テクノロジー発展による中国の生活者変化のトレンド VOL.1 テクノロジーが「普通の生活」に浸透した理由
博報堂生活綜研(上海)の首席研究員の山本です。博報堂生活綜研(上海)は、「生活者発想」の知見を活かし、中国の生活者の意識や行動の変化を洞察し、中国のこれからの新しい暮らしのあり方を考え、社会に向けて提言していく、博報堂グループのシンクタンクです。今回、私たちは、近年注目を集めている「中国のテクノロジー生活」に光を当てて研究を行い、2018年12月に「『数自力(すうじりょく)』~中国テクノロジー生活に生まれた新たな生活の力」という研究発表を行いました。私たちは、中国の進んだテクノロジー生活が、日本をはじめとする世界のこれからのテクノロジー生活者を捉えるデータドリブンマーケティングにとって、大いに参考になると考えています。その研究発表のエッセンスを、これから計3回シリーズで、わかりやすく皆様にお届けしていきたいと思います。
注目を集める中国のテクノロジー
ところで、みなさんの周りには、最近、このような動きが目に付くことはないでしょうか。「中国のテクノロジー環境を知るための視察ツアーに参加した」「テクノロジーが進歩している中国の環境に追いつくために幹部研修を中国で行った」などなど。少し前までは、皆さんが企業視察や研修を行う場が、アメリカやシンガポールなどに偏っていたのではないかと思います。実際、我々のような中国駐在員は、この1年でもそのような場面に多く立ち会うことがありました。
こうした動きが活発になっている背景には、現在、中日関係が歴史的に見ても極めて安定した環境にあり、中国における日系企業のビジネスが以前よりも行いやすくなってきていることもあると考えられます。しかし、今、日経企業がここ中国で置かれているビジネス環境は、決して以前よりも競争が易しい環境ではない、ということが言えるのではないでしょうか。それは、中国企業が極めて高い水準のテクノロジーカンパニーとして成長してきており、従来のような「安く大量の製品を届ける」競争優位性から、既存の市場にイノベーションを起こし、「ビジネスモデル変革までリードする」競争優位性を持つようになっている変化が起きているためです。私たちが企業の方たちと話していますと、中国企業のテクノロジー進展に危機意識を持ちつつも、この劇的な変化を生み出す市場での新たなチャレンジができることに、大変わくわくしている、という姿を見ることがあります。
中国企業が、以前は多くの外国企業から刺激を受けて変化してきたように、今度は、外国企業の方が中国企業の刺激を受けて変化しようとする動きが起きていると感じています。
「普通の人」の生活の中に浸透する中国のテクノロジー
中国に視察に来られる日系企業の方々も、視察の際には、ほとんどが中国の「企業の動向」を見ることが中心となり、その一方で、中国の「生活者の動向」を見ることについては、なかなかできていないのではないでしょうか。限られた視察日数の中で、ただ生活者を眺めているだけでは、中国生活者の意識や行動の変化を知ることは難しいことと思います。そこで、みなさんにも、中国の生活者の中にどのようにテクノロジーが浸透しているのか、その様子をご覧いただきたいと思います。
よくある、コンビニでのスマホ決済の様子です。中国のリアル店舗では、今や現金決済よりもスマホによる電子決済の方が上回る状況となっています。ところが、次のような状況についてはいかがでしょうか。
先進的な設備の整っているショッピングモールやコンビニエンスストアだけでなく、昔ながらのパパママストアのようなところにも、スマホ決済の2次元バーコードが掲げられており、スマホ決済ができるようになっています。日本で言えば、都会の最先端のショッピングエリアだけでなく、田舎の駄菓子屋さんにまで浸透しているような状況と言えば理解してもらいやすいのではないでしょうか。最近では、手のひら認証で野菜が買える野菜市場も上海に出て来ていて、年配の方にもよく使われているような状況です。
中国の人はみんな大好き火鍋屋さんの写真です。この火鍋屋さんでは、店内にスクリーンが張り巡らされていて、きれいな映像の中で火鍋を楽しめるという新しい体験を提供したり、ロボット配膳でお客さんのところまで料理を届けてくれたりするなど、最先端のテクノロジー設備を誇っています。厨房の中ではロボットアームが火鍋を運んだりしている姿も見られます。ちょっとした話題集めの目的もあるでしょうが、こんなことを気軽に体験できるのも中国ならではと思います。
このように、中国のテクノロジーの浸透の特徴は、バイオテクノロジーやインダストリー4.0のような「産業領域」にとどまらず、普通の人の生活の中に、幅広く、深く浸透していることが特徴的である、ということがわかります。
調査でみるテクノロジーの生活浸透状況
では実際に、どの程度中国のテクノロジーの生活浸透が進んでいるのかについて、見ていきましょう。
博報堂生活綜研(上海)では、5,000サンプル「中日米3か国テクノロジー調査」の独自調査を実施しました。その結果からテクノロジーの生活浸透状況を見てみましょう。
調査結果によると、日米に比べ、中国のテクノロジー商品・サービスの利用が大きく進んでいることが分かります。さらに商品・サービスの利用種類を見ると、Online Merges Offline(オンライン・マージス・オフライン)のOMOサービスの利用率が特に高いことが分かります。つまり、中国のテクノロジー生活は、ネット上のことだけにとどまらず、リアルな生活の現場に浸透していることが分かります。
地域別に見ても、1級、2級、3級都市の差はほとんどなく、いずれも高い浸透率となっていて、地域の差による違いがない状況です。また、年代別に見ても年代別にみても、ほぼ差がない状態まで浸透していることが分かります。
このように、幅広い層に浸透している、ということが中国のテクノロジー生活浸透の現状となっています。
生活にテクノロジーが浸透した背景その1: 国のハイテク推進政策の後押し
このように、中国の生活の中にテクノロジーが浸透していったのは、どのような理由からでしょうか。
経済成長の安定化に伴い、中国政府は持続的な成長を目指してハイテク産業に重心を置く国家戦略を取るようになりました。2015年5月、中国国務院は、2049年の中国建国100周年までに「世界の製造大国」としての地位を築くことを目標に「中国製造2025」を発表し、その中で、中国の製造強国戦略を実施するための10年計画が掲げられました。このハイテク産業推進政策の結果、投資拡大に伴う「情報通信」分野の業種が急速に成長していきました。
中国政府のハイテク産業推進政策の実施と、それに伴うハイテク産業への投資活性化に伴い、中国においては、数多くのテクノロジー商品やサービスが、世界的にみても非常に低コストで利用できるようになっています。たとえば、スマートスピーカーの価格やシェアバイクの利用金額、洋服の定額レンタルサービスの利用金額などについては、アメリカとの比較においてもかなり低価格で商品やサービスが提供されています。企業の方も、新しいハイテク商品・サービスを低価格で打ち出すことによって、多くの利用者を早期に集め、投資を集めることを狙っていると考えられます。このようなことが、テクノロジーが中国の生活の中に急速に広く浸透した背景の1つとなっています。
生活にテクノロジーが浸透した背景その2: 旺盛な消費意欲を持ち、新しい物好きで“ハイテクノロジーの消費昇級”を求める生活者
テクノロジーが中国の生活に浸透した理由は、国や企業の強力な推進があったからだけではありません。人間というものは、そもそも新しいものをなかなか受け入れない性質をもつものであると言えます。
しかし、中国の生活者の環境を見ていきますと、テクノロジー商品・サービスが低コストで利用できるようになった結果、中国生活者の消費意欲は、経済全体の成長率の安定化とは反対に、勢いを増してきています。中国経済が「新常態」で落ち着く一方で、中国生活者の消費意欲を示す「中国消費者信頼感指数(CCI : Consumer Confidence Index)」トレンドを見ると、ピーク時から少し落ち着きつつあるものの、現在の中国生活者の消費意欲が長期的にみて極めて高い状況にあることが浮き彫りになっています。
中国においてテクノロジー生活が浸透していった背景には、中国の国家戦略に伴うハイテク産業への投資の活発化と、それに伴うテクノロジー商品・サービスの利用コストの低下があり、その結果、テクノロジー商品・サービスが、中国生活者の旺盛な消費意欲をさらに刺激したことが影響しているといった構造がうかがえます。
中国では、経済の安定を背景にした消費のレベルアップ、「消費昇級」があるとうたわれています。従来の「消費昇級」は、より高級・上質な商品・サービスの消費のレベルアップを目指す「ハイグレード」を求める消費昇級を示していたと考えられますが、急速に進むテクノロジー商品・サービスの利用と、それに伴う消費意欲の活性化の裏側には、よりハイテクな商品・サービスの消費のレベルアップを目指す「ハイテクノロジー」を求める消費昇級が、中国生活者の中に起こっていると言えます。博報堂の行った調査でも、中国の生活者は、日米と比較しても「人と違う暮らしをしたい」という意欲が高い上に、さらに「人よりも先に新しいものを手に入れたい」という意欲が高いということが浮き彫りとなっています。
こうした生活者の特性が、これほどまでに中国の生活の中に、急速に、幅広くテクノロジーが浸透していった大きな要因となっているのです。
次回は、中国の生活の中に幅広く浸透していった結果、生活者の中にどのような変化が起きているのか、といった点について、詳しくお伝えしたいと思います。
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博報堂生活綜研(上海)首席研究員1995年に博報堂入社して以来、マーケティングに携わってきており、コミュニケーション領域から事業領域まで、幅広い実務経験を持つ。博報堂生活綜研(上海)のメンバーとして、2018年6月より新たに活動を始める。