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「小売のメディア化」を実現するために──リテールメディア、その課題と可能性(後編)
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「小売のメディア化」を実現するために──リテールメディア、その課題と可能性(後編)

本格的なリテールメディアを実現するためには、メディア側であるリテールと広告主であるメーカーなどの企業側の双方に、これまでにない新しい取り組みが求められます。さらに、広告会社やスタートアップの働きも重要になります。その連携をどう実現し、生活者にどう体験価値を提供していけばいいのか──。リテールメディアの課題と可能性を問う座談会の後編をお届けします。

※前編はこちら

杉浦 克樹氏
セブン-イレブン・ジャパン 
商品本部リテールメディア推進部総括マネジャー

稲森 学氏
アドインテ 取締役副社長兼COO

望月 洋志氏
D&Sソリューションズ 取締役 共同CEO

徳久 真也
博報堂 ショッパーマーケティング事業局長
    ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー

リテールメディアの新指標=LTVへ

徳久
日本はこれから継続的に人口・世帯共に減っていくので、CRMやLTVの視点がますます重要になります。宣伝部やブランド担当の皆さんに加えて、どちらかといえば短期的な売り上げ向上をミッションとされている営業部や営業企画部のご担当の皆さんとも、その認識を共有していく必要があると思います。
稲森
外資系のメーカーはその方向にあるようですね。リテールメディアの活用を最重要施策に掲げているメーカーの中には、営業、宣伝、マーケティングの予算を統合している企業もあります。
望月
予算統合まで踏み込んでいるんですか。それはすごいですね。
徳久
ブランドマネージャーが、マーケティング部と営業部の予算をOne P/Lで一元管理・運用するケースもあります。そのような体制をつくることができれば、リテールメディアへの投資をコントロールしやすいですし、投資対効果を一元的に把握することも可能になります。

杉浦
リテールメディアを通じて、リテールとメーカーがLTVを共通指標として共有しながら、長期的な顧客ロイヤリティを追及していけるようにしたいですね。

リテールメディアを実現するための組織づくり

望月
リテールメディアの市場を広げていくためには、広告主であるメーカー側も、メディアである小売企業の側も、リテールメディアに適合する組織形態に変えていく必要があるということなのかもしれません。組織を変えるためには、トップがリーダーシップを発揮するか、杉浦さんのようにリテールメディアを深く理解している方がキーパーソンとなって組織改革を進めていくか。その2つの方向性がありうると思います。
杉浦
リテールメディアはデジタルの活用を前提としています。したがって、リテールメディア事業を中心で進めていく立場の人には、デジタルの知識がある程度求められます。一方、オペレーションやMDに関する知見ももちろん不可欠です。デジタルに詳しい人材に店頭施策や商品戦略を学んでもらうか、オペレーションやMDの担当者にデジタルの知識を身につけてもらうか。私は、後者の方が早道であると考えています。

リテールメディアにおける広告会社の役割とは

稲森
これはぜひ徳久さんにお聞きしたいのですが、リテールメディアと広告代理店の関係は今後どうなっていくとお考えですか。

徳久
ウォルマートは「米国でトップ10の広告プラットフォームを目指す」と宣言をしているように、小売側が広告会社の機能を備えるようになります。そうなると「リテールメディア事業者 vs 広告会社」のような対立構図が生まれるという見方もあるようですが、私はそうは考えていません。むしろ、リテールメディア市場という新しいマーケットを一緒に成長させていくパートナーだと思っています。

リテールメディア市場を広げていくためには、2つの統合が必要だと考えています。「水平統合」と「垂直統合」です。日本は、米国とは異なり、小売事業者が多くロングテールな構造です。リテールメディアも個別小売ごとに立ち上がっていくと、メディア在庫が分散して、大きくなっていきません。複数の小売業のリテールメディアを束ねる水平統合の機能は、広告会社が果たすべき機能の一つです。

また、リテールメディアは、アプリ、デジタル広告(DSP)、デジタルサイネージなどで提供機能や会社が分断・分散しているのが実態です。これらをフルファネルの視点で、認知~~関心~送客~購買までを一気通貫で束ねる垂直統合の機能も、広告主であるメーカーが利用しやすくなるために大切です。広告会社が果たせる役割は他にもたくさんあると考えています。

望月
リテールメディアにおけるコンテンツという点でも、広告会社は力を発揮しそうですね。
徳久
まさにおっしゃるとおりです。顧客体験を向上させるためには、コンテンツが魅力的であり、かつリテールメディアに適合したものでなければなりません。テレビ用の既存の素材をリサイズするといったことではなく、売り場のモーメントや滞在時間、顧客動線、顧客のニーズになどに合わせたリテールメディア専用のコンテンツをつくっていく必要があると思います。
杉浦
スーパー、ドラッグ、コンビニなど、業態によってお客さまの滞店時間や導線は異なります。それぞれの業態や品揃えに合わせたコンテンツがつくれるといいですよね。

望月
コンテンツによって売り上げは大きく変わります。僕たちのこれまでの経験では、例えばアプリで漫画などのコンテンツを配信することで、購買率が10倍くらい向上したケースがあります。良質なコンテンツには顧客の意識に訴える力があるので、継続的な購買行動につながる場合も多いと思います。「伝える」ことと「売る」ことが同じ場でできるのがリテールメディアの強みです。その強みを生かすためにも、良質なコンテンツは欠かせないと思います。

店頭におけるコンテンツ展開の可能性と課題

杉浦
単に情報を伝えるのではなく、ストーリーのあるコンテンツなどで商品の魅力を伝えていく。それがお客さまに伝わり、購買行動につながる。リテール側はID-POSでどのようなお客さまが買ってくださったのかを確認し、それを次の施策にいかすことができる──。そんな流れがつくれれば素晴らしいですよね。
稲森
コンビニやスーパーの店頭にはたくさんの商品があるので、これまでは顧客に存在自体が知られていなかった商品もたくさんあると思います。そういう商品の魅力を伝えられるようなコンテンツ展開もできそうです。
杉浦
それはぜひやりたいですね。これまで、お客さまに認知されずにそのまま廃れていってしまった商品はたくさんあります。商品の存在と魅力がお客さまに伝わり、そのうえであまり売れなかった、ということならメーカー側も納得がいくと思いますが、その前の段階で止まってしまっているのはとてももったいないことです。
徳久
アニメや漫画、ソーシャルコンテンツ等、日本には大きなコンテンツパワーがあります。そこに着目すれば、海外とは違ったリテールメディアの発展の仕方もあるかもしれませんね。
杉浦
一つ課題となるのは、先に言及したハードに対する投資です。店頭でコンテンツ展開をするためにはサイネージなどのハードが必要になりますが、とくにチェーン展開をしているリテールにとって、全店にハードを導入するには莫大なコストがかかります。もちろん、導入後のメンテナンスなどのランニングコストも必要になるでしょう。そこが店舗のメディア化における大きな壁になりそうです。その壁をどう乗り越えていけばいいか。今後継続的に検討していきたいと思います。

稲森
ハード導入やメンテナンスの負担を下げるサポートができる新しいプレーヤーが登場するといいですよね。リテールメディアはこれまでにないモデルなので、スタートアップなどの新興勢力が大いに存在感を発揮できると思います。いろいろなプレーヤーがこの市場に参画することで、課題が解決され、市場も拡大していく。そんな流れをつくっていきたいですね。

すべてのプレーヤーがウィンウィンになるモデル

徳久
リテールメディアを一過性のブームで終わらせずに、市場を広げていくためにどうすればいいか。最後にそれぞれのご意見をお聞かせください。
望月
「日本版リテールメディア」に対する理解が広がっていくのはこれからだと思います。それを進めていくためには、リテールにおける「製・配・販」の構造的な壁を打ち破っていくことが必要です。商品をつくった人には、そのブランドに対する大きな愛があります。しかし、サプライチェーンの中で愛の強さは徐々に減衰していって、店舗ではそのブランドは「数ある商品の一つ」となってしまいます。僕たちはその構造を「愛の減衰モデル」という言葉で表現しています。ブランド開発時にあった愛の強さをそのまま店頭で表現できれば、その愛をそのまま生活者に伝えることができるはずです。それを実現できるのがリテールメディアであり、僕たちがリテールメディア実現に取り組む意義もそこにあるのだと思います。いろいろな立場の仲間を集めて、大きな成功事例をつくることができれば、そこからリテールメディアへの取り組みは一気に広がっていく。そう考えています。

稲森
一社でも多くのリテール事業者がリテールメディア市場に参画できる環境をつくっていくことがこれからの大きな目標になると思います。日本のリテール市場の特徴は、小規模だけど地方で圧倒的な人気の小売企業が全国に分散していることです。そういった地方のリテール企業もリテールメディアに参画できるように障壁をいかに下げるか。そのために僕たちができることは何か──。そのことをしっかり考えていきたいですね。
杉浦
リテールもメーカーも広告会社も、現段階ではみんな手探りの状態だと思います。リテールメディアは、そのそれぞれのプレーヤーがウィンウィンになる可能性を秘めたモデルであり、何よりもお客さまにこれまでにない価値をご提供できるモデルであると私は考えています。一リテール事業者として、皆さんのお力もお借りしながら、わかりやすい日本流のリテールメディアの形をつくっていきたいですね。
徳久
今日のお話で、リテールメディアがもつ大きな可能性と、一方の課題が明らかになったと思います。今後も、ぜひ日本におけるリテールメディア市場の成立に向けて力を合わせていきましょう。
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  • 杉浦 克樹氏
    杉浦 克樹氏
    セブン-イレブン・ジャパン 
    商品本部リテールメディア推進部総括マネジャー
    1998年セブン-イレブン・ジャパン入社。長野・山梨、西東京にて加盟店を支援する現場でゾーンマネジャーを経験し、2018年からセブン&アイ・ホールディングス  新規事業会社の立ち上げを実施。その後、2021年3月よりセブンイレブン・ジャパン デジタル販売促進統括マネジャーとしてセブンイレブンアプリの責任者を経て、2022年9月より、現在のリテールメディア推進部統括マネジャーとして、リテールメディアの立ち上げ、戦略企画、実行の責任者を担当。
  • 稲森 学氏
    稲森 学氏
    アドインテ 取締役副社長兼COO
    通信会社で営業として働き20歳で起業。
    24歳で自身の会社の株式を売却し、株式会社イーファクター大阪支社立ち上げに従事。
    その後、2度目の起業で、SNSに特化したマーケティング会社を設立。
    2016年に株式会社アドインテと合併し副社長に就任。
    アドインテでは、DX推進事業部とセールス部門を統括。
    その他、資金調達や新規サービス立ち上げ、アライアンス業務など幅広く担当。
  • 望月 洋志氏
    望月 洋志氏
    D&Sソリューションズ 取締役 共同CEO
    セブンネットショッピングで小売企業の店舗在庫モデルのネットスーパーや倉庫在庫モデルのネット通販のマーケティング・立ち上げ支援の後、博報堂プロダクツに入社。大手流通グループのデジタルマーケティングや、SM向けのスマホアプリソリューション「Katta!」の立ち上げを行い、現在は日本アクセスでマーケティング及びIT子会社のD&Sソリューションズで「情報卸」を推進。リテールメディアネットワークを構築中。
  • 博報堂 ショッパーマーケティング事業局長
    ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー
    外資系経営コンサルティング会社を経て、2005年に博報堂入社。流通・消費財メーカーを中心に、マーケティング戦略立案、ブランディング、クリエイティブ開発、データドリブンマーケティング等に従事。2014年より、データ・テクノロジーを活用した新規事業/サービス開発に従事。国内外で11個の特許を取得/出願。自社事業、得意先とのJV立ち上げ、複数の協業ソリューションの企画・開発・グロース実績あり。2021年より現職。博報堂DYグループ9社横断戦略組織「ショッパーマーケティング・イニシアティブ®」リーダー。