データ・クリエイティブ対談【第13弾】 分子調理学から3Dフードプリンタまで。食を科学するとは(後編)ゲスト:宮城大学 石川伸一教授
宮城大学の石川伸一教授をたずね、データサイエンティストの篠田裕之が「食」をテーマに話をうかがう『データ・クリエイティブ対談』第13弾。後編では、食における体験の重要性や、3Dフードプリンタの未来の活用法などについて語ります。
★前編はこちら
生理的なおいしさと理性的なおいしさ、好きなものと身体に合うもののせめぎ合い
- 篠田
- 先生はさまざまな食の研究をしていらっしゃいますが、そういった経験を重ねることで食の好みは変わるものですか?
- 石川
- たとえば野菜の育て方を知ったり、知識が増えることで食卓に取り入れたいなと思う気持ちは強くなる一方、やはり本能的においしく感じるのはエネルギー密度の高いコッテリしたもの。生理的なおいしさと理性的なおいしさがたえずせめぎ合っている感じです。最近は理屈で食べるのって果たしておいしいのか、純粋においしいもののほうが価値があるんじゃないかという気もしていて。どこ産の、誰がつくって、というタグがたくさんついていることが果たしていいことなのかな?という気もしているところです。
- 篠田
- 僕は遅延型フードアレルギー検査やマイコトキシン検査、有機酸検査などを年に一回受けていて、最新の自分の取扱説明書を得るようにしているんです。
たとえば、自分はタケノコやブドウが体質的に合わない。逆に僕はビタミンB12が常に枯渇しやすいのでメンタルが弱ったときはしっかり魚介類を食べるべきとか。だから大事なプレゼンテーションがある前はタケノコを避けよう、と。ひとりで食べるときはそういった指標で食を選択していますね。一方で、僕はタケノコが体質的に合わないにせよ大好きなんですね。また僕の母親は牡蠣が好きですが体質的に合わないようです。自分が好きなものと身体に合うものって違うんですよね。先生は一致していますか?
- 石川
- ラーメン食べたいけど、家族のストップが…(笑)。でも、そんなに乖離していないと思いますね。
- 篠田
- 僕がタケノコに求めている食感や舌触りをほかの素材で置き換えるというのは、もうできることなんでしょうか?
- 石川
- 3Dフードプリンタでつくって、その人の好みに合わせた食感などを再現することは可能ですね。でも、ほぼタケノコのものが人工的につくれたとしても、やっぱり天然のものが食べたいと思うかもしれない。食べたいタケノコは物質なのか、イメージなのか、雰囲気なのか、そんなことを考えだすとむずかしいですね。哲学的で。
- 篠田
- おいしさって人によって違うから、本当の意味では共有できないというのがマーケティングでもむずかしいところですよね。多くの人がおいしいと感じるものはあるけど、おいしさのグラデーションは人それぞれ。体験として「いっしょに食べておいしかったね」という記憶は共有できるかもしれないけど。
- 石川
- 五感を使って食べるので、その複合技だからこそむずかしいですよね。
戦後に生まれた団欒の概念はもはや当たり前に。食に求める「体験」の重要性
- 篠田
- 先生は食を取り巻く環境的なアプローチも研究しているんですか?
- 石川
- 食べる環境を変えて心理的な調査を行うことはあります。同じ食べ物でもどんな空間で誰と食べるかでもちろん変わってきますよね。
- 篠田
- 先生の著書で、団欒というコミュニケーションしながら食事をとる行為は人間特有のものだと書いていらして、それがとても興味深いと感じました。
- 石川
- 歴史を紐解いたり、世界の他の文化を見てみると、共食は決して当たり前のことではないんです。それでもやはり、一人で食事をするのはさみしく感じる方もいる。学生にきくと、一人のときは誰かが食事をしている動画を見ると言っていました。それもある種の共食なのかもしれませんね。
- 篠田
- 背景音としてテレビをつけるという人もいて、なるほどと思いますよね。
コミュニケーションをとらなくても人の気配が大事。
僕はコロナ禍のとき、とある企画で自分の部屋の壁にプロジェクターで同僚が歩いているような映像を投影して仕事をしながら脳波を計測してみたのですが、適度な人の気配はむしろ集中力が高まるんです。もしかしたら安心感も得ているのかもしれない。食においても同様ですね。コロナ禍でオンライン飲みが一時期流行りましたが、リアルの食の体験とはやはり異なる。リアルでは、そもそもレストランに行くための服装などの準備が必要ですし、場自体が普段と異なるためそれが自分のマインドに影響します。場につくと音楽や他のテーブルの会話、スタッフの声などが活気として伝わってくる。逆に言うとオンラインでもいかにそういう空気感を提供できるかは考えどころなのかもしれませんが。そういう意味で、僕が食に求めるのは環境も含めた体験なのかもしれないですね。
機械がつくることに意味がある、3Dフードプリンタの活用法を見出したい
- 篠田
- 最後に、先生がいま注目していることや、これから取り組んでいきたい分野があれば教えてください。
- 石川
- たくさんありますが、いま3Dフードプリンタの研究をやっていて、いろいろな造形や成分、味はつくれるのですが、結局「なにをつくったらいいか」というのが一番むずかしいと感じています。わかりやすい例として、介護食は、咀嚼や飲み込むのがむずかしい方に向けてやわらかくつくるといったことで社会的にも意味があること。
変わった造形をつくって高級料理として出すということも意味があるかもしれません。でもそれは、言ってしまえば人間でもできることですよね。3Dフードプリンタの活用について、データサイエンティストとして何かアドバイスありませんか?
- 篠田
- 各プロジェクトにおいて、あえてテクノロジーやデータを活用する意味はあるのか、ということはまさに僕自身も常日頃、業務で自問していることです。
直接的なお答えになっているかわかりませんが、僕がこれまで関わってきたデータ活用事例を思い返しながら話しますと、「テクノロジーの存在を生活者が認知すべきか否か」という観点があります。データやテクノロジーによって表現が変わる場合、生活者の印象に直接影響します。
一方で例えばレコメンドエンジンの精度が少し向上するということは生活者が直接気づかないかもしれませんが、体験に知らず知らず影響してきます。3Dフードプリンタによって、最終的な料理の見た目が変わるということだけではなく、見た目は同じだけど調理過程を抜本的に変えることができることで食の体験を変えるようなことができるかは気になりました。
近年、生成AIが一気に進化したなかで、生成AIの出す文章や画像など直接的なアウトプットが注目されがちですが、中間過程に生成AIを活用しているという事例も今後増えてくるかもしれません。
- 石川
- たしかに、ただ画像生成AIで外観をつくって3Dフードプリンタでつくってしまう、ということではその過程にある重要なことを見落としてしまうかもしれない。
- 篠田
- いや、今日は本当に話が尽きなくてすごく勉強になりました。さいごに、先生の実験室を見学させていただいでもいいでしょうか?
- 石川
- 是非どうぞ!
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石川 伸一氏宮城大学 食産業学群 教授東北大学農学部卒業。東北大学大学院農学研究科修了。日本学術振興会特別研究員、北里大学助手・講師、カナダ・ゲルフ大学客員研究員(日本学術振興会海外特別研究員)などを経
て、現在、宮城大学食産業学群教授。専門は、分子調理学。関心は、食の未来学。
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株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。