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AR技術によってフィジカルとデジタルが融合する時代、生活者にはどのような体験が提供できるか
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AR技術によってフィジカルとデジタルが融合する時代、生活者にはどのような体験が提供できるか

私たちは今、実空間で生きるのと同じようにオンラインの世界にも当たり前に存在し、その間を違和感なく行き来するようになりました。空間コンピューティング技術やカメラの認識技術がますます発展する中、そのスムーズさは加速しているといえます。この先、究極的には実空間がメタバースとも重なると、どのような「知覚の革命」が起こるでしょうか? Snapchatを運営するSnap Japan長谷川倫也氏、XR(クロスリアリティ)に精通するMESON小林佑樹氏と、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター上席研究員の目黒慎吾が議論しました。

本稿では、先日開催した「博報堂 生活者インターフェース市場フォーラム2022 解き放たれる生活者―メタバースで生まれる新たな自由と可能性」におけるセッション「『リアル』を拡張する―フィジカルとデジタルの融合がもたらす新たなコミュニケーション」の模様をお届けします。

長谷川 倫也 氏
Snap Japan
代表

小林 佑樹 氏
株式会社MESON
代表取締役CEO

目黒 慎吾
株式会社博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 研究開発1グループ
上席研究員 / テクノロジスト

アパレル、エンタメ、街づくり……各領域に広がるAR技術

目黒
モデレーターを務めます、博報堂DYホールディングスの目黒です。
普段はXRやメタバースなど、次世代インターネット空間における体験やコミュニケーションについて研究しています。
本セッションのテーマは、私たちが今いる実空間に、サイバー空間の情報が重なって融合する「Spatial Web(実空間ウェブ)」の未来についてです。メディア環境がさらに変わり、デジタルレイヤーの上に新たなサービスが生まれるようになる時代、生活者はどう変化しマーケティングとブランディングはどのようなものになるかを考えていきます。
まずはお二人から、事業の概要をうかがえますか?
長谷川
「Snapchat」を運営しています、Snap Japan代表の長谷川です。
SnapchatはZ世代を中心に支持されているビジュアルコミュニケーションアプリで、とりわけARに非常に力を入れています。Snapchat上のARを通して感情を表現したりする使い方もありますが、たとえばバーチャル試着や、ライブなどのエンターテインメントをARでさらに楽しめるようにしたり、普段の街並みにARを重ねて楽しんだり、といったこともできるようになっています。
私自身は前職のMeta社でコンシューマープロダクトのグロース責任者として、FacebookやInstagramだけでなくVRヘッドセット「Meta Quest」なども扱い、その前のAmazonではモバイルショッピングのプロダクト統括などをしていました。今日は生活者の消費行動について、特にネットショッピングや広告、AR/VRなどさまざまな観点からお話できればと思います。

小林
XRクリエイティブカンパニーMESONのCEO小林です。
当社はARやVRなどの体験拡張技術を活用して、さまざまな企業と研究やプロジェクトを推進しています。目黒さんとも4年ほど共同研究していまして、神戸市の再開発の一環で、ARで表示したミニチュアの神戸の街を複数人で再開発できる疑似まちづくり体験によって街づくりへの関心を高めたり、物理的に離れた人々がARとVRを組み合わせることで一緒に街歩きできる体験などを共同研究の活動としてご一緒しています。
今日はこういったリアル拡張の話を通して皆さんにわくわくしていただき、日本からXR技術を活用した新しい取り組みが生まれるよう貢献できればと思います。

ARを活用した広告や購買体験はコンバージョンが2倍に

目黒
ありがとうございます。長谷川さん、SnapchatはSNSであると同時に、ARを活用したマーケティングやブランディングのプラットフォームとしても近年発展を遂げています。実空間に情報を重ねるAR技術がビジネスにどんな可能性をもたらしているか、うかがえますか?
長谷川
今日のフォーラム全体を貫くキーワードは、「いかにコンピューター技術が我々のリアルな生活に溶け込んでいくか」だと思います。
たとえばお買い物でも、先ほどご紹介したように、Snapchat上でのバーチャル試着を通して購入できる体験が実現しています。従来、来店して商品を手に取ってもらうまでがファネルの上位にあり、そのコストがいちばん高かったわけですが、これからはARでとても簡単に試着できる体験がファネルのトップになる世界が来ると思います。
当社のデータでは、AR広告への接触やARを通したお買い物体験があると、そうではない場合に比べて「そのブランドが購入の選択肢に入るか」が44%向上し、さらにコンバージョン(購入)が94%向上、つまり2倍になっていました。そして返品率は25%下がりました。
目黒
ARへの接触もデジタルなので、トラッキングも可能と思いますが、そのあたりのメリットはありますか?
長谷川
はい、最初に体験を据えてファネルのレイヤーを設計することで、コンバージョンに至るまでのデータがすべて取れるので、顧客からのフィードバックの全体像を把握することができます。
先ほどの数字でいちばん驚いたのは、返品率です。日本は国民性もあってか返品もクレームももともと少ないですが、裏を返すと本当は不満があるのに言わない状況とも取れます。フィードバックもないまま次の機会には他ブランドに乗り換えられてしまうことを、僕らは「サイレントキル」と呼んだりしますが、体験を皮切りにその前後で触れたものや離脱などの顧客行動を可視化できる世界が、アパレルのような身体的でEC改善の余地がまだある領域にも降りてきているのだな、と。それを可能にするのがAR技術なのだと思います。
顧客のトライアルの形や、顧客リサーチの仕方も変わりそうです。たとえば店頭で、顧客が選ばなかった色を「似合うかも」と店員さんが勧めて試着してもらうハードルはかなり高いですが、ARなら一瞬です。

「購入前の疑似体験」ニーズに解像度高く応える

目黒
今のお話を受けて、小林さんはどう思われますか?
小林
パーチェスファネルが変わるというのはとても興味深いですね。
我々も各種のプロジェクトの中でコマースにもチャレンジしていますが、購入の前に体験のレイヤーが生まれるのではないかという議論を以前チームでしたことがあります。
そのときにはチームで「experience first, buy later」と表現していましたが、
従来は購入してから商品を体験するのが当たり前だったのに対し、体験してから購入の意思決定ができるようになるわけですね。YouTuberが“開封の儀”と銘打って購入商品を紹介するとか、ゲーム実況などが人気なのも、視聴者にとっては購買前に動画で疑似体験できるからトレンドになっていると読み解けます。
最近、若い人の間で“タイパ(タイムパフォーマンス)”といった概念が広がったり、また日本人的な観点だと“もったいない精神”が不要な購買を避けたい気持ちにつながっていたりすることも、購入前に体験したいというニーズを起こしていると思います。

小林
我々がかかわっているAR技術は、まさにその体験の解像度を動画から一段階上げて、3次元で目の前に商品を出したり、試着した自分を確認したりすることができます。なので、疑似体験を求めるトレンドを一層加速できるんじゃないかと思いますね。
長谷川
日本人は損をしたくない国民性でもあるので、“もったいない”っていう意識は強いですよね。
パーチェスファネルは厳密には一直線ではなくぐるぐる回るものですが、日本だと特にコンバージョンまでに時間がかかります。ARが介在することで、その推進力とスピードが少しでも上がっていくのかなと。
逆に言うと、そういった部分を意識しているブランドと意識していないブランドは、スピードに歴然とした差が出てくると思います。
目黒
Snapでは、スニーカーや化粧品のトライアル事例もありますよね。小林さん、たとえば家具も“試し置き”が可能と聞いたのですが。
小林
はい、自分の部屋にバーチャルな家具を配置する方法は少し前からありましたが、最近は逆に、家具屋さんに自分の部屋を投影できる方法が出てきています。iPhoneにLiDARスキャンセンサーが搭載され、自分の部屋の空間を読み取って持ち運べるようになったので、可能になった方法ですね。家具自体が本物なので、以前からの方法とはかなり違っておもしろいです。
目黒
トライアルのお話などからは、技術の発展とともに、より「自分が中心」であることの重要性が増している気がしました。
長谷川
そうですね。少し前、いわゆるやせ型のファッションモデルではなく、ふくよかなモデルさんが登場して支持されましたが、そうした動きを経て揺り戻しのように「最終的には自分に似合うことが大事」という価値観が強くなっているように思います。商品単体ではなく、自分がつけるとこうなんだろうな、というビジュアライゼーションがしやすい時代にもなっていますね。

空間から得られる情報も自分に合ったものになる

目黒
モノに関するARのお話をうかがってきましたが、都市空間についても掘り下げたいと思います。都市空間にARを提供すると、それこそ自分向けの情報を引き出したりできそうですが、小林さんいかがでしょうか。
小林
これからさらにリアル空間を拡張していくと、生活空間そのものにデジタルが浸透することで、「自分が中心」になれる街や空間がどんどん登場する未来がやってくると思います。
赤瀬達三さんというデザインディレクターの方の書籍『駅をデザインする』で、さまざまな駅の情報デザインや案内板などが紹介されていたのですが、日本の東京メトロのデザインは色やアルファベットが振り分けられていることで、ひと目で自分が乗るべき電車や向かうべき場所がわかると紹介されていたんですね。確かに東京メトロの情報表示はわかりやすいなと思ったと同時に、現状の駅の案内はどんなにわかりやすくても物理的にハードコーディングされた情報になりますが、AR技術が浸透し、多くの人々がグラス型のデバイスを装着するような未来になれば、案内情報を個人に合わせて出し分けるという情報のソフトコーディングができるだろうと考えました。
高齢の方には情報がゆっくり表示され、忙しいビジネスパーソンには瞬時にわかる形で表示される、みたいな感じですね。そんな、空間自体も「自分中心」のデザインになる時代がくると思います。
目黒
新しい公共空間のデザインですね。以前、不動産関連の方から「これから選ばれる街、活気のある街とは、情報の量と密度が空間に備わっていることが条件」といった話を聞きました。今のお話はそれにも通じるように思いましたね。
さて、今日のキーワードを挙げると「トライアル」「エクスペリエンス・ファースト」が印象的だったかと思います。新奇性の高いことでも、まずは試すことで積極性が生まれ、トライする人の数や層が広がっていくと思います。

小林
トライできるコストが下がると、生活者も思考が変わってくると思うんですね。たとえばバーチャル観光など、トライ自体が楽しいコンテンツになることも十分あります。それで満足する人もいれば、物理的な旅行の良さを再認識して足を運ぶ人もいる。体験の中でも、そのような2層に分かれていくことが今後ありそうです。
長谷川
お買い物体験も都市の体験も、今までは最大公約数でしかマーケティングできていなかったものが、人それぞれにパーソナライズされた空間がつくりやすくなっていくのでしょうね。
目黒
しかも、モノ自体がなくてもバーチャルで試してもらい、人気があるものだけ生産することもできそうですね。では、最後にひとことずついただけますか?
小林
今日お話しさせてもらった長谷川さん、目黒さんもそうだと思いますが、我々MESONもAR技術がスマートフォンの次にやってくる大きな波だと確信しています。すでに先行事例によって、生活者の行動や考え方が変わる段階に入っており、市場も立ち上がりつつあります。我々もスタンダードをつくることを視野に入れてチャレンジしていきますので、ぜひ皆さんもARに注目いただいて、日本から新しい取り組みが生まれるとうれしいです。
長谷川
リアルの拡張、フィジカルとデジタルの融合といったこと自体は、この25年ほどずっと起きています。そのスピードがさらに速くなっていくということだと捉えています。僕らSnapとしてはARに非常に魅力を感じ、ARこそが次の大きな転換を起こすと信じています。そのわくわくする未来を、皆さんと一緒に描いていきたいと思います。

目黒
お二人とも、今日はありがとうございました!
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  • 長谷川 倫也
    長谷川 倫也
    Snap Japan
    代表
    ソニーでソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタート。2013年にアマゾンジャパン入社。
    日本におけるビデオサービス(現プライム・ビデオ)の立ち上げメンバーとして、コンテンツ・オペレーションを統括、その後、モバイル・ショッピングのプロダクト・マネージャーを歴任。
    2017年にフェイスブックジャパン入社。
    グロース責任者として、フェイスブック、インスタグラムの成長を推進。
    2021年8月より現職。
  • 小林 佑樹
    小林 佑樹
    株式会社MESON
    代表取締役CEO
    大学にてネットワーク工学、大学院にてソフトウェア工学を専攻。
    大学院卒業後、MESON創業。エンジニアバックグラウンドを活かしながら複数のXRプロジェクトに携わる。
    MESONが主催する日本発グローバルコミュニティイベント「ARISE」のオーガナイザーも務め、XRコミュニティの醸成にも取り組む。
  • 株式会社博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 研究開発1グループ
    上席研究員 / テクノロジスト
    University College London MA in Film Studiesを修了後、2007年に博報堂入社。
    2018年より現職。実空間とサイバー空間とを統合した「サイバーフィジカル空間」における次世代サービスUX、体験デザインについて研究。