デジノグラフィ・トーク Vol.1 SmartNews分析で明かす、隠された情報摂取行動とその心理
日米で4000万以上ダウンロードされたニュースアプリ「SmartNews」。2012年のサービスイン以降、着実にユーザーを増やし、性別問わず年齢層も厚くなっています。「パーソナライズド・ディスカバリー」と呼ぶ、ユーザーの興味を広げる情報提供も進み、近年では飲食店やレストランやコンビニエンスストアなどのクーポン配信もスタート。日常的な生活導線での広告効果が期待されています。
博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)では、生活者観察手法(エスノグラフィ)の視点でデジタル空間上の膨大な生声や行動データを分析するアプローチ、「デジノグラフィ」を提唱しており、今回はスマートニュースとの共同分析を実施しました。
「SmartNews」のアプリゆえのデータ収集力を活用し、ユーザーがいつ、どういったタイトルの記事に興味を示すのか分析した結果からは、生活者の隠れた情報摂取行動とその裏側の心理が浮かび上がりました。
スマートニュースの川崎裕一氏、磯貝陽一氏と、博報堂生活総合研究所の堀宏史、酒井崇匡が、分析結果を振り返り対談します。
無意識な記事接触に、インサイトが眠っている
- 川崎裕一氏(以下、川崎)
- スマートニュース社内では、短絡的にユーザーを「固まり」として理解してはいけないと話しています。要は、朝だからコーヒー飲むとか、夜だからちょっとヘビーなカレー食べるとかじゃなくて、朝にカレーを食べる人も、夜にコーヒーを嗜む人もいる。情報の摂取も一緒で、一般的には朝、経済、国内ニュースとかを読んで、夜になるとエンタメみたいな想像をされることもあるんだけど、実際にはそうじゃない。本当にひとかたまり、一方向だけで理解することは難しいなと思ってたんですよ。そういう時に今回の共同分析のお話があって。
- 酒井崇匡(以下、酒井)
- まさに今回の分析で、「ファインディングスがなかったこと」がファインディングスだったポイントですね。朝は経済ニュースが読まれる、といった時間帯や曜日によって、読まれるカテゴリーに変化があるだろうと思ったら、その変化が全くなかった。大きなくくり方ではユーザーを捉えられないと実感しました。
私達は現在、生活者観察手法(エスノグラフィ)の視点でデジタルデータを分析するアプローチ、「デジノグラフィ」に関する研究を進めています。その観点でも、今回の共同分析は様々な発見がありました。
- 堀宏史(以下、堀)
- 深掘りしてデータを見ていくと、生活者の実態やリアルな行動が浮かび上がってきましたね。「SmartNews」は、スマホを通じたニュースやクーポンといった生活に密着したアプリだからこそ、想像外のインサイトが行動にも表れていると捉えてよいでしょうね。
- 磯貝陽一氏(以下、磯貝)
- スマートニュースには、様々な情報を見やすい形でフォーマット化し、情報をバランスよく得てほしいという思想があります。だから無意識のうちに読んでいる記事は、心の奥にある興味喚起につながっているともいえるはず。マーケティングの観点からいえば、よりインサイトに近いデータであると考えています。
男女の情報摂取には時差がある
- 酒井
- 今日はいくつかの観点から分析の振り返りをしていきましょう。まずは「時間帯」です。先のお話の通り、記事カテゴリーの比率は曜日や時間帯での偏りが少なく、逆にいえば人それぞれで多様な読まれ方をしているというのが印象的でした。ただ、時間帯で見ると、男性は午前中の朝、いわゆる「通勤時間」と思しき点と、お昼頃に大きな山ができています。夜にもまた山がありますが、最も高いのは昼時間帯でした。
- 川崎
- 右肩上がりで夜にピークが来るのが一般的なウェブサイトですからね。僕もスマートニュースに入社して、このデータを見たときには驚きました。昼にピークが来るサービスは、あまり他で聞きませんから特徴といえます。
ただ、その理由までは、実は僕らも「わからない」というのが正直なところ。社内では「ひとりランチ」のお供になっているのでは、という仮説もあるのですが。
- 磯貝
- 一方で、女性は夜22時頃にピークがきます。スマートニュースのある女性社員は、家事を含めて一日の用事が済んで、ようやく一息つける頃だと言っていました。
- 川崎
- この違いは、プッシュ通知の観点からいうと、開封率の結果として男女に大きな差があるということでもあります。「SmartNews」のユーザー男女比は、ほぼ半々です。男女の開封率の差が時間帯ごとに異なることを示しているのは、面白い結果だといえます。
- 酒井
- それだけ男女で「情報の摂取モード」が時間帯によって変わってくるともいえそうですね。
- 堀
- モーメント的に見ても、ランチタイムの男性は情報摂取を中心としている一方で、女性はコミュニケーションをしている、とも捉えられるのかもしれません。
スイーツ情報は夜が食べ頃
- 酒井
- 次に、情報摂取の裏側のインサイトを、記事タイトル中のキーワードを切り口に見ていきたいと思います。今回分析して頂いたのは、「新登場」「新発売」という言葉です。マーケティングにも近く、カテゴリーを横断して生活者の意識を見ることができる言葉として、議論の中で上がってきました。
- 磯貝
- 商品のライフタイムバリューでも一度しか使えない面白い言葉ですよね。実際の分析では、全てのカテゴリーから「新登場」「新発売」をタイトルに含む記事をスクリーニングし、PVの上位20までを比較しました。分析結果の中でも、特にスイーツに関する記事が、夜にかけて上位20記事内に数が増えてくる点に着目しました。
- 酒井
- 念のための検証として、対象ユーザーを女性のみに絞ってみても、傾向は変わりませんでした。男性に比べれば女性のほうが上位20記事に「スイーツ」が含有される率は圧倒的に高いのですが、男女問わずに夕食後の気持ちが落ち着いた時間帯に、この情報を得たくなるというのは、新鮮な発見でした。
- 堀
- 甘いものを実際に食べるのではなく、「情報を食べる」ような感覚でしょうか。SNSも含め、疑似体験のように情報を目にして満たされた気持ちになることがデータとしても出ているのは面白いですね。
- 酒井
- 弊社の女性社員にも聞いたところ、深夜にコンビニに走ることもあるけれど、新商品や新発売の情報を友人同士LINEで送り合って、翌日の昼間に食べるものを決めたりするそうです。つまり、プランニングが夜で、アクションは翌日のお昼以降なわけです。
- 47歳からのショートヘア
- 酒井
- 次は特定のカテゴリーを深く掘った結果を見てみましょう。今回の分析では、美容領域にカテゴリーを絞って、年代別にPVの上位20記事にどのような記事がランクインするかを分析して頂きました。
- 磯貝
- この結果も面白かったですね。35歳から65歳ほどにかけて1歳ごとに見ていったところ、年齢が上がるほど「ショート(ヘア)」を含む記事がランクインしていきました。40代後半、特に47歳ぐらいから一気にショートヘアへの関心が高まっていく。さらに記事タイトルを昨年と比べてみると、ボブカットが推されていた昨年に代わり、今年はショートカットが流行にあることが見えてくる。たった1年でも動きがこれほど異なるものなのですね。
また、その記事の論調も、昨年のトーンとしては、おばさんに見られないためのとか、NGを避けるための、みたいなニュアンスのものが多かったのに対して、
今年は「オシャレ」「可愛い」などのポジティブなワードに変化していました。2018年夏は「若見え」の要素が興味を引いていたのが、ショートヘアを前提にした見せ方に話題が洗練されていったと考えると、とても面白いです。
- 酒井
- 30代まではコスメだったり、美容全般のものが上位に多かったのですが、40代になるとだんだん髪の話題自体が上位に増えてきていますね。これは他社の調査ですが、白髪も含めた女性の「髪染め」対策が起こりやすいのは42歳ぐらいからというデータもあります。
- 川崎
- ショートヘアについても47歳ぐらいまでは、まだ心が揺れているのでしょうね。そこからじわじわとニーズが確実なものになっていく。ここまできれいにデータで出るのは興味深いです。
- 堀
- 弊所が60~74歳男女を対象に2016年に行った「シルバー調査」では、この世代で気負わず、自分のありのままで……といった思考が強まっているという結果が出ています。年齢が上がるにつれて、自分らしいショートヘアを楽しんでいきたい気持ちが表れているんでしょう。今年でいうと、グレーショートとか、染めるのをやめるという意味の断染という言葉も上位記事の中に見られていますね。
- 酒井
- 同じ「シルバー調査」では、60代前半の女性は自分の見た目の年齢を実際の年齢からマイナス5歳ぐらいだと自認しているという結果も出ています。それを元にこの結果を見ると、40代がアラサー向けの記事を、50代後半の人がアラフィフ向けの記事を意外に読んでいる傾向もある。精神年齢とのリンクについても考えさせられました。
- 磯貝
- これは、まさに「SmartNews」だからこそ導けたデータだと感じます。実年齢がターゲット層から外れた情報の摂取は、雑誌などの立ち読みも含めて、どこか人目が気になってしまいがちだからです。
- 堀
- パーソナルなメディアだから自分の読みたいものを読める、というデータが如実に出たともいえますね。
- 酒井
- いわゆる「年相応」が、果たして実年齢を指すのか、自分が思っているマイナス5歳の見た目年齢を指すのか……そこに女性心理の機微があるような感じも受けます。
- 堀
- 世代における先入観や固定概念は、これまで固定化されていたようなイメージがありました。それが実は、年単位、月単位で価値観自体が変わっている。人気記事のタイトルにも、それが表れているのでしょう。
新型iPhoneへの反応でも男女差が
- 酒井
- 今回は主に2019年8月の記事閲覧データについて分析をして頂きましたが、この月で他に触れておくべきトピックはあるでしょうか。
- 磯貝
- あるとすると、先日発売されたiPhoneについての記事ですね。男女別に比較をすると、まず閲覧数は明らかに男性の方が多くなっています。また、男性はiPhoneのスペックや機能に興味を示す一方で、女性はケースの情報をよく見ているんです。世界的な商品であっても、情報を取りにいく角度が違うことが顕著に出た例です。
- 川崎
- さらに女性の中では、「iPhone11」そのものがタイトルに含まれるものは上位20記事のうちに一つだけ。「iPhone」という総体として捉えているのでしょう。
- 堀
- 女性の場合は購買意欲が高まったときにも、機種のスペックよりも買ったときの見え方に意識がいくという点が興味深いですね。プロダクトだけじゃなくて、周りのガジェットだけじゃなくて、それがどう語られているのかに興味を示しているわけです。
「外れ値を入れる」パーソナライズド・ディスカバリーへの挑戦
- 酒井
- 僕がもう一つ興味があるのが、いわゆる「フィルターバブル」に近いことで、ジェネラルな情報が入り込みにくくなる点です。スマートニュースでは、その「興味の壁」を可視化し、いかに壊していくのでしょうか。
- 川崎
- まず、僕らは「パーソナリゼーション」という言葉を使わないようにしています。パーソナリゼーションは世界を狭くすると考えるからです。さらに、僕らは「パーソナライズド・ディスカバリー」に励む、つまり「発見」をサポートしたいのです。
ディスカバリーには、平易な言葉でいうと「外れ値を入れる」ということですが、その塩梅が難しい。外れを恐れずに入れられるアルゴリズムの実現は、困難な課題ですね。
- 酒井
- 外れ値ではあるが、タップしてくれなくては困る。そこにせめぎ合いがあると。
- 川崎
- そうですね。あとは、SNSにおける人間関係は、フィルターの大きな要素になりえます。学校、会社、組織といった共通項が多く重なっているのであれば、その重なりから求められやすい情報を導けるでしょう。一方で、「SmartNews」にはSNSとの関連性がありませんから、ユーザーが興味のある情報から見ていくアプローチになる。そこも大きな違いです。
- 堀
- 興味や関心との外れ値を「セレンディピティ」として許容でき、驚きをもたらすことができるのも、アルゴリズムの設計次第なのですね。
- 川崎
- 社内のエンジニアとしても、明瞭な答えがない、チャレンジングな課題だと捉えています。ただ、アルゴリズムはただの「装置」です。その装置に何をさせるのかは、どこまでいっても人間です。
うなぎの蒲焼きのタレって、同じように見えて、夏と冬では違うそうです。同じように、今のユーザーが求めているものを知るのは、どこまでも人間がやる仕事として残されています。エンジニアたちも、その点を意識して、日々励んでいますね。
この記事はいかがでしたか?
-
川崎 裕一スマートニュース株式会社 執行役員 広告事業担当(Senior Vice President of Ad Business)1999年日本シスコシステムズ(現シスコシステムズ合同会社)入社。ネットイヤーグループを経て、2004年にはてなに入社し取締役副社長に就任。2010年kamadoを設立し代表取締役に就任。2013年にミクシィ入社。執行役員クロスファンクション室 室長を経て、2013年6月取締役。2014年より現職。
-
磯貝 陽一スマートニュース株式会社 アドセールス セールスマーケティングチーム広告代理店を経て、2005年より株式会社ベネッセコーポレーションにてマーケティング戦略、ブランド戦略に従事。ヤフー株式会社を経て、2019年6月より現職。クリエイティブディレクター/デザイナーとしても活動し、朝日広告賞など受賞歴多数。
-
株式会社博報堂 博報堂生活総合研究所 所長代理1993年博報堂入社。これまでに広告業界でリアルとデジタルを融合させた新しい広告を実現し、カンヌフェスティバル、アドフェスト、ロンドン広告祭、クリオ、東京インタラクティブアドアワードグランプリ、文化庁メディア芸術祭グランプリ、モバイル広告大賞など受賞歴多数。カンヌフェスティバル等で審査員を務めるとともに、adtech等の国際カンファレンスでスピーカーとしても活躍している。
-
株式会社博報堂 博報堂生活総合研究所 上席研究員2005年博報堂入社。マーケティングプランナーとして、教育、通信、外食、自動車、エンターテインメントなど諸分野でのブランディング、商品開発、コミュニケーションプラニングに従事。2008年より博報堂教育コミュニケーション推進室に参加。2012年より現職。著書に『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(2015年/星海社)がある。