Z世代の意思決定行動から考える、不安定な時代の人と情報の関係 博報堂若者研究所×ヴァリューズ 共同研究 レポート 前編
WebやSNSの普及によって日々膨大な情報が飛び交う現代。VUCAの時代と呼ばれるように未来の見通しを立てることはますます難しくなっています。そんな時代を生きるデジタルネイティブのZ世代の若者たちは、普段の生活でどのように情報に接して、意思決定をしているのでしょうか。そこから不安定な時代の人と情報のあるべき関係を考えるためのヒントが見えてくるかもしれません。
本稿では、「意思決定行動」という大きなテーマを考えるための入口として、若者にとって身近な「旅の計画」を題材に、学生研究員の若者と一緒に未来の暮らしを考える博報堂若者研究所(以下博報堂若者研)とWeb上の行動ログデータから生活者のニーズを読み解く株式会社ヴァリューズ(以下ヴァリューズ)の共同研究の内容を前後編に分けてお届けします。
前編では、今回の2社の共同研究の取り組みの狙いと、博報堂若者研がリードした、オートエスノグラフィの手法を用いて若者の行動や価値観を分析・議論した「旅と計画」探索活動の内容、そこから見えてきた若者の情報収集や意思決定に関する行動や価値観について紹介します。
共同研究の狙い データ×当事者の視点から導く若者のリアル
博報堂若者研では、「若者と、未来の暮らしを考える」を活動方針に掲げ、都内の大学生を中心とした学生研究員と一緒に、時代の変化の兆しや未来の可能性について探求しながら、企業のブランディングやイノベーションの支援をする活動をしています。変化の兆しを捉え言語化することに長けた学生研究員との対話をする※学生会議を通して、若者の行動や価値観について表面的な理解に留まらず、深く掘り下げていくというアプローチをしていることが特徴となっています。一方、ヴァリューズは、250万人規模のWeb上の行動ログデータを活用して、Web上の行動実態に基づいた生活者の行動分析やマーケティング支援などの事業を展開する会社です。定性的な当事者の視点や語りと定量的なWeb上のログデータ、異なる2社の強みを掛け合わせることで新しい発見が生まれるのではないかという狙いから今回の共同研究がスタートしました。
※学生会議・・・博報堂若者研究所が運営する都内の大学生を中心にした20~30人程度の若者たちの会議体
「旅と計画」の探索から見えてきた 若者の行動計画と背景にある価値観
今回、博報堂の若者研が実施をした「旅と計画」探索ワークショップは、20名程度の学生研究員を対象に、自分たちが行った旅について、経験したこと、考えたこと、気づいたことなどを記述する「旅の計画についてのオートエスノグラフィー」と、自分たちの世代ならではの計画の特徴について考えてまとめる「若者と計画についての背景分析」の2つの課題に事前に取り組んでもらい、その内容をもとに対話を通して、行動の意味や背景にある価値観などを深掘りをするという流れで進めていきました。
これらの取り組みを通して見えてきたことについて、博報堂若者研の岩佐数音は、実際の若者の旅の計画の際の情報収集行動と意思決定の背景を初期(旅マエ)、中期(旅マエ)、後期(旅ナカ)の3つのパートに分けて紹介をしています。
初期(旅マエ):たくさんの情報をインプットをする
初期(旅マエ)において、印象的だったのは「たくさんの情報をインプットをする」という行動です。旅の計画の初期の段階では、「水平的に×雑にたくさん情報をインプットすることで情報を身体になじませていく」 という特徴的な検索行動と、背景にある若者たちの「 失敗してもいいけど後悔はしたくない」という思いが見えてきました。
友人と2人で箱根観光に行った若者は、Google Mapsで旅館の位置を把握して、周辺の観光スポットを検索。その後、Instagramの地図機能や#機能を使って検索をして候補をピックアップしています。ここから、複数のメディアを掛け合わせて視点を変えながら検索をしているということが見えてきます。複数のメディアを掛け合わせて情報収集している点を「水平的」です。
こうした行動に対して若者たちはどのような感覚を持っているのでしょうか。ある若者は、「たくさん雑にインプットすることで、自分の身体になじませる感覚がある」と話していました。大量の情報に触れることで、単純に情報量が増えていくというだけではなく、自分の中で乗りこなせるものになっていくという感覚があるようです。
また、たくさんインプットをする理由を探っていくと、若者たちの「失敗してもいいけど、後悔したくない」という思いが見えてきました。
幼馴染を訪ねて大分に行った大学生からは「インターネットが発達しているので、多様な選択肢を見ることができる。 たくさん検索しているから、自分の選択がベストだという自信が持てる 」という意見がありました。技術の進化によって情報探索コストが下がった結果、様々な情報を網羅的に調べて比較をすることが簡単にできるようになりました。そんな中、たくさんの選択肢にふれて、ある程度の情報を見尽くしたと自分の中で思えることが意思決定をする際の自信に繋がってくるのかもしれません。
こうした若者の価値観について岩佐は「最近Z世代の特徴を表すキーワードとしてタイパ=タイムパフォーマンスという言葉が流行っていますが、若者と話していると自分の持ち時間の中での体験をどれだけ最大化できるかということが、具体的な生活レベルに落ちて来ていることを感じます。そうした背景も『失敗してもいいけど、後悔したくない』という思いに繋がっているように思います」と見解を述べています。
中期(旅マエ):「北極星」が決まっていく
次に、中期「旅マエ」の旅行先や旅の目的を決める段階の行動について考えます。中期の段階からは、たくさんインプットをするものの細かい計画は立てない、大きな方針=「北極星」を決めることで「自分たちらしさ」とその後の合意のしやすさを担保するという特徴が見えてきました。
高校の同級生8人と卒業旅行に行った学生の声でこんなものがありました。「日程を決めたは良いものの、場所の候補がありすぎて全員ゲンナリとしてしまう。 そんな時『テントサウナ付きのエアビーあるんだけど』と一人が言い出す。 『これだ!!』 今回の旅のテーマが決まった」
ここでは「テントサウナを楽しむ」ということがみんなの旅の共通認識になったようですが、このような旅の目的をここでは「北極星」と表現しています。若者にとって「北極星」は、心がときめくもの、気分があがるもので、それが計画の大きな枠・選択の軸になっていきます。また、中高の友達と香川に行った学生からは「わざわざ話し合わずとも、 なんとなく目的が見えてくる」という意見がありました。つまり、旅の目的=「北極星」は誰かが決めるというより、なんとなく見えてくるという感覚があるのではないかと考え、そうした特徴を「決まっていく」と表現しました。
こうした行動の背景に感じられるのは、若者同士の他者への気遣いや気持ちの読み合いです。若者の友人とのやり取りはテキストでのコミュニケーションが中心。そうした環境の中、相手が本当はどう思っているのかという場の空気を敏感にキャッチして、仲間の誰かに負荷がかかりすぎないように常に配慮している様子が見受けられます。また、途中で状況が変わることを前提としていて、無計画と計画の中庸を取っているようにも思えます。
また、その後の学生の行動として、日程・ホテル・旅行のテーマなど枠は決めるが、枠の中=細かい計画は決めないという特徴も見えてきました。なぜ若者はそのように一見不便に思えるような行動をするのでしょうか。背景には3つの理由があるのではないかと考えています。
一つ目の理由は、事前のチャットベースでは探り合いになって決めきるのは難しいということです。GWに大分に5人旅をしたという学生からは、「LINEやDMでは言いづらいことは 当日に後回しにしちゃう。 自分だけ張り切っている感じになりたくないし、誰かに負担が集中するのも嫌だから。もめたくないし、責任の分担は基本的に曖昧にすることが多い」という声がありました。事前の段階だとメンバーの間で温度差があるので、誰かが浮いてしまうことや他の人に負担が集中することにつながってしまう。そうした状況を避けるために、あえて事前の段階では責任を曖昧にして、その後の持続的な関係を保とうとしている。そんな意識があるのではないかと考えました。
二つ目の理由は、「たくさん候補が見える分、選択は後悔を伴うので「コスパ」が悪い」ということです。初期の段階でたくさんインプットをしていると、選択をした際に選ばなかった選択肢も見えてしまうという状況が生まれます。そうした中で、選ばなかった選択肢への後悔を引きずらないために、自分たちが一番ときめくもの=「北極星」だけを決めて、後はできるだけ選択をしなくて良い状態をつくろうとしている。そのような様子が見えてきました。
三つ目の理由は、「他人の経験がつぶさに見える分、自分たちらしさの担保にシビア」ということです。学生の声に「SNSで身近な人から見知らぬ人まで様々な人の旅の過ごし方を知ることができるようになった分、他の人が経験したことが、 自分の経験のように感じることがある」「絵にかいたような旅行をするよりも、自分たちらしい旅行や遊びをする方が楽しいし思い出にも残りやすい」という興味深いものがありました。
日常から様々なメディアを通して他人の旅行の様子に触れることができるため、何をやるにしても既視感が生まれる現代の若者たちにとって、「自分たちらしいもの」や「ときめくもの」を探すことのハードルはますます高くなっているのかもしれません。だからこそ、若者は、細かい行動単位で決めていくのではなく、大きなテーマや目指すべき方向性として「自分たちにとって新しいかどうか」を意思決定の判断軸にしているのかもしれません。
後期(旅ナカ):その場を楽しむ。その場で決める
最後に、後期「旅ナカ」の行動について考えます。
キーワードは「その場を楽しむ。その場で決める」。後期の実際に行動を起こす段階の分析からは「気持ちの鮮度と場や友人との温度感を重視してその場で楽しむ、決める。 自分たちの精神的安定を維持できるレベルの計画を立てる」という特徴が見えてきました。
誕生日の友達と大阪旅行をしたという若者は、「旅行先のカフェで計画を立てる予定だったが、その計画に縛られたくないため、次の行動はその時考えるスタイルにいつの間にか変更した。 時間の空白を突飛なことで埋めるのが楽しい。 計画から逸脱するほど、 解像度が高くないほど、ゆるいほど、楽しい」と言います。また、幼馴染を訪ねて大分に行った若者は「当日まで何するかなんて決まってない。 そもそも、計画を立てることは、何日に行く、何日に帰る。しかしない。隙間という空白を作っておいて、 発見やその場での感覚によって 変化する状況が面白い」と話していました。こうした意見から若者たちは旅の計画についてかなりの部分を現地で決めていることが分かります。
では、何を基準に意思決定をしているのでしょうか。背景には2つのポイントがあります。
一つ目は、自分の「気持ちの鮮度」と「期待値」のバランスです。若者からは、「この瞬間を逃すと 何か楽しいことを一つ無駄にしちゃうかもという感情が、即行動に移させる」「思った瞬間が一番新鮮で時間をおいてしまうと期待が発生してしまう。すぐに行動したら期待値が低いので、 『しょうがない』『思ってたより良かった』と ポジティブでいられる」という声がありました。若者がその場その場での自分の感情を大切にしていることが分かります。
二つ目は、「その場や友達との温度感」を反映したいという感情です。学生からは「時間が進むにつれて疲労度が増すと お互いのテンションが下がり 考えることが面倒になってくる。 『まあこれでいっか』の頻度が高くなり、こだわり意識が薄れてくる。 だから自分達の精神的安定を 維持できるレベルの計画立てが大事」「旅行中は、その場での友人との温度感をライブ感を持って反映していきたい 」といった声がありました。
旅に限らない、若者の「計画全般」に関する意識
初期の情報収集の段階では、「後悔をしたくない」という思いからしっかりと準備をするためにたくさんの情報をインプットする。中期の計画の段階では、「自分たちらしさ」、「合意のしやすさ」を担保するために大きな方針を決める。後期の行動を起こす段階では、「気持ちの鮮度」や「友人との温度感」を重視してその場を楽しむ。今回のワークショップ全体を通して、たくさんインプットをするが、大きな方向性を決めた後はあえて細かい計画をせず、その場の成り行きに任せるという若者の姿が見えてきました。議論の中で、これらは旅に限らず、若者が情報を収集して計画を立て行動をする際にある程度共通して見られる特徴であることも見えてきました。
また、岩佐はこうした行動の背景に「『気分や社会の状況によって未来は変わるのに 計画を立ててもしょうがない』という若者の価値観があるのでないか」と指摘します。
Z世代は、スマートフォンやSNSの普及、東日本大震災、コロナ禍等生まれた時からずっと
社会の根底が覆るような出来事を経験しながら生きてきた世代だと言えます。だからこそ、先の見えない不安定な時代に賢く生きるために、このような価値観が育まれていったのかもしれません。
今回の共同研究全体を通して、特に印象的だったのは、こうした不安定な社会を生きる若者たちが意外とネガティブではないということです。今の若者は多動的で軸が定まっていないと批判的に捉えられることもありますが、実は変化を前提とした不安定な社会を乗り越えるために、彼らなりの方策を生み出していると考えることもできそうです。その場で新しい前提をつくっていくというライブ感を楽しむような彼らの価値観は、もしかすると未来の社会のスタンダードになっていくのかもしれません。若者との対話から、そんな希望を感じることができました。
後編では、引き続き「旅の計画」をテーマに、ヴァリューズの持つWEB行動データを活用して行動実態を客観視しながら、若者研究所の学生会議のメンバーで若者の計画や意思決定行動について深掘りした内容と、そこから見えてきたこれからの未来の社会への示唆について紹介します。
※本記事は共同研究結果から実施したヴァリューズ社主催セミナーの内容をもとに再構成しました
構成・記事執筆:金井塚悠生
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株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン
イノベーションプラニングディレクター/若者研究所 リーダー法政大学社会学部社会学科卒。2007年(株)博報堂に入社。マーケティング局にて多様な業種の企画立案業務に従事した後、2010年より博報堂ブランド・イノベーションデザインに加入。ビジネスエスノグラフィや深層意識調査、未来洞察など様々な手法を用いて、ブランドコンサルティングや商品・事業開発の支援を行っている。
2012年より東京大学教養学部「ブランドデザインスタジオ」の講師、大学生のためのブランドデザインコンテスト「BranCo!」の運営など、若者との共創プロジェクトを多く実施し、2019年より若者研究所リーダーを兼任。
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株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン
イノベーションプラニングディレクター/若者研究所 研究員デザイン・リサーチ、ブランディング、グローバルプロジェクトマネジメント等の経験を活かし、機会発見から実装までを探索的な視点で支援している。学生向けブランドデザインコンテストBranCo!の主催や、若者研究所としての研究活動も行う。
現職以前は一般社団法人i.clubにて、高校生向けイノベーション教育プログラムの開発・運営、地域資産をてことした食品の開発・販売に従事。
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小幡 のぞみ株式会社ヴァリューズ
アシスタントマネジャー/マーケティングコンサルタント新卒でヴァリューズに入社しマーケティングコンサルタントとして製薬・食品・不動産など、様々な企業に対してマーケティング支援を行っている。
学生時代には、弊社オウンドメディアにてマーケターへのインタビュー記事・学生視点での業界分析記事を執筆。