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生活者インターフェース市場の拡大で求められるマーケティングの変革(前編)
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生活者インターフェース市場の拡大で求められるマーケティングの変革(前編)

生活者インターフェース市場が拡大する中で求められる、データドリブンで生活者にとって魅力的な体験を創り出す新たなマーケティングの方法論とは。次世代マーケティングに必要となる視点や先進的な取り組みについて、代表取締役社長・水島正幸が、先日オンラインで行った「生活者インターフェース市場フォーラム 2020 クリエイティビティが生み出す新しいエコシステム」にて説明いたしました。本稿ではその内容をご紹介します。

コロナ禍を受け急拡大する生活者インターフェース市場

コロナ禍は、我々の生活やビジネスをはじめ、さまざまな環境を大きく変化させました。ワクチンの開発が進んでいるというニュースもありますが、感染者は増えており、コロナとの共存はしばらく続くものと思われます。一方で、社会のデジタル化はかつてないスピードで進んでいます。リモートワークの急速な広がりに加え、電子署名などあらゆる事務手続きをデジタル化・オンライン化する動きも加速しています。店舗では非接触型のサービスの導入が進み、飲食店では席に居ながらアプリで注文し、アプリで決済することも珍しくなくなるなど、まさにニューノーマルが生活の身近なところでも広がっていると実感します。

「技術の進化」は、「生活の革新」をもたらします。たとえばオンライン会議システムは、会議のあり方を変えただけでなく、その日によって働く場所を自由に選んだり、田舎に暮らしながら東京の仕事をすることも可能になるなど、働き方・暮らし方にも革新をもたらしました。時間と場所の制約がなくなり、より自分らしい生き方を選べるようになったと言えます。また、食事宅配サービスは食事のあり方を変えるだけでなく、夕食の献立をスーパーで悩まず、家族それぞれが食べたいものをアプリで注文できるようになるなど、家事のあり方、家での過ごし方にも革新をもたらしました。家事の負担から解放されることで、自分のための自由な時間や家族と一緒に楽しむ時間が増えたという声も出てきています。

こうした生活変化の背景にあるのが、デジタル化の進展です。これまで進んできたのがPCやスマホを中心とした「情報のデジタル化」だとすれば、これからはデジタルテクノロジーが生活のすみずみに入り込む「オールデジタル化」、すなわち暮らし方や生き方に変革をもたらす「生活のデジタル化」が始まります。私たちの身の回りのアクセサリーや家電、クルマや店舗、そして街まで、あらゆるモノがインターネットとつながる世界が現実になりつつあります。モノがデジタル化・ネットワーク化されると、モノと生活者の間に情報のやり取りが生まれる。モノと生活者の関係は単なる「接点」ではなく、相互に情報のやり取りをする「インターフェース」に進化していくのです。

私たちの身の回りのモノ、デバイス、店舗、メディアなどが、ネットワークにつながれば、インターフェースとしてデータを収集し、生活者の「ニーズ把握」ができるようになります。そのデータを活用することで、一人ひとりの生活者に最適化したサービスを提供することが可能になります。たとえば「オンライン学習システム」を使えば、これまでテストの結果でしか生徒の学習度合いを把握できなかったのが、授業中の生徒の表情や声などを解析することで、生徒のつまずきやすい箇所や集中の度合いなども把握できるようになり、それぞれの生徒に合ったよりきめ細かな教え方が可能になるでしょう。また、「ビデオ通信システム」の画像解析技術をマーケティングに活用すれば、気分やシチュエーションに合った広告を打つことも可能となります。友人とのビデオ通話中に週末の映画チケットがリコメンドされたり、会社の同僚とのオンライン飲み会中にビールやピザの広告が流れて、そのままオンラインで注文できるといったアイデアも考えられるでしょう。

モノと生活者とのインターフェースが増えるたびに、我々の暮らしは変わっていき、マーケティングの新たな可能性が生まれます。新たなインターフェースの中には、業種の垣根を越えて実現するものも出てくるでしょうし、一つのインターフェースが、産業の地図を塗り替えてしまうといったことすら起きるかもしれません。このインターフェースの爆発的な広がりを、私たちは「生活者インターフェース市場」と名付け、昨年のフォーラムでもこの市場の大きな可能性について提唱しました。コロナがもたらしたデジタル化の加速により、この新市場は我々の予想を越えたスピードで拡大・成長を始めています。「企業と生活者のあらゆる接点がインターフェース化」していく。まだ少し先のことだと考えていましたが、すでにさまざまな生活者インターフェースが生まれており、事業成長やマーケティングにどう取り込むのかという「実践」のフェーズに入ったと実感しています。

マーケティングを変革し、真の価値創造へとつなげていく

ここからは、生活者インターフェース市場が拡大する中で、「マーケティングの変化、革新」にどう取り組むべきかについて、具体的にお話します。

まず、注目すべきはメディアの変化です。博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所の最新の調査によると、生活者のメディア接触時間は1日411.7分で、この10年間で61分も増えています。総接触時間のうち約半分がスマホやPCなどの「デジタルメディアのへの接触」で、特に若者が「デジタルメディアに接触」している時間の構成比は、男性は7割を超え、女性も6割を超えています。スマートTVやインターネットラジオなどマスメディアのデジタル化も急速に進んでおり、一部ではすでに生活者のデータを取得し活用したサービスを提供する試みも始まっています。今後はマスメディアとデジタルメディアの垣根が溶けながら「メディアのインターフェース化」が進んでいくでしょう。
店舗もインターフェース化によって大きく変わっていきます。今年はリテールのDX元年といわれており、「AIカメラ付きのデジタルサイネージ」やダイナミックプライシングの表示が可能な「スマートシェルフ」、「スマートカート」など、来店客とのインタラクションを通じ、より時間帯や環境、顧客特性に合わせたタイムリーな販促手法が可能になります。

日本のEC市場、D2C市場も拡大を続けており、企業と生活者のダイレクトな接点がますます増加しています。コロナ禍の影響もあり、「チャネルのインターフェース化」は加速していくでしょう。企業と生活者の接点は、これまではマスメディアを中心とした「広告」や、店頭での「販促」といった、企業からの一方的な情報発信によるものでしたが、これからは、メディア・店舗・ダイレクトチャネルと、企業と生活者の接点は多様化し、それらはすべてデータをやり取りするインターフェースとなっていきます。この進化により、各々のインタラクションを設計する力と、すべてのインターフェースを統合する、UX発想による新たなマーケティング/コミュニケーション手法が求められるようになるのです。

バリューチェーンのあり方も変わります。「従来型のバリューチェーン」が商品開発から製造、販売、アフターサービスまでを直線的につながるプロダクトアウト的な発想だったのに対し、今後は共通のデータ基盤を中心に、各バリューチェーンを顧客価値の最大化のために最適化していく、「統合されたバリューチェーン」での発想が必要になってきます。たとえば、コールセンターへの問い合わせ、要望、苦情などのデータを蓄積、解析してすぐに商品開発に活かす。お客様相談室への問い合わせなどをデータ化し、すぐに店頭の接客に活かすといった取り組みを進めている企業も出てきています。また、広告・CRM・営業支援を共通のデータ基盤で運用し、販管費全体の最適化に取り組んでいる企業もあります。一方、バリューチェーンごとにバラバラのデータ基盤・ツールを使用している企業もまだまだ多く、まずは統合したデータ基盤の確立に取り組むことが必要だと考えます。

すでに、センサーやカメラなどの技術開発によって「新たな生活者インターフェースデータ」は次々と生まれています。博報堂DYグループは資本業務提携先の「インフォメティス社」と電力データのマーケティング活用に関する共同研究を始めていますが、これは、家電ごとに異なる電力消費データを解析することで、どの家電がいつ使われているかを推計する仕組みです。家庭内の「家電別の使用時間」がわかれば、その世帯の食事・家事、睡眠などの「生活スタイルが把握」でき、世帯ごとの暮らし方がわかる「くらしDMPの構築」が可能になります。これにより、生活家電や食品などのマーケティングに革新を起こすことができると考えています。

このように、「生活者インターフェース市場の拡大」に伴い活用可能なデータが多様化し、バリューチェーンが変わり、企業と生活者とのかかわり方が変わる。だから「マーケティングの変革」が必要なのです。DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組み、マーケティングの変革にチャレンジする企業も増えてきましたが、まだその取り組みが、「効率化」に主眼を置いた、既存の顧客接点やバリューチェーンのデジタル化に留まっているケースが多く見受けられます。デジタルトランスフォーメーションとは本来、「デジタル技術が進化し、人々の生活をより豊かにする」ことと捉えるべきだと思います。マーケティング領域におけるDXを、効率化を中心とした単なるデジタル化ではなく、生活をより豊かにするための、真の「価値創造」へとつなげていく。そのために必要な視点が、「生活者インターフェース市場」という概念なのです。

皆様と一緒に生活者インターフェース市場を大きく広げて、マーケティングの革新を推進していきたいと思います。

後編へつづく

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  • 株式会社博報堂 代表取締役社長
    1982年博報堂入社。第六営業局長、取締役常務執行役員などを経て2017年4月より代表取締役社長。2019年6月より博報堂DYホールディングスの代表取締役社長も兼任。