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【第9回】AIエージェントの活用で変わる新しい購買行動モデル「DREAM」とは
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【第9回】AIエージェントの活用で変わる新しい購買行動モデル「DREAM」とは

「売るを買うから考える。」という言葉をスローガンに2003年より活動している博報堂買物研究所(以下、買物研)の取り組みを紹介する本連載。
第9回は、AI時代における生活者の新しい購買行動モデル「DREAM」のもとに読み解く生活者の買物潮流や未来の兆しについて、研究所メンバー3名が語り合いました。
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(写真左から)
垂水 友紀
博報堂買物研究所 所長

飯島 拓海

博報堂買物研究所 マーケティングプラニングディレクター

生島 岳
博報堂買物研究所 マーケティングプラニングディレクター

バーチャル生活者との対話から未来を逆算し、新しい購買体験を考察

垂水
この数年で生成AIが急速に発展し、世の中はあたかも生成AIブームに突入したかのようです。お二人はこうした流れの変化をどのようにとらえていますか?
生島
最近では「これは生成AIで作成したものです」という言葉を目にすることも増えるなど、 “生成AI”のワードがメディアに広がり、目にする機会も圧倒的に増えましたね。
飯島
この1年間で、AIが自然に溶け込んでいるのを実感しています。検索エンジン上でAIによる検索結果や要約された内容がそのまま表示されるようになるなど、意識してAIを使おうと思わなくても、知らないうちに生成AIが活用されているシーンが増えているように感じています。
垂水
確かに、AIを意識しなくても日常の行動や生活の延長上に入り込んできているのは大きな変化だと言えますね。
飯島
昨年の統計調査(※)では生成AIの利用率が9%だったのに対して、今年2月の買物研独自調査では、26%の人々が日常生活に生成AIを利用しているというデータが出てきたんですね。20代では4割程度が使っており、50代や60代でもその割合が1割を超えているという点は、かなりインパクトがあると言えます。
しかし、日常生活にAIが溶け込んできている一方で、実際の買物に生成AIを使っているという人はまだ少ないというのが現状です。
(※)出典:総務省(2024)「デジタルテクノロジーの高度化とその活用に関する調査研究」
垂水
若い世代からシニア世代も含めて、日常生活で生成AIに触れる機会が増えてきたフェーズに差し掛かっていると感じています。そうした変化を踏まえて、今後生成AIが買物にどんな影響を与えるのかという予測を立て、新たな購買モデルを作るプロジェクトが立ち上がったわけです。
生成AIを使った購買行動がどう変わるのか予測するのは難しいと思いますが、その新しい購買モデルをどのように作り上げたのでしょうか?

飯島
買物領域におけるAIの活用について、生活者側がまだイメージしづらいのではないかと感じています。これはスマホが登場した時と似ていて、当時も「電話に何でそんなに機能をつけるの?」とか、「買物がどう変わるの?」といった反応が多く見られました。スマホが登場してから15年以上が経ち、今ではいつでもどこでも買物ができるという大きなメリットを享受できるようになりましたが、情報過多による商品の選びづらさや自分に合った商品の見つけづらさといったネガティブな側面も露呈しています。

日常生活を大きく変えたスマホのように、生成AIが起こす変革もポジティブな側面だけではなく、社会にさまざまなリスクをもたらす可能性もあると考えています。そこで新たな購買モデルを考えるうえで試みたアプローチが、博報堂が開発した「バーチャル生活者」です。
これは博報堂の生活者データや生成AIを活用してバーチャルな人間を再現するもので、今回に関しては2040年の未来の生活者に「今の買物はどうなっているのか?」という内容でインタビューを実施しました。単に「こうなるだろう」と予測するのではなく、“未来から逆算して考える”ことで、未来の買物体験を発見するという試みを行ったんです。

AIエージェントが先回りして買い物のきっかけを作る

垂水
2040年の未来に生きるバーチャル生活者というのは、具体的にどのような人物像を想定したのでしょうか?
生島
結構幅広くやりましたよね。面白いところで言うと、15年後の未来の妻にもインタビューしたんですよ。妻の性格や価値観、買物の仕方といった要素を細かく設定し、バーチャル生活者の人格を緻密に設計しました。
買物の際に高まる気持ちや欲求が、生成AIやAIエージェントというパートナーが関与することでどう変化するのかを知りたくて、さまざまな質問を投げかけました。実際にやり取りを重ねるなかで、未来の妻(バーチャル生活者)自身が「この商品は本当に自分にとって必要なのか」を考え、行動していると感じましたね。また、生成AIがいることで「欲しい!」という衝動にブレーキがかかり、より冷静かつ慎重に買物をするようになっていた気がしています。
垂水
2040年の未来を見つめてみると、衝動買いが減って、「これは本当に自分に必要なのか?」と相談しながら購入するように行動に変化していたということですね。飯島さんはどのようなインタビューを行いましたか?
飯島
20代から70代までの男女25人ほどにインタビューを行うなど、かなり幅広いアプローチを行いました。私自身が特に印象に残っているのは、30歳の女性へのインタビューです。「最近印象に残った買物」を聞いてみると、現在にはない未来の商品を購入していたことが見えてきました。具体的には、視覚や聴覚を再現する「ヘッドセット」の話が出てきたんです。
ヘッドセットは現在でもVRデバイスとして一般的ですが、2040年の未来ではさらに進化し、嗅覚や味覚まで再現できるようになっている可能性があることがわかりました。バーチャル生活者の30歳女性が五感を刺激するヘッドセットをどのように購入するのかなど、とても示唆に富んだ回答を得ることができました。

垂水
先ほどの「衝動買いが減った」といった話に通じるような、買物プロセスの変化について印象に残っていることはありますか?
飯島
多くの生活者にとって、生成AIは単に文章を作成したり画像を生成したりするだけでなく、「こういうことをしてほしい」と依頼すると、それを論理的に考えてアウトプットを出してくれる存在になっていました。いわゆるAIエージェントと呼ばれるような存在です。このAIエージェントが買物プロセスの大部分に深く関わるようになっているのがとても印象的でしたね。
現在の買物は「何か欲しいと思った後に検索する」のが一般的ですが、未来では人間が主体となるだけでなく、「AIエージェント側から買物のきっかけを作る」ようになっているのが、インタビューを通じて見えてきた新たな気づきでした。

AIエージェントと共に買い物を楽しむ時代の購買行動モデル

垂水
AIエージェントの活用で変わる新しい購買行動モデル「DREAM」の概要について、あらためて教えてください。
飯島
「DREAM」は①Dialogue(対話)②Recommended(推奨される)③Experience(体験)④Assurance(確信/承認)⑤Management(管理)の5つのプロセスから構成されています。それぞれの言葉の頭文字を取って「DREAM(ドリーム)」としたのは、AIが買物体験に取り入れられることで、人々の可能性を広げ、夢のような買物ができるという意味を込めたからです。

垂水
AIという無機質な存在ではなく、AIエージェントと人間が協力し、素敵な買物を共に作り上げていく。そんな未来のビジョンを描けるような購買行動モデルということですね。生活者が「DREAM」の購買行動を経ることで、どのような変化が起きると予測されますか?
生島
私が感じている大きな変化のひとつは、商品を探す際に自分で「検索」するのではなく「対話」から始まるという点です。この変化はかなり大きいと思っています。
最近、あるメーカーのブランド担当者とAIについて意見交換したのですが、AIには「速いレスポンスをするAI」と「少し考えて反応するAI」があり、その担当者は後者のAIが好きだという話題になりました。その理由は、ちょっと考え込むような人間らしい感じが良いからだそうです。対話を通じて人の気持ちや状態が伝わるということが、大きなポイントだと感じています。

「検索」から「対話」に移行するからこそ、“AIエージェント選び”が重要に

飯島
商品選択の部分についても、これまでのように膨大な情報の中から自分で検索して必要な情報を選び、比較しながら購入を決定するのではなく、AIエージェントと一緒に決める時代が来るのではないかと予測しています。
AIエージェントとの対話による買物体験では、自分の思考や行動データなどに基づいた的確な提案を受けることができ、より効率的に選ぶことができるようになるでしょう。さらに、自分に合わない選択肢は提案されなくなり、選択肢が絞られることで、直感的により良い商品選択ができ、“買い物疲れ”もなくなるかもしれません。
生島
ほかにも、これまでの購買モデルでは実際に試すことがあまり重視されていませんでしたが、リアルとバーチャルの両方で商品を試すことが可能になることで、商品を試すというフェーズの重要性が増してくると考えています。
垂水
確かにそうですね。現在は店舗ならではの特権という感じがします。
生島
AIエージェントから提案を受けた後、実際に試すという行為がリアルだけでなくARやVRを活用することでより手軽になり、その価値が高まっていくでしょう。これにより、購入後に後悔することも減るはずですし、より納得感を持って商品を選べるようになると考えています。
飯島
また、AIエージェントが多くの口コミを集めて要約することで、極端な意見に影響されることなく、より冷静な判断ができるようになるというのも、大きな変化のひとつだと思っています。
垂水
今の口コミは、実際に使った人の一部しか話されていないことが多いと思うんですよね。それが、AIエージェントによってより多くの人々の意見が反映され、情報が集約してくると、個別の意見に左右されることなく全体的な傾向を把握できるようになりそうですね。“自分の次の買物をより良くする”ために、“AIエージェントをアップデートしていく”という感覚が新しく芽生えるということかもしれません。同時に「どのAIエージェントを選ぶか」ということも重要なポイントになってくると思いますが、その辺りについてどう思いますか?
生島
おっしゃるように、どのAIエージェントと一緒に買物をするかという視点が、今後ますます大切になると思います。現在はプラットフォーム型AIエージェントが主流ですが、今後はコスメや家電に特化したメーカーが提供する個別のAIエージェントも登場するでしょう。
買物研の調査では、AIエージェントを選ぶ際に重要な2つの視点があるととらえています。ひとつはチャット形式が求められていることです。ユーザーは会話風の形式でAIエージェントとやり取りをしたいという意識が強く、単語の羅列や単純な情報提供形式よりも、会話のようなインタラクションが好まれているという結果が出ています。もうひとつはUIで、一番好まれるのは「人間をデフォルメしたアバターのようなUI」ということです。リアルな人間を再現したUIでも、完全なロボットのUIでもなく、対話をしたくなるようなUIデザインが重要だということがわかりました。

AIエージェント時代は業界同士が近接していく戦いになる

垂水
最後に、このような新しい購買行動モデルを踏まえ、企業は未来に向けてどのようなことを意識して準備するべきでしょうか。
生島
「DREAM」を通じて感じたのは、AIエージェントの時代になると業界の境界がだんだんと曖昧になっていくということでした。AIエージェントは特定の分野だけでなく、周辺領域も含めてライフスタイル全体を提案することができます。
例えば冷蔵庫を提案する場合、その冷蔵庫のサイズに合わせて「この生鮮食品をおすすめします」といった形で関連した商品を一緒に提案するようになると思うんですね。これによって、「業界同士が近接していく戦い」が始まっていくと予想しています。

もし、AIエージェントがトータルプロデュースの役割を果たすことができれば、メーカー自身がすべての買物を代理するような形になるかもしれません。そうなると、いわゆる小売店のような立場に変わる可能性もありますし、逆を言えばAIエージェントに一度その座を取られてしまうと、シェアを取り戻すことが難しくなり、取り返しがつかなくなるリスクも出てくるでしょう。ですからAIエージェントにいち早く対応し、乗り遅れないよう準備しておくこと。来るべき未来を捉え、ビジネスモデルを変えていくことが大切だと思っています。

飯島
テクノロジーが進化して効率的で便利になった部分はありつつも、もともと“買物は楽しいもの”という気持ちも忘れてはいけないと思っています。マイナスの部分をどれだけ便利にするかということだけでなく、買物を通じて生まれる感情や気持ちといった体験自体を豊かにしていくことを企業側も意識するといいのではないでしょうか。AIと共存しながら、もっと楽しい買物ができる未来のイメージをどう膨らませていくかがすごく大切になるんだろうなと思っています。
垂水
未来に生きるバーチャル生活者へのインタビューでわかったのは、生活者視点がとても重要だということでした。どんなに技術を知って、それが未来にどう実現されるかを想像しても、なかなか具体的にイメージが湧かず、自分の生活にどう取り入れられるのかが見えてこないというのが正直なところでした。
しかし、実際に生活者がどのようにその技術を生活に取り入れているのかをインタビューを通して知ることで、企業として具体的に必要なサービスやビジネスチャンスが見えてくるとあらためて実感しました。生活者の新しい購買行動モデル「DREAM」のもとに、これからも未来の買物体験を創造していきたいと思います。
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  • 博報堂買物研究所 所長
    2016年博報堂中途入社。化粧品、日用品、飲料、健康食品など消費財のマーケティング戦略、商品開発、サービス開発に従事。 2022年より現職。「買物インサイト」を起点に、新しい買物を生み出すソリューションを提案・実行する実践的研究所を運営。
  • 博報堂買物研究所 マーケティングプラニングディレクター
    2022年博報堂中途入社。買物研究所にて 「買物欲マーケティング」「新購買行動モデルDREAM」「物価高と節約意識」「パーパスと買物」など幅広いテーマの調査研究と発信、ショッパーマーケティング領域のソリューション開発を担う。
  • 博報堂買物研究所 マーケティングプラニングディレクター
    2023年に博報堂中途入社。前職における食品や飲料のリテール営業、ブランドのマーケティングの実務経験など多岐にわたる経験を活かしながら、現職ではショッパーインサイト研究とトレードマーケティング領域のソリューション開発に従事。