テレワークの先にある、“ストラテジック・コミュニティ” ~アフター・コロナの新文脈 博報堂の視点
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、企業や生活者を取り巻く環境はどのように変化したのか。また、今後どう変化していくのだろうか? 多様な専門性を持つ博報堂社員が、各自の専門領域における“文脈”の変化を考察・予測し、アフター・コロナ時代のビジネスのヒントを呈示していきます。
今回は、クラウドを駆使した独自のプランニング手法を持つ戦略ブティックPaasons Advisoryのリーダー、江藤圭太郎の意見を紹介します。
コロナ禍でテレビ会議の免疫はついた。その先は?
私は約2年前に「Paasons Advisory」という戦略ブティックを社内で立ち上げ、独自のスタイルでクライアント企業の戦略プランニングに携わっています。私たちが関わる業務は、クラウドプラットフォームを駆使し、クライアントを含めたプロジェクト関係者全員がそこに“常時接続”して、常にやり取りをしながらアジャイルに戦略を検討・実施していくというスタイルを取っています。従来の「クライアントの依頼を受けて、しばらく社内で考え、企画書を完成させてからプレゼンする」という進め方とは異なり、常にクライアントと対話を行いながら、必要なことを必要なタイミングで臨機応変に実行していきます。変化の激しいビジネス環境で成果を出し続けるには、とにかく市場の変化に素早く対応しなければならない。そういった時代のただ中で戦略業務の在り方を新しくつくり替えたいという意志から生みだした形です。
今回、コロナウイルス対策の外出制限によって国内企業でもテレワークが一気に普及し、多くの人がテレビ会議やチャットで仕事をすることの抵抗感がなくなったと思います。常時接続まではいかないにしても、関係者とオンラインで頻繁に連絡を取って仕事を進める形もかなり広がりました。テレワークの普及でビジネスのスタンダードが「紙文化」から「画面共有文化」に一斉に切り替わり、オンラインで人がつながることの敷居が下がったいま、私たちが志向してきた常時接続型のプランニング手法が、いよいよ求められるようになっていくのではないかと思っています。
しかし、今回のテレワーク普及によって企業の業務効率が上がったかというと、そうでもなく、不慣れなやり方でかえって生産性が下がったという声も聞こえてきます。だからといって企業はコロナ前の働き方に戻すべきではなく、テレワークを一層進化させ、クラウドやオンライン環境をより高度に活用していくことが、今後の変革と競争力の強化に直結していくと考えます。その方法を考えていくとき、私たちPaasons Advisoryがクライアントとともに行っている常時接続型プランニングの形が、何かのヒントになるのではと思っています。
“常時接続”とはどんな状態か
私たちの仕事の進め方の大きな特徴として、プロジェクトに関する資料はすべてクラウド上で作成し、社内外の関係者全員に公開します。クライアントもエージェンシーの人間も、関係者は誰でも最新の資料を24時間参照でき、共同編集できる権限を持ちます。情報の更新や状況の変化があれば、すぐに資料に反映させていく。反映した箇所はコメントで「ここを更新しておきました」と書いておいて、それをお互いに確認しながら作業を進めていきます。
また、すぐに対話をします。「次のミーティングは1週間後」ではなく、「明日時間貰えます?」「このあと話せますか?」など、関係者同士が頻繁に話すことで、最新の課題を常に共有しています。今の時代、戦略立案に1ヵ月も時間を掛けたら、提案する段階ではビジネス環境は全く変わってしまっています。1週間どころか1日単位でアップデートしていくことで、関係者の作業のロスもなくなります。
そういった環境を構築した上で、「対話しながらその場で戦略をアップデートしていく」という仕組みが、常時接続型プランニングです。
クライアントとエージェンシーの様々な関係者がオンラインで議論し、画面で一緒に資料を確認しながら、その場で戦略をすり合わせていきます。議論しながら、必要なデータや情報をリアルタイムで画面上に表示させ、クラウド上のスライドで戦略を整理していく。議論のためのエクセル資料を徹夜で準備する必要も、メールやチャットの発言タイムラグもなく、先送りも持ち帰りもありません。
即時判断のためには直感的に理解できる情報が重要になってくるので、Paasons Advisoryではビジュアルレポートの自動生成プログラムや、KPIデータを可変的に可視化するダッシュボードなど、様々なツールを独自開発しています。
こういったスタイルで仕事を進めていくと、無駄な工数が削減され、生産性は飛躍的に上がります。成功のコツは、“こだわりすぎない”こと。スピードが求められる時代、何かにこだわりすぎることはプランニングの足を引っ張るだけです。違うと思ったらすぐに切り替え、「次はこっちの戦略を検討しましょうか」と、良い意味でこだわりを取り払った軽やかな判断が、常時接続型プランニングの価値を引き出していくと感じています。
“ストラテジック・コミュニティ” の形成
常時接続型プランニングのメリットはスピードアップだけではありません。この方法論は見方を変えると、クラウド上に“戦略コミュニティ(ストラテジック・コミュニティ)”を形成して、仕事を進めていくということです。
このコミュニティでは、今までになかった関係性が生まれます。従来の“提案する側”と“提案される側”という関係性が、“共同作業者”というフラットな関係に置き換わる。頻繁なやり取りでパーソナルな部分も出しやすくなり、親近感も高まっていきます。一度こういった関係値ができると、次もこのスタイルでやりましょうとお互いに仕事を進めやすくなり、良い循環が生まれていきます。
またこのフラットな空間は、一人ひとりの力を引き出すことにもつながると実感しています。役職も立場も関係ないので、上司にお伺いを立ててから…、とか、自分の担当はこのパートなので…、などの制限がなくなり、それぞれが持つ個性や得意技、アイデアなどを自由に発揮できるのです。その人の強みがどんどん発揮されていく様子をいつも目の当たりにしています。
多くの企業が業績回復に取り組む中、社員の多様性をどれだけ会社の価値に変えていけるかという観点はとても重要で、こういった新しい仕事のやり方を取り入れることが、そのきっかけにもなるのではないでしょうか。
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株式会社 博報堂
マーケティングディレクター2005年博報堂入社。入社以来、情報・通信、化粧品/トイレタリー、飲料・食品など、国内・外資企業の戦略業務に従事。現在は主に世界的なIT企業の業務に携わり、コンシューマープロダクトからエンタープライズ領域まで包括的に戦略をリード。同時に、社内外に向けてマーケティングナレッジの開発、推進なども行う。2018年博報堂社内に戦略ブティック「Paasons Advisory」を立ち上げる。
著書に「ポケッツ!(弘文堂)」「マーケティング基礎読本(日経BP社)」。「週刊エコノミスト(毎日新聞社)」特集記事寄稿 など。また、アジア初開催の「Advertsing Week Asia 2016」で登壇。