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グロースプラニング局が生み出す新たな価値【連載第1回】エビデンスベーストマーケティングの実践
データや最新のマーケティング理論を駆使してクライアントの事業成長を支援する博報堂グロースプラニング局。その取り組みを紹介する連載の第1回のテーマは、「エビデンスベーストマーケティング(EBM)」です。理論を活用したマーケティング施策を消費財カテゴリーで実践しているチームメンバーに、EBMの実践例と、グロースプラニング局ならではの方法論について語ってもらいました。
林 裕真
博報堂 グロースプラニング局
グロースマーケティング三部 部長
久保 翔達
博報堂 グロースプラニング局
グロースマーケティング三部 マーケティングサイエンティスト
森下 明
博報堂 グロースプラニング局
グロースマーケティング三部 マーケティングサイエンティスト
EBMに注目が集まる2つの理由
──今回は、エビデンスベーストマーケティング(EBM)の最新の理論と実践についてお話を伺っていきます。はじめに、EBMに取り組んでいるチームを紹介していただけますか。
- 林
- グロースプラニング局は、統合コミュニケーションの手法を駆使しながらクライアントの事業成長を支援する部署です。局内に4つある部のうち、私がリーダーを務めている三部は、消費財系のクライアントの案件を比較的多めに担当しています。久保と森下と私を中心にして、消費財領域でEBMを推進しているのがこのチームです。
EBMは理論に基づいたマーケティング手法ですが、私たちは「理論家」ではなく「実務家」です。マーケターとしてクライアントに向き合い、クライアントの事業成長を実現するために効果的な理論は何かを考え、実践していく──。それがこのチームの基本的なスタンスです。
──EBMのエビデンスとは、「根拠」や「裏づけ」といった意味です。マーケティングにおいてエビデンスが求められるようになっている背景についてご説明ください。
- 林
- EBMとは一般に、科学的な検証よって発見された、再現性のある不変の法則に基づいたマーケティングを意味します。経験や感覚だけではなく、「この法則に基づけば、ここを改善することで、このくらいの効果が期待できる」という確かな見通しをもって実践するマーケティングと言ってもいいと思います。
これまで消費財カテゴリーでは、ダイレクトマーケティングやECなどのデータを獲得しやすい業種と違い、広告接触と店頭での購買を直接結ぶデータがなかったこともあり、どうしても経験や感覚に頼らざるを得ない部分もあったと感じています。しかし、その状況が変わりつつある。だからこそ、私たちがこのカテゴリーでEBMに取り組むチャレンジには大いに意味があると考えています。
信頼できる研究をベースにしたマーケティング
──グロースプランニング局が考えるEBMとはどのようなものですか。
- 森下
- 私たちがエビデンスとしているのは、とくにグローバルで高く評価されている論文の理論です。その理論に基づいてマーケティング施策を実行し、結果を検証しながら施策の精度を高めていく。それが私たちの基本的な方法論です。
──信頼できる研究をベースにしたマーケティングということですね。具体的にどのような理論に依拠しているのでしょうか。
- 森下
- さまざまな理論を参照していますが、現在とくに依拠しているのが、南オーストラリアのアレンバーグ・バス研究所が提唱しているマーケティング理論です。同研究所の研究結果は、日本でも『ブランディングの科学』シリーズとして出版されています。
その本の中でよく知られているのが「ダブルジョパディの法則」です。売り上げは「浸透率(顧客数)」と「購買頻度」の掛け合わせによって決まりますが、従来のマーケティングにおいては、その2つは別々の変数であると考えられていました。キャンペーンにおいても、「浸透率を高める」、すなわちユーザー数の拡大を目指す施策と、「購買頻度を上げる」、すなわち既存ユーザーのロイヤリティを高める施策は、多くの場合別ものと捉えられてきました。
しかし、アレンバーグ・バス研究所の実証によれば、顧客数と購買頻度には実は相関関係があります。顧客数が多いブランドは購買頻度も高く、顧客数が少ないブランドは購買頻度も低いということです。ですから例えば、ターゲットを狭め既存顧客のロイヤリティを高めることを目的にしたマーケティング施策は往々にして失敗することになります。
このように、これまでのマーケティング常識を覆す理論をアレンバーグ・バス研究所は提唱しています。私たちも、従来の定跡にとらわれず、最新の知見に基づいたマーケティング施策を立案して実行していきたいと考えています。
クライアントの意思決定を後押しする
- 林
- 最新のマーケティング理論のほとんどは海外発です。では、海外で研究され、効果が実証されている理論は、日本の市場や商材に対しても確かな効果を発揮するのか。それを検証していくのも、このチームの大きなミッションです。
──エビデンスをベースにするということは、結果に対するコミットをより深めるということになりそうです。
- 久保
- そうですね、目標を100%達成するとは言い切れなくても、再現性のある理論に依拠して施策を立てれば、その成功確率は上がるはずです。一方、結果と理論値に明らかな乖離が生まれた場合は、方法論が誤っているか、日本市場や業界に特有の変数があることになります。そうした変数を発見できることも、EBMの副産物だと考えています。
- 林
- EBMはクライアントの意思決定を後押しするものであると捉えることも可能です。エビデンスがあることによって、施策の成功率は理論的には高まります。これまでは成功するかどうかわからなかった施策が、例えば80%の確率で成功することを予測できるとすれば、その施策実行の意思決定のハードルは格段に下がるはずです。
「カテゴリーエントリーポイント」という考え方
──消費財の領域でEBMに取り組むクライアントは増えているのでしょうか。
- 森下
- エビデンスを重視したいと考える消費財メーカーは、この数年で確実に増えています。しかし、EBMの方法論を社内に浸透させ実践されている企業は多くなかったように思います。その潮目を大きく変えたのが、2023年12月に発売された『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』(芹澤連/日経BP)という本でした。平易な言葉でEBMについて解説したこの本によって、EBMに対する一般のビジネスパーソンの皆さんの関心が一気に高まりました。
この本を読んだマーケターが関心を惹かれる理論のひとつに「カテゴリーエントリーポイント(CEP)」という考え方があります。あえて簡易化して説明すると、CEPとは「生活者があるカテゴリーに目を向けるきっかけ」のことです。例えば、風呂を出たタイミングでミネラルウォーターを飲みたいと考えたとすれば、「お風呂上り」がそのカテゴリーのCEPの1つということになります。
この考え方は、消費財カテゴリーのブランドを考える際に非常に重要な示唆を与えてくれます。これまで消費財のブランディングにおいて重視されていたのは、イメージやメッセージでした。しかし多くの生活者は、イメージやメッセージに基づいて実際の購買行動を起こしているわけではありません。その時々で思いついたブランドをいわば気まぐれで買うケースがほとんどです。にもかかわらず、売れるブランドとそれほど売れていないブランドがある。その差はどうして生まれるのか──。それを明らかにするには、エビデンスに頼る必要があります。
- 久保
- 生活者がミネラルウォーターを買いたいと思うタイミングはさまざまです。先に例として出した風呂上りに加え、運動の後、仕事の合間、食事をとるときなど、いろいろな状況が考えられます。そういったいろいろなポイント(CEP)で自社のブランドを想起してもらうことが、売り上げにつながると言及されています。
──いろいろな場面で想起してもらうには、ブランドをしっかり記憶してもらうことが必要ですね。
- 久保
- まさにそれが重要なポイントです。多くのブランドがある中で、自社のブランドが生活者の頭の中に占める割合をメンタル・マーケット・シェア(MMS)と言います。そのMMSと、実際の売り上げ、すなわちセールス・マーケット・シェア(SMS)との間には正の相関がある。それがこの理論の核心です。
生活者が日常生活の中のあるシチュエーションで特定のブランドを想起することは、いわばCEPとブランドがリンクしているということです。MMSとは、簡単に言えばそのリンクの総和です。ブランドを想起してもらえるCEPが多いほどMMSは大きくなり、それと連動してSMSも拡大すると考えることができます。
- 森下
- CEPを起点に分析を行うときに念頭に置くべきなのは、競合相手が必ずしもカテゴリー内の製品であるとは限らないということです。運動後に想起されるブランドは、他社のミネラルウォーター以外にも、スポーツドリンク、栄養ドリンク、成人であればアルコール飲料などいろいろなカテゴリーの製品が想定されます。同様に、例えば「夜中に小腹が空いたとき」というタイミングならば、カップ麺、菓子パン、おにぎりなどが競合する可能性があります。
したがって、売り手目線ではなく生活者目線でCEPと競合環境を定義づける必要があるわけです。どのようなCEPで、どのような競合を相手にMMSを獲得するか。そこをクライアントと一緒に考えていくことが私たちの役割であると考えています。
「独自のブランド資産=DBA」を強化する
──ブランドを想起してもらうための具体的な方法をお聞かせください。
- 久保
- ブランドには、想起につながるさまざまな要素があります。パッケージ、ロゴ、コピー、CMの音楽、起用タレント──。そういった要素をブランド資産と呼び、その中でとりわけ強い力を持ちブランドの名刺代わりに働くような資産を「DBA(Distinctive Brand Asset/独自のブランド資産)」と呼びます。あるメロディを聴くと、特定のブランドを思い出す。あるタレントを見ると、ブランドの商品名が浮かぶ。そういった資産です。そのDBAを強化していくことは、想起のきっかけを拡大する手段の一つです。
- 林
- さまざまなCEPでMMSを上げていく戦略は、単純化して考えれば、「オケージョンの取り合い」ということになりかねません。しかし、オケージョンマーケティングだけでブランドが成長するわけではありません。クリエイティブやコミュニケーションによってDBAを創出し、それによってMMSを確実に拡大していくことが、売り上げとブランド成長につながる。そう私たちは考えています。
- 久保
- CEPには多くのクライアントやマーケターが着目していますが、それをDBAや他のマーケティング理論と結びつけて実践につなげているケースは国内ではまだあまりないと思います。論文や研究者の記述によると、CEPとDBAの間には何かしらの関係性がありそうです。しかし、具体的な実践ケースはまだどこにもないのが現状で、いち早く取り組んでいきたいと考えています。
──すでにあるブランド資産を強化していくことでDBAとしていくのか、今はないDBAを新たに創出していくのか。その点についてのお考えもお聞かせください。
- 久保
- どちらも大切です。今ある資産のうち、どれをDBAと定義するかを見極める方法はすでに一般に紹介されています。一方、DBAを新たに創出したり、DBAによってCEPとブランドのリンクを強めていったりする確固たる方法論は、一意に定まらないようです。私たちは現在、その法則や解の一端を見つけようとしているところです。
確かな実践には確かな理論が必要
──最後に、今後の見通しをお聞かせください。
- 林
- 先にご説明したように、このチームのメンバーの本職はマーケター、つまり実務家です。しかし、確かな実践には確かな理論の裏づけがなければならないと私たちは考えています。理論から出発し、独自の知見を加えながら実践し、その結果を検証して理論に磨きをかけていくこと。そして、その理論と実践によってクライアントの事業成長を後押しすること。それが私たちのミッションです。
実践と理論の検証は、私たちだけでできることではありません。さまざまな消費財メーカーの皆さんとともにこの取り組みを進め、ゆくゆくはほかの業種業態のクライアントにもこの新しいマーケティング方法をご提案できるようになっていきたい。そう考えています。
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グロースマーケティング三部 部長
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グロースマーケティング三部 マーケティングサイエンティスト
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