「リリックスピーカー」の顧客体験はデータで進化する。【第1回】
リリックスピーカーとは
リリックスピーカー(以下、Lyric speaker)は、歌詞を楽曲とともにリアルタイム表示する、画期的な音楽スピーカーです。SIXのクリエイティブディレクターであり、自身も音楽家としても活動している斎藤迅の「歌詞をもっと深く味わえば、音楽がより深く響いてくる」という提案がきっかけで生まれました。現在、オンラインストア及び複数店舗にて絶賛発売中です。
https://lyric-speaker.com
https://www.youtube.com/watch?v=XhGZBMADnVY&
https://youtu.be/XhGZBMADnVY
新しい音楽体験のカタチ
近年は生活のあらゆるシーンがデジタル化されています。音楽も、ストリーミング・アプリでコンテンツを楽しむことが一般的になり、誰もが好きな場所で好きな音楽にアクセスできるようになりました。つまり「音楽を聴く」という体験がデジタルの力でアップデートされたということだと思います。ところがその結果として、音と一心同体とも言える「歌詞」を眺めながら聴くという体験が少し置き去りにされてしまったのでは、と考えました。例えば、CDやレコードを、買ったりレンタルして聴いた経験がある方は、CDケースに入っている歌詞カードを見ながらしみじみと音楽を味わったり、想いを重ねたりした時間があったのではと思います。そこで「デジタル時代にあっても歌詞をじっくり味わいながら音楽が体験できるものを作ろう!」と考えました。
ローンチまで
アイデアに賛同したグループ内外のメンバーで、まずはプロトタイプを開発しました。これを2015年のSXSWアクセラレータに応募したところ、ファイナリストまで選ばれました。そこで現地(オースティン)でピッチを決行したところ、なんと幸いにもBest Bootstrap Awardという賞を頂くことが出来ました。この快挙はアジア企業では初だったそうです。その後、試行錯誤を経てようやく2016年11月に国内でプロダクトローンチしました。2017年後半にはUS、UKでも発売を開始しました。
反響はあった
SIXにとって初めてのものづくり。不安はありましたが国内外のアーティストや音楽ファンが賛同してくれました。日本国内でこだわりを持って生産していることもあり、価格は高めになってしまいましたが、実は同じ価格帯の他社高級オーディオスピーカーと比較しても、売上台数はひけをとらないことが市場データからわかっています。
なお、9月1日~11月2日の期間において、Lyric speakerの体験調査を合計100名に実施しました。その結果、全体の約8割がLyric speakerで聴くと普段の曲がいつもと違って感じられたと回答しています。今回の聴取者は5割以上が、普段はスマホなどでイヤホンを通じて音楽を聴いており、実際にLyric speakerを体験した結果、良い音響と歌詞のビジュアルによる相乗効果が普段の音楽体験を大きく変えることが確認されました。
データはサービス改善の源泉である
Lyric speakerはネットワークにつながったいわゆるIoTプロダクト(コネクテッド・デバイス)です。だから再生ログが残ります。ログデータは何よりもまずプライバシーに配慮して匿名化・加工されます。その工程を経た上で体験価値向上のために様々な視点から恒常的にモニタリング・分析しています。例えば、多くのユーザが再生している楽曲にも関わらず、歌詞ビジュアルがうまく表示されないというようなことがわかれば、すぐに歌詞データの整備を行うなどの具体的な顧客対応ができます。また、外部SNSのソーシャルリスニングを常時行っていますが、急浮上するアーティスト名などは自動で検出される仕組みを作り、トレンドに応じてタイムリーに歌詞データを準備・増強できる体制にしています。他にもユーザーのアクティブ率といった重要なKPIはすぐに確認できるようにウェブ・ダッシュボードを開発し、チーム全体で共有しています。
大体のプロダクトやサービスは「こんな商品をこんな風に楽しんで欲しい」というような発明者側の期待があるわけですが、データを眺めているとユーザーが想定とは少し違った使い方をしていた、という発見がたまにあると思います。例えば、極端な例ではありますが、ある食器乾燥機の売れ行きが好調であったため、レビューデータを確認したら少なからぬ購入者が実はプラモデルの乾燥機として重宝していた、ということがありました。さすがにそこまで想定外ではありませんが、当初はユーザーが帰宅してから夜の自由な時間をより豊かに過ごすためにLyric speakerで音楽を楽しんでくれるのではと想像していました。ところが分析を進めるうちに、好きなアーティストの楽曲を歌詞と共にじっくり味わうタイプとはまた別のクラスタも存在することがわかりました。
「1日あたりの平均再生回数(≒フリーケンシー)」の中央値でユーザーグループを分けて曜日時間帯の利用状況ヒートマップを観測したところ、対照的な違いがありました(下図参照)。ここで中央値は時間に換算すると1.5時間程度で、通勤時間は除かれることを考慮すれば、1日あたりの音楽消費時間としては一般平均よりもだいぶ長い時間と言えます。下図左のグループAはどちらかと言えば夜か週末に音楽を心の養分にしながらゆっくり楽しんでいる層、グループBは主として平日の活動時間帯に仕事場などで歌詞をインテリアとしながら常時再生している層ではないか、という仮説が浮上しました。特に後者は、場合によっては公共スペースで音を小音量にし、ひたすらプレイリストを流しているのではないか?と考えました。
今度は全体グループを「1日あたりに聴くアーティスト数」(色んなアーティストの曲を幅広く聴くのか、それとも一部のアーティストをヘビロテで聴くのか)の中央値でグループBをさらにグループB1(ヘビロテ層)とグループB2(いつでも再生層)に分離し、それぞれのグループの視聴動向を深掘りしたところ、アーティストについても特徴が見られました。(下図)
まずグループAのライト層ですが、RADWIMPS、Mr. Children、宇多田ヒカル、ONE OK ROCKといった知名度の高いポップスがよく聴かれていたことがわかります。これ自体は想像に難くありませんが、興味深い発見であったのは、この層のうちの約15%がDJシャドウを一度は聴いていたという事実でした。DJシャドウのような知る人ぞ知るアメリカのヒップホップ系DJが宇多田ヒカルと同程度の人数に聴かれていたことは、Lyric speakerを購入してくださるようなアーリーアダプターの嗜好性をある意味反映しているのかもしれません。
次にグループB1(ヘビロテ層)を見てみると、宇多田ヒカルのような王道に加えて、The Beatles、David Bowie、Norah Jones、Stevie Wonder、Eric Clapton、Pharrel Williamsといった洋楽の王道が時空を超えて愛されヘビロテされている状況がうかがえました。さらに細かく見ていくと、後に見るグループB2(いつでも再生層)と比較してMr. Children、椎名林檎、Amazarashi、くるり等がより頻繁に聴かれており、メッセージ性の強い歌詞が特徴的なアーティストをじっくりと繰り返し味わっている様子が想像されました。
最後に一番長時間かつ多様なアーティストを再生するグループB2ですが、再生絶対数が多いため、必然的に色んなアーティストが登場する中でもグループB1(ヘビロテ層)に対して目立っていたのは(挙げればキリがありませんが)Suchmos、GReeeN、水曜日のカンパネラ、小沢健二、山下達郎、岡崎体育、松任谷由実、THE BLUE HEARTS、Radiohead等でした。一概には言えないかもしれませんが、これらはテレビCMやテレビ番組をはじめとするメディアプレゼンスが高いものであったり、あるいは季節の定番ソングになっていたりすることから、より多くのプレイリストに選曲されていることも大きな要因ではないかと考えられます。
このようにユーザーデータを見ていくと、当たり前ではありますが兎にも角にもさらなる顧客UX改善のためには古今東西愛されている名曲の歌詞データをしっかりと拡充しつつ、Lyric speakerがより魅力的な空間のインテリアとして映え、間口を広げられる「Lyrics Ready」なプレイリストを作って提供していく、ということが考えられると思いました。
今回はLyric speakerのユーザーログのみを垣間見ましたが、今後は外部データも連携した分析を進めていければと思います。
これからについて
現在、より多くの音楽ファンにこの体験を届けたいという想いから、様々な企業とのコラボが進んでいます。今月にはその第一弾が遂にローンチします。大谷選手が選んだ土地アナハイムで開催されるNAMMショーで発表されますので乞うご期待!そして今後もSIXでは音楽に限らず、様々な文化をデジタル・テクノロジーとデータの力でアップデートしていければ良いなと考えています。
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SIX R&Dディレクター 博報堂 研究開発局、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員2013年博報堂入社。研究開発局にて統計解析、機械学習を活用したマーケティング・ソリューションの研究開発に従事。現在はデータとインタラクティブ・テクノロジーによるクリエイティブ開発をテーマに活動。ワイン好きが高じて日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。