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マーケティングシステムの今~マーケティング&ITの実務家集団が語る事業グロースへのヒント【vol.15】そのAIクリエイティブ、本当に使って大丈夫? AI活用を止めない設計図―AIガバナンスを構築するためのポイント
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マーケティングシステムの今~マーケティング&ITの実務家集団が語る事業グロースへのヒント【vol.15】そのAIクリエイティブ、本当に使って大丈夫? AI活用を止めない設計図―AIガバナンスを構築するためのポイント

マーケティング活動において、データとテクノロジーが果たす役割は年々高まっています。データ基盤整備やCDP(カスタマーデータプラットフォーム)活用、マーケティングオートメーション、AI活用といった言葉は、もはや特別なものではなくなりました。一方で、それらを「実際の事業成長」に結びつけられている企業は、想像以上に少ないのが実情です。本連載では、博報堂マーケティングシステムコンサルティング局(以下、マーシス局)のメンバーが、事業グロースに向けた「生活者発想×データ×テクノロジー」の挑戦について、日々現場で向き合っている知見や視点から発信していきます。
 
第15回は、AIの価値を真に引き出し、創造性の飛躍的向上と生産性の両立を実現するためのポイントを考えていきます。生成AIは、ゼロからクリエイティブを生成するのではなく、過去の膨大なクリエイティブを参照して生成しています。そのため、利用者が意図せず、誰かの著作権を侵害してしまうリスクは避けられません。
・Q1:現場は迷っていませんか?生成AIの利用可否の判断を現場に委ねていませんか?
・Q2:著作権以外のリスクは整理できていますか?
・Q3:リスクが顕在化したときに、即座に対応できますか?
こういった質問に明確に答えられない場合、AIの潜在力を十分に引き出せていない可能性があります。生成AIの適正利用を推進するうえで、現場の「不安」の原因となる属人的な判断を「客観的な仕組み」に変えることが重要です。
本稿では、我々が実践してきた実務知をもとに、この不安をどう推進力に変えるか、AI活用に伴うリスクを網羅的にカバーするガバナンス設計の「3つの重要な視点」を、AIを事業に組み込む全ての企業が共有すべき、社会への責任(アカウンタビリティ)と継続的な改善のフレームワークを前提にまとめました。
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稲毛 隆之
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 マーケティングプラニングディレクター

1. ガバナンス設計の出発点:現場運用を妨げる「客観性」と「網羅性」の課題

生成AIの導入が進む一方で、その効果、特にクリエイティブ領域における創造性や生産性の飛躍的な向上という、次なるフェーズの効果を最大限に発揮できていない企業が多いのが現状です。
この効果の最大化を妨げているのが、多くの企業で共通するガバナンス設計の課題、すなわち判断の客観性の欠如とリスクの網羅性の不足という構造的な問題です。
 

•    判断の客観性(属人性の問題): 現在、多くの現場で、著作権侵害リスクに対し、特定の作品名などをプロンプトに入力しない、生成物を汎用的な検索でチェックするといった暫定的、かつ手動による低減策に頼りがちです。この運用では、チェックの客観的な基準が欠如しており、利用者の感覚的な判断に依存する属人的な運用になりやすいのが実態です。その結果、「法的に使ってよい内容か判断がつかない」といった不安が現場の停滞を招いています。

•    リスクの網羅性(未検討リスクの問題): AIの可能性の広がりとリスクの広がりは紙一重です。AIの活用が文章のみならず、画像や動画の生成を含めてあらゆる場面に適応可能となり、自然言語で誰もが簡単に使えるようになったことで、ガバナンスの再整備が急務となっています。特に、プライバシー侵害、公序良俗違反などの著作権侵害以外のリスクに対する検討が未着手であることが散見されます。また、リスク顕在化時の初動対応、部門連携、外部専門家との連携プロセスが未策定であることも、網羅性を損なう大きな要因となっています。

【図表1】AI活用の真の効果をはばむ要因 

2. 独創性を担保する設計思想:我々が培った「客観性と実効性の構造」

では、この構造的な問題をどう解決すればよいのでしょうか。我々のアプローチは、「守り」ではなく「攻めのガバナンス」にあります。

AI活用の効果を最大限に発揮し続けるには、まずAIの適正利用を促すガバナンスが必須です。我々のガバナンス設計の思想は、「創造性を阻害する要因を排除し、AIの力を最大限に解き放つ」という、"攻めのガバナンス"にあります。

広告会社は、長年クリエイティブ制作に携わる中で、常に「生活者の心に届く新しい表現の創出」と「権利の保護」という相反する課題と向き合ってきました。革新的な表現を追求するほど、意図せずして既存の権利領域に触れるリスクは避けられません

生成AIの登場は、「誰もが気軽に創作できる」というクリエイティブの民主化を加速させましたが、その一方で、「誰もが、誰かの著作権を侵害しうる」など、リスクが一気に拡大・加速する可能性が高まっています。この根本的なジレンマを乗り越えなければ、AI活用の恩恵も限定的にならざるを得ません

我々のガバナンスの設計思想は、この「際限のないリスクの広がり」に対抗するため、「人の感覚」に依存する暫定的低減策から脱却し、「客観性と実効性を担保する仕組みの構造」を構築することに集約されます。

•    知恵の本質:客観的な基準の設計:
著作権の類似性チェックについて、我々は生成AI以前から、クリエイティブ制作を通じて権利チェックの知見を蓄積してきました。生成AIの登場により、この長年培った知見を基に、汎用ツールを活用した客観的な評価の仕組みを体系化し、自社のガバナンス構築に実装しています。

•    人間の最終判断の維持:
ツールが提供するのはあくまで効率的・網羅的なアラートです。文化的・倫理的な側面を含む最終的な法的判断は、人によるディープチェックが担う役割分担を維持しています。

ガバナンス設計とは、この「客観的な仕組み」を通じて、現場の「感覚的判断」による不安を断ち切り、AIによるクリエイティブの民主化という効果を最大限に発揮できる土台を組織全体で設計し直す作業に他なりません。

3. リスクの網羅性を確保:効果の足かせとなる「潜在リスクの視点」

AIの効果を最大限に発揮し続けるためには、一時的な著作権侵害の懸念だけでなく、将来的に事業やブランドの足かせとなりうる潜在リスクを網羅的に設計に組み込むことが重要です。

【図表2】:著作権以外の3つの潜在リスク 

これらのリスクはすべて、最終的には生活者をはじめとする全てのステークホルダーの信頼や体験を損なうことにつながります。ガバナンス設計においては、生活者への影響を常に中心に置き、「法的に問題ないか」だけでなく、「生活者の感情や価値観を傷つけないか」という観点を、AI利用事業者に求められる「社会への責任(アカウンタビリティ)、透明性」を重要な要素として、常に持つことが重要です。

4. 現場運用に最適化する設計観点:効果を解き放つ「ガバナンス設計の3つの重要な視点」

AIの創造性や生産性といった効果を現場で安定して発揮させるために、以下のガバナンス設計の3つの重要な視点にわたる仕組みの設計が不可欠です。

•    視点1:現場の迷いを解消する「判断基準の客観化」

o    類似性チェックの指針の設計: 
これまでの知見を基に、現場の「迷い」を解消する「客観的な判断の指針・閾値」を設計します。この指針は、「人の判断に委ねるべきか、即座に修正・破棄すべきか」を分ける客観的なラインとなります。また、汎用ツールの活用についてもルール化を検討します。

o    初期設計の重要性:
 AIリスク判断の本質は、「類似度は算出できても、法的な侵害の有無は明確に判断できない」という、権利の『曖昧な境界線』の管理にあります。指針は、属人的で場当たり的な対応ではなく、これまでの知見に基づき、貴社の事業特性(リスク許容度)を踏まえて初期の段階で体系的に定めることが重要です。この初期設計が、属人的な感覚を排除した客観的な運用データの蓄積を可能にし、AIの進化や規制動向に合わせた持続的なアップデートの確かな土台となります。

o    倫理的チェックリストの導入: 
企業の理念に沿った公正性・公平性チェックリストを導入し、属人的だった倫理判断の共通化を図ることで、現場が迷わずAIを活用できる土台を作ります。

•    視点2:部門横断連携による「組織的責任体制の構築」

o    AIガバナンス推進チームの組成: 
ガイドラインとルールの恒常的なアップデートを担う、本社機能(法務、リスク、DX)を横断した専門チームの組成を支援します。

o    問い合わせ対応フローの設計: 
AI活用に関する判断や見解が必要な場合、現場が迷わず対応できるよう、問い合わせの受付から専門部門(法務、広報、リスクコンプライアンスなど)への連携、必要に応じた外部専門家との連携まで、一貫した対応フローを設計します。このフローは、リスク顕在化時にステークホルダーへ迅速に説明・開示する体制を兼ね備えます。 CAIO(Chief AI Officer:最高AI責任者)を中心とした体制により、会社としての統一見解を迅速に導き出せる仕組みを構築します。

o    迅速な初動対応フローの確立: 
リスク顕在化時の対応時間とコストを最小化するための、責任分解点と初動フローを明確化します。

•    視点3:外部へのリスク流出を防ぐ「防御プロセスの整備」

o    潜在リスクへの防御: 
特許権や肖像権など、高度な専門知識が必要なリスクに対し、チェック観点や外部専門家と連携するプロセスを設計します。

o    委託先管理の標準化: 
リスクの外部流出を防ぐため、委託先向けチェックリストや、契約上に生成AI利用に関する記載を推奨するなど、組織全体としての防御力を高めます。

【図表3】:ガバナンス設計のための3つの視点 

5. 網羅的なガバナンス設計で実現する「安全かつ最速」の事業グロースへ

AIガバナンスは、AIという強力なパートナーを「最も安全なルートで、最速で事業グロースに向かわせるための道標(みちしるべ)」です。ガバナンス設計は、「守り」のコストではなく、AIの創造性を解放し、生産性向上といった最大効果を引き出すための「攻めの基盤」となります

そして、AIの進化速度が速い以上、ガバナンスは一度定めて終わりではなく、恒常的に見直し、アップデートし続ける「持続的な仕組み」でなければなりません。この継続的な改善の思想こそが、現代のAIガバナンスにおいて必須とされる「アジャイル・ガバナンス」 の考え方です。

AIガバナンスは、「いつか整備すべきもの」ではなく、「今すぐその基盤を固めることで、創造性解放への確かな一歩を踏み出せるもの」です。

その持続的な仕組みの土台となるのが、初期段階での体系的な設計です。特に、現場の迷いを解消する客観的な「指針の考え方」は、初期の段階で経験知に基づいて体系的に定めることが、その後の恒常的なアップデートの議論の基盤となります。また、この仕組みを機能させるためには、社内への継続的な情報発信や教育も不可欠です。

恒常的なアップデートの業務プロセス化

この恒常的なアップデート業務こそ、アジャイル・ガバナンスのサイクルを回すことにほかならず、ガイドライン(実務ルール)とは別に、組織的なプロセスとして組み込みます。

•    評価と再分析: 
社内で発生したAI関連の軽微なインシデントログを定期的に収集・分析し、「どのチェックポイントや指針が機能しなかったか」を検証し、具体的なチェックリストの項目や閾値の精度を改善します。

•    環境・リスク分析: 
最新の法規制動向(国内外のAI規制、裁判例など)や技術的動向の監視については、外部の専門リソース(顧問弁護士、コンサルタントなど)の活用も含めて、業務プロセスに組み込みます。

•    体制の実効性検証: 
部門横断的な連携体制(問い合わせ対応フロー)が現場で機能しているかを定期的に検証し、組織構造そのものの実効性を高めます。

今すぐ始められる「3つの自己診断」

Q1:現場は迷っていないか?

「このクリエイティブは使っていいのか」という判断を、誰かの感覚に委ねていませんか?客観的な基準がない場合、現場は常に不安を抱え、意思決定が遅延します。

Q2:著作権以外のリスクは見えているか?

プライバシー侵害、倫理的問題、社会的リスクへの備えはありますか?著作権だけでは、生活者の信頼を守ることはできません。

Q3:リスクが顕在化したら、動けるか?

初動対応と部門連携のプロセスは明確ですか?有事の際に「誰が」「何を」「いつまでに」判断するかが決まっていなければ、対応が後手に回ります。

最後に

AIガバナンスは、いつか整備すべきものではなく、今すぐその基盤を固めることで、生成AIによる創造性解放への確かな一歩を踏み出せるものです。「持続的な仕組み」の土台を築くためには、全体を俯瞰した「網羅的な視点」で現状を見直し、ガバナンス構成要素について整理・ヒアリングを実施することが不可欠です。

現行のAI利用状況やリスク管理体制、部門間の連携プロセス、外部委託先の管理状況などを洗い出し、現場の実態に即した対応や、見落とされがちな潜在リスクがないか今一度確認しましょう。

我々マーシス局は、「現場運用に最適化された仕組み」の設計と実装に強みを持つ「実務家集団」です。長年のクリエイティブ実務で培った知見をもとに、企業のAIガバナンスの構築も支援しています。現状の棚卸しから、対処・対策でカバーできていないリスクの可視化まで、専門的な知見をもってサポートいたします。ご関心のある方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
 

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  • 株式会社博報堂
    マーケティングシステムコンサルティング局
    データプラットフォーム推進部
    マーケティングプラニングディレクター
    2011年、自動車業界にて社会人生活をスタート。 マーケティングプロモーション、システム/オペレーション開発・導入、CRM、新規事業開発など、多岐にわたる業務を担当。 2022年、博報堂入社。事業会社出身の強みを生かしたマーケティング戦略・クリエイティブから 現場運用まで一気通貫した提案を心がける。