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生成AIは“あなたにとってどう役立つのか” ―「エージェント」として生成AIが我々にもたらす未来 【早稲田大学大学院経営管理研究科 教授 澁谷 覚氏】 
TECHNOLOGY

生成AIは“あなたにとってどう役立つのか” ―「エージェント」として生成AIが我々にもたらす未来 【早稲田大学大学院経営管理研究科 教授 澁谷 覚氏】 

Chat GPT の登場をはじめ、日進月歩で進化を遂げる「生成AI」。
インターネットやスマートフォンが社会を変革したように、生成AIも過去に匹敵するパラダイムシフトを起こし 、広告やマーケティングにも大きな影響を与えると言われています。生成AIはビジネスをどのように変革し、新たな社会を切り拓いていくのか。

博報堂DYホールディングスは生成AIがもたらす変化の見立てを、「AI の変化」、「産業・経済の変化」、「人間・社会の変化」 の3つのテーマに分類。各専門分野に精通した有識者との対談を通して、生成AIの可能性や未来を探求していく連載企画をお送りします。

第9回はデジタル環境下の消費者行動論を研究されている早稲田大学大学院経営管理研究科 教授の澁谷 覚氏に、「AIとマーケティング」をテーマに生成AIが消費者行動やコミュニケーションに及ぼす影響などについて、生成AIも含めた先進技術普及における社会的枠組みの整備・事業活用に多くの知見を持つクロサカ タツヤ氏とともに、博報堂DYホールディングスの西村が話を伺いました。

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澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授

クロサカ タツヤ氏
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授
株式会社 企(くわだて) 代表取締役

西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
株式会社Data EX Platform 取締役COO

生成AIは「ソーシャルグラフ」になれるのか

西村
人間・社会の暮らしに大きな変化をもたらす生成AIについて、まずは澁谷先生のお考えをお聞かせください。
澁谷
2023年は生成AIがブレイクした年だとすると、2024年は「GPTs」の登場を機に生成AIを活用したサービスが決定的に浸透して、使う人と使わない人の差が出てくる年になると予測しています。私自身もいちユーザーとして、2023年には当時のプラグインストアからいくつかのプラグイン(拡張機能)をインストールして利用していましたが、生成AIのプラグインは非常に豊富で、使い方次第で生産性を大きく向上させると感じていました。今年はいよいよGPTsの利用が広がり、生成AIが“あなたにとってどう役立つか”という非常に具体的な形として台頭するのではないでしょうか。
西村
昨今では、検索エンジンにも生成AIが組み込まれてきたことで情報の取得行動自体も変わってくるのではと感じています。先生はこれまでのデジタル環境下の消費者行動研究において、個人間のコミュニケーションを「オンライン/オフライン」および「ソーシャルグラフ/インタレストグラフ」という2つの軸で分類されていますが、生成AIによって人々の情報取得行動が変わるなか、「ソーシャルグラフ」と「インタレストグラフ」の関係性や人々の行動はどう変わっていくのでしょうか。
澁谷
「ソーシャルグラフ」は当事者間の社会的関係を、「インタレストグラフ」は興味・関心が近い当事者間を結びつける関係を指します。インタレストグラフの方は「面識がない人同士の興味・関心の一致性」なので、インターネットやSNSを検索して自分の興味があることを調べて、誰かが紹介してくれている知識・情報を通じて発生するつながりが代表的かと思います。知りたいことを生成AIとの対話を通じて調べるという新しい生活者行動が発生した場合、インタレストグラフは生成AIに模倣されるかもしれません。一方で、インタレストグラフからソーシャルグラフへの移行、例えば、“ビジネススクールの入学式で知り合った人“という、当初は”MBAに関心がある“という人同士のインタレストグラフが、実際にスクールに通うなかでソーシャルグラフの知り合いに移行していき、人同士の関係性が育まれていく。こういった体験を生成AIでできるかどうかはひとつのテーマになってくるでしょう。また、教科書で学ぶ時代から動画で学ぶ時代へと変わってきた直近10年を経て、これからは“AIで学ぶ時代”になるといわれています。つまり、生成AIが一番優れた先生で、生成AIと共に育った人たちが社会に出てくるときに、そういった「AIネイティブ世代」にとって生成AIが単なる情報・知識の提供相手を超えて、ソーシャルグラフのつながりを感じるようになるか否かというのは、非常に大きな研究テーマだと捉えていますね。

そこで肝になるのが、“生成AIに何か頼むと返ってくる”という依頼ベースの関係ではなく、生成AIがエージェントになって我々の気持ちを汲み取り、“生成AIの方から提案してくる”ように進化できるかどうかということです。人間は生成AIと友達になれるか、という研究をいくつか見てきましたが、結論として会話中に生成AI側から働きかけることがないと、なかなかお互い親密にはなれないようです。会話の中で相互の貢献を認め合い、その上に話をのせていくような人間同士のコミュニケーションが生成AIにもできるのか。現段階では生成AI側から新たな文脈の提案が来ることはないので、“人間とAIが親密になる”という世界は、もう一段の進化の先にあると思いますね。

「マルチモーダル」と「擬人化」で、生成AIは“行動を促すラストワンマイル”に

西村
海外では、生成AIが人間に寄り添うような“優しい性格”で回答をしてくれて、悩みや不安、ストレスの対処法などを相談したり、愚痴を聞いてくれたりする 「優しいAI」と呼ばれるような生成AIがエンタメや介護、メンタルケアの領域で使われ始めているそうです。とはいっても、生活者が今よりも生成AIを受容していく上で、テキストベースのチャットを起点としたコミュニケーションでは生成AIがソーシャルグラフを形成していくことは難しいように感じます。
澁谷
そういう意味ではテキストだけでなく、画像、音声、動画など複数のデータを扱える「マルチモーダル」とAIが人に近いキャラクターとしての見た目や動作を備えた「擬人化」がキーワードになってくるでしょう。対面のコミュニケーションはバーバル(言語)とノンバーバル(非言語)の両方がありますし、やはり根本のところはインターフェイスの部分と会話の中身が重要になってきます。
西村
生成AIがマルチモーダルと擬人化を備えていった先に、AIネイティブ世代は生成AIの影響によって購買などの行動も影響を受けてしまうのでしょうか。先生がご紹介してくださった、「アラブの春」(2011年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動)の事例では、著名な指導者の政治的な主義主張の呼びかけよりも、身近な2~3人が内容は分からなくても同じタイミングで集まろうと言っているから参加する、というソーシャルグラフでのつながりこそが、「行動を促すラストワンマイル」につながるとのことでした。将来的に、生成AIは人間の行動を変容するような影響力を持ちえるのでしょうか。
澁谷
2つの大きな影響が考えられます。一点目は、質問を受けなくても人間のように話しかけ、能動的に情報を提供してくれるエージェント化したAIが身近な人へ影響を与えていくという観点。二点目は、身近な人を取り巻く情報接点のほとんどが「ボット」であり、ボット同士の情報交換で増幅された情報に人間が巻き込まれていくという点です。後者は非常に怖い話で、有事の際に人間らしい会話をしていたSNS上のアカウントのほとんどがAIの発信によるもので、それによって多くの人の意思決定が誘導されるといったことも実際に起こっています。また、人間とボットは直接友達でないものの、人間の友達同士のコミュニケーション間にボットが割り込んでくることで、ソーシャルグラフに影響を及ぼすことも考えられます。

オピニオンリーダーの役割を生成AIが担えば、新たなソーシャルグラフが生まれる

西村
生活者の行動に影響力を与える生成AIに発展していく上で重要なのは、実は可視化なのではと感じています。 自分と生成AIという「個人」に閉じた関係性ではなく、ある生活者がAIと対話している内容や興味があったとき、また別な生活者がその人と似たAIとの対話をしていると、その二人の関係性が可視化され、つながりが生まれる素地を作ることで、ソーシャルグラフに近い形でネットワーク化され、単なる検索の代替としてのインタレストグラフを超えた生成AIの重要性や影響力が高まるのではないかと考えています。

澁谷
もともと「インターネットはインタレストグラフの世界」と言えるほど、場所や時間が離れていても興味関心を同じくするものがコミュニケーションできることこそがインターネットの有用性だとされていました。2007年頃から、オフラインのソーシャルグラフをオンライン上に置き換えるという新しいビジネスモデルによる実名型SNSが登場し一気に普及しましたが、その上で展開されたビジネスの多くがあまりスケールしなかったこともあり、再びインタレストグラフを見直す機運が盛り上がりを見せた時期もありました。一方で、インタレストグラフには情報の拡散力がないんですよ。社会的なムーブメントになるためには、情報が一度伝わっただけではなく、ソーシャルグラフの輪の中で機運が高まっていく必要がある。しかしインタレストグラフにそういった力はなく、所詮は何かに“興味があるだけ”なんです。興味の対象について知りたいだけで、同じ興味を持っている他者ともっと仲良くなりたい、といった性質をインタレストグラフはあまりはらんでいない。興味の対象について得た情報を他者に話すとしても、その相手はお互いに面識がない誰かではなく、ソーシャルグラフ内の知人なんです。しかし単に同じ社会的な文脈にいる知人であるだけで、インタレストを共有しているわけではないですから、その話が面白くて盛り上がるかはわからない。だからこそ、インタレストグラフをソーシャルグラフの方へ強引にうまく持ち込めれば、 ソーシャルグラフの持つ情報拡散力を使って、インタレストグラフ上の情報が伝播していくのではないか―そのような夢を、この領域を研究している人たちは描いているわけですが、それは現実的には難しい。先ほど挙げたボット同士の会話に個々の人間が巻き込まれ、身近なソーシャルグラフでその情報が拡散することで世論が動いていくという、ひとつの勝ちパターンが見出されそうになったものの、結局は危険視されてしまい、そこからあまり進展していないのです。
西村
もしかしたら、新しいソーシャルグラフを作っていくということなのかもしれないですね。今のSNSは、個々人の興味に閉じた情報のやり取りが可視化されるというエコーチェンバー(ソーシャルメディアなどで、自分と似た興味関心を持つユーザーばかりとコミュニケーションすることにより、自分の意見が極端に増幅・強化される現象)のような分断された関係に近いものだと思いますが、SNSと生成AIの融合によって、似たような対話をAIとしている人同士の新しいソーシャルグラフが形成され、好きな趣味の友達が広がっていく、さらには興味自体が広がっていくという可能性もあるかと思いました。
澁谷
その点では、1940年くらいに見出された元々の意味でのオピニオンリーダーはそういう役割を担っていたんですよ。彼らは特定の領域についての関心やリテラシーが非常に高く、マスメディアから取り入れた少し難しい情報を咀嚼することができた。つまりオピニオンリーダーは、マスメディアから伝わってくる色々な情報の裏の真意まで理解しつつ、フォロワーとなる一般の人には噛み砕いて伝えることができたのです。今のスーパーインフルエンサーの類とは異なり、当時のオピニオンリーダーとは実際には周りのほんの数人に伝えるだけだったのですが、人によって伝え方をうまく使い分けていたんですよね。この人には同じ話題でもこう話した方がいいだろう、あの人にはこの視点から話そうとか。オピニオンリーダーが仲介となって、一つのテーマへの興味自体が何人もの間で喚起され、共通の興味を持つ新しい集団が形成されていった。もちろん当時のことですから、こうしたコミュニケーションはすべて対面で行われていたことは言うまでもありません。そして、こうしたことはもしかしたら、オンライン上で生成AIにもできることかもしれません。
西村
なるほど。すごく新しい知見ですね。先ほどの人間に寄り添う「優しい性格のAI」にオピニオンリーダーとしての振る舞い方を学習させることによって、新しいソーシャルグラフができる可能性が生まれそうです。
澁谷
優しく情報を解釈し、それぞれの人に合わせて言葉や伝え方も使い分け、語り聞かせるような“語り部”や“エージェント”としての存在に生成AIがなっていくかもしれませんね。言い方や順序、語彙など、最も効果的にそれぞれの人とコミュニケーションしていくためのカスタマイズは、生成AIであれば瞬時にできるでしょう。

生成AIの普及によって信頼の源泉はどのように変わるのか

西村
そうなると、やはり重要になってくるのが「信頼性の問題」ですね。嘘が入り込んだ時、人はどうやって嘘かもしれない情報を確認するのか、または確認しないのか。情報過多のデジタル時代において、情報を精査するという閾値が低くなってくるなか、生成AIの回答について、調べるのが面倒になるパターンと、嘘かどうかを調べるための検索量が増えるパターンがあると想定されます。このような状況において、先生の研究では、その情報発信者が信用できるかどうかの「信用性」、専門的な知見を持っているかどうかの「専門性」、発信者の利益や都合に合わせていないかどうかの「中立性」、自分と似ている特徴や属性を持っているかどうかの「類似性」という4つの軸で精査し、信頼を担保しているとのことでした。そのような信頼の源泉は、生成AIの進化によってどう変わっていくのでしょうか。
澁谷
企業における生成AIの使い方を見ていくと、ハルシネーション(嘘回答)を防ぐ観点から、現在はRAG(外部のデータベースから関連情報を取得し、それをもとに作成したプロンプトに生成AIが回答すること)が提案されています。その先には、企業の社内データを使ってAIに追加学習させるファインチューニングの方向に向かっていくとされています。これは、企業であれば検索結果に自社データを使うわけですよね。それによって、情報の正確性を担保し、信頼を得ていく。対個人でも同様に、その人しか知り得ない過去の思い出とか、過去の何らかの語彙や概念を使って生成AIが話をすることで信頼される、ということは想定されるでしょう。いわば“パーソナルRAG”や”パーソナル・チューニング”と言えばいいんでしょうかね。今は企業の中のデータのことを指していますが、ユーザー優先型のRAGやチューニングを個人でやるようなトレンドになると見立てています。
西村
生成AIを提供する企業倫理が問われる時代になりそうですね。今のお話ですと、ユーザーの持っているスマホの中に生成AIがパーソナルエージェントとして現れるような、生活者のパーソナルなシーンで出てくるイメージを持ちました。生成AIと生活者の関係が、信頼できる新しいソーシャルグラフのネットワークを作っていき、それを通じて生活者の行動にも影響を与えていくという見立ては、広告やマーケティングのあり方も変容していく可能性があり、非常に示唆深いなと思いました。
澁谷
語彙や思い出、と言いましたが、1つの例として私の研究の中では「結合性」と呼んでいるものがあります。例えば、「犬を飼っているので、この自動車は使いやすい」という誰かのクチコミがあったとき、その人が「犬を飼っている」という属性と「この自動車は使いやすい」という価値との間には、一種の因果関係があるわけですが、これを「結合性」と呼びます。そこでそのクチコミを見ている生活者にとって「犬を飼っている」という同じ属性が重要であればあるほど、まだその自動車に乗っていない人であっても、「この自動車はきっと使いやすいに違いない」というように、他人、つまりクチコミの発信者の経験を自分の未来の経験に当てはまるだろうと予測します。このプロセスは帰納推論と呼ばれます。つまり似ている人同士の間で、片方の人の経験の中に述べられた結合関係を介して、その人の過去の経験がもう片方の人の将来へ帰納推論の形で伝播するのです。このように、その人にとってかなり重要な思い出や経験を、その人の過去の中から引き出して同調していくことで、思い出や経験の中でセットになっている属性と商品・サービスを推薦するという方法論が実験でも効果がありました。私は生成AIが作り出すエージェントの1つの究極はそこだと考えているのですが、人間から情報を引き出さないと、その人の大事な思い出や経験に基づいて、何かを推薦するという構造は作り出せません。

クロサカ
もしかすると、人間から情報を引き出す、という役割はビッグテック企業ではなくもっと違う事業者が担った方がいいのかもしれないと感じました。非常にパーソナルな情報を扱うことになると思いますし、プラットフォーム事業者とは分かれていた方がいいのかもしれませんね。
澁谷
今はまだ理論モデルの話しかしておらず、いざ実装を考えるとなると、確かにさまざまな問題があると思っています。まずユーザー側のエージェントに個人の細かな情報を本当に渡していいのかはかなりセンシティブな問題です。ユーザー側にとっての利点と企業のマーケター側の利点。これらのバランスを考えないと、社会実装の面では非常に問題だと思います。
クロサカ
インタレストグラフとソーシャルグラフは、コンピューターサイエンスの視点だけで考えるなら、一元化した方がより効率的かつ機能的なものができると思います。分かれているよりも、ひとつの上に乗っている方がどう考えても簡単だからです。インタレストグラフとソーシャルグラフはもともと重なっていない別のものですが、両者がなんらかの形で重なったりにじみ合うことで、それがマーケティングに置き換えればセレンディピティ(幸運な偶然)みたいなものにつながっていくのかもしれない。だからこそ、それが新しい喜びや価値になるのだと思いますが、 我々は果たして、興味・関心に基づいたインタレストグラフのつながりと、社会的な対人関係のソーシャルグラフが密結合したままの状態をどこまで耐えられるのか、という観点も考えなくてはなりません。

澁谷
確かに普段は、両者が交わらない方が疲れないかもしれないですね。

社会実装の次に問われるのは、生活者が許容できる「境界線」

西村
生成AIのポジティブな活用イメージとして、インタレストグラフをベースにして、例えば政治に興味がない人の政治参加を促せるかもしれないといった希望もあります。インタレストグラフを起点にインクルーシブな広がりを見せていくことで、徐々に社会参加を促したり分断を超えたりする。そして、新たなソーシャルグラフが形成されていく―そういうポジティブサイクルを回していく必要があると思いました。
澁谷
実は、例えばアラブの春における「行動を促すラストワンマイル」で言うと、ソーシャルグラフを含めて“説得された“ことでムーブメントが大きくなったんですよね。インタレストグラフは情報が伝わるだけなので、それを「知っている」という状態にはなっても、説得はされません。インタレストグラフは自分から興味ある情報を取りに行く世界の話なので、生成AIの側から無理やり伝わってくるインタレストグラフだと全然伝わらない。ですから、インタレストグラフをソーシャルグラフ側に巻き込んで、ソーシャルグラフで説得する。要するに、説得したい人たちの周りの友人・知人も含めて巻き込む形にしないと、人々の行動や意見は変わらないということです。
西村
生成AIが自分のエージェントとして、身近な人たちが誰かということを特定していたりすると、周囲の知人が参加するセミナー情報を知ったとき「自分も行かなくては」と思うようなことが起きるかもしれないですね。クロサカさんもお話されていましたが、パーソナルな情報の取り扱いについてはガバナンスの必要性も含めて、政府から公開されている「AI事業者ガイドライン(案)」にもある「適正利用」の整理につながってくるかもしれないですね。
クロサカ
何かインシデントに近いものが発生した際に、どういう線の引き方をすれば生活者が受け入れてくれるのか。それに加え、機能性との対峙をどうクリアしていくのかという点も考えていくことが重要で、線が濃く太く制限的になってしまえば、生成AIは使い物にならないものになってしまう。生活者の潜在意識に近いところで理解できる、許容できる「境界線」はどこなのかを見定めるのが社会実装の次に問われる新しい課題であり、その課題が2024年から、各方面で問われはじめるんだろうなと。

生成AIは生活者を守るエージェントであってほしい

西村
最後に、生成AIの進化によって、生活者の暮らしがどう変わるのか。どんな良い影響を与えていくのかについて、澁谷先生の所感をお聞きできれば幸いです。
澁谷
ここまでの話は、生活者に寄り添っているそれぞれの生成AIエージェントを企業のマーケターの側から見た観点です。一方で今後の話をすると、エージェントは基本的に“生活者を守るエージェント”であってほしいと思っています。それは、私がビジネスクールで常に感じているジレンマと同じだと感じます。私はビジネススクールで「マーケティング」や「消費者行動」を教えますが、両者は言ってしまえば相反する内容もあるわけです。片方では「こうやって消費者を説得しよう」と講義しつつ、他方では「消費者はこういう情報には騙されてはいけない」などと議論しています。でもやはり、基本軸としては私たちもAIも“生活者第一“を守るべきです。生成AIにも、生活者が一番大切にしているものを守る、情報の取捨選択を生活者側に立って判断できるエージェントになってほしいと、切に願っています。

西村
プラットフォーム側をどうガバナンスするかというお話はこれまでも伺ってきましたが、生活者を守るAIというのは今まで出てこなかった観点でした。嘘をつかないというのはもちろん、情報の取捨選択がエージェントの重要な役割になるというのは、非常に良い示唆だと感じました。
澁谷
生活者側に立ったAIエージェントが、幼少期からお年寄りになるまで人間を守っていく。特に年を重ねてくると、本当にエージェントの助けが必要になるでしょう。生活者の側に立った、 生活者を守ってくれるエージェントでないと信頼できないですし、そこの線引きをどうしていくかが問われてくるのではないでしょうか。
西村
データを持っている生活者だからこそ、データプライバシーの文脈、およびプライバシーテックの活用もあらためて重要だと思いました。
澁谷
AIエージェントの開発も、おそらくそのせめぎ合いになっていくでしょう。そこから社会的な最適なバランスが次第に見出されていくのかもしれませんが、そこに至るまでにいろいろな失敗が積み重なっていくと考えています。
クロサカ
AIの父と呼ばれたミンスキー教授は、「AIのエージェントを作るためにはコモンセンスが必要」だと言いました。自分の言葉や経験、知識というものを反映させようとしても、それらは誰かとの対話の中でしか生まれないからこそ、コモンセンスが必要なんだと。そこから共有知が生まれ、常識が生まれてくる。それをどうシステムとして体系化していくかを、ミンスキー教授は1970年代ごろから提言していたわけです。問題提起は以前からされていて、生成AIが発達したからこそ人間にその問題が突きつけられ始めている。次のイノベーションという意味で考えると、生成AIの普及が進んだときに痛い思いをする人は当然出てくる。それでも、いかに痛みを緩和させたり減らしたりしていくのかという視点で、生活者側のエージェントのあり方をどうしていくか。そうした議論を今まさに始めなければならない時代だと感じています。
澁谷
企業のマーケター側と生活者側の両方のバランスを見られる、中立の機関が必要なんでしょうね。社会システム側で生成AIをどう受け止めるかを考えていくことが、いよいよ重要になってくると思います。
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  • 澁谷 覚氏
    澁谷 覚氏
    早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
    東京大学法学部卒業、東京電力(株)に勤務。慶應義塾大学でMBAを取得。同社退社後に慶應義塾大学で博士(経営学)を取得。新潟大学助教授、東北大学教授、学習院大学教授、レンヌ第一大学ビジネススクール客員教授等を歴任。学習院大学では2020~21年に国際社会科学部長を務めた。2022年より現職。
    この間、情報通信サービス、IT系を中心に、食品、住宅、エンターテインメント等多くの企業において、特にデジタル・マーケティング戦略、顧客分析、ブランド構築、人材育成等の策定、実行支援を数多く経験。日本消費者行動研究学会会長、日本商業学会『JSMDジャーナル』編集長、日本マーケティング学会『マーケティングジャーナル』副編集長、等を歴任。
  • クロサカ タツヤ氏
    クロサカ タツヤ氏
    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授
    株式会社 企(くわだて) 代表取締役
    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
    三菱総合研究所を経て、2008年に株式会社企(くわだて)を設立。
    通信・放送セクターの経営戦略や事業開発などのコンサルティングを行うほか、総務省、経済産業省、内閣官房デジタル市場競争本部、OECD(経済協力開発機構)などの政府委員を務め、5G、AI、IoT、データエコノミー等の政策立案を支援。
    公正取引委員会デジタルスペシャルアドバイザー。
    Trusted Web推進協議会タスクフォース座長。
    オリジネーター・プロファイル技術研究組合事務局長。
    近著『5Gでビジネスはどう変わるのか』(日経BP刊)、『AIがつなげる社会』(弘文堂・共著)他。
  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
    株式会社Data EX Platform 取締役COO
    The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
    株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
    2019年より株式会社Data EX Platform 取締役COOを務める。2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。