画像&動画生成AIが描く、企業と生活者の新しい対話の可能性
目次
博報堂DYグループのソリューションを紹介するシリーズ対談「Human-Centered AI Works」。
今回は大広WEDO 代表取締役社長 大地 伸和と、AI技術を活用した新しいコミュニケーションについて共同で取り組みを行っているMavericks代表取締役 奥野将太さんの対談です。同社の動画生成AIサービス「NoLang」や大広WEDOの広告特化型画像生成AIツール「DDDAI Studio」を通じ、企業と生活者の間に新たな“対話”を生み出す可能性を探ります。
“読まれない情報”を動画化して伝達する「NoLang」の柔軟性と信頼性
- 大地
- 今回は「AIが描く、企業と生活者の新しい対話」をテーマに対談を進めていきたいと思います。まずは、奥野さんの自己紹介をお願いします。
- 奥野
- 私は東京大学大学院で量子物理学を専攻し、ベンチャー企業でエンジニアとしても経験を積んでいました。そんななか、GPT-4が登場したことをきっかけに起業を決意し、2023年9月に株式会Mavericksを立ち上げました。そこから動画生成AI「NoLang※」の開発をスタートし、2024年7月末に正式にローンチしたのです。
※NoLangは、資料をアップロードするだけでナレーション付き動画を自動生成できる日本発のAI動画生成サービス。日本語・英語対応、字幕や図表解説、レイアウト編集など柔軟なカスタマイズが可能。
その直後くらいに、大地さんからお問い合わせいただいたのですが、サービスを出したばかりのタイミングでご連絡いただけたことに、大地さんの情報感度の高さを感じましたし、自分たちもより一層気を引き締めてサービスを作らなければならないと実感しました。

- 大地
- 最初はSNS用の動画をNoLangで作ったという記事を拝見して、そこから問い合わせしたのを覚えています。ちなみに、最初からNoLangを作ろうと思って起業したんですか?
- 奥野
- もともと、創業前から検索体験に課題を感じていました。WEB上で情報収集するたびに同じ記事を何度も読み返し、しかしなかなか欲しい情報に出会えない。こうした原体験から、動画化することで、よりスムーズで直感的な情報取得ができるのではと考えるようになりました。しかし、検索エンジンを自分で構築するのは現実的でなく、実現方法が浮かばなかったんです。
そんな中、GPT-4の登場を目にしたとき、「これなら実現できる」と確信し、同年に創業しNoLangを開発する運びとなりました。

- 大地
- お話いただいた背景があるなか、大広WEDOではMavericks社と業務提携を結び、NoLangを通じて、IR動画の革新と企業価値の伝達力向上を図っていく取り組みを始めています。NoLangに企業のIR資料をアップロードするだけで、ナレーション付きの動画を自動生成できるのが特徴で、日本語・英語の2言語対応、字幕や図表解説、レイアウト編集など柔軟なカスタマイズが可能になっています。
世の中には本来ユーザーが理解すべきでありながら、文章が長く複雑すぎて「十分に読まれない情報」が溢れていると感じます。IR資料や広告の注意書き・免責事項なども、本来はしっかり理解してもらうべきものですが、多くの場合は「同意します」を押しながら内容を確認していないのが現状です。
だからこそ、必要な情報を脳に負担なく、短く的確に届ける工夫がこれからのメディアには求められると思っています。その第一歩として、IR領域でNoLangと協業する構想に至りました。

NoLangのAI動画生成が変える企業の情報発信のあり方
- 奥野
- IR領域での導入事例としては、主に「社内利用向け」と「個人投資家向け」の動画生成があり、現在は前者に注力している段階ですが、今後は個人投資家にも価値を届けられるように改善を進めています。

IR情報を動画で扱うことに注目した理由は、ターゲット層に対するリーチコストの上昇やコンテンツの細分化が進んでいるからです。特に投資ブームにより20代投資家が急増する一方で、40~50代の機関投資家も依然として重要なターゲットであることは変わらず、世代や性別だけでも最低6パターン以上に分かれるニーズに応えていく必要があります。
そのためには、情報をパーソナライズして最適化することが求められるわけですが、NoLangは同一の資料から複数パターンの動画を自動生成できる点が強みです。また、アップロードした資料は再学習に使われず、動画内で直接参照する仕組みを構築したことにより、誤情報が生まれるリスクを低減しています。
さらに動画は縦型と横型、尺の長さは30秒から10分まで選べるので、例えばVTuber風のキャラクターで軽快に伝える1分動画から、機関投資家向けに詳細を伝える5分程度の解説動画まで、ターゲットに応じた表現やトーンを柔軟に切り替えられるのも大きな特徴です。
そのほか、「CEOアバター」の生成も可能で、経営者本人の声を収録することで自然なナレーションを再現するため、トップメッセージやESG活動の紹介など幅広い企業コミュニケーションに活用できます。AIアバターは失言がなく、正確さを担保できるのが大きな利点であり、株主対応においても合理的な選択肢となり得ます。
こうした柔軟性と信頼性がNoLangの優位性だと考えています。

- 大地
- 私自身も使用していますが、AIアバターはロジカルで的確に回答してくれるうえ、質問にも誠実に向き合ってくれる安心感があります。もちろん法的な問題など、人が対応すべき領域は残りますが、それ以外についてはむしろAIの方が適していると感じています。
NoLangはIR分野のほかにも、例えば大学の研究機関が発表する論文の動画化にも有用だと思います。論文は文章が難解で、受験生や一般の方には理解が難しいのが実情です。研究成果を社会に伝えることを目的にしても、従来の形式では十分に伝わらないケースが少なくありません。
それを動画で直感的に研究成果を発信できれば、より理解がしやすくなり、受験生の研究室選びにも役立つのではと考えています。
広告表現の「多様性」と「効率性」を両立。大広WEDOが挑むAI時代の制作プロセス
- 大地
- Mavericks社とはNoLang以外にも、生成AIを活用した広告制作支援ツール「DDDAI Studio」を共同開発しました。本ツールは社内向けに開発され、広告制作における素材制作や提案プロセスの効率化、そして表現の幅の拡張を目的としています。
開発の背景としては、オープンソースの画像生成AIだと、企業としてノウハウが蓄積されず、広告パターンや独自の制作ルールを覚えさせるのも難しいことから、プライベートな環境を構築することが必要だと考えたからです。
大広WEDOでは通販案件を取り扱うこともあり、商品の配置やコピーの置き方など、ABテストを前提としたロジカルなパターン化が可能です。それらをオープンの環境で行うよりも、社内専用の環境でこうしたパターンを自動生成し、整理しておくことで、大量の素材作成やABテストが効率化され、意思決定もスムーズになることを目指しています。
一方で、画像生成AIは目まぐるしく進化するので、技術の陳腐化リスクへの対応は常に考えておく必要があります。例えるなら車の開発のようなもので、新しいエンジンが出ても、ブレーキや車体の安全構造といった基本は変わりません。
エンジンを新しいものに取り替える場合でも、車体の構造を少し調整するだけで対応可能です。つまり、コアの仕組みや安全性を保ちながら、パーツや技術をその都度アップデートしていく。そのような形で、生成AIを活用した広告制作のあり方を考えています。
- 奥野
- 従来の生成AIでは、「同一人物での複数シーン展開」が難しかったのに対して、DDDAI StudioはLoRAデータと詳細なプロンプト操作により、自然なポーズ制御と背景差し替えを実現しました。広告制作における「撮影」「CG制作」といったプロセスの工数・コストを大幅に削減し、クオリティとスピードの両立を目指したプロダクトになっています。
※LoRA(Low-Rank Adaptation)は、AIモデルの一部パラメータのみを効率的に学習・適用する技術。少量の追加データで特定の人物やスタイルを再現できるため、広告制作などで自然なポーズや背景変更が可能になる。

大広WEDOさんのように、社内でAIシステムを構築する意義は非常に大きいと考えています。特に大企業では、日常的な業務プロセスを可視化・管理できることに大きな利点がありますが、クリエイティブ制作の現場では、素材の変更履歴やAPI処理の内容、それを行った人などの情報を生成AIツール単体で追跡するのは困難です。
その点、社内システムなら受注から納品までのリードタイムや作業量、よく使われる機能などをログとして残せるので、見積もりの精度や機能の評価が容易になり、効率的な制作環境の整備につながり、「どの部分が本質的価値を持つか」を把握しやすくなるでしょう。
さらに制作過程で得られた知見やクリエイティブのスタイルもログとして蓄積されるため、チームが分散していても知識の一元化・再現性の確保が可能です。加えて、炎上リスクや著作権リスク、政治・宗教に関するコンテンツの扱いなど、公開までの過程を追跡できることは社会的にも意義があるのではないでしょうか。
- 大地
- 以前、当社ではGPT-2.0の頃から独自のテキスト自動生成エンジン「Brand Dialogue AI」という形で取り組んでいて、いわばプロンプトの入力と出力だけで制御しようとしていました。これはプロンプトを工夫して出力を当てにいく手法ですが、結局のところ社内でノウハウが蓄積されず、業務に活かすことができませんでした。そこで、業務フローに合わせてプロセスを分割し、各ステップのインプットとアウトプットをきちんと管理できる仕組みが必要だと痛感したんです。
画像生成も同じで、広告制作ではクライアント確認や専門的な内容チェックなど、段階ごとの検証が必須です。もしその再現性が担保できなければ、ゼロからやり直しになってしまい、意味がなくなります。そのため、DDDAI Studioでは一連の広告制作におけるプロセスをきちんと分けて制御可能にすることが、開発の狙いになっています。
そうしたなかで、重要になるのはAI技術そのものよりも、「業務フローをいかにAI時代に即した形で設計していくか」ということであり、これは“働き方の改革に近い課題”とも言えます。例えば、昔はLPを作るときにワイヤーフレームから画像生成まで工程を分けて進めていましたが、今は一発で出力できる。
このような場合に、実際には業務の進め方をどう変えるかを考えることが難しくて、社内制作フローが追いついていないのが現状です。そこに人的リソースを割くことが、次に乗り越えるべき壁だと感じています。

「人間はどう生きるか」。AIエージェント時代に問われる根本的な問い
- 奥野
- 私が最も期待しているのは「AIエージェント」です。これは単なる技術的進化にとどまらず、生活者である私たち一人ひとりの行動や意思決定にも深く関わり、個人レベルにまで大きな変化をもたらす存在だと考えています。
人によってライフスタイルは異なるように、企業もビジネスモデルや事業規模が似ていても、経費精算のフローひとつとっても全く同じ会社は存在しません。そういう意味では、今後、さらに労働人口の減少が続くなかで、業務を自動で完結するAIエージェントへの需要は必然的に高まっていくのではないでしょうか。
ただし、普及を阻む最大の要因は「カスタマイズ性」です。例えば自動化ツールを使うことにより、テキスト入力でワークフローを組めますが、実際には多くの人にとって面倒に感じてしまい、利用ハードルが高くなっていると感じています。
これが10年後には、誰でも簡単に使えるユーザーフレンドリーな仕組みに進化し、製造業や工場管理などでは“RPAの進化版”として浸透するでしょう。その「汎用基盤」をどの企業が構築するかは、とても興味深いテーマです。

- 大地
- 広告屋の視点で考えると、当初はAIが進化すればパーソナルAIやAIエージェントが生活のすべてを自動化し、楽に暮らせるようになると考えていました。しかし現実はそう簡単にいかず、AIは論理的に物事を処理しますが、人間は感情やメンツなど非論理的な要素が絡み合う複雑さがあり、完全な自動化は困難であることが見えてきました。
仕事には人間の感情やアイデンティティが深く関わっており、それをAIに置き換えられるかどうかは、「人間はどう生きるか」という根本的な問いにつながると考えています。
また、過去に「生花LoRAプロジェクト」という日本文化×AIによる新たな表現に挑戦したことがありますが、人間は「構造化された認識パターンがなければ物事を理解できない」という事実に気づかされました。
例えば、歌川広重が雨を線で描くことで、人々の雨の見方を変えました。同じように、広告も「数々の構造化されたパターン」の中からどれを選び、どうはめ込むかを考え、生活者の心に響くように再構成していくもので、これは再現性の高いAIが得意な領域だと言えます。一方で、それを飛び越えて「新しい見え方」を追求するのがアートの領域になります。
昔は新しいアートの概念が人々に受け入れられるまで長い時間がかかりましたが、現在はタイムラインがどんどん短くなっていて、新しい概念が出ると一気に人間の認識を変えてしまう時代になっています。そう考えると、広告の仕事もAIの再現性の枠を超えて「新しい価値を創造する仕事」として、今後も広告の仕事は存在し続けるのではないかと感じています。
料理で考えてみると、過去に存在した料理であれば、AIでほとんど再現できるはずです。でも、「誰も食べたことのない味」を再現することはできません。そういう観点では、「誰も見たことも食べたこともない感動」をどう生み出すかに特化し、そこに経営の軸を置くことで、広告会社としての存在意義も保たれていくと考えています。

- 奥野
- 今後、広告や商業の世界ではパーソナライズが確実に進むと思います。10年前と比べても、興味のない広告が表示される確率は減っていますし、10年後には、今よりもABテストのサイクルも飛躍的に高速化し、性別や年齢に応じたキャラクターの変更なども一瞬で可能になるでしょう。つまり、その人が本当に求める情報が瞬時に最適化されて届くようになるわけですね。
そうした広告体験が普及するのは、そう遠くない未来だと思います。結果として、人間がまだ自覚していない欲求さえ掘り起こす広告や、その欲求自体が経済価値になる可能性が高まるでしょう。加えて、コミュニケーションの形もAIの浸透によって大きく変わると思いますし、教育や学びの体験にもその波が広がっていくのではないでしょうか。
今の日本では、「自分を表現し、自分らしく生きたい」と考える人が増えているように思います。こうした傾向は、情報技術の進化によってさらに加速していくでしょう。そうなると、自分を深く理解し、承認してくれる存在が、人間だけでなくAIにも求められるようになります。
将来的には、仕事やお金、プライベートの悩みなど、人には話しづらいことをAIが自然に問いかけ、導いてくれる環境が広く浸透するかもしれません。このようにパーソナライズされたAIとの対話が増えることで、人の意思決定や行動パターンそのものが大きく変化していくと予測しています。

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株式会社大広WEDO 代表取締役社長
株式会社大広 常務取締役 兼 CTO(Chief Technology Officer)株式会社大広に1990年入社。2024年4月より現職。広告業界で、いち早くデジタルテクノロジーに注目。アドテクだけでなく、あらゆるテクノロジー領域を応用したサービス開発を推進。CESをはじめ、ミラノ・サローネ、メゾン・ド・オブジェ、アルスエレクトロニカなど、テクノロジーに関連する世界中の見本市やフェスティバルを数多く視察し、新たなビジネス創出に挑み続ける。
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奥野 将太氏株式会社Mavericks 代表取締役2023年9月に株式会社Mavericksを創業。
2024年7月に自社サービス「NoLang」をリリース。
2025年9月時点、15万人をこえる登録者と60社を超える企業に導入されている。

