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データ・クリエイティブ対談【第15弾】  「技術力」と「ビジネスモデル」と「思い」の融合が新しい産業を生み出す(後編)  ゲスト:元プレイステーション開発責任者 茶谷公之氏/博報堂DYホールディングスCAIO 森正弥
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データ・クリエイティブ対談【第15弾】 「技術力」と「ビジネスモデル」と「思い」の融合が新しい産業を生み出す(後編)  ゲスト:元プレイステーション開発責任者 茶谷公之氏/博報堂DYホールディングスCAIO 森正弥

プレイステーションの開発者であった茶谷公之さんを招いた対談の後編をお届けします。生成AIと「創造」の関係、技術の進化の中で人々に求められるマインドといった論点をめぐって、熱い対話が行われました。

茶谷 公之氏
オフィスちゃたに 代表取締役CEO

森 正弥
博報堂DYホールディングス
執行役員/CAIO

篠田 裕之
博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局

前編はこちら

予想外のスピードで普及した生成AI

篠田
テクノロジーが日進月歩で進化している中で、茶谷さんはどのように新しい技術をキャッチアップし、どのように未来を予測しているのですか。
茶谷
もちろん勉強はしていますし、自分自身の頭の中でいろいろなシミュレーションをしたりもしています。それに加えて、自分の周辺にいるアーリーアダプターを常にウォッチすることを心がけています。「この人はいつも面白いところに目をつけている」という人が、周りに何人かいたりしますよね。その人が目をつけているものに自分も着目して、その人が面白がっている理由を推測する。そんなことを日常的にやっています。
篠田
近年の代表的な技術革新が生成AI関連です。生成AIをどのようにご覧になっていますか。
茶谷
僕が楽天にいた頃、IBMが開発した応答システムWatsonを使ったチャットボットへの取り組みが始まりました。Watsonはスクリプトを用意して質問に回答していくシステムです。その回答の精度を上げるために用いられていたのが、機械学習の技術でした。

しかし、回答自体は人の手でつくらなければなりません。それには限界があると僕は考えていました。その限界を突破できる技術がNLG(自然言語生成)でした。調べてみると、世界的に見てもまだ研究学会が盛り上がる余地がある状態で、まさにこれからの技術であることがわかりました。2016年くらいだったと思います。そういう技術があることを知って、「これは絶対に普及する」と思いました。

あの頃、茶谷さんがNLGの話をされていたことはよく憶えています。「ジェネレイティブ(生成)」という言葉は学術用語なので、そのままでは広まらないだろうなと僕は考えていました。おそらく「クリエイティブAI」といった名称になるのではないかと。結局「生成AI」で定着してしまいましたが(笑)。

僕が着目していたのは、AIの技術そのものというよりも、技術を使って作曲したり、小説を書いたり、広告クリエイティブをつくったりすることができるようになるということでした。だから、「クリエイティブAI」といった名称がふさわしいだろうと考えたわけです。茶谷さんと同じように、おそらく数年後にはAIが世の中の広い領域で使われるようになるだろうと僕も考えていましたが、ここまでの勢いで世界中に普及するとは思ってもみませんでしたね。

篠田
エンジニアはAPIなど用いてハイエンドな実装をすることができつつ、一般の人もウェブインタフェースを用いてプログラミングの工程なしで使うこともできるという点が、生成AIの爆発的な普及の要因であるように思います。
茶谷
コーディングが必要ない「ノーコード」、あるいは最低限のコーディングで済む「ローコード」という考え方は以前からありましたが、それがそのまま実現してしまったわけですよね。

テクノロジーの進化と内発的動機

篠田
森さんがおっしゃるように、生成AIは「創造」を強力にサポートしてくれるツールです。しかし僕が最近感じているのは、「生成AIが普及することで創造する人は本当に増えたのか」ということです。例えば、音楽家が映像をつくれるようになったり、小説家が音楽をつくったりするといったケースは確かに増えていると思います。しかし、もともとものづくりに興味がなかった人たちが新たにものを創るようになっているのかどうか。

茶谷
つくりたいものがない人、ものをつくりたいという欲求がない人は、AIがあろうがなかろうが創造することはできないですよね。いきなり白い紙を渡されて「何か書いてみて」と言われたときに、書きたいことがある人は書けるし、ない人は書けない。それと同じです。AIが目の前にあっても、つくり出したいものがなければ、プロンプトも書けないでしょう。重要なのは内的なモチベーションです。
アウトサイドとインサイドの両面があるということなのでしょうね。テクノロジーの進化はアウトサイドで起こっていることで、それに対して人のインサイドが空虚であれば、テクノロジーをうまく活用することはできません。内なるアスピレーション(熱望)とか内発的動機があって初めて、テクノロジーを創造的行為に結びつけることができるのだと思います。
篠田
テクノロジーが進化している今だからこそ、内発的動機がより試されるようになっているということなのかもしれませんね。
茶谷
プレイステーションの開発に携わっているとき、僕たちはよく久夛良木さんから「君たちは何がしたいんだ?」と聞かれていました。それもあって、自分は本当は何をしたいのかということを常に考える癖が身についたように思います。しかし、「何をしたいのか」という問いに対してすぐに答えられる人は決して多くはありません。

最近、中高生の父母向けの講演を頼まれる機会が増えています。これからの生成AI時代に、自分たちの子どもはどう生きていけばいいのか。そんな質問をされることも少なくありません。それに対して僕は、「自分が本当にやりたいことをやること」、それから「ものをつくれる人になること」を大事にしてほしいと答えるようにしています。

よく言われることですが、今の社会にある職業の多くは30年前にはなかったものです。
おそらく30年後、今は影も形もない職業がたくさん生まれていることでしょう。そういう新しい職業に共通するのは、「新しい価値を生み出す」ということになると思います。自分が興味を持てることを軸にして、新しい価値をつくり出すことができる人がこれからの時代は存在感を発揮していくことになるだろう。僕はそう考えています。

内なる思いは「没頭」から生まれる

何かをつくり出すには、自分の内なる思いに向き合う必要があります。自分の思いに向き合い、ものづくりを通じてそれをどんどん表現していく。そこに技術を上手に活用していく。今後はそんな世の中になっていくことが望ましいと思います。
茶谷
日本人は、諸外国の人たちと比べて躾(しつけ)がとてもいいと感じます。それはもちろん美点でもあります。災害が起きたときに、これほど混乱が起きない国は珍しいでしょう。しかし、これからの時代は、その躾のよさが弱点になっていく可能性もあります。

自分の内なる思いは秘めておくべきで、軽々しく表明すべきものではない。それがこれまでの多くの日本人の価値観であり、その価値観は躾や教育によってつくられたものでした。しかし森さんがおっしゃるように、これからは自分の内なる思いを大切に育てるだけでなく、それをどんどん外に出していって、力に変えていくことが求められる世の中になっていくでしょう。僕たち大人が、そういう価値観の大切さを若い人たちに伝えていかなければなりません。

篠田
僕は、内なる思いは何かに没頭することから生まれると思っています。中学生の頃の茶谷さんにとっての短波ラジオのように、夢中になれるものがあれば内面が充実するし、それがものをつくり出したいという気持ちにもつながっていくのではないかと。
茶谷
シンプルな言い方をすれば、「趣味をもつ」ということですよね。
自分の若い頃を振り返ってみると、もちろん学校の勉強も役に立っているけれど、趣味を通じて得た知識や経験に勝るものはないと思います。僕の場合、短波ラジオを通じて海外の情勢や音楽のことを知り、技術への関心も生まれました。その多くは学校では教えてくれないことでした。
なるほど。趣味は、学校では教えてくれない、自分なりの「学び方」を発見できるものということですね。逆に考えれば、それがあると、学校の勉強も違った角度から吸収できたり、学ぶことにも意味が生まれてくるのかもしれないですね。
篠田
趣味という軸があると、学校の授業も楽しくなりますよね。短波ラジオで得た興味が地理や物理の知識とつながる。そんなことがあると、もっと勉強しようというモチベーションも湧いてきそうです。
茶谷
趣味の一番いいところは、努力と無関係であるということです。
意識的に努力をしなくても、ものごとを自然に楽しみながら成長していける人には絶対にかないません。著名な野球選手にせよ、歯を食いしばりながら努力して野球をしてきただけではないはずです。もちろん誰よりも練習したとは思いますが、それは野球が好きで楽しいから自然に体が動いたということなのではないでしょうか。
努力しようとしなくても、自然に打ち込んでしまうもの。それがあるかないかで人の生き方は大きく変わっていくし、新しいものをつくり出したいという欲求もそこから生まれるのだと思います。

次世代の産業をつくる手伝いをして生きたい

篠田
茶谷さんのこれからの目標をお聞かせいただけますか。
茶谷
日本は人口が減っていて、経済も難しい状況にあります。今の若い人たちはたいへんな時代を生きていると感じます。しかし、日本が復活できる可能性は大いにあると僕は思っています。

例えば、人口は減っていても、65歳以上のシニア層は増えています。そういった層に向けたサービスやプロダクトを日本の次世代の輸出産業にしていくというのは1つの方向性だと思います。体を動かすことをサポートするパワースーツのようなロボティクス、あるいは記憶の衰えをAIで補うサービス。そういったプロダクトやサービスを開発してビジネス化することができれば、これからの日本の新しい産業の柱になるでしょう。僕たちの世代の重要な役割は、そういった次世代の産業をつくるお手伝いをすることです。僕もその役割を果たしていきたいと思っています。

日本が抱えている課題から新しい産業を生み出していくということだと理解しました。技術力、ビジネスアイデア、そして事業創出を目指す人たちの思い。その総合力によって、日本の未来は拓かれていくのだと思います。

篠田
本日お話をお伺いして、新しいプロジェクトを成功させるには技術力だけではなく、新しいビジネスモデル、開発者一人ひとりの情熱が必要だと感じました。その教訓をこれからの新しい事業づくりにいかす道筋をぜひ探っていきたいですね。

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  • 茶谷 公之
    茶谷 公之
    オフィスちゃたに 代表取締役CEO

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