おすすめ検索キーワード
「幸せをつくるのは、お金だけじゃない」機械学習×生活定点で読み解く、幸福の方程式  【デジノグラフィ・トーク vol.27】
PLANNING

「幸せをつくるのは、お金だけじゃない」機械学習×生活定点で読み解く、幸福の方程式 【デジノグラフィ・トーク vol.27】

博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)が長年にわたって実施してきた「生活定点」調査。様々な調査項目と「幸福度」の関係を機械学習で分析することで、「お金(収入)だけじゃない」幸福な人がもつ意識の傾向が見えてきました。生活総研の監修のもと分析を行った、生活者発想技術研究所 共創研究員の牧野壮馬が解説します。

博報堂 生活者発想技術研究所 共創研究員
博報堂 データドリブンプラニング局 データサイエンティスト
牧野 壮馬

「どうすれば私たちはもっと幸せになれるのか?」——人間にとって永遠のテーマともいえるこの問いに答えるためのヒントが生活者の意識データから抽出できないか。
そんな着想から、生活総研が長年蓄積してきた膨大なデータである「生活定点」の個票データと機械学習を掛け合わせ、幸福の方程式を解き明かす分析に挑みました。

今回、生活総研の長期時系列調査「生活定点」の2024年個票データに機械学習を掛け合わせ、「どんな人が、どんな暮らし方をしていると、どれくらい“幸せ”なのか」を予測するモデルを構築しました。

具体的には「幸福度が高い人」と「そうでない人」の傾向を明確に捉えるため、機械学習の中でも「サポートベクトルマシン(SVM)」というアルゴリズムを採用し、分析を行いました。構築したモデルのテストデータに対する予測誤差(MAPE:平均絶対パーセント誤差)は11.8%。これは、人の心という複雑な対象を扱う分析としては、非常に高い説明力を持つ精度と言えます。経済的な余裕、家族や友人との関係、将来への見通し、自信、そして「信じているもの」まで、幸せと関連しそうな約200項目を一気につないで、幸福度との関係を可視化したところ、従来のイメージを少し更新する「幸せの条件」が見えてきました。

 本文では、その機械学習モデルの結果をもとに、 
1)「将来への明るいイメージ」がもたらす希望 
2)「量より質」が重要な人間関係 
3)収入の額以上にモノを言う「贅沢の実感」 
という3つの視点から、生活者の新しい幸せを読み解いていきます。

発見1:「今の状況」以上に、「明るい未来」を描けるかが鍵

分析結果を見て、幸福度に極めて大きな影響を与えていたのが、「自分の将来イメージ:明るいと思う」でした。各項目が幸福度を「どれくらい押し上げたか(または押し下げたか)」を示す変数重要度では2位となっています。
これに加えて、「自力自信:自分自身の力による自信」(重要度6位)も上位に入っています。 興味深いのは、これらが現在の年収や資産といった「客観的な数字」以上に、幸福度を強力に押し上げている点です。

下のグラフは幸福度を予測する上で重要度が高かった順に説明変数を並べたグラフです。いずれの変数も幸福度の予測値を押し上げています。

つまり、「今現在が完璧であるか」ということよりも、
•    「自分の未来はきっと明るい」と信じられているか
•    「自分の力で人生を切り拓ける」という自信があるか

といった、未来への肯定感(自己効力感)を持っている人ほど、現在の幸福度も高くなる傾向があります。
 「なんとかなる」「未来は良くなる」というメンタリティそのものが、幸せのインフラとして機能しているのです。

「自力自信(自分自身の力による自信)」。 
これは心理学でいう「統制の所在(Locus of Control)」が自分にある状態です。
環境や他人のせいにするのではなく、「自分の人生のハンドルは自分で握っている」という感覚が幸せを生むようです。

どんなに恵まれた環境にあっても、「誰かに与えられたもの」「仕方なく選んだもの」という感覚では、幸福度は上がりにくいのかもしれません。 
逆に、たとえささやかでも、自分の意思で選び、自分の力で積み上げたという「自己決定感」がある暮らしは、揺るぎない満足感をもたらします。

このことから、現代のブランドが生活者に提案すべきは、完成されたライフスタイルを押し付けることではなく、生活者自身が「自分で選んだ」「自分でつくった」と感じられるような“余白”や“参加性”なのかもしれません。

発見2:つながりは「広さ」より「深さと信頼」

次に特徴的だったのが、人間関係に関する項目です。 最も影響度が高かったのは「満足しているもの:円満な家族関係」(重要度1位)でした。これ自体は納得の結果です。

友人関係においても、単に「友人の数」が多いことよりも、
•    「満足しているもの:信頼できる友人」
•    「困った時・いざという時に助けてくれる友達がいる」
•    「自分のことについて包み隠さず話せる相手がいる」

 といった項目の重要度が高くなっています。

ここから見えてくるのは、SNSなどで浅く広くつながるよりも、「何かあった時に助け合える」「本音で話せる」という深く確かな絆を持っていることが、幸福の基盤になっているという事実です。

◆変数を詳しく見ると、単に「円満な家族」であるだけでなく、「家族の間で十分な話し合いがなされている」という項目が、幸福度予測に強く寄与していることがわかります。友人関係においても、「友人の数」より「自分のことを包み隠さず話せる相手がいる」ことの方が重要でした。

ここからわかるのは、幸せの正体とは、単に「そばに誰かがいること」ではなく、「その人と深い言葉が交わされていること(Communication)」だという事実です。

たとえ家族と毎日一緒にいても、会話がなければ幸福度は上がりにくい。逆に、会う頻度は少なくても、本音で語り合える友人が一人いれば、それは強力な幸福の支えになります。 「つながり」の質を決めるのは、「交換された言葉の総量と深さ」にあるかもしれません。

◆友人に関する項目で「困った時に助けてくれる(12位)」「包み隠さず話せる(13位)」が重要視されている点に再度着目します。 

SNSでは「キラキラした自分」を見せ合うことが多い現代において、逆に「ダメな自分」「困っている自分」をさらけ出せる関係性こそが、真の幸福につながるというアンチテーゼです。

現代はSNSで「充実した自分」を演出することが容易になりました。
しかし、データが語るのは、幸福に必要なのは「強さの演出」ではなく、むしろ「弱さの開示」ができる関係性(≒「いいね!」の数より、「弱音」を吐ける相手の数)という事実です。

カッコ悪い自分、悩んでいる自分をさらけ出しても受け止めてもらえるという安心感(心理的安全性)。 デジタルでつながりすぎた私たちが今、無意識に最も渇望しているのは、そんな泥臭い絆なのかもしれません。

この視点は、米国の研究者ブレネー・ブラウンが提唱する「ヴァルネラビリティ(心の脆さ・弱さ)」の概念とも深く通じます。
彼女は数千人のインタビュー調査から、「ヴァルネラビリティ(弱さや脆さをさらけ出すこと)」こそが、勇気の証であり、他者との真のつながり(Connection)を生む源泉であると提唱しています。

鎧を着て強く見せることではなく、鎧を脱いで「ここが痛い」と言える勇気こそが、私たちを孤独から救い、幸福度を高めてくれるのです。

◆また、今回の機械学習モデルがはじき出した重要項目の中に、少しロマンチックな変数が含まれていました。
「信じるもの:愛」です。 

「愛なんて信じない」と斜に構えるよりも、「愛はある」と信じている人の方が、統計的に見て幸福度が高く、幸せな人は「目に見えないものを信じている」ということかもしれません。

これらの結果は、ハーバード大学のロバート・ウォールディンガーらが指揮する、80年以上にわたる「成人発達研究」の結論とも重なります。数百人の人々の人生を追跡した「成人発達研究」が出した結論は、驚くほどシンプルでした。

 『私たちを健康にし、幸福にするのは、富でも名声でもなく、良い人間関係である』。 

今回の機械学習による分析も、75年の追跡調査も、結局は同じ真理にたどり着いたと言えるでしょう。

発見3:幸福度は「年収」よりも、「贅沢の実感」で決まる

お金に関する項目も、もちろん幸福度に影響しています。しかし、その効き方には特徴がありました。

 「贅沢度」(重要度3位)や「生活水準:中の上以上」(重要度4位)が、実数としての「世帯総収入」(重要度11位)よりも上位に来ているのです。

これは、 「いくら稼いでいるか」という客観的な金額よりも、 「今の暮らしを“贅沢だ”と感じられているか」という主観的な心の豊かさの方が、幸せには直結していることを示唆しています。

◆さらにデータを詳細に分析すると、興味深い「飽和点」が見えてきました。 

サンプル数の少ない年収1500万円以上を除けば、幸福度を予測する上で重要な「世帯年収」は「1,100万円」あたりを超えると、そこから先は収入が増えても、幸福度の上昇カーブが緩やかになる傾向が見られたのです。

◆しかし、一方で「贅沢度(自分は贅沢をしているという実感 ※5段階)」という項目には、そのような飽和点が見当たりません。この数値は、上がれば上がるほど、幸福度を押し上げていました。

客観的な「金額」には幸せの限界があるかもしれませんが、主観的な「感じ方」には限界がない可能性があります。 

年収を1,100万円からさらに増やすのは大変ですが、日々の暮らしの中で「贅沢だ」と感じる瞬間を増やすことは、心の持ち方や工夫次第で可能です。

幸福度を上げる上で私たちが目指すべきは通帳の数字を増やすこと以上に、「足る」を知り、「感性」を磨くことなのかもしれません。

幸福度モデルが示す「これからのブランドの役割」

今回のSVMモデルによる分析では、200を超える変数の中から、「円満な家族関係」「将来への明るいイメージ」「贅沢の実感」といった要素が、幸福度の核心であることが統計的に示されました。

このことから、生活者の幸福の構造を前提にしてブランドや企業にとって重要なのは、「商品を買ってもらう」だけでなく、生活者に

•    自己効力感を上げ、将来への自信や希望を育んでもらう
•    大切な人との深い対話を支え、家族や友人ともっと話してもらう
•    日々の暮らしの中で主観的な“贅沢”を感じてもらう

ことで、顧客から長く愛される関係性を築いていくことができるかもしれません。

【分析手法の詳細】

今回の分析では、「生活定点」最新回(2024年)の回答データを用い、一人ひとりの「幸福度」をターゲット変数(目的変数)として、回帰モデルを構築しました。
 
今回採用したアルゴリズムは「サポートベクトルマシン(SVM)」です。サポートベクトルマシン(SVM)とは、データを分類したり予測したりするための境界線(超平面)を見つけ出す機械学習の手法です。今回は「幸福度が高い人」と「そうでない人」の傾向を明確に捉えるためにこの手法を選びました。
モデルの精度を示す指標であるMAPE(Mean Absolute Percentage Error)は11.8%でした。これは予測が実際の値から平均してどれくらいズレているかをパーセンテージで表したもので、値が小さいほど精度が高いことを意味しています。今回の「11.8%」という数値は、予測がかなり現実に近いことを示しています。
そして、モデルが幸福度を予測する上で「どの要素が重要だったか」をShapley値(シャプレー値)を用いて算出しました。Shapley値(シャプレー値)とはゲーム理論に基づいた指標で、ある変数が予測結果(今回の場合は幸福度)を「どれくらい押し上げたか(または押し下げたか)」への貢献度を数値化したものです。これにより、ブラックボックスになりがちなAIの判断理由を解釈することができます。

※肩書は取材当時のものです

sending

この記事はいかがでしたか?

送信
  • 博報堂 生活者発想技術研究所 共創研究員
    博報堂 データドリブンプラニング局 データサイエンティスト

関連記事