情報量」についてです。
- 西村
- デジタル時代の情報量の多さに困っている生活者も多いのではと思っていましたが、案外困っていない、むしろ情報量の多さをポジティブに捉えている方が多く、印象深かったですね。選択肢が増えるので良い、SNSで自分に合った情報だけを見ているので情報が多いとは思わない、などの意見が象徴的でした。余計な情報はスルーするのが当たり前、といった様子もありましたね。マーケターや研究者からの視点だと、情報量の多さはどうしても目につくのですが・・・(笑)。
- 柿原
- そうでもなかった、むしろ全然困っていなかったということですね。たしかに学生の話を聞いていても、我々の見方が古いんだと思うこともあります。スマホネイティブ、SNSネイティブだと、まったく感覚が違いますよね。
- 米満
- 「情報過多時代」という言い方がよくされますが、これはマーケティングを実行する企業目線の表現なのかもしれないですね。今回のデプスインタビューで、強く実感した点のひとつです。企業側は自分たちが発信した情報が埋もれてしまうという悩みがあるので、情報量の多さに対してネガティブな印象をもってしまいますが、生活者の視点ではそもそも見え方が違っていたということでした。
- 柿原
- 90年代から2000年代、多すぎる情報の中で必要な情報が見つけられない「インフォメーション・オーバーロード」という概念が広まりました。我々の世代には、そうした中で情報を精査して選ぶ感覚がありますが、今はいつでもどこでも情報が取得できるから、選ぶというより好きなときにほしい情報を得ているんですね。だから困らない。
- 石淵
- 中には我々と同じような感覚で話されている方もいたので、世代でもまた違うんだろうなという気もしました。例えば、ひとつにSNSの使い方の違いがありそうですね。特に若い世代ほど、自分のフィードに好みの情報だけが流れてくる心地よさに慣れているので、情報の多さはさほど気にならないんだろうと思います。
わかりやすい「好き」がフィードに蓄積されていく
- 柿原
- SNSのフィードといえば、学生との話から気づいたのですが、「自分の好みに合わせて情報が取捨選択された状態をフィルターバブルというけど、どう感じる?」と聞くと「それが普通」「昔の世代の人もそうだったのでは」というのです。例えば、新聞だって何紙もあるし、その中で読む記事と読まない記事がある、と。なるほど、と思いました。確かにそういった面もあると思いますが、質は少し変わっていると思います。SNSは「いいね」やシェアができて可視化されることやアルゴリズムで他のユーザに自動的にリコメンドされることで、自分の「好き」を再確認できたり、自分の「好き」を広げたりしやすい構造になっていますよね。
- 西村
- デジタル化が進む中で、わかりやすい内容のものや、より衝撃的な内容のものを好むなど、フィルターバブルにおけるフィルターのかかり方が、その人個人の好みの反映だけでなく、思わず見たくなるものが優先的に表示されている感じはします。また、柿原先生が研究されている、“コンサマトリーな情報接触”(何かの目的を達成するためではなく、その行為そのものが楽しかったり、面白かったりという「自己目的型」の情報接触)が大前提になっている気もします。目的達成型の情報接触や情報検索とは違い、SNSを開いて、ただ眺めて楽しむこと自体が目的化している一面は大きいですよね。
- 柿原
- そうですね。以前なら、新聞なら新聞というメディアに対する信頼が大事でしたが、自分のフィードそのものが情報の取捨選択がなされた“マイ・メディア”だから、それがいいという感覚がありそうです。
- 澁谷
- 必要な情報を自分から取りに行くのとは別に、「このフィードに自分にとって好ましい情報がストックされている」という認識が、情報に対する受け身な態度をつくることにもつながっているんでしょうね。メディアという認識すらなく、身体拡張的な感覚に近いのかもしれません。今回のインタビューにもそのような発言がありましたね。
- 西村
- 確かに、膨大な情報が流れてくる中で「もっと知りたい」ものを見つけようとする態度だから、“タイパ”が重要になっているとも言えそうです。次のような「時間が足りない」「いいコンテンツか、早く確認したい」といった発言からは、タイパ重視の意識が強く感じられました。
- 西村
- コンテンツを倍速で観るという意見は多かったですね。それって楽しいのかなとも思ってしまうのですが(笑)、石淵先生はどう思われましたか?
- 石淵
- インタビューを見ていて、日常的に接している情報の中から「なにがなんでも、いいものを見つけたい!」という強い感情や態度があるとは感じませんでした。おそらく、テレビやタブレットをつけながらスマホも見ているダブルスクリーン、トリプルスクリーンの状態で、映画のように集中して楽しむというよりも、だらだら心地よく観ているという状態ですよね。また、買物においては「失敗したくない」というネガティブを避けたい意識が同時にあるように感じました。そういった意識を前提に、コンテンツに対してはタイパを強く求めているのかもしれません。複数の方が「ぎゅっとしている、キュッとしている」といった言葉をポジティブに使われていましたね。内容が自分好みなのは大前提で、情報の“圧縮感”も大事そうでした。
“失敗しないためのこだわり“は、自分ではなく周りに尺度がある
- 柿原
- 「失敗したくない」意識は学生からも感じています。たとえばテーマパークのアトラクションに何時間も並んだりと、自分が好きなものや楽しめるとわかっているものには安心して時間を費やすようで、タイパも発動する場面とそうでない場面があるようです。
- 西村
- 次のインタビューの発言が特に「失敗したくない」という意識でも特徴的でしたが、いわゆる「案件(PR)」ではないか、忖度された情報でないかがとても重視されていましたね。一般の方の口コミに対しても同様でした。
タイパ重視だったり、膨大な情報をうまくスルーしたりといった最近の傾向を踏まえると、商品やサービス選びにあまりこだわりがない、フィーリングで選んでいるような想定をしていましたが、一部の選択にはすごくこだわりが強いと感じました。
- 石淵
- 同感です。特定のコンテンツについて、とても熱く語られていた方もいましたね。こだわりがあるかと聞くと、あるとおっしゃる。でも、どのような企業が手掛けているかといったことには興味がなかったので、それは意外でした。例えば、学生と話していても似たような傾向を感じることがあって、好きで使っている文具やシャンプーなどについての機能や口コミはチェックしていても、メーカー名は知らないということがあります。「好き」であるのに「メーカー名を知らない」という状況が成立してしまっているんです。
- 米満
- これまでの関与の考え方では捉えにくい現象の一つですよね。これまでのファネルの概念では、認知があってから、理解や好意というフレームで購買を捉えようとしていました。今の生活者は、買う瞬間の、失敗しないためのこだわりは強く発揮しても、ブランドや企業に対するこだわりは希薄化しているといえるのかもしれません。
- 澁谷
- 買うときだけ盛り上がるようなこだわりの発揮というのは面白いですね。本人は「失敗したくない」「こだわりがある」と認識していても、では何件くらい口コミを見たかというと「3人分」などと返されるので、これも我々の感覚とは違うのかなと感じました。
- 柿原
- 自分の中での絶対的な納得感ではなく、皆がいいと言っているから買ってみた、食べてみた、という周囲に尺度がある選び方でもありますね。“こだわり”というと我々は自分の基準をイメージしますが、それよりも外部情報を頼りにしている様子があるように思います。
- 米満
- まさにそう感じました。「失敗したくない」という言葉の背後には、ある意味で独りよがりな自分の好き・嫌いで判断を間違えたくない、後悔したくないという意識を感じました。これまでに自分自身の失敗した経験や、他者の失敗エピソードなどを、記憶や情報として蓄積しているんだと思います。冷静に、かつ客観的に、一方で短時間で、他者を拠り所にしている印象を受けました。
「感情の表出」を信頼する情報源の判断軸にする
- 澁谷
- 口コミのような論理情報を尺度とするのとは少し違って、“他人の感情が表出している情報”に惹かれる、というのも印象的でしたね。たとえば、人がすごく笑っているとか、素の様子などが信頼につながっているようでした。
- 柿原
- 動画サイトの食レポ投稿やゲーム実況などもそうかもしれないですね。おいしさや楽しさに嘘がないと感じられたら、信じられる。
- 西村
- 今回のプロジェクトで深掘りしたいテーマの一つですね。まさに澁谷先生のご指摘のように、誰かが実際に感情を揺さぶられた、「快」の感情を得たこと自体が信頼に繋がっているように感じました。
- 澁谷
- たしかにこれだけ皆が動画を通じて情報を判断するようになってくると、文字情報ではなく他人の感情も十分に材料になるということですね。とても興味深いです。
- 米満
- 今回も非常に面白い議論ができました。次回も、引き続きデプスインタビューの生声をもとデジタル時代の生活者の購買行動について議論を深めていければと思います。
この記事はいかがでしたか?
-
澁谷 覚氏早稲田大学大学院経営管理研究科 教授東京大学法学部卒業、東京電力(株)に勤務。慶應義塾大学でMBAを取得。同社退社後に慶應義塾大学で博士(経営学)を取得。新潟大学助教授、東北大学教授、学習院大学教授、レンヌ第一大学ビジネススクール客員教授等を歴任。学習院大学では2020~21年に国際社会科学部長を務めた。2022年より現職。
この間、情報通信サービス、IT系を中心に、食品、住宅、エンターテインメント等多くの企業において、特にデジタル・マーケティング戦略、顧客分析、ブランド構築、人材育成等の策定、実行支援を数多く経験。日本消費者行動研究学会会長、『消費者行動研究』編集長、日本商業学会『JSMDジャーナル』編集長、日本マーケティング学会『マーケティングジャーナル』副編集長、等を歴任。
-
柿原 正郎氏東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門は経営情報システム、ユーザー行動分析。Google在職中から続く研究テーマは、デジタル環境下における消費者の情報探索行動。最近は、eスポーツやVTuber等のエンターテイメントコンテンツビジネスにおける消費者行動についても研究を進めている。
-
石淵 順也氏関西学院大学商学部 教授関西学院大学商学部中途退学(大学院飛び級入学のため)。同大学商学研究科博士課程後期課程修了。博士(商学)。福岡大学商学部専任講師、助教授を経て、2006年4月関西学院大学商学部助教授(現准教授)、2011年4月より現職。専門は、消費者行動論、マーケティングリサーチ、商業論。特に、買物行動、消費者行動における感情の働き、商業集積の魅力などを研究。主著に『買物行動と感情―「人」らしさの復権』(有斐閣, 2019年)。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事、日本マーケティングサイエンス学会学会誌編集委員等を歴任。
-
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。
-
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員マーケティング・リサーチ会社勤務の後、株式会社博報堂にてストラテジックプランニング・ディレクターとして、事業・ブランド戦略立案から顧客獲得、コミュニケーションに関するプラニングに従事。VoiceVision、ブランド・イノベーションデザイン局にて、生活者共創やユーザー・イノベーションを専門に、コミュニティ・プロデューサーとしてプロジェクト推進を行う。2021年より博報堂DYホールディングスにて、マーケティング実践領域の研究開発に従事。経営学修士(MBA)。博⼠後期課程。大学非常勤講師(マーケティング、消費者行動)。