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対談〈AI PARTNERS〉第2回──人間とAIのインタラクションのあり方とは
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対談〈AI PARTNERS〉第2回──人間とAIのインタラクションのあり方とは

博報堂DYグループのAI研究の拠点「Human-Centered AI Institute」の代表である森正弥が、博報堂DYグループがAIに取り組む意義、また企業のパートナーとして提供できる価値について対話を通じて掘り下げていく連載〈AI PARTNERS〉 。第2回は、デジタル広告事業でAI活用に携わったのち、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)事業を手がける博報堂DYベンチャーズの社長となった徳久昭彦を招いて、「真の意味で経営に役立つAIとは何か」「人間とAIの対話とはどうあるべきか」といった論点で意見を交換し合いました。

徳久 昭彦
博報堂DYホールディングス 常務執行役員
博報堂DYベンチャーズ 代表取締役社長

森 正弥
博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
Human-Centered AI Institute代表

現場で体験した第二世代AI

現在のところ、AIは業務プロセスの効率化や自動化のために使われるケースがほとんどです。しかし本来AIは、自分がやりたいこと、やれることの可能性を大きく広げてくれるテクノロジーであると私は考えています。つまり、人間のクリエイティビティの拡張をサポートするツールということです。私が代表を務めているHuman-Centered AI Instituteが、「Human-Centered」、すなわち「人間中心」という言葉を掲げている意味はそこにあります。

人間のクリエイティビティの拡張は、当然ながら人間の集合体である企業の創造性の拡張につながります。とりわけ、新しい発想や技術開発、事業開発といったクリエイティビティが求められるベンチャー企業やスタートアップにおいては、AIが果たす役割は非常に大きいと思います。今回は、そういった企業への投資を行っている博報堂DYベンチャーズの徳久さんと一緒に、AIの現状や可能性について話していきたいと思います。はじめに、徳久さんのこれまでの歩みをお聞かせいただけますか。

徳久
1985年に新卒で大手電機メーカーに入社して、情報システム部門の配属になりました。初めてAIに関わったのは80年代末です。当時、家電製品が故障する原因やその対処法などがデータベース化されていました。そのデータを現場で活用できるようにするナレッジマネジメントの仕組みをつくるプロジェクトが89年に発足して、僕がそのプロジェクトを任されることになりました。

そのプロジェクトでは、AIを通じてユーザーに提供するデータを作成するために、ホストコンピューターに入っている膨大なデータを磁気テープに記録し、さらにそれをCD-ROMに移すという気の遠くなるような作業が必要でした。その頃のAIは、いわゆる第二世代AIと呼ばれるもので、ルールを人の手で一つ一つ設定しなければなりませんでした。プロジェクトは半年ほど続いたのですが、とても完遂するのは無理ということになり、途中で中止になりました。それが僕の苦いAI初体験です(笑)。

第二世代AIをまさに現場で体験されたわけですね。その後まもなく「AI冬の時代」がやってきて、AI開発は下火になりました。
徳久
そうです。僕もそこからしばらくはAIに関わることはありませんでした。その後、2001年に博報堂DYグループのDAC(デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム、現Hakuhodo DY ONE)に入社し、テクノロジー領域の責任者になりました。デジタル広告会社であるDACがその頃取り組んでいたのが、クライアントが希望する期間に配信可能なデジタル広告のインプレッション量やクリック数を予測する仕組みづくりでした。その仕組みをつくるのに活用したのがAIの機械学習です。さらに2010年くらいになると、ターゲットを定めて広告を配信することを可能にするリアルタイムビッティングという手法が日本でも広まり始めました。ここでも機械学習によって精度を高めていくことが求められました。僕たちは海外のテクノロジー企業と協業したのですが、当時としては最先端の機械学習活用を実践していたと思います。
データサイエンティストという職業がまだなかった頃ですよね。
徳久
職業としてはまだ確立していませんでしたが、データサイエンスのスキルは必要とされるようになっていました。データマネジメントプラットフォームAudienceONEを開発する際にはデータサイエンスのスキルがある人を必死に探したことをよく憶えています。

ベンチャーやスタートアップのようなチャレンジを

博報堂DYベンチャーズの設立に関わった経緯をお聞かせいただけますか。
徳久
博報堂DYグループがCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)事業を始めるという話が持ち上がったのは、2018年でした。幅広い領域のプレーヤーとオープンイノベーションを進めて、新しい広告会社のビジネスをつくっていくこと。そのためにベンチャー企業やスタートアップに投資して、コラボレートできる社員を博報堂DYグループ内に育てていくこと──。それがCVC事業の狙いでした。その事業を担う新会社の社長として僕に声がかかったわけです。
博報堂DYベンチャーズは2つの視点で投資先を決定しています。1つは、その企業が将来的に博報堂DYグループの協業パートナーになりうるかどうか。もう1つは、5年後、10年後に大きく成長して、投資に対する十分なリターンが得られるかどうかです。投資ですから、当然リスクはあります。しかし、すべての企業は博報堂DYグループのクライアントになる可能性があると考えれば、仮に投資がうまくいかなかったとしても、幅広い企業とおつき合いをする意義はあると考えています。現在は、70数社に投資をしています。
とても幅広く手掛けられていて印象的です。協業パートナーになりうるかどうかというのは重要な視点ですね。CVC事業の醍醐味はどういった点にありますか。
徳久
若い起業家や経営者の皆さんが成長していくのを間近で見られること。それが一番の醍醐味です。ベンチャーやスタートアップの経営者の成長スピードには目を見張るものがあります。みんな会社の生き残りをかけて勝負をしていますから、いろいろなことをどんどん吸収して、日々進歩しています。僕自身はこの年齢になると成長することはなかなかありません。そのぶん、若い人たちの成長を見ることが本当に楽しみになっています。
ベンチャーやスタートアップから学ぶことがありましたらお聞かせください。
徳久
新しい技術をどんどん自分たちのビジネスに取り入れていく姿勢を僕たちは学ぶべきだといつも感じます。大企業では、ベンチャーやスタートアップのようなチャレンジはなかなか難しいわけですが、本丸の事業から離れて好きなことを自由にできる、いわゆるサンドボックスのような仕組みをつくって、チャレンジできる環境を積極的に整えるべきだと思います。博報堂DYグループにはミライの事業室という新規事業開発部署がありますが、こういう新たなことに挑戦する取り組みをもっと検討していったほうがいいと個人的には思います。

ありがとうございます。スピード感もそうですし、前向きに新しいものを取り入れていく姿勢は本当に大切だと思います。若い起業家や経営者とのコミュニケーションのポイントも教えていただけますか。
徳久
相手に合わせてこちらの「動き方」を変えることですね。僕はテニスが趣味なのですが、テニスは相手とのインタラクションによって成立するスポーツです。相手の動きがこちらの動きを左右し、逆にこちらの動きが相手に大きく影響する。相手の動きを予測できればうまく対応できるけれど、想像もしなかったところに球を落とされたりすることもある。それがテニスの面白さで、その駆け引きは若い起業家や経営者との対話に通ずるところがあります。相手のニーズや不安を受け止め、それに対して最適なところに球を返すことができれば、相手もいいところに球を打ち返してくれます。日々そのようなコミュニケーションを体験できるのも、CVCの面白さの1つと言えるかもしれません。

「経営に本当に役に立つAI」とは

AI関係のスタートアップもずいぶん増えているのではないでしょうか。
徳久
以前からAI開発を手掛けるスタートアップはあって、生成AIが登場する前からのおつき合いがある企業も少なくありません。そういう企業が現在の荒波を乗り越えるにはどうすればいいか。やはり差別化が必要だと思います。例えば、ホワイトカラーの業務を効率化するAIソリューションを提供する。これはわかりやすい話です。しかしそこで勝負しても、いずれ淘汰されてしまう可能性もあります。もっとクリエイティブな領域で戦う必要があると僕は思います。

こういうAIがあったら嬉しいなと思うのは、「経営に本当に役に立つAI」です。例えば、カリスマ経営者が率いるベンチャー企業の場合、経営者の思想やビジョンが社員に伝わらないことがよくあります。カリスマ経営者は社員とは違う世界を見ている。それを社員に伝えたいのだけれど、言語化することはなかなか難しいし、その作業に割く時間もない。そういうときに、AIが経営者の思いや考え方を汲み取って、メッセージをつくってくれる。こんなサービスがあったらとても便利だと思います。

ベンチャーだけではありません。大企業の場合、会議で言いたいことがあっても、会社の上層部の人たちがたくさんいる中で自分の意見を言うのはなかなか難しいものです。あるいは、A案とB案の二案があって、そのどちらを採用するかで何時間も紛糾することもよくあります。そういうときに、しがらみのないAIが上層部とは異なる意見を言ったり、AでもBでもないC案を提起してくれたりすると、話し合いが大きく前進して、より建設的な方向に進むことができると思います。最終的な意思決定をするのは人間だけれど、人間からはなかなか出せない意見、人間には気づけなかったC案。そういったものを出すことで、よりよい意思決定をサポートしてくれるのが、僕が考える「クリエイティブなAI」の1つのイメージです。

意思決定のための情報を出してくれるだけではない。建設的な議論を助けてくれることにもつながりますね。AIが人が気づかなかったことを踏まえた客観的な提案を行うことで、人が広い視野に立って、よりクリエイティブに判断できるようになるということでもあろうかと思います。一方で、AIのクリエイティビティを人間が高めていくことができるという考え方もありますよね。例えば、生成AIにアイデアを100個出させて、それをすべてボツにする。そして「なぜボツになったか考えて、次はボツにならないアイデアを出して」とAIに指示すると、最初の100個のアイデアとは比べものにならないくらいクオリティの高いアイデアが出てくる。そういうような指示をあたえ、生成AIの可能性をさらに引き出していく。

徳久
その場合、コンテキストをAIに学習させることが重要だと思います。それぞれの会社にはそれぞれの歴史があり、文化があり、経営課題があり、人間関係があります。そのコンテキストを読み込ませないと、結局ダメな100案しか出てこないということになってしまう。どのような会社にもあてはまる平凡な100案が出てきても使いものになりません。それぞれの会社のコンテキストを踏まえたうえで、それまで誰も考えなかったC案を出してくれる。そんなAIがあったら理想的だと思います。

「正解」ではなく「別解」を出すAI

現在のAIは人が持つ問いへの「正解」を出すところで使われている。検索でも画像認識でも需要予測でもそうです。「正解」を求める。しかしAIに本当に出してほしいのは、まったく違う切り口、まったく違う観点の答えということですよね。博報堂DYグループの言葉で言えば「別解」ということです。ただ、すべてをAIに委ねて別解を引き出すのも難しい。人間とAIのインタラクティブな対話によって別解に辿り着く道筋をつくっていかなければならない。そこに人間とAIのコラボレーションの可能性があるのではないでしょうか。
徳久
おっしゃるとおりですね。今の生成AIが出す答えは非常に平面的であると感じます。立体感がない。しかしプロンプトをAIに与えているのは人間です。だから、立体的な答えが出てくるプロンプトを人間が考えなければなりません。「どうしてそんなプロンプトなの?」「もっと別のプロンプトはないの」と聞き返してくれるAIがあれば素晴らしいのですが(笑)。
AIが別解を出せるようなプロンプトを考えることは、非常にクリエイティブな作業だと思います。その結果出てきた別解によって新しい視点が得られ、人間のクリエイティビティがさらに向上していく。そんな流れがつくれるといいですよね。
徳久
そう思います。デジタルテクノロジーはどうしても効率化のために用いられがちですが、それは「デジタルの罠」です。仕事の効率を上げるためだけにテクノロジーを使っていると、博報堂DYグループの力はどんどん落ちていきます。AIを使ってどうやって自分たちのクリエイティビティを伸ばすか。それを真剣に考えなければなりません。そのためには、AIに得意なことだけをやらせていてはダメだと思います。今のAIにできないことを考え、AIを育てていく。そんなマインドが求められると思います。
Human-Centered AI Instituteのテーマの1つが、人間とAIのインタラクションです。その
ヒントをいただけたように思います。今日はありがとうございました。
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  • 博報堂DYホールディングス 常務執行役員
    博報堂DYベンチャーズ 代表取締役社長
    博報堂DYホールディングス常務執行役員を兼務し、社内企業プログラムVenture of Creativityを含む、博報堂DYグループのインキュベーション領域を担当。以前はDAC(現Hakuhodo DY ONE)の専務取締役としてCTOやCMOを務め、アドテクノロジー領域の新規事業開発や国内外企業との資本業務提携投資などを推進し、日本広告業界におけるデータ活用や機械学習の導入や普及に尽力。また、ユナイテッド(現任)やメンバーズといった上場企業の非常勤取締役を歴任し、デジタルやマーケティングを含め、さまざまな経営知見を提供。
  • 博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
    Human-Centered AI Institute代表
    1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。