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「声×AI」でつくり出すサウンドロゴ。“音”の可能性を広げる画期的な取り組み
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「声×AI」でつくり出すサウンドロゴ。“音”の可能性を広げる画期的な取り組み

企業名やブランドをメロディで表現する「サウンドロゴ」。その制作にAIを活用した画期的な取り組みが、博報堂DYグループの大広、クリムゾンテクノロジーによる「AIと人でつくるサウンドロゴ」です(ご参考:プレスリリース)。第1弾は、フコク生命100周年に向けたプロジェクトの一つ「みんなのAI」。多くの職員の歌声からこれまでになかったサウンドロゴをつくり出したその取り組みの概要や成果について、大広 クリエイティブディレクター 黒澤仁、クリムゾンテクノロジー 代表取締役 飛河和生氏、本プロジェクトの中核技術を担った東京都市大学の大谷紀子教授に語ってもらいました。

左から、大広 クリエイティブディレクター 黒澤仁、東京都市大学 大谷紀子教授、クリムゾンテクノロジー 代表取締役 飛河和生氏

社内のモチベーションをいかに高めるか

──AIを使って企業のサウンドロゴをつくるという取り組みにはおそらく前例がないと思います。きっかけは何だったのですか。

黒澤
フコク生命から2023年の100周年に向けて、新しいサウンドロゴの制作依頼を受けました。それに対して、「AIを使ってつくりませんか」という提案をさせていただいたわけです。とはいえ、具体的な方針が最初からあったわけではありません。どう進めていけばいいかを模索する中で、AIを使った自動作曲システムに取り組まれている方がいると聞いて、連絡をさせていただきました。それが大谷先生です。具体的なプランが生まれていったのはそこからです。

──「AIを使った自動作曲システム」とはどのようなものなのですか。

大谷
私はAI研究の中でも、とくに「進化計算アルゴリズム」と呼ばれる分野を専門にしています。これは、いろいろな変数を掛け合わせて最適解を導き出す方法で、例えば、スタート地点からゴール地点まで行くのにどのルートを選択すれば最も早く着けるかを、データをもとにAIに探してもらうといったものです。「進化」と言っているのは、その処理の仕方が、生物が環境に適応し進化していく仕組みによく似ているからです。
この進化計算アルゴリズムを使ったシステムの一つが自動作曲です。複数のメロディをAIに学習させることで、新しいメロディをつくり出す。そんなシステムです。
黒澤
大谷先生とお話しをする中で、フコク生命の職員の皆さんの歌声をもとにAIでサウンドロゴをつくるというアイデアが出てきました。それが素晴らしいアイデアだと思ったのは、声というアナログな情報とAIという最新のデジタルテクノロジーの組み合わせはきっと話題になると考えたこととが一つ。それから、インナーブランディングが実現できると考えたことが一つ。その二つがあったからです。

クライアントは創業100周年に向けて、外に向けてコミュニケーションをしていくだけではなく、社内のモチベーションを上げていきたいという希望をお持ちでした。サウンドロゴのもとになる歌を職員の皆さんに歌ってもらい、そこから新しいサウンドロゴを生み出すことができれば、まさに職員の皆さんが主体になる取り組みが成立します。それによって社内のモチベーションも大いに向上するだろう。そう考えたわけです。

160サンプルを楽譜化しAIに学習させる

──プロジェクトはどのように進んでいったのでしょうか。

黒澤
まず、フコク生命本社の総務、経理、営業などの各部署、それから全国の支社・営業所から歌声のサンプルを集めました。こちらからのオーダーは、「“フコクセイメイ”という言葉に100周年をイメージするメロディを自由に歌ってください」というもので、2週間ほどで約160のサンプルが集まりました。それを大谷先生にお渡ししました。
大谷
自動作曲システムに入力するには、音声を楽譜の形式にする必要があります。そこで、以前から技術開発に共同で取り組んでいたクリムゾンテクノロジーにご協力いただくことにしました。

──クリムゾンテクノロジーはどのような事業を手掛けているのですか。

飛河
AIなどの最新技術を使ったソフトウェア、とりわけ音楽に関連するソフトウェアの開発に注力しています。その一つが脳波を使った自動作曲の仕組みである「brAInMelody(ブレインメロディ)」です。これは、音楽を聴いている人の脳波を測定し、感情モデルに合わせて曲をつくるというもので、今回のプロジェクトにはこの技術が応用できると考えました。
もっとも、人間の歌声を楽譜化するのはまったく初めての試みだったので、方法を考えるところから始めなければなりませんでした。まず、言葉を音程に変えて音符化し、さらに歌った人がイメージしたであろうリズムを想定して譜割をつくり、テンポを調整しながら、最終的に160サンプルすべてを二小節の楽譜にしました。
※ brAInMelody はクリムゾンテクノロジー株式会社の登録商標です。
大谷
自動作曲システムでは、まずコード進行をつくって、そこからメロディをつくるのが通常のやり方です。しかし、今回はコードがなくメロディだけなので、それに対応できるようにシステムを調整したうえで、飛河さんにつくっていただいた楽譜をAIに学習させました。AIは楽譜から特徴を読み取り、そこから新しいメロディをつくるわけですが、特徴の組み合わせ方には無数の方法があります。したがって、出てくるメロディは毎回異なるので、AIでのメロディ生成を5回繰り返して、長調のものを3つ、短調のものを2つ作りました。
飛河
さらに、その5つのメロディに私たちが楽器音などのアレンジを加え、ほぼサウンドロゴの完成形にしたうえで黒澤さんにお渡ししたわけです。

「求心力」を「遠心力」に変えていく

──AIがつくった5つのサウンドロゴを聴いてどう感じましたか。

黒澤
どれもよくできていると思いましたが、生命保険会社のイメージに合うのは長調の明るいメロディだろうというのが最初の直感でした。おそらくクライアントもそれを選ぶだろうな、と。
しかし、その直感は外れました。5つのサウンドロゴ案をクライアントのプロジェクトメンバーと社内各部門のリーダーの皆さんに聴いてもらったところ、最も支持が集まったのは短調のメロディでした。意外であると同時に、職員の皆さんは「今までとは違うフコク生命を目指したい」と本気で考えているということがよくわかりました。
大谷
私もおそらく長調が選ばれるだろうと思っていました。でも個人的には、最終的に選ばれた短調のメロディが一番好きだったので、結果を聞いたときは嬉しかったですね。
この取り組みの成果を学会で報告させていただくことになっていて、それに当たって私が勤める大学の学生たちに「どのメロディが一番フコク生命らしい?」というアンケートを取ってみたんです。その結果、興味深いことに、クライアントが最終的に選んだものが最下位になりました。つまり、クライアントは自社のイメージを裏切るようなサウンドロゴをあえて選択したということです。
黒澤
新しいフコク生命の姿を見せたい。世の中にインパクトを与えたい。人々の耳に強く印象づけたい──。そんな強い思いを職員の皆さんがもっていた。だからこそ、従来の生保会社のイメージとは異なる斬新なメロディが選ばれたのだと思います。

──このプロジェクトに取り組んでみて、新しい発見はありましたか。

黒澤
一般的なブランディングの発想では、外に向けた「遠心力」をいかにつくっていくかということが第一になります。しかしこのプロジェクトでは、まず社内の「求心力」をつくり、それを遠心力に変えていくというこれまでにない流れをつくることができました。インナーブランディングを世の中に対するブランディングに結びつけ、結果、社員の皆さんを笑顔にし、世の中にインパクトを与える。そんな方法が可能であることがわかったのが大きな発見でしたね。
大谷
私は、自分の研究分野がマーケティングや広告クリエイティブの分野に応用できるということが一番の発見でした。「AIはこういうことに使えるんだ」という率直な驚きがありました。学会で発表した際も、多くの参加者が驚いていましたね。
黒澤
もう一つ、AIとの協業の仕方についての発見もありました。サウンドロゴをつくる場合、通常はプロのアーティストに依頼します。もちろん、そのアーティストの個性や作品の傾向などを踏まえて、ある程度アウトプットを想定して依頼するわけです。しかし、AIの場合、どのようなアウトプットが出てくるかはまったく予想できません。そこに面白さがあると思いました。
またアーティストとの仕事の場合、案を3つ出してもらったとして、それをクライアントに気に入ってもらえなければ、また次の案をお願いしなければなりません。これはクリエイティブディレクターとしてはたいへん心苦しいお願いです。場合によっては、それによってアーティストとの関係が悪化する可能性もあります。しかしAIであれば、クライアントが気に入るものが出てくるまで無限に別案を出してくれます。これは非常に便利です。
もちろん、最終的に選ぶのは人間です。AIが「つくり」、それを人間が「選ぶ」──。そんな共存の仕方があることが今回のプロジェクトによってわかりました。

「音」の可能性を追求していきたい

──これからの取り組みについてお聞かせください。

飛河
私たちは、エンターテイメントに特化してAIを使う「AIエンターテインメント」の技術を追求するというビジョンを掲げています。プロジェクトに関わらせていただいたことで、その可能性が大きく広がったと考えています。
今回は人の声が素材でしたが、楽器音、自然音、動物の鳴き声など、メロディ化できる素材はたくさんあります。多様な素材を使ってAIでメロディをつくっていくことに今後はチャレンジしていきたいと考えています。それから、今回の歌詞は一種類でしたが、いろいろな言葉を集めてAIに歌詞をつくってもらうという方向性もありうると思います。音楽とAIのいろいろな組み合わせにこれからも取り組んでいきたいですね。
黒澤
今回のプロジェクトは、フコク生命の100周年に向けた第一弾の取り組みでした。2023年に向けて次なる施策をどう進めていくか。それをまずはしっかり考えたいと思います。
その上で、クリエイティブにおける「音」の可能性をさらに追求していきたいですね。サウンドには人のエモーションに訴える力があります。その力をテレビCMだけではなく、リアル店舗やECサイトなどで上手に活用し、人々のアクションを喚起していく。AIを使ったそんな仕組みづくりができれば、マーケティングの可能性はさらに広がっていくはずです。大谷先生や飛河さんにも引き続きご協力いただきながら、「音×AI」によってできることをこれからも探っていきたいと考えています。
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  • 大谷 紀子
    大谷 紀子
    東京都市大学
    メディア情報学部情報システム学科教授
    1993年東京工業大学工学部情報工学科卒業。1995年同大学大学院修士課程修了。同年キヤノン株式会社入社。2000年東京理科大学助手、2002年武蔵工業大学講師、2007年同大准教授、2009年東京都市大学准教授、2014年同大教授。博士(情報理工学)。
  • 飛河 和生
    飛河 和生
    クリムゾンテクノロジー
    代表取締役
    1982年 東京工業大学 電子物理工学科卒業
    日本ビクターに入社し音響技術研究所にて音響技術の研究開発に従事。先端的な発明を数多く創出、100件程度の特許出願。
    2002年、日本ビクターを退職し同年にクリムゾンテクノロジーを設立。
    現在、音楽電子事業協会 MIDI規格委員会の委員長も務める
  • 大広
    東京第2顧客獲得局
    部長/シニアクリエイティブディレクター
    インターナルマーケティングから真の課題を探り、ブランドの価値創造をクリエイティビティで実現する。事業パートナーとしてのクリエイティブディレクターを目指す。

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