スタッフコマースの可能性【第3回】 生活者に愛されるショート動画のつくり方とは
企業の社員や販売店のスタッフが商品の紹介をするマーケティングの新しい手法、スタッフコマース。そこでの活用が急速に進んでいるのが、縦型で長さ1分未満のショート動画です。SNSに投稿する感覚で情報発信できるショート動画ですが、そのつくり方にはいくつかのポイントがあります。ショート動画配信支援ソリューション「ザッピング」を提供しているファナティックと博報堂DYグループのメンバーによる「スタッフコマースチーム」が考える、「生活者に愛されるショート動画」のつくり方とは──。
和順 桂
アイレップ ソリューションビジネスUnit
佐藤 羽夏
アイレップ ソリューションビジネスUnit
野田 大介氏
ファナティック 代表取締役
谷 純一郎
博報堂 DXソリューションデザイン局
岡本 和久
博報堂 DXソリューションデザイン局
発信者と生活者、それぞれにとってのショート動画のメリット
──スタッフコマースでは、縦型ショート動画が脚光を浴びており、活用が進んでいます。ショート動画と従来のウェブの動画との違いはどのような点にありますか。
- 谷
- 動画をつくって配信する側から見ると、これまでのウェブ動画と比べて手間をかけずにたくさんの動画を制作できるのがショート動画の大きなメリットです。一方の生活者にとっては、一つ一つの動画が短いので、ちょっとした空き時間などに気軽に見られるという利点があります。
- 野田
- これまでのECサイトでは、生活者に能動的な行動を課し続けるものも見られました。商品一覧ページから商品を選択し、それを見終わったらまた商品一覧ページに戻る、というアクションを繰り返す必要があるというのはエクスペリエンスとして、生活者に少なからず負荷がかかっているかと思います。しかし、ショート動画は自動で連続再生されるし、動画内のリンクから直接商品購買ページに飛ぶことも可能なので、生活者の負担が非常に少なく、没入感を維持したまま買い物を楽しめる。それがショート動画をECサイトで活用する大きなメリットだと思います。
──Z世代の人たちにとっては、縦型ショート動画がかなり身近になっているのでしょうか。
- 佐藤
- この数年で、若い世代が縦型ショート動画に触れる機会はとても増えていると思います。一日のメディア接触時間の中で、ショート動画を見ている時間が一番長いという人も増えているのではないでしょうか。ショート動画はスマートフォンでは画面全体に表示されるので、没入感があって、メッセージもストレートに伝わってくると感じます。
- 和順
- 移動時間や隙間時間に見るには、ショート動画はちょうどいいですよね。
──ショート動画は制作の手間が少ないぶん、生活者とのコミュニケーションの頻度を上げられるツールであるとも言えそうですね。
- 野田
- そのとおりです。これまでの動画は、テキストや静止画と比べて情報量が多い反面、制作や運用の負荷が相対的に高く、たくさんつくって頻繁に配信することがなかなかできないという課題がありました。その点ショート動画なら、現場の販売スタッフなどがスマホで撮影できるので、動画の数を増やして、顧客とのコミュニケーションを活性化させることが可能になります。
動画の「切り口」をどう考えるか
──クリエイティブ視点で見た場合のショート動画の制作ポイントをお聞かせください。
- 野田
- 最も重要なポイントの一つは「切り口」だと思います。スタッフが登場するのか、顔は見せずに解説だけをするのか、商品にフォーカスするのか、人にフォーカスするのか──。どの切り口がいいかは、商品のカテゴリーや企業の方針などによってまちまちです。
大切なのは、切り口を一つにせず、さまざまなパターンを試してみることです。店頭での接客の場合、お客さまの反応を見ながら接客パターンを変えたりしますよね。それと同じで、動画の内容とそれを見る人の相性もさまざまです。見る人の多様な嗜好性や感性にマッチするように、いろいろなタイプの動画を用意すること。それが何より重要だと思います。またそれによって、どのような動画が一番見られて、どのような動画が一番売り上げに貢献するかといったナレッジを蓄積することもできます。
- 谷
- 切り口を考える参考として、ショート動画のクリエイティブアイデアマップをつくりました。「共感できる」「意外性がある」「話題性がある」など、切り口を6つのカテゴリーに分け、さらにそれぞれのカテゴリーを要素に分割して、合計35項目の中から動画制作のヒントを見つけられる。そんなマップです。
先ほど話したように、ショート動画のメリットは手間をかけずにたくさんの動画をつくれる点にあるわけですが、動画づくりのアイデアが無尽蔵に出てくるわけではないと思います。そこで、アイデアが出てきやすくなるようなフォーマットをご用意して、動画制作に役立てていただこうと考えました。
それに加えて、動画制作時に気をつけておくべき9つのポイントも用意しました。「最初の3秒で注意を引く」とか「サウンドの力を利用する」といったごく基本的な内容ですが、これまで動画をつくったことがない方々にとっては有用なTipsになると思います。
- 野田
- ショート動画制作の課題の一つが、「かたよる」点にあります。一つパターンができると、どうしてもそのパターンのつくり方を踏襲してしまうわけです。そうすると、生活者が既視感のある動画だけをつくってしまうことになります。その点、このようなアイデアマップやTipsがあると、要素の掛け合わせでさまざまなタイプの動画をつくることができます。
以前のファナティックは、クライアントの企画づくりやアイデアづくりの支援まではできていませんでした。博報堂DYグループの皆さんとチームを組むことによって、クライアント支援の幅がぐっと広がり、ショート動画のポテンシャルを発揮してもらいやすくなったと感じています。
- 岡本
- もっとも、ショート動画のいいところは、生活者目線のコンテンツであるという点にあります。また、それがほかの広告やマーケティングを補完するという側面もあります。フォーマットを順守しすぎると、いい意味での「アマチュア感」が薄れてしまうので、僕たちが用意したマップをガイドとして使っていただきながら、できるだけ自由な発想でつくっていただくのがいいと考えています。
ショート動画の多様な活用方法
──ショート動画の「切り口」は、業種や商品カテゴリーによっても変わりそうですね。
- 谷
- そのとおりです。アパレルやコスメなどリアル店舗で展開している商品、不動産や自動車などの大型商材、保険や証券などの無形商材など、スタッフコマースの手法が使えるカテゴリーは幅広くありますが、それぞれに適した動画のつくり方があります。例えば、不動産や自動車の映像は、家の中を歩いたり、車内を移したりする映像がメインになるケースが多いのですが、視聴者にさらにメッセージとして伝えられる余地があると感じています。たとえば、ナレーションやテキストなどで情報を適宜補完してあげることで、伝えたいポイントを際立たせることができるかと思っています。一方、無形商材は商品そのものの画がないぶん、人の映像や語りがメインになります。その際に、同じ画角で撮影をし続けると、映像のなかでの動きが出づらくなってくるため、ビジュアルなどの工夫が求められます。これらのポイントをまとめて、業種や商品ごとに活用できる動画制作支援パッケージをつくってご提供していく予定です。
- 岡本
- スタッフコマースの目的によっても動画のつくり方は変わってきます。スタッフコマースは「売る」ためだけではなく、その企業で働くことのロイヤリティの向上や採用活動にも活用できる手法です。今後クライアントの皆さんとともに、目的ごとに最適な動画手法を見極めていく取り組みを進めていきたいと考えています。
- 野田
- 一方、「商品説明」だけでなく「店頭のような接客」をショート動画で再現していくことも可能だと考えています。これまでECサイトで表示される画像や動画は、商品を説明して購買につなげることが主な役割でした。しかしリアル店舗では、来店したお客さまに「いらっしゃいませ」とお声がけをした後にお話をして、商品をご提案し、買っていただいたら「ありがとうございました」とお礼を述べるといった一連のコミュニケーションがあるわけです。ザッピングのショート動画は簡単なhtmlタグを埋め込むだけで様々なページに表示可能なので、ECサイトのトップページに「いらっしゃいませ」というご挨拶とともに開催中のイベントや新商品のご案内をしたり、購入完了ページに「ありがとうございました」というお礼動画を表示したりと、店舗における一連の流れをECサイトでも表現できます。「商品説明」だけで終わらず「接客」に近づけていく、そんなご提案をしていきたいですね。
- 岡本
- それからもう一つ、オウンドサイトのスタッフ紹介ページとショート動画を連携させるのも有効な方法論だと僕たちは考えています。
従来の企業サイトのスタッフ紹介は、所属部署、年齢、経歴といった属性情報がメインになっていましたが、それぞれの趣味や価値観のようなものを動画で表現できるようになれば、生活者とのより深いコミュニケーションが実現すると思います。
- 佐藤
- スタッフの皆さんが好きなものとか休日の過ごし方などの情報があると、見る側としても「その人が推薦する商品を買いたい」という気持ちになりそうです。
- 和順
- スタッフの方々のファッションやインテリアの趣味などが動画で伝わって、自分と同じ嗜好性や価値観がある人がいることがわかれば、ぐっと親近感が増すと思います。そこからブランドとの継続的な関係が生まれるかもしれません。
- 野田
- 店舗に販売スタッフが100人いるとすると、そこには100通りの趣味やライフスタイルがあるわけですよね。それは企業にとってたいへん貴重なアセットであると言っていいと思います。その多様な趣味やスタイルが生活者との共通点や興味に重なれば、それが「引っ掛かり」となって、そこからその企業や商品に関心を持つようになる。そんな流れをつくれることがスタッフコマースの大きな可能性だと思います。
- 岡本
- 「商品軸」ではなく「人軸」で関係をつくるということですよね。
オウンドメディアや自社ECサイトで、商品名ではなくスタッフの趣味や嗜好性で検索して、動画を見てから商品を買う。そんな仕組みもつくれるかもしれません。
「エンタメ・コマース」としてのECをショート動画で実現する
──企業のスタッフコマース支援で、博報堂DYグループだからこそできることとは何でしょうか。
- 和順
- 例えば、通販などの事業の場合、販売スタッフは原則いらっしゃらないかと思います。そのような事業でスタッフコマースを展開する際は、外部のKOL(キーオピオニオンリーダー)やコアなファンを起用することが必要になります。
そのような人たちをアサインする力が博報堂DYグループにはあります。
- 佐藤
- KOLやファンを起用する際も、できるだけターゲットとなる生活者に視点が近い人を選ぶことが必要です。そのような「目利き」の力があることは博報堂DYグループならではと言えるのではないでしょうか。
- 岡本
- ショート動画配信後のデータ収集と分析に関しては、博報堂DYグループの中に専門チームがあります。感覚で動画を制作したり配信したりするのではなく、データドリブンなクリエイティブと動画展開を実現できること。それも僕たちの強みだと思います。
- 谷
- PDCAサイクルをスピーディに回せるのが、一発勝負の長尺コンテンツとは異なるショート動画の特徴です。例えば、冒頭のあいさつ文言や商品説明を変えていくつかのパターンの動画をつくり、それぞれ視聴データを分析し、より効果があると思われるものを残していく。そういったデータドリブンな手法をスタッフコマースの世界に定着させていきたいですね。
──スタッフコマースにおける動画活用の可能性は今後どんどん広がっていきそうですね。
- 野田
- 僕は、ショート動画によってECが「エンタメ・コマース」になっていくべきだと考えています。情報が氾濫している現在、情報をたんに「わかりやすく」伝えるのではなく、「楽しそう」と思ってもらえるように伝えていくことが求められるのではないかと。つまり、エンタテインメント的な発想が必要だということです。
考えてみれば、この数年で登場したライブ配信、ショート動画、メタバースなどはすべてエンタテインメントに起源があると思います。ライブ配信は音楽、ショート動画はSNS、メタバースはゲームから始まっていると思っています。それらのエンタメ要素をフルに活用して、買い物の楽しさをデジタルで伝えていくこと。加えて、店頭での接客ノウハウという貴重な資産を活用していくこと。それがこれからのスタッフコマースにおける重要な視点になると考えています。
- 谷
- スタッフコマースには、認知獲得から購買、CRMまでフルファネルで活用できるポテンシャルがあります。ファネルのどの部分でスタッフコマースを展開するかによって、必要とされる指標も異なります。各段階での指標をしっかり定義し、より効果的な動画のつくり方を見極めていく取り組みを、今後クライアントの皆さんと進めていきたいですね。
- 岡本
- これまで生活者にアピールする機会が得られづらかった地方店舗の販売スタッフや、商品開発などバックエンドで仕事をしている方々が動画に登場して生活者とコミュニケーションをとれるのも、スタッフコマースの大きな特徴です。企業の人材というアセットをフルに活用して、これまでになかったマーケティングコミュニケーションを実現するご支援に力を入れていきたいと思っています。
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アイレップ ソリューションビジネスUnit2022年にアイレップへ入社。LINE公式アカウントやInstagramなどのSNSを主軸としたCRM領域でのコンサルティングを担当。ラグジュアリーブランドから小売業、化粧品メーカーまで幅広い業種を支援。
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アイレップ ソリューションビジネスUnit2022年にアイレップへ入社。LINE公式アカウントを中心に、LTVの最大化を目指したCRM領域のコンサルティングを担当。ラグジュアリーブランドや化粧品メーカーなどのSNS運用サポート、レポーティング、施策提案などに携わる。
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野田 大介ファナティック 代表取締役ファッション誌の編集、スニーカーブランドの生産管理、アパレルブランドでの通販責任者を経て、2016年に株式会社ファナティック設立。大手アパレル通販のリニューアル支援や売上改善の傍ら、2017年にLINE公式アカウントの自動配信ツール「ワズアップ!」を提供開始。2020年には日本で6人だけのLINEの認定講師 LINE Frontlinerに任命(2022年現在9名)。2021年には動画接客ツール「ザッピング」の提供を開始。
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博報堂 DXソリューションデザイン局2021年株式会社博報堂に入社。マーケティングプラナーとしてクライアント案件に従事しつつ、社内動画クリエイティブチームに所属。主に縦型短尺動画の領域において、プランニング/制作を一気通貫で経験。
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博報堂 DXソリューションデザイン局
イノベーションプラニングディレクターシステムインテグレーター、メディアサービス企業を経て、博報堂入社。システムインテグレーターでは資産運用会社向けのSaaSサービスの開発に従事。メディアサービス企業では分譲マンションデベロッパー向けにマーケティング、メディアプランニング、商品開発を担当。博報堂では、OMO、B2Bマーケティング、MaaSのプランニングチームを歴任し、事業開発、UX、DX、AI等のテーマで得意先業務をアップデート。JDLA Deep Learning for ENGINEER 2021#2。