データ・クリエイティブ対談【第5弾】 言葉や意思決定は知能のほんの一部。 AI開発における、無意識に目を向ける意義。(後編) ゲスト:三宅陽一郎(ゲーム開発者)
データ・クリエイティブの進化の在り方について、博報堂DYグループ社員と識者が語り合う『データ・クリエイティブ対談』。ゲストはゲーム開発者の三宅陽一郎さんです。前編ではゲームにおけるAI、現実への応用について、後編ではeスポーツの現状や今後の発展の可能性などについてうかがいました。聞き手は博報堂DYメディアパートナーズの篠田裕之です。
eスポーツには4つの流れがある
- 篠田
- 博報堂DYグループではeスポーツ事業を手がける部署があります。eスポーツには、従来のゲームにおけるデータ・AI活用とは、また違った側面があるのではと思います。eスポーツだと、従来ゲームにおけるプレイヤー対コンピュータではなく、全員がプレイヤーになると思うのですが、その中でどういうデータ活用が考えられるでしょうか。
- 三宅
- eスポーツは、ゲームデザインとして見て楽しい、見応えがあるというのが大切です。実況動画によって、ゲームがコンテンツ生成装置として使えるっていうのが示されたし、競技動画としても使えると示したのがeスポーツですね。体力が分かりやすく表示されているので、見ている人も楽しめる。
今のeスポーツには大きく分けて4つの流れがあると思っています。一つは日本のゲームセンター文化からの流れ。日本には格闘ゲームのコミュニティがゲームセンターの店舗ごとにあって、そこで大会が20年以上前から開かれている。うまいプレイヤーの後ろにはギャラリーが集まるという文化もあります。一番広い意味でのeスポーツを、そういう名称が付く前から育んできたのが日本のゲームセンター文化です。開発者もゲームセンターの環境を意識してゲームを開発しており、キャラクターのバランスを決めたり、エフェクトを考えたり、「ロケテ」と呼ばれる正式リリース前にゲームセンターでプレイしてもらうテストを重ねたりしてきました。
二つ目はアメリカのFPS(ファースト・パーソン・シューティング)からの流れです。銃で打ち合って対決するゲームなのですが、まだネットが早くない時代には遠隔地でうまく対戦が出来ませんでした。そこで同じ場所に集まって、パソコン同士をLANで繋いで戦う習慣が出来ました。これが大会につながって、一度は大きな盛り上がりがあり、賞金も億円単位まで上がったんですが、リーマンショックのときに一度全て無くなった、という流れがあります。FPSはプレイヤーではない人が観戦するには情報が分かりにくい部分があるのと、時に大会はあっても常設的に行う場所があるわけではないので、日本のゲームセンターの観戦文化のようなものは大きくはありませんでした。
- 篠田
- なるほど。どちらもリアルの場での盛り上がりからスタートしているものの、最初からプレイヤーをとりまく観客がいたゲームセンター文化と、プレイヤー同士が集まる中で、やがて大会化したFPS、という、別の流れがあるのですね。
- 三宅
- そうですね。三つ目は韓国です。1997年に通貨危機があって、経済的に苦しくなったときに「PCバン」と呼ばれる、お金を払えばその場でPCを使えてオンラインゲームサロンが、日本における漫画喫茶のように広がったんです。「PCバン」ではパソコンに「スタークラフト」(ブリザード, 1998年)というゲームがプリインストールされていて、そこにカップルで行ってゲームをやる、というのが定番のデートコースにもなったぐらい、ポピュラリティを得ました。スタークラフトはとても玄人向けのRTS(リアルタイムストラテジーゲーム)だったにも関わらず、国民がみんな知っている、というような状態になったんです。
スタークラフトは、まず鉱山から資源を集めて、次に工場を作り、そこで作った宇宙船で相手を攻める、というゲームです。資源ばかり集めていると相手に攻められてしまうし、かといって早く宇宙船を作り始めてしまうと、弱い宇宙船しか出来ません。そこでどういう風にプレイを進めるか、資源を配分するかというのが肝になる訳ですが、そういうルールを国民全員が知っているんです。その土壌によって、賞金を稼ぐプロプレイヤーが誕生しました。僕も一度行ったことがありますが、日本の秋葉原みたいな場所にはスタジアムがあり、女性客でいっぱいで、テレビ中継もされていました。彼らは社会的地位も高く、CMに出たりもしています。ITの促進役、という役割も担っていますね。深夜にホテルのテレビをつけたらスタークラフトの番組をやっていました。
四つ目はリーマンショック後にアメリカで登場した「Dota 2」(Valve Software, 2013)に代表されるような「MOBA系」MOBA (Multiplayer online battle arena, マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)ゲームです。「Dota 2」は、いろいろなキュラクターが使えて、5対5のチーム戦をします。その原型となるゲーム「DotA: Allstars」(2003年)は、既存のRTSゲームのMOD(ユーザーが元のゲームを拡張して作るゲームのこと)として作成されたものです。「Dota2」は世界大会が2011年頃から行われるようになり、これがゲームコミュニティを超えて、世間一般でも世界的に認知されるようになり、現在のeスポーツの直接の火付け役になっていると言えます。迫力は格闘ゲームやFPSなどには劣るのですが、観客にもキャラクター選択によるチームビルディングや、プレイヤーの採った戦術的な部分が見え隠れするので、観戦する楽しみがあるんです。今は賞金が一回の大会で10億円単位にまで上がっています。スポンサーも付いています。アメリカの野球場で大会を開催すると、スタジアムとフィールドの中も人で埋まっちゃうような状況なのです。
- 篠田
- Dota 2を見る人はプレイヤーなんですか。
- 三宅
- 詳細は調べたことがないのですが、会場まで足を運ぶのは、ルールがわかっているぐらいのライトプレイヤー以上から競技者までかと思います。実況も付いているんで一応分かりやすいですが、オンライン配信は、より広い層に遡及していると思います。Dota 2は戦略的かつアクション的な双方を持ち合わすゲームなので、サッカーの細かいルールを知らなくてもサッカーが楽しめるように、観客はサッカーを上から見ているような具合に楽しめます。
- 篠田
- プロチームはデータ分析もするのでしょうか。
- 三宅
- キャラ相性もあるのでいろいろ研究します。どういうキャラでどういう装備がいいか、マップをどう使うかといったことですね。
- 篠田
- 今、AIとプロプレイヤーを戦わせる、ということが様々なゲーム、たとえば、囲碁、将棋、などで行われていますし、ロボカップのような、ロボットがプロサッカーチームに勝つことを目標にしているプロジェクトもあります。eスポーツにもこのような流れはあるのでしょうか。
- 三宅
- eスポーツでプレイヤーとAIと戦わせようというムーブメントはあり、それをDota 2でも2018年の世界大会でプロとAIの対戦をエキシビションマッチとしてやったんです。一日あたり人間の時間に換算して180年分学習させたらAIチームが勝つという結果になりました。「OpenAI Five」と言うAIです(https://openai.com/five/)。格闘ゲームやFPSは60分の1単位の時間を正確に扱えてしまうAIが圧倒的に有利なのですが、Dota 2は、戦術的な能力も必要とされるので人間とAIが戦うのに適しています。それでもAIが勝ってしまいました。
- 篠田
- 囲碁や将棋は、もともとプレイヤー同士の対戦だったものを、プレイヤー対AIにしたわけですが、コンピュータゲームはもともとプレイヤー対AIから始まり、対戦ゲームやeスポーツという流れでプレイヤー対プレイヤーになった中で、本来のコンピュータゲーム的なプレイヤー対AIという試みをしてみる、というのは、面白いですね。このときのAIは、昔のコンピュータゲームとは違い、メタ情報を使わず、あくまでプレイヤー視点でのモデルとして動くでしょうから。そこからユーザーエクスペリエンスを向上させる、あるいは観客をより楽しませるための新たなヒントが得られるかもしれません。
eスポーツの発展にはコミュニティとの接続が不可欠
- 篠田
- 今後eスポーツはどうなっていくと思いますか。
- 三宅
- 格闘ゲームの大会は30年以上続いていますが、その文脈とeスポーツをどう繋げるかがとても重要だと思います。デジタルゲームのゲーマーは以前であれば社会的な地位が高いとは言い切れませんでした。でも、eスポーツでは社会的地位が上がります。本気のゲーマーにとってはいい時代ではあると思いますが、一方でゲーセンコミュニティとは考え方が違うからうまく接続はされない。
「Dota 2」が流行った時にゲーム業界に衝撃が走ったんです。スタジアムが全部埋まるなんてあり得ない、と。それで各社が「Dota 2みたいなゲームを作ろう」と言っていた時期がありました。でもeスポーツでやってもらうゲームを狙って作るのは難しく、なぜならゲーム以外にもまずコミュニティを作らなくてはいけない。勿論、対戦が面白いようなバランスも作らなくてはいけません。ユーザーのコミュニティの成長を、ゲーム会社側が最初から狙うのは凄く難しい。いまeスポーツで盛り上がっているのは結局、今までのもののバージョンアップと言えます。或いは、ノウハウを貯めた開発会社の新作です。ただシリーズの新版になると旧版のファンが離れるという問題はある。
またeスポーツのめずらしいところは、一般的に各社の経営層が開発よりも先のビジョンを持って先導していることですね。eスポーツには、ビジネス、コミュニティ、ゲームデザイン、いろいろと複合した課題はあると思いますが、それはとても頼もしいことです。
- 篠田
- 本日はゲームを通して、データや仮想シミュレーションを活用してユーザーエクスペリエンスを向上させるためのヒントとなるお話を沢山おうかがい出来ました。本日はありがとうございました。
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三宅 陽一郎ゲームAI開発者京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。理化学研究所客員研究員、東京大学客員研究員、九州大学客員教授、IGDA日本ゲームAI専門部会設立(チェア)、DiGRA JAPAN 理事、芸術科学会理事、人工知能学会編集委員。
著書に『人工知能のための哲学塾』 『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『人工知能の作り方』(技術評論社)、『なぜ人工知能は人と会話ができるのか』(マイナビ出版)、『<人工知能>と<人工知性>』(iCardbook)。共著に『絵でわかる人工知能』(SBクリエイティブ)、『高校生のための ゲームで考える人工知能』(筑摩書房)、『ゲーム情報学概論』(コロナ社)。監修に『最強囲碁AI アルファ碁 解体新書』(翔泳社)、『マンガでわかる人工知能』(池田書店)、『C++のためのAPIデザイン』(SBクリエイティブ)などがある。
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博報堂DYメディアパートナーズ
データビジネス開発局データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。