テクノロジー発展による中国の生活者変化のトレンドVOL.4 「数自力」をもつ中国生活者への新しいマーケティングの視点
博報堂生活綜研(上海)の首席研究員の山本です。このコラムのシリーズでは、博報堂生活綜研(上海)が、近年注目を集めている「中国のテクノロジー生活」に光を当てて研究を行い、2018年12月に発表した「『数自力(すうじりょく)』~中国テクノロジー生活に生まれた新たな生活の力」の内容を中心としながら、これからのテクノロジー生活者を捉えるデータドリブンマーケティングにとって参考となるポイントをお届けしています。今回は、シリーズの最終回の4回目となります。これまでに、中国では、普通の人々の生活の中にテクノロジーが浸透しており、テクノロジーの生活浸透の結果、中国の生活者が新しい生活の力「数自力(すうじりょく)」を身に付け、機械的に送られてくるテクノロジー情報に対して受動的に頼るのではなく、人間の力を駆使してテクノロジーを主体的に操ることができるようになっている、ということをお伝えしてきました。
今回のコラムでは、最終回として、この「数自力」を持つ中国生活者を、マーケティングにおいてどのように捉えていくべきか、という点について、詳しくお伝えしたいと思います。
「数自力」を持つ生活者の新しい消費行動を捉える「ATMマーケティング」
前回のコラムでは、数自力を持つ生活者の消費行動において、「質問行動(Ask)」、「お試し行動(Try)」、「わがまま行動(My way)」という新しい消費行動変化が起きていることを明らかにしました。そして、私たちは、数自力を持ち始めた中国のテクノロジー生活者を捉えるために、新しい消費行動「ATM行動」を捉えるマーケティングとして、「ATMマーケティング」という考え方がある、ということをお伝えしました。
では、「ATMマーケティング」とはどのようなマーケティングなのか。これから、その活用事例を交えながらご紹介したいと思います。
「ATMマーケティング」の実践例❶:「質問行動(Ask)」の活用
一つ目に、ある中国のデジタル製品メーカーの「質問行動(Ask)」を切り口にした事例をご紹介したいと思います。この会社はコミュニティマーケティングを得意としていて、普通の企業とは異なるCRMをおこなっています。この企業では、新製品の発売前に、優良会員に対して新製品を提供しています。その結果、優良会員たちが新製品の体験を他人にシェアするようになって潜在顧客による「質問行動(Ask)」が活発になり、新製品理解が進んで顧客獲得につながるようになるのです。つまり、「質問行動(Ask)」を活用することで、「新規ユーザー獲得を目的とするCRM」を実現しているのです。CRMといえば、既存顧客をスコアリングし、顧客類型に合った情報を自動配信するような、CRMを機械で効率化しようとする動きが主流です。そして、このような従来型のCRMは、機械的な情報配信によって、主に「既存ユーザーのリピート獲得を目的とするCRM」の位置づけでした。しかし、この企業が行っているようなATM型のCRMでは、人間的な「質問行動(Ask)」を活用することで、新規ユーザーの獲得といった、新しいビジネスチャンスを創ることができるようになるのです。この事例の他にも、中国のEC企業が、ECサイト上で商品のユーザーに対して直接質問できる機能を付けるなど、既存ユーザーへの「質問行動(Ask)」を活用することで、新規ユーザー獲得を促進しようとする動きが見られています。
「ATMマーケティング」の実践例❷:「お試し行動(Try)」の活用
続いて、ある中国のEC企業の「質問行動(Ask)」を切り口にした事例をご紹介したいと思います。この企業は、ECサイトを運営するITプラットフォーマーで、一般消費財中心のビジネスから自動車のような耐久消費財のビジネスへの進出を図ろうとしています。従来、自動車の試乗体験は、取り扱い車種に制限され、しかもゆっくり体験できないといったボトルネックを抱えていましたが、この企業では、メーカー横断で複数車種が試乗できて、さらにゆっくり試乗できる場を提供することによって、新車購入者を多数獲得することに成功しています。自動車の購入検討プロセスに新しいお試し体験を創造することで「お試し行動(Try)」が促進されるようになったことが、新規顧客の獲得につながっています。この事例の他にも、既存ユーザーの「お試し行動(Try)」を促進するために、ある世界的な家具チェーンは、中国において「購入後1年間商品返品可能」というかなり気前のいいキャンペーンを実施したりしています。
「ATMマーケティング」の実践例❸:「わがまま行動(My way)」の活用
最後に、ATMマーケティングの具体的活用イメージとして、「わがまま(My way)行動」を攻略している、ある企業の事例を紹介します。この企業は、中国の新興NEV(新エネルギー車)メーカーで、従来型の自動車メーカーとは異なり、アプリを通じて全てのサービスを管理・提供しており、さらにお客様一人ひとりに専属顧問をつけて、一人の専属顧問がユーザーの全ての問題に対応する体制を構築することによって、高いユーザー評価を得て、新興メーカーでありながら順調に新規ユーザーを獲得しています。人と機械(システム)の融合した「専属サービス」の提供によって、顧客の「わがまま(My way)行動」が促進されるようになったことが、高い利用満足の獲得につながっているのです。この事例の他にも、ユーザーの嗜好に合った試着可能な洋服を定期的に届けてくれる中国のアパレルEC会社では、アプリで顧客の嗜好や購買行動を管理するだけでなく、専属のファッションコーディネーターをつけることによって、ユーザーの細かな要望やトラブル対策などの「わがまま行動(My way)」に対応することによって、購買確率を高め、高い顧客満足の獲得に成功しています。
中国のデータマーケティング専門家から見たATMマーケティング
私たちは、デジタルテクノロジーに詳しい中国の有識者の方にもインタビューを行いました。
ある、ITプラットフォーム企業のデータサイエンティストの方は、次のように語っています。
「標準化できない生活者の声の中に、大きなビジネスチャンスがある。機械システムだけで解決する時代は終わった。」
この会社では、デジタルサービスだけでなく、デジタルと人間の融合したサービスがより重要になっているそうです。
もう一人、あるO2Oフードデリバリー企業のデータマーケティング高級総監の方は、次のように語っています。
「平均的なデータの流れの中に、ある日突然異常値が出る。たいていは見逃されがちだが、“なぜそれが起こったのか”を探る中で、新しいビジネスチャンスが見えてくる。」
機械的集計で簡単に分かる平均値よりも、異常値に現われる背景の情報を、データアナリストが丁寧に分析する方が、生活者の強いこだわりニーズをつかむことができるとこの人は考えています。
この2名の有識者インタビューを通じて、共通している点は、生活者がデジタル活用力と自力人間力の両方を駆使する「数自力」を身に付けたように、企業の方も、生活者のニーズを機械的に捉えるのではなく、システムから得られるビッグデータとデータアナリストの洞察力=「数自力」を駆使して、新たな生活者ニーズを発掘し、ビジネスチャンスを広げている、ということです。中国では、約14億人もの人口があるために、生活者の微細なニーズを拾っても、それがたとえ1%のニーズであったとしても十分にビジネスになりうるのだ、と有識者たちは教えてくれました。今、中国において、新たなビジネスモデルやサービスがたくさん生まれてきている背景には、生活者の多様でわがままなニーズにきちんと応えようとする生活者データを「数自力」で駆使する企業側の姿勢があると考えられます。
このコラムのまとめとして、今回、私たちが中国のデジタルテクノロジー生活について研究した生活者“動”察の内容を総括したいと思います。
まず、生活者には、デジタルテクノロジーを活用して、自力で日常生活にある課題を解決する新しい生活の力「数自力(すうじりょく)」が生まれてきています。そして、この「数自力」を発揮して、生活者が消費プロセスに「質問行動(Ask)」、「お試し行動(Try)」、「わがまま行動(My way)」といった3つの新たな消費行動を取るようになりました。企業にとっては、生活者の意識行動の変化を捉えた人間と機械の融合した「ATMマーケティング」の視点を生かして、生活者のこだわり疑問、ニーズ、都合に応えるサービス体系の構築が重要となってきます。
まだこのマーケティング視点は、現在主流なものではないかもしれませんが、「数自力」を持つ生活者をターゲットとする「ATMマーケティング」は、これからのマーケティングを考える時に、重要な切り口になると私たちは考えています。そして、私たち自身も、データマーケティングにおいて「数自力」を駆使して、これからも世界中に新しいビジネスチャンスを創造するお手伝いをしていきたいと考えています。
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博報堂生活綜研(上海)首席研究員1995年に博報堂入社して以来、マーケティングに携わってきており、コミュニケーション領域から事業領域まで、幅広い実務経験を持つ。博報堂生活綜研(上海)のメンバーとして、2018年6月より新たに活動を始める。