AI共創企業への変革に必要なチェンジマネジメント
シリーズ対談「Human-Centered AI Works」では、博報堂DYグループのAI領域のソリューションやツールをご紹介していきます。第7回は、三井物産株式会社へAI導入コンサルティングを行ったHakuhodo DY ONEのチーフAIストラテジストの中原柊が、三井物産 汎用型AI推進担当の斎藤洸一 氏を迎え、AI共創企業への変革に必要なチェンジマネジメントについて語り合いました。
AI共創企業を目指すための「Human-Centered」思想
- 斎藤
- 三井物産の斎藤洸一と申します。私はSIerでキャリアをスタートし、システム開発やR&D、新規サービスの立上げを経験した後に三井物産に入社しました。ここ1年半はAI担当になりましたが、まだまだ手探りで進めています。
- 中原
- 三井物産様では、2017年頃からDX(デジタルトランスフォーメーション)を本格的に推進されていると伺いました。その流れの中で、AIへの注力が進んできた背景についてお聞かせください。
- 斎藤
- 2022年に生成AIが世界的な潮流となり、弊社でも導入の機運が高まりました。弊社では大きく「汎用型」と「特化型」の2つのAIを展開しているのですが、私のチームでは全従業員が用途に縛られずに使うことができる「汎用型AI」の社内展開と活用推進を担っています。
汎用型AIの本格展開は2024年12月に始まり、国内本店から関係会社、そして海外の現地法人へと展開を進めています。最終目標9,000名へのユーザー展開に対し、現在は約8,600名(月間アクティブ利用率98%)で推移しています。数字上は良好ですが、少し前まではユーザー数も少なく、「使っているが、使いこなせてはいない」というユーザーが多い状況でした。
- 中原
- そのような状況を打破するために、今回、Hakuhodo DY ONEのAIコンサルティングサービスを導入いただきました。決め手は何だったのでしょうか。
- 斎藤
- 実は社内の別チームからの紹介がきっかけでした。貴社の提案は、単にツールの導入にとどまらず、「AIと共に働き、組織全体の価値を高める『AI共創企業』を目指すためにはどのように社内でAI活用のムーブメントを作るか」というものでした。
- 中原
- ありがとうございます。ムーブメント…、つまりAIをただ使うのではなく、組織全体で使いこなすための機運作りが重要だということをお話させていただいておりました。
- 斎藤
- もっと多くの社員にAIを使いこなして欲しい、私たちの限られた推進体制の中でそれをどうやって実現するか、という悩みを常に持っていました。その中で、従来のフレームワークに捕らわれない視点と、伝え難い価値を伝えることに重きを置いた「インナーブランディング」の視点が新鮮でした。

また、一緒にプロジェクトを進める中で、AI推進を目的とした弊社のためのフレームワークを用いて支援してくださりました。生成AIは、これまでの技術とは決定的に異なる特徴を持った技術です。真の浸透には一工夫も二工夫も要ります。既存のフレームワークをそのまま適用するのではなく、私たちの組織にぴったり合う形で応用していただき、それが私たちのチームに強い推進力をもたらしてくれたと思っています。
- 中原
- フレームワークに依存しない、個社ごとのアプローチは、一見すると当たり前のように聞こえますが、「AIの推進」という、まだ業界でも事例が限られているテーマにおいて、最適なフレームワークの考案は我々にとっても新たな挑戦でした。その点においては博報堂DYグループのAI研究所である「Human-Centered AI Institute」の組織体制やプロジェクトの推進ステップをかなり参考にしています。
一番意識したのは、HCAI Instituteの思想です。博報堂DYグループでは、AI活用の基本理念として「人間中心のAI(Human-Centered AI)」を掲げています。AIをただのツールとしてみなすのではなく、人間の創造性の拡張に貢献するという思想です。今回の取組みにおいてもこの思想を中心にしました。
- 斎藤
- この点も、弊社の考え方と似ていました。三井物産は「人」が価値を創り出すという考えを持っています。弊社のビジネスも結局のところ「人」が中心にあり、「人」をどうやってAIがサポートするか、そういった考え方を浸透するのが重要だと再認識しました。博報堂DYグループの「Human-Centered」の思想は、私たちが大切にしたい価値観と共通していたのです。
- 中原
- ありがとうございます。この思想こそが、私たちがAIコンサルティング事業を立ち上げた根幹の考え方でもあります。テクノロジーをただ導入するのではなく、どのように人が活かされ、価値を最大化できるかという視点を大事にしています。
「ムーブメント創出」のための施策支援
- 中原
- 今回のHakuhodo DY ONEが支援した内容についてご紹介させてください。
お客様の状況によっては、研修やAIワークショップをご提案することがありますが、今回は「ムーブメント創出」というキーワードを起点に、まず社内で「汎用型AI活用が浸透してきている」という事実認識を広め、ゆくゆくは各社員がAIを自発的に活用するマインドをつくらなければならない、と考えました。短期間での知識のインプットがメインとなる研修施策では、従業員のマインド変革まで至ることが難しいものです。
そのために社内向けプロモーションの強化、例えばポスターや社内サイネージでのクリエイティブ掲載、あるいはキャンペーンサイトでの情報発信などに取り組みました。目指したことの一つは「三井物産で新たな行動変容が生まれている」と感じていただくことです。そこでポスターなどの社内広報物を制作するにあたり、三井物産様の普段のトーン&マナーよりも一歩踏み込み、より興味を惹きつける大胆な表現にすることを意識しました。まずは興味を持つ──これが「ムーブメント創出」のための重要なファーストステップだと判断したからです。
- 斎藤
- AI活用の体験ハードルを下げる、という意味で有効だと感じました。特に汎用型の生成AIは使いこなすのが難しく、そもそも利用に対して”距離”を感じる、苦手意識を持つ社員も少なくありません。そういったレイトマジョリティ層に働きかけるには、論理や強制だけでなく「楽しい」「すごい」といった感情がモチベーションになります。例えば「AIを使ってこんな働き方をしている人はかっこいい」というような、憧れやポジティブな感情に訴えかけることが有効だと考えました。その観点でクリエイティブ制作というアプローチは有効でした。
生成AIはその価値を感じられるようになるまで、長い道のりを苦労しながら歩かねばならないのがハードルです。ユーザーにポジティブなモチベーションを想起させ、それをどう維持してもらうかという観点は重要な取り組みテーマだと思います。

- 中原
- 他にも、当たり前ではありますが、AI利活用を働きかける上での社内コミュニケーション戦略も意識しました。「どのように働きかければ人はアクションするのか」という問いに対して、社内を一つの市場と捉え、従業員を顧客と見立てる。誰に、何を、どう伝えれば意識や行動が変わるのか。例えばポスターという施策一つとっても、そうした全体戦略の一部として行わないといけません。施策を行う上でのセグメンテーションの切り方にも、広告会社らしい発想が応用できたのではないかと思います。
AIの活用推進でよくあるのが、「一部の熱心な社員しかAIを使わない」という壁です。 こうした方々は、イノベーター理論でいうイノベーターやアーリーアダプターといった「先進層」ですね。 しかし、組織全体の生産性を上げて変革を起こすには、先進層以外の大多数を占める「マジョリティ層」へのアプローチが不可欠です。この両者の間には「キャズム」と呼ばれる深い溝があり、マジョリティ層は新しい技術の活用に心理的なハードルを抱えがちです。 だからこそ、彼らがAIを使わない本当の理由、いわゆるインサイトを深く理解し、その心理的な壁を取り除いて行動変容を促す施策が必要になります。インサイトの分析から、各対象者に合わせた施策検討に昇華することが重要なのです。

- 斎藤
- インサイト別に様々な施策を実施しました。ポスターは社内で汎用型AI活用を促すためのキッカケづくりに過ぎませんが、そのプログラム内で多岐にわたる施策を展開しました。例えば社内研修やイベント開催、個別相談会等の施策をオンライン・オフライン両方で展開したり、生成AIは近しい人が使っている姿を見て使いはじめるユーザーも多いため、身近なシンボルづくりにもチャレンジしたりしました。大切なのは何をやるかではなく、何を考えてやるかです。それによって得られる効果は全く違ってくると、貴社と様々な施策を試してみて感じています。
そういった施策を通じて、改めて「AIと人間の共創」という考え方を社内に伝えていきたいと考えています。私はAIと人間の関係は「対立(vs.)」ばかりではいけないと考えています。例えば、「人材育成プラン、AIの方がうまく作れるでしょ」と丸投げするのは「人とAIのどちらが秀でているか」という対立的捉え方です。こういう捉え方だとAIは「丸投げするか、使わないか」の2択しかなくなる。そうではなく、「この人のために最高のプランを考えたいから、AIの力を借りよう」という考え方をした方がAIの真価を引き出せるし、人が生み出す価値と掛け合わせることができる。それが私たちの目指す「共創」の姿です。数年後、こうした考え方が浸透しているかいないかで、組織力は大きく違ってくる様に思います。
AI共創企業実現に向けた現状の成果と今後の方向性
- 中原
- AIとの「共創」という考え方を、様々な施策で社内に伝えてこられてきましたが、どのような変化が生まれていますか?
- 斎藤
- まだプロジェクトは道半ばですが、AIを前向きに使いこなそうとする社員は確実に増えています。実際、貴社との取り組みを開始してから、汎用型AIの利用率は向上していますし、熱心に試行錯誤する社員も増えたと感じます。また施策については、社内外から総じてとても良い反応をいただいております。「良い意味で当社らしくない」など様々な声が届いており、経営層からも良い反応をもらっていますし、弊社に汎用型AIを提供いただいているパートナー企業からも絶賛していただいたほどでした。
また抽象的ではありますが、今回の施策を通して社内に新しい風が吹き始めているのを感じています。例えば、新しいものを許容したり、忙しい中でもチャレンジしてみたりするムードがうまれているように感じます。身近なところでは、私のチームも以前より議論がより自由闊達になったように感じています。チームの空気というのは一見すると小さな変化にも捉えられますが、このようなプロジェクトを推進する上では成否を分かつ大事な要素だと考えています。
一方、一部の社員は「AIってこんなものか」と感じ始めています。いわゆる「幻滅期」です。このフェーズをいかに乗り越えるか、それも今後の重要な検討テーマになります。
- 中原
- AI活用の機運が高まっている中でも、「AIと人が共創する」、三井物産様が考える「人が価値を創り出すためのAI活用」ができるようになるためには、戦略的にプロジェクトを進めることが重要です。企画に関しては形だけ実施しても意味を成さない。だからこそ、今後も戦略的かつ魅力的な企画の考案をご支援していきたいと考えております。
最後に、このプロジェクトの今後の展望と意気込みをお聞かせください。
- 斎藤
- 最終的な目標は、三井物産という組織をより強くすることです。社員一人ひとりが自ら考え、AIを主体的に使いこなし、AIと共に仕事の価値を高めていける組織にしたい。そのためには、まずはAIを「当たり前の選択肢」にする必要があります。今後、関係会社や海外拠点へと展開が広がる中で、グループ全体で相乗効果を生む仕組みづくりにも取り組み、次の三年が終わる頃には、今よりずっと強い組織になっていることを目指したいと思います。
- 中原
- 私たちは、このプロジェクトを一企業内のAI導入に閉じたくないと考えています。AIと人の「対立構造」ではなく、人がAIを取り込んで拡張していく新しい未来。そのモデルケースを、このプロジェクトを通じて示していきたい。そして、その事例が「私たちも変われるかもしれない」という希望として、日本の多くの企業に広がっていけば、これ以上嬉しいことはありません。

※肩書は取材当時のものです
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斎藤 洸一三井物産株式会社
デジタル総合戦略部 デジタル戦略推進室大手SIerを経て三井物産に参画。前職ではR&D、システム開発、業界標準策定、営業、新規サービス立ち上げなどの業務に従事。現在は三井物産デジタル総合戦略部に所属。これまでDX案件の推進や全社DX戦略の策定・実行を担当してきた。2024年より生成AIの社内浸透を担当し、汎用型AIの活用ガイドライン策定、PoC企画、教育プログラムの設計・実施を通じて、業務効率化と全社のAI活用力向上を目指している。
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株式会社Hakuhodo DY ONE
チーフAIストラテジスト大手コンサルティングファーム、クリエイティブ系SaaSスタートアップを経て、現職。テクノロジーの進化と、生活者や市場の変化を見据えた課題解決を得意とする。メディア/Webサービス/通信/エネルギー業界を中心に、事業創造、CX改革、事業戦略、販促領域などに携わる。現在は、コンサルティング事業の立上げをミッションに、AI活用や新規事業を支援するコンサルティング事業を中心として、外部講演への登壇や記事執筆などを通じた情報発信活動にも注力。主な著書に『DXの真髄に迫る』(共著/東洋経済新報社)がある。

