
生成AIはクリエイティビティをどう変える? 安野貴博さんと博報堂が考える、AI時代のクリエイター論
博報堂のクリエイターたちが「今会いたい有識者」と語り合う対談シリーズ。今回は、2024年の東京都知事選挙に立候補したAIエンジニアの安野貴博さんが登場です。対談するのは、博報堂の豆谷浩輝と、博報堂テクノロジーズの岸本悠祐。SF作家に起業家、AIエンジニアなど、幅広い活動を行う安野さんの原動力や、生成AIブームの行く先について議論しました。
生成AIは「クリエイティビティ」をどう変えるか
- 豆谷(博報堂)
- 安野さん、今日はありがとうございます。今回お声がけしたのは、2024年の東京都知事選でのご活躍が大きなきっかけです。私は普段、博報堂DYホールディングスのマーケティングシステムを開発する組織でプロダクトマネジャーを務めており、前職ではAI研究者として音声合成技術の研究開発に携わっていました。テクノロジー業界に身を置く者として、技術の可能性や未来について深い洞察を発信されている安野さんと、ぜひお話したいと思っていました。
「SF作家」「起業家」「AIエンジニア」といったたくさんの肩書をお持ちの安野さんですが、こうした活動を経て、最終的にはどのような未来を目指しているのかについても伺いながら、議論ができれば嬉しいです。
株式会社博報堂 テクノロジスト 豆谷浩輝
- 岸本(博報堂テクノロジーズ)
- 安野さんには敵いませんが(笑)、われわれもAIに強みを持っている組織です。エンジニアや起業家という役割がバックボーンにありながら、政治の道にも踏み出された経緯など、いろいろお聞きしたいです。
- 豆谷
- 私自身、「どうすれば世の中を魅了するプロダクトを生み出せるか」を考えながら仕事をしています。このような観点から、「AIの進化がもたらす人間のクリエイティビティの変化」について、安野さんの考えをお伺いしたいです。
- 安野
- 大きな変化で言うと、さまざまな新しいプロダクトを生み出すうえでボトルネックになるポイントが変化していくのではないかと見ています。
AIエンジニア/起業家/作家 安野貴博さん
わかりやすい例としては、アニメ制作が挙げられるでしょうか。これまで、一定のクオリティのアニメを制作するにはある程度スキルを持ったスタッフを多数雇う必要がありましたが、生成AIによって、非常に小規模な人数で制作できるようになっています。人的リソースだけでなく資金やスキルといった障壁が低くなってきました。
それによって「どんなアイデアで何を作りたいのか」といった、よりエッセンシャルな部分の価値が非常に高まっていくのではないでしょうか。これまではニッチとされていた作品でもビジネスとして成り立つようになるでしょうし、より「作家性」のようなものの重要性が高まると考えています。
- 岸本
- まさに私たちの現場でも、映像や画像の制作にAIを導入することで、インパクトの大きいものだと数千万円規模のコスト削減につながっているケースがあります。
一方で気になるのが「作りやすくなった」ことによる弊害です。生成AIによって生まれたコンテンツが増えれば増えるほど同質化していき、反対に洗練されたコンテンツとのギャップが開いてしまうのではないかと。
株式会社博報堂テクノロジーズ エンジニア 岸本悠祐
- 安野
- たしかに「生成AIでつくられたものよりも人間が生み出したコンテンツのほうが価値が高い」という価値観の人は少なくないかもしれませんが、私はこの点について楽観的に捉えています。
たとえば、カメラが生まれたことで、「写実的かどうか」という観点から、絵画の価値が一時的に落ちた時期もあったでしょう。しかし、抽象画など絵画にしかできない表現を追求することで新たな価値が生まれていますし、写真も変わらず生き残り続けています。
ほかにもアニメで言えば、3DCGが登場したころには「手書きのセルアニメのほうが味がある」といった意見の人も多かったでしょう。それが今や、ピクサー映画のように世界的な評価を集める作品も生まれています。同じように、生成AIならではの進歩と、人間ならではの進歩、それぞれが進んでいくのではないでしょうか。
テクノロジーの進化で生まれる「溝」を埋めていきたい
- 豆谷
- 私たち博報堂グループは、人間中心のAI技術の研究開発を行う「Human-Centered AI Institute」を設立しました。我々が持っている究極のアセットは「多彩なクリエイティビティを持った人間が集まっていること」。だからこそ、単にAIを業務の自動化に使うのではなく、それぞれのケイパビリティを伸ばす方向で使うのが良いのではないか、というのが発想の原点にあります。
もちろん、最終的には博報堂の内部にとどまらず、社外にもAIを広げていきたいと考えています。その際、どう普及させていくのか。安野さんは都知事選で、多くの人にAIを使ってもらうための活動もされていましたが、世の中にAIを普及するうえで、今どんなことを考えていらっしゃいますか?
- 安野
- 一般的に、テクノロジーは進化するほど「使える人」と「使えない人」の差が開くという法則があると思っています。太古の昔には、テクノロジーといえば火くらいしかありませんでした。この時代の「差」といえば、火をおこせるかどうか、くらいです。
それが今では数多くのテクノロジーが生まれ、個々人の差も大きくなりました。「それぞれの“差”を縮めることに注力し進化を停滞させるか」、または「ある程度の“差”を許容しながら前に進むか」で言えば、私は後者の立場。なぜならばテクノロジーには、社会にある課題を解決する力があるからです。
そのうえでAIについて言うと、進化すればするほど、リテラシーが低い人でも技術のメリットを享受できるようになるという特性があります。自動運転が顕著な例で、モーターや制御のことがわからない、あるいは運転が苦手な人でも車を使って快適に移動できるようになりますよね。テクノロジーの裏側が理解できなくても使える。いろいろなテクノロジーが世に生まれるなかで、少しでも受けられる便益の差が縮まる方向に貢献できればと思って活動しています。
これからのクリエイターは「be動詞」ではなく「普通動詞」で自分を語る
- 岸本
- 「テクノロジーを使って社会課題を解決する」という思いで活動されている、その最たる例が「政治」なんですね。
- 安野
- 私にとっては、政治も小説もビジネスも、どれも同じくらい重要ですね。私は自分のことをかなり薄っぺらい人間だと思っているので(笑)、どんな活動をするか考えるとき、基本的にはまず「楽しいかどうか」を重視しています。
もう少し真面目なことを言うと、エンジニアがバグをつぶしていくように「テクノロジーで世の中の課題を解決したい」という思考回路を持った“オートマトン”(自ら動作する機械)のように動作する人間、というのが表現としては適しているかもしれません。課題に感じたものを解消して、世の中が自分の想像していたとおりに動いたときにおもしろみを感じる。
そういう観点から、ソフトウェアも作ればビジネスも考えますし、小説も書けば、都知事選にも出馬する、という感じです。少し近視眼的かもしれませんが、「次にこれをやったらおもしろそうだ」という考えの連続で今に至ります。
そもそも、世の中がこれほどまでに進化する今、長期的に計画して動くのって難しいじゃないですか。計画を立てるよりもアジリティ、つまり変化に敏感に対応していくことに重きを置いたほうが良いのではないか。「地図よりコンパス」が大切なのではないかという仮説を持っています。
- 豆谷
- 楽しさが原動というなかで、各活動に楽しさのランキングのようなものはあるのでしょうか。たとえば「小説を書くのがいちばん楽しい」とか……。
- 安野
- どれかひとつが楽しいというより、それぞれの活動が違うからこそ楽しさの総量が増えている、と表現するのが正しいかもしれません。いくらおいしい食べ物でも、繰り返し食べると飽きてきますよね。そうならないように、複数のアウトプットをしながら「楽しくならないリスク」を分散しているのが実際のところです。
- 豆谷
- いくつもの肩書はあれど、どれかひとつには縛られないと。
- 安野
- 私がやっていることを「be動詞」ではなく「普通動詞」として、つまり「私は○○社の社員です」ではなく、「私はこうした活動を行っています」というようなありかた。肩書に縛られず活動する人は、私を含めてクリエイター界隈では増えていると感じています。
公共領域とクリエイターは好相性?
- 豆谷
- AIやデジタルに関するクリエイターとして政治にも携わるなか、どのような役割が求められていると感じていますか?
- 安野
- 前提として、デジタルと公共領域は非常に相性が良いと考えています。これまでの道路や橋などの公共財は、東京都で作ってもほかの地域に“コピペ”ができませんでした。一方、ソフトウェア資産であれば、オープンソース化すれば容易に各地と共有できるので費用対効果が高い。
ただ、大規模なソフトウェア資産を作るような財政リソースがある自治体は、東京都など限られた数しかないでしょうし、お金があっても作れる人がおらずこれまで外注で済ませてきた。外部に委託する場合、発注時に仕様を定め、それがいざリリースしたときにはほとんどが時代遅れになっているケースも珍しくありません。この「不確実性に対応するソフトウェアを開発する」点でクリエイターが参入する余地は大きいですし、私も何とか頑張ろうという思いです。
- 豆谷
- 私もオープンソースの可能性は感じていて、教育機関でももっと取り扱うようになると良いですよね。都道府県単位だけでなく、世界で使われているシステムにもオープンソースは活用されていますし、デジタルのおもしろさを知る機会にもなるはずです。
- 安野
- 私自身もオープンソースのソフトウェアをかなり使っていますし、海外の人と交流するきっかけにもなるんですよね。台湾や米国の人と交流して、またさらにオープンソースのコミュニティからネットワークが広がって、というように活動の幅も広がります。
追求したいのは「ローカライゼーション」と「コミュニケーション」
- 安野
- 先日、「デジタルの公共財をどのようにつくり実装するか」といった観点から新たなプロジェクト「デジタル民主主義2030」を発表しました。
取り組みの一例として、AIでコミュニケーションを活性化したり、無駄ないさかいをなくしたりしたいと思っています。私見ですが、4~5万人以上のコミュニティで、効果的に議論をして意思決定する方法を人類はまだ発見できていないと感じています。この方法を見つけるカギを握っているのがAIだと思うんです。今はまだ不可能ですが、5年後には可能になる予感もしています。こうした仮説をもとに、2025年は活動していければと思っています。
- 豆谷
- 私が最近とくに意識しているのは、いちクリエイターとして「地域性と国際性をいかに両立するか」ということです。
オープンソースもそうですし、テクノロジーのおもしろさって「世界のどこでも、すぐ使える」というスピード感にあると思うんです。AIの普及で、この勢いは加速しています。その点で、日本のプロダクトが国内にとどまっているのはもったいない。もっと世界に広げていきたいと考えています。一方、世界に広げるなかで「日本ならでは」な地域性が薄れてしまうのはよくある課題。こういった部分に、博報堂が重視している「生活者発想」という究極のローカライゼーションをどのように載せるかは、今後も取り組んでいきたい領域です。
- 安野
- そのバランス感覚はとても重要ですよね。グローバルに通用するものだけが残り続けることはないでしょうし、かといってローカルすぎるものは広がりにくい。いかにバランスをとるかは、私も興味があるポイントですが、具体的に「地域性の発信」という点でどんな取り組みをされているんですか?
- 岸本
- 2024年に発表した「AIラップ名刺 MY PUNCHLINE(参考動画)」がわかりやすいかもしれません。写真とプロフィールをアップロードすると、自分がラップで自己紹介する動画を生成できるサービスのプロトタイプです。
入り口は名刺交換という「日本独自のビジネスコミュニケーション」で非常にローカルなものなのですが「コミュニケーション能力の拡張」においては世界でヒットする潜在能力もあると考えています。
豆谷が話した国際性と地域性の両立以外で言うと、クリエイターであり「企業のAIエンジニア」として考えているのは、「現状のアセットを活用して誰かのためになるものを作れるか」という点。絵を切り貼りして何かひとつのアートを完成させるように、AIと共創しながら集合知的なプロダクトを作っていけるクリエイターになりたいと思っています。
鬼頭勇大[著] / 大森大祐[写]
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