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AIは人間らしさをどう変えるのか? 【生活者インターフェース市場フォーラム2024レポート】
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AIは人間らしさをどう変えるのか? 【生活者インターフェース市場フォーラム2024レポート】

働き方や学び方、楽しみ方など、私たちの日常のあらゆるシーンがAIによって変わっていく“AIネイティブ時代”では、どのような新しい価値が求められるのでしょうか。
AIの現在地とこれからの可能性を、AIと“別解”を創ってきた実践者たちがその現実と本質を語り、次なる未来への道筋を描き出します。

先日開催した「生活者インターフェース市場フォーラム2024 AIと、この世界に別解を。- Human-Centered AI -」におけるセッション「AIは人間らしさをどう変えるのか?」の模様をお届けします。

九段 理江氏
芥川賞作家

今井 翔太氏
AI研究者

鈴木 謙介氏
関西学院大学 社会学部教授

モデレーター:吉澤 到
株式会社博報堂 ミライの事業室 室長

「AIはダンベルと一緒」。体幹を鍛えないと使いこなせない

吉澤
博報堂DYグループのAIに対する考え方は、単に効率化や既存業務プロセスの代替として使うのではなく、AIと人間の新しいコラボレーションによって別解を生み出していくというものです。

私たちはこれからAIが日常に自然と溶け込む「AIネイティブ社会」を生きていくわけですが、ここで忘れてはならないのは「それは生活者にとって幸せなのか」という視点です。どのようにAIと向き合い、活用していくことで、もっと人間らしく豊かな人生を生きられるのか。
本セッションでは、「AIは人間らしさをどう変えるのか?」をテーマにディスカッションしていきたいと思っております。
九段さんは、小説の世界でAIと対話しながら素晴らしい作品を創作されましたが、ご自身にとってAIはどのような存在なのでしょうか。

九段
私が小説を書き始めたきっかけは、皆さんがよく言われるAIを活用するメリットと結構重なる部分があります。
小説を書くという行為も、AIを活用することも、人間の能力や可能性を広げてくれるという点では共通しています。
しかし、AIが大きく脚光を浴びているのに、小説は「人間の心を豊かにしてくれる」というような、昔ながらの固定的なイメージのままあまり更新されていません。

そんななか、私にとってAIは「ダンベル」のような存在だととらえています。
ダンベルがあるだけでは、人間の筋肉を増強することはできません。自分で体幹を鍛えていないと、どんなにダンベルがあっても活用できないわけです。

芥川賞作家 九段理江氏 

吉澤
つまり、AIだけで体幹を鍛えることはできなくて、文学に触れるなど日常を送っていく中で鍛えられるということでしょうか。
九段
そうですね。プロンプトを書いてAIに何か指示を出す場合でも、言葉が重要になりますし、それはAIが教えてくれるわけではありません。
私が小説を書く大きな動機は、今まで創造されたことがないもの、未発見のもの、そして予測不可能なものを見てみたい、というものです。小説執筆でAIを用いたのも、自分の世界の外にあるものからインスピレーションを得るという意味で重要でした。
今井
九段さんの仰るように、AIで言語化能力は鍛えられないというのは全くその通りだと思います。キーワード検索に慣れすぎていることもあるかもしれませんが、プロンプトを書く上での言語化能力は意外と難しくて。企業にAIを導入しても、従業員にあまり使われていないということも少なくありません。
本当にAIを使いこなすにはそれ以外の専門分野の知識が必要になってきます。
鈴木
文科省が「グローバル人材」の定義を挙げているのですが、「語学力」だけでなく、「幅広い教養と深い専門性」や「異文化に対する理解」が必要であると書かれています。この英語学習の話は、今井さんのお話にも通じるところがありますね。
九段さんにお聞きしたいのですが、言葉や日本語の伝え方はどのように鍛えればいいのでしょうか?
九段
英語学習のたとえはわかりやすいなと感じました。やはり、「海外の人と英語でコミュニケーションをとりたい」という欲求が一番のモチベーションになると思うんですよ。
私の場合は良い作品を作りたい、今まで自分が見たことないものを作りたいという欲望を持っています。人間とAIの違いは「欲望を持っているか持ってないか」であり、自分の欲望にどう気づけるかがポイントになるのではないでしょうか。

吉澤
九段さんのように「自分の気づいていなかった可能性をAIで引き出す」という使い方をされたい場合、どういう問いかけをすればAIから予想もしなかったアウトプットを引き出せるのでしょうか?
九段
芥川賞を受賞した作品『東京都同情塔』(新潮社)に関しては、「近未来の刑務所を作りたい」という発想が当初にありました。
「近未来の設定で、現代的な価値観にアップデートされた刑務所の新しい名称を考えてください」とAIに投げかけたところ、“セカンドチャンスセンター”や“リカバリーセンター”など、カタカナがいっぱい並んでいたんです。
AIに小説を書かせたいと思う人であれば、そのまま使うのかもしれませんが、私がそのとき気が付いたのは、 「AIは完全な他者ではなく、自分との対話に向き合っていく存在になる」ということでした。
より創造的なものを生み出すためには、 AIが回答してくるものに対して、さらに自分がプロンプトを重ねなければいけないわけです。そう考えると、 AIが提示する解よりもむしろ、AIとの対話プロセスから学ぶことの方が多かったように感じます。

新しい技術への違和感をなくすために必要な“ひと手間”

吉澤
AIで出された回答に違和感を抱き、それが新たな発想への刺激になっていくわけですね。
ここから次の「AIと家族」というテーマに入っていきたいのですが、これまでもお茶の間へのテレビの登場や、スマホの普及などテクノロジーの進化によって家族のあり方に変化が生まれるということがありました。
AIが家族の暮らしに入ることで、私たちの生活はどういう風に変わっていくのかについて、鈴木さんは何かご意見はありますか。
鈴木
AIが家族の中に入ってくるイメージはほとんどないかもしれませんが、過去の時代を振り返ってみると「新しい技術に対して、違和感がなくなるようにする」ことが多くの国で観察されています。
昔であれば、自宅の固定電話に手作りのカバーをかけたり、テレビの上に布を被せたりしていた方もいると思います。これは「何かひと手間を加えることによって、機械への馴染みが生まれてくる」という、世界的にも研究されている人間の行動なんですね。
パソコンを例に挙げると、パソコン教室で小さい子供に教える時に、パソコンを組み立てるところから始めて、その次に何をやるかというと画面の壁紙を変えるんです。
このようなひと手間を通じて、人類は家庭の中に新しい技術を迎え入れてきたわけですね。もしかするとAIについても同じことが起きるのではと思っています。

関西学院大学社会学部教授 鈴木謙介氏 

吉澤
現状では、まだそこまでAIが家庭に入り込んでいないと言えますかね。
鈴木
将来的には、例えば家族で旅行に行くとなった際にAIが旅行プランを提案し、それを家族全員で検討することもあり得るでしょう。家族旅行のサポートとしてのAIですね。
今後の技術進歩により、個人のパーソナリティに応じたAIを構築できるようになれば、AIと人間の関係性も大きく変わっていくかもしれません。
今のAIはまだ「名前をつけたくなるような存在になれていない」ように感じますが、ここが変わってくれば、AIが家族に入ってくる未来は十分に考えられるのではないでしょうか。
吉澤
AIと人間の関係性についてのお話があったなかで、逆にAIが家族との繋がりや絆を繋ぎ止める可能性はあるのでしょうか。
九段
AIが家族に介入する1つのポジティブな要素として、長時間労働が解消されて家族との時間が増えるのをメリットに感じる人もいると思います。
しかし、コスパやタイパを重視する若い世代にとって、「家族」そのものに対する価値観は大きく変化しつつあります。その上で「本当に自分の幸せは家族との時間を増やすことなのか」とAIに訊いてみると、 「本当に総合的な幸福度や人生の満足度を考えるなら、もう少し家族との時間を減らした方がいい」と提案してくる場合があるわけです。
今まで家族と長時間過ごした方がいいと言われてきたのが覆されるというか。このようにAIが人間の直感と反した場合に、どうやって人間はそれを受け入れていったらいいのだろうかと考えたりするんですよ。

「人間の有限性」がなくなる不老不死は実現するのか?

吉澤
なるほど。その視点はハッとさせられますね。次にもう少し未来の話をしていきたいと思うんですけども、人生100年時代において高齢者の認知機能や身体機能の補完をAIが担う事例もたくさん出てくるのではと予測されます。

生活者の声からも、AIを活用した健康管理が進化し、個人の健康リスクや体調に最適化されたケアやサポートが提供されるといったことへの期待が感じられます。今井さん、AIによって人間は今よりも長生きできるようになるのでしょうか?

今井
AIによって長生きできるようになるという研究自体はまだまだ少ないですね。その一方で、AIが進化していくと不老不死の実現に近づくという議論や研究もなされています。
最近だと、AI研究の分野で権威性のある研究者が「あと数年ぐらいで我々の寿命は140年から150年になるだろう」と述べていました。これにはしっかりとした根拠があり、寿命というのは意外と現代の我々が思っているほど絶対的なものではないんですね。
例えば、1920年頃の平均寿命はおおよそ50歳くらいでしたが、医療の発展によって平均寿命が70~80歳となり、2000年代まで生きている人も多く、寿命は思ったよりも柔軟性があります。
また、AI研究者の間では「寿命脱出速度」という単語もよく使われていて、「1年で1年以上の寿命を伸ばせれば、永遠に生きられる」という発想になっています。
現在の平均寿命が80歳前後で伸びていないのは、医療の進歩が遅れたというよりも、人間の頭脳で発見できる科学の限界ラインまで来てしまったと考えられます。

それを突破する鍵になるのがまさに人工知能で、人間の頭脳では及ばなかった科学の到達点を拡張してくれると思っています。
AIの力によって、医療の進歩がさらに進んでいき、老化していく人も減らすことができるという未来を描くAI研究者もたくさんいるんですよ。

AI研究者 今井翔太氏 

鈴木
人が死ななくなる、あるいは少なくとも寿命が伸びるというのは、「人とお別れすることがなくなってくる」ということです。
私たちが人と一緒にいたいとか、別れたくないと思うのは、いつかお別れが来るからです。もしこれが死なないとなると、むしろ人間は他者と距離を置こうと考えるようになるかもしれない。例えば、SNSは今まさにそんな感じで、いつでも連絡が取れると思うと、わざわざ毎週会わなくてもいいということになるわけですね。
つまり、寿命が伸びる社会というのは、代わりに人間の寿命や時間が有限であることで成り立っていた、他者との関わりや社会制度も変える可能性があるということです。
今井
鈴木さんの意見は、「人間の有限性がなくなったらどうなるか」という話で、私たちが生きていく中で悔しさや悲しさを感じるのは、人間の有限性に起因していることが多いんですね。
例えば、受験に落ちたら悲しいけれど、無限に生きられるなら毎年受験のチャンスが巡ってくるので、いつか東大に受かると思えるでしょう。有限性が担保されることで、社会生活の中で発生していた感情的なものはなくなっていくのではと考えています。
そういう社会においては、人と人との関わり方が今よりも大きく変わるでしょう。

鈴木
デジタルネクロマンシーという、AIを使って故人をデジタル上に蘇らせるサービスもありますが、これ自体「人の死は悲しい」という概念をひっくり返すかもしれないですよね。
AIと家族の話に戻すと、「自分ひとりで好きに生きていきたい」という人にとっては、AIの登場によってポジティブな未来がやって来るかもしれないと思ったんですけど、九段さんはどう思われていますか。
九段
本当に不老不死が実現できる時代になったら、どのくらいの人が不老不死を選択するのでしょうね。
私の書いた最新の小説『しをかくうま』(文藝春秋)では、人間の脳と人工知能を直接繋ぐことで、人間の根源的な悩みが一気に解決された世界を舞台にしています。 コーヒーを飲みたいと思ったら、すぐにコーヒーが出てくるし、詩を書きたいと思うだけで人工知能が勝手に詩を書いてくれる。 もうどんな望みも叶えてくれるわけです。
そうした社会の中で、小説の中では「苦しくても人間が自分で詩を書くことを選ぶ」という設定にしていますが、不老不死が実現して人間の有限性がなくなったら、創造的な活動もまた失われるような予感もします。

AI時代に求められる「優しさ」と「健康」

吉澤
AIがこれから進化していくと、自分はAIのある社会の中でどう生きていくのか、何を幸せと感じて、どう生きたいのかがまさに問われてくるわけでして、今回のセッションはそういうヒントをいただいたような気がします。

最後にAI時代を主体的に生きるためのメッセージをいただければと思います。

九段
今回の芥川賞の受賞は、大変な幸運に恵まれたと思います。しかし私が何より嬉しかったのは、自分の能力をはるかに超えた小説を書けたことです。生成AIがダンベルとなり、AIとの対話が自分自身を鍛え、また小説を鍛えてくれました。
全体の5%くらいは生成AIで文章を書きましたが、ダンベルを使って小説を鍛えてくれたという意味で、 とても重要なものだったと思っています。
今井
僕は2つありまして、「優しく寛大であること」と「健康を大切にする」ことです。
今の時代、人間は個人の能力で差別されたり比較されたりしますが、AIが発展して生産活動をこなしてくれるようになれば、個人の能力の差がなくなってきます。
皆AIを使えば同じことができる社会になった時、選ばれる人になるには人格が優れているという尺度になってくるわけです。
また、寿命が伸びるお話もしましたが、その未来が来るまでに体を害してしまったら恩恵が受けられないので、健康でいることが重要だと言えます。
鈴木
インターネットが普及し始めた1995年に、大学の講義で聞いたもっとも印象的な話は、「インターネットの登場によって、インターネットを解説する本が売れた」ということです。
AIもまさにそうなっていますよね。AIについて語る人の輪が広がっている。それはきっと、インターネットの黎明期と同じような熱を持っているからでしょう。この熱は、人間の生産的な活動や創造的な活動にも影響を与えると感じています。
人生100年時代を生きるということは、いまの子どもたちが将来、22世紀を見るということなんですよ。だからこそ様々な新しい動向を前に、子どもたちに「20世紀はこうだった」と伝えるのではなく、「22世紀に何を見せるか」というスケールで考えることこそが大事だと思っています。
吉澤
一人ひとりがAIをどう活用していくかを主体的に考えることが、より豊かな人間らしい未来を築く鍵になると感じました。お三方それぞれの視点から、AIの可能性について多くの気づきをいただけたと思います。ありがとうございました。
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  • 九段 理江 氏
    九段 理江 氏
    芥川賞作家
    1990年、埼玉生れ。2021年、「悪い音楽」で第126回文學界新人賞を受賞しデビュー。同年発表の「Schoolgirl」が第166回芥川龍之介賞、第35回三島由紀夫賞候補に。2023年3月、同作で第73回芸術選奨新人賞を受賞。11月、「しをかくうま」で第45回野間文芸新人賞を受賞。2024年1月、「東京都同情塔」で第170回芥川龍之介賞を受賞した。
  • 今井 翔太 氏
    今井 翔太 氏
    AI研究者
    1994年、石川県金沢市生まれ。東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 松尾研究室にてAIの研究を行い、2024年同専攻博士課程を修了し博士(工学、東京大学)を取得。人工知能分野における強化学習の研究、特にマルチエージェント強化学習の研究に従事。ChatGPT登場以降は、大規模言語モデル等の生成AIにおける強化学習の活用に興味。生成AIのベストセラー書籍『生成AIで世界はこう変わる』(SBクリエイティブ)著者。
  • 鈴木 謙介 氏
    鈴木 謙介 氏
    関西学院大学社会学部教授
    国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員
    株式会社シタシオンジャパン顧問
    専攻は理論社会学。ソーシャルメディアやIoT、VRなど、情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を中心とした理論的研究を架橋させながら、独自の社会理論を展開している。現代社会の様々な問題についてメディアでの発信も多く、若者、メディア文化から国際関係まで多様な分野をカバーしている。
  • 株式会社博報堂
    ミライの事業室長
    エグゼクティブクリエイティブディレクター
    1996年博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクターとして20年以上に渡り国内外の大手企業のマーケティング戦略、ブランディング、ビジョン策定などに従事した後、2019年4月、博報堂初の新規事業開発組織「ミライの事業室」室長に就任。産官学などのパートナーと協働し、ビジネスを通じた社会システムの変革を目指す。一般社団法人WE AT共同代表理事。Earth hacks株式会社取締役。東京大学文学部卒業、ロンドンビジネススクール修士(MSc)。