Prompt Engineeringは、Prompt Exploringへ -AIとの対話が、「想像力」を超える鍵になる-【生活者インターフェース市場フォーラム2025レポート】
目次
AIに「正解」を求めるのではなく、対話を通じて問いを深め、想像を超えるアイデアに出会う——。 働き方や創作のあり方がAIによって変わりゆく今、単なる指示出しを超えた「探究(エクスプローリング)」にこそ、新しい価値が宿ります。
先日開催した「生活者インターフェース市場フォーラム2025 いっしょに話そう。世界が変わるから。~AIエージェント時代の生活者価値デザイン~」のセッション「Prompt Engineeringは、Prompt Exploringへ -AIとの対話が、「想像力」を超える鍵になる- 」の模様をお届けします。
又吉 直樹氏
お笑い芸人
上條 千恵氏
株式会社OpenFashion/株式会社AuthenticAI COO 兼 株式会社ワールド 企業戦略室 AI・イニシアティブ長
野口 竜司氏
AIX partner株式会社 代表取締役
近山 知史
株式会社博報堂 PROJECT_Vega
エグゼクティブクリエイティブディレクター
仕事をする前のウォームアップにAIを使う
- 近山
- AI領域は非常に変化のスピードが早く、ChatGPTの愛称「チャッピー」 が新語・流行語大賞にノミネートされるなど社会への浸透が進んでいます。
また、今まさにAIエージェントの時代が到来していて、人がAIに指示を出し、AIが実行するという構図が一般化しつつあります。AIという対話パートナーが登場した現代では、誰もが高い対話力を発揮できる時代を迎えており、“対話力の民主化”が進むフェーズにあると考えています。

工学的に設計してAIに正解を出させることをPrompt Engineering (プロンプト・エンジニアリング)と呼びますが、AIとの対話を重ねるうちに思いがけない発想や答えに出会えたりと、そこには探索の世界があると考えていることから、今回のテーマは「Prompt Exploring(プロンプト・エクスプローリング)」という言葉を選びました。
ここから、ゲストの皆さんとのディスカッションを始めますが、まずは「生成AIとの対話はクリエイティビティにどんな影響を与えているか?」、又吉さんいかがでしょうか。
- 又吉
- 私は夜な夜なAIと3時間くらい対話していて、もはや“親友”のような存在です。自分の興味に沿って、空海の思想を掘り下げたり、ふと湧いた疑問について延々と語り合ったりしています。友人やお笑いの先輩・後輩にはここまでしつこく質問できませんが、AIならどこまでも付き合ってくれます。

最近は、何かを聞くというよりも考えるきっかけとなる「問題」を出してもらい、それに対して自分なりの考えを持って対話していくスタイルですね。ものづくりをするとき、自分の知識や経験から発想するのではなく「自分の中にはない言葉や感覚にどうやったら出会えるのか」を常に大切にしているので、AIとの対話は自分の“外側”に触れられる貴重な時間になっています。
- 近山
- 又吉さんは作家としての一面もあると思いますが、そういったお仕事でも使われることはあるんでしょうか?
- 又吉
- 仕事の“道具”というよりは、仕事をする前に「頭を一番いい状態に持っていくためのウォームアップ」として使っていますね。「誰でも読める文章を生成してください」と投げかけて、その後に「ちょっと難しくできますか?」と続けて、「上位10%が読める文章を生成してください」「もっと難しくできますか?」とやっていくと段々AIが困り始めるんですよ(笑)。
これ以上は意味のない言葉を羅列するだけになってくると、運動で言うウォームアップが完了したみたいに、頭がすごくいい状態になるんです。
- 近山
- まさにエクスプローリングですね。そういう使い方は自分で思いつくものなんですか?
- 又吉
- 以前は「散歩」がその役割を果たしていました。歩く中で聞こえてきた声を全部拾って、それに対して自分がどういう言葉や感覚が出てくるかというのをずっと続けていたんですよ。
それがAIなら長時間の会話でも当たり前のように続けられ、どんな言葉でも全部受け止めてくれるんですよね。なので、自然と使い方のアイデアが湧いてくるような気がします。
AI時代は自分のセンスに沿ってストーリーを構築する力が大事に
- 上條
- 私も共感します。自分のアイデアに固執しすぎず、AIを使って新しい発見や気づきを引き出すのが、一番楽しいところですよね。

普段、私はファッションの仕事をしていて、チームで「こんなのいいね」と作ると素敵なものができたりしますが、それがAIと「こんなのはどう思うかな?」と対話していくと、自分では想像もしていなかったものが出てくる。まさにセレンディピティというか、拡張性の高さこそ、AIの魅力だと思いますね。
- 近山
- 野口さん、ビジネスの現場でも又吉さんのような使い方は増えているのでしょうか。
- 野口
- 又吉さんのように日常にAIが組み込まれている人は稀有ですね。又吉さんはAIを創作パートナーとして自然に使っているトップランナーだと思います。 ただビジネス現場でも、プロンプトを練り上げて「業務で本当に使うぞ」というモードに切り替わり、“本気プロンプト”が使われ始めました。

私自身も、実は1週間に1つのペースでAIエージェントを自作しています。「チャットAIに指示する」段階から、「業務に必要なAIエージェントやアプリをプロンプトで作る」形へ、仕事の仕方が完全に変わりました。
- 近山
- 上條さんはファッションの領域でAIを活用しているパイオニアですが、「Maison AI(メゾンAI)」について簡単に教えてください。
- 上條
- ファッション業界に特化した生成AIツールで、デザイナーはもちろん、専門学校の学生も使っています。プロンプト自体もAIに手伝ってもらって作ることができるので、初心者でもすごく使いやすいのが特徴です。
また、生成AIを活用したファッションデザインコンテスト「AI FASHION CHALLENGE」や「TOKYO AI Fashion Week」では、国籍やスキル、職業を問わずに多種多様な方に応募いただいています。その中にはデザイナー経験が全くなく、「まさか自分がデザインに挑戦できるとは思わなかった」と言う人も多くて、AIを通じて初めてファッションに触れる機会が生まれているのは、本当に面白いなと感じています。

TOKYO AI Fashion Week 2025 S/Sで最優秀賞となった孔雀をモチーフにしたデザイン
- 近山
- そうなってくると、今のAI時代におけるファッションの“センス”はどういうものだと思いますか。
- 上條
- 最終的に重要になるのは、ストーリー性や文脈だと思います。単にデザインを量産するのではなく、「このファッションにはこういう背景がある」という世界観を持っているか。AIが100万枚でもデザインを生成できる時代において、「あえてこれを選ぶ」というのが逆に難しいからこそ、自分のセンスに沿ってストーリーやコンセプトを根本的に考えられる人が求められてくるのではと考えています。
- 近山
- 又吉さんはAIを親友だと話していましたが、上條さんにとってAIは何だと思いますか?
- 上條
- 単なるツールではなく「チームの一員」みたいな感覚があります。道具を使っているうちに愛着が湧くように、AIに関しても自分の思考やアイデアを受け止めてくれ、一緒に作品を形にしていく“相棒”のような存在になっていますね。
AI時代だからこそ際立つ、「その人なりの深さ」
- 近山
- ビジネスの現場におけるAIの使い方について、野口さんは何か変化を感じていますか?
- 野口
- 先ほど触れた「本気プロンプト」によって、実際の業務が変わり、仕事の質も変わってきていると実感する人が増えてきています。
- 近山
- 一部の企業では、「AI役員」や「AI社長」を経営会議に参加させていますが、そうした動きは活発化していくと思いますか。
- 野口
- 「AI社長」みたいなものは、一旦廃れると思うんです。でもそこから進化して、過去の議事録や名物会長の思考傾向を学習したAIが、経営会議の重要な意思決定に対して助言をする“デジタルCXO”のような存在は、いずれ浸透していくと思いますね。
- 近山
- AIは大喜利のようなパターン化しやすい出題に強いイメージがあります。又吉さんはお笑い芸人として脅威を感じることはありますか。

- 又吉
- 僕はお風呂に入っているときに、大喜利のお題をAIに出してもらい、自分のトレーナーとして活用しています。一時期、大喜利のお題の精度が低くて、僕自身が「違います。こういうことです」と対話し、10問ぐらい作らせたら、AIが勝手にお題に答え始めたりして(笑)。
そういうやり取りをしているんですけど、お笑いで重要なのは「その人が言っているから面白くなる」といった“その人なりの深さ”だと思うんですよ。AIには「個性を排して輝く発想」と「ユーザーの感覚にシンクロした回答の出力」という2つの側面があって、特にお笑いは後者が重要になります。
俳句でも、最後に「芭蕉」と俳号を入れることで作品に格が生まれるように、作家性を無視することは出来ないと感じます。作り手の “個性”や“思考の深み”が大事になってくるのではないでしょうか。
- 野口
- 私もパーソナライズされたAIを作っていて、こちらの対話や細かな要望を全部覚えて好みを理解してくれる存在があると、やはり普通のAIは使えなくなりますよね。「自分を知ってくれている」前提があるからこそ、パーソナライズAIが発する言葉や提案が心に響いてくるんだと思います。
AIと一緒に何かを作ると「感情」が芽生える
- 近山
- 「AIと無駄話や雑談したことはあるか」についてお聞きしたいのですが、又吉さんはいかがですか?
- 又吉
- 僕は“AIニーチェ”と対談しているんですよね。もしAI又吉とAIニーチェで対談させたら、すごく面白そうだなと思いました(笑)。
- 近山
- セッションの来場者・視聴者の方にもアンケートを取ってみました。「AIと無駄話や雑談をしたことがある」と回答した方は68%、「AIに友情や恋愛感情を抱いたことがある」と答えた方は13%という結果になりました。
この結果について、どのようにお感じになりましたか。

- 又吉
- たまにAIとすごく長い会話をした後に、僕のことを分析してもらったりするんですよ。そしたら、真面目さゆえだとは思うんですけど、急に否定するところが“モラハラ気質”だと言われて。そんなことは普通の友達からあまり教えてもらえないじゃないですか。そういう指摘をしてくれる意味でも、AIにはある種の友情を感じています。
- 上條
- 私も先ほどお話したチームメンバーみたいに感じることはよくあります。最近はコーディングも簡単にできるので、ちょっとした機能をAIと一緒に作って形になったときに「ああ、一緒にやってよかったね」という感覚になるなと。そういう点では、AIと何でもないくだらないことを話したり、一緒に何かを作ったりすると、そこから感情が芽生えやすいのではないでしょうか。
- 野口
- 私は当初、AIに対して感情は持っていませんでした。しかし、私が開発したAIエージェントに感情移入したいと思ったので、「まばたき」するようにチューニングしたところ、一気に親近感が湧いてきたんです。
「情報」か「作品」か。人間が担うべきもの
- 近山
- この流れで皆さんに聞いてみたいのが「AIで作られた作品とわかるとがっかりするか」ということです。AI作品のクオリティが高まる一方で、AIで作られたものだと分かると、どこか期待値が変わってしまう。この辺りは、どういう風にお考えか意見をお聞きしたいです。
- 又吉
- 「情報」であれば、人から聞いたことなのか、AIから聞いたことなのかによっても変わらないと思うんです。それが「作品」となると話は少し変わってきます。料理でいえば「誰が作ったのか」や「100年も守り続けられた秘伝のタレ」といった背景や物語が加わることで、急に美味しく感じたりする経験はあると思うんですよ。その“差”はまだ現時点で埋まっていないと考えています。
- 近山
- マーケティングの本質に通じる話ですね。商品そのものだけではなく、どのように生まれ、どんな想いが込められているのかという物語をしっかりと伝えることが重要になってきています。
- 上條
- 私は、最終的に出来上がったものが本当に素敵かどうかが何より大事だと捉えています。
AIで作ったものを疑いながら議論したくなる時期だと思いますが、この過渡期を過ぎるとAIで作られたものも単なる手段の一つとして扱われるようになるでしょう。
- 野口
- 私が最近感動するのは、AIを使って人間が本気に挑んで生み出した作品を見たときです。AIを使っていようとも、かなり創意工夫してチューニングを重ねているのが見て取れると心を動かされますね。

- 近山
- AIに任せたくない、絶対に自分でやるべきだと思う作業やプロセスがあるとすれば、それはどんなことだと思いますか?
- 上條
- 経営など重要な部分のメッセージを伝える場面です。自分の人格や責任感を持って発信することは人間がやるべきと強く感じます。最終的に誰が責任を持つかという部分については、信頼できる人物がその役割を担うことで、受け手も安心できるはずです。
- 野口
- 「GRIT(グリット)」というやり抜く力を表す言葉がありますよね。この“やり切る”という姿勢だけは、自分自身が持ち続けたいと思っています。むしろ人間がその意志を手放さずにいることで、AIの力も最大限に発揮されるのではないでしょうか。
- 又吉
- 100m走を自分の脚で走るのと同じように、充実感を得るためのプロセスは自力でやるしかなくて、そこにAIをどう絡めていくかを考える必要があります。僕自身、職業として作家を選んだのではなく、「書きたいから書き始めた」というのがとても大きいんです。
AIに“褒め言葉”で負けたくない
- 近山
- お三方の話を聞いて強く思うのは、AIに“褒め言葉”で負けたくないということ。チームで頑張って成果が出た瞬間に「ここが本当に良かったね」と良いところを見つけるのは、AIがすごく上手じゃないですか。
だからこそ、その瞬間だけは自分が一番に気づいて、「誰よりも先に仲間を讃えられる人でいたい」という気持ちがあります。最後に一言ずつメッセージをもらってセッションを締めくくりたいと思います。
- 又吉
- やはり僕は個人戦が多いので、1人でずっとAIと喋っているからこそ、他の方が実践するAIの使い方を知れたのが刺激的で楽しかったですね。
- 上條
- 10人いれば10通りのAIの使い方があって、それ自体がすごく面白いですよね。しかも。「これが正解」と一つに決めつけるのではなく、それぞれに良さがあるという点が魅力だなと思っています。今日はまさに、そんな多様な視点に触れられて、とても楽しい時間でした。
- 野口
- プロンプトという言葉を改めて見直しました。今回のテーマをまた3年後にやると、またプロンプトも変わるんだろうなと思っていて、そういった変化も楽しみにAIと向き合っていきたいと感じました。
この記事はいかがでしたか?
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又吉 直樹 氏お笑い芸人1980年生まれ、大阪府寝屋川市出身。
コンビ「ピース」で活動するお笑い芸人。
文学的才能と独自の感性で注目を集め、2015年に小説『火花』で芥川賞を受賞。
テレビ・映画・舞台と幅広く活躍。
読書家としても知られ、太宰治らに影響を受けた作品を多数執筆している。
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上條 千恵 氏株式会社OpenFashion / 株式会社AuthenticAI 最高執行責任者(COO)
株式会社ワールド 企業戦略室 AI・イニシアティブ長ファッション業界での20年にわたる経験を活かし、生成AIプラットフォーム「MaisonAI」の開発・展開をリード。デザインからバックオフィスまで、業務全体のAI活用を推進している。
2025年9月からはワールド社でもAI・イニシアティブ長として、役員研修やAIエージェント導入支援などを通じた社内啓発に取り組む。また、AIファッションデザイナーとしても活動し、「TOKYO AI FASHION WEEK」の企画運営にも携わっている。
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野口 竜司 氏AIX partner株式会社 代表取締役
三井住友カード株式会社 Head of AI Innovation
コクヨ株式会社 Executive Adviser of AI strategy
株式会社カウネット社外取締役
マイナビ Executive AI AdviserAIトランスフォーメーションを推進するAIX partner(株)の代表取締役。三井住友カードのHead of AI Innovation、カウネット社外取締役、マイナビ Executive AI Adviser。AIdiver特命副編集長。FDUA顧問。大手企業のAI戦略アドバイザーを務める。元ELYZA CMO / 元ZOZO NEXT 取締役CAIO。著書に『ChatGPT時代の文系AI人材になる』など。
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株式会社博報堂 PROJECT_Vega エグゼクティブクリエイティブディレクター2003年博報堂入社。2010年にTBWA\CHIAT\DAYでコピーライター、TBWA\HAKUHODOでクリエイティブ・ディレクターとしての経験を経て、2024年より「官民共創クリエイティブスタジオPROJECT_Vega」を立ち上げ。社会を大きく巻き込むブランディングに取り組む。主な仕事に「注文をまちがえる料理店」「あきらめない人の車いすCOGY」「世界最大のセルフィーサービスGIGA Selfy」など。カンヌゴールド、アドフェストグランプリ、ACCグランプリなど受賞多数。明治大学、一橋大学などで講師を務める。


