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デジタル時代の「新・ブランド論」【第5回】大規模定量調査から読み解く!―デジタル時代における「感情」起点の買物行動の実態①
SNSなどデジタル環境の変化に伴い、生活者の情報選択・購買・消費行動は大きく変化しています。また、様々なテクノロジーの登場によって、企業の行うデジタルマーケティングも日々進化しています。その一方で、長期的な視点に立った企業と生活者との絆づくりである「ブランド」はどうでしょうか?デジタル時代において、改めてブランドとは、ブランディングとはどうあるべきなのか──そんな問題意識からスタートした「デジタル時代の新・ブランド論」構築プロジェクト。
本連載では、マーケティング、消費者行動論、社会心理学などに精通した研究者と博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターのメンバーによって進められているプロジェクトをご紹介します。
第5回では、本プロジェクトにおいて実施した大規模アンケート調査をもとに、生活者を購買の仕方やSNSの利用頻度などを軸に分類し、情報接触や購買行動がどのように変化しているかを議論しました。
第4回はこちら
<プロジェクトメンバー>
(写真左から)
柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表
石淵 順也氏
関西学院大学商学部 教授
西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表
米満 良平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員
今の生活者のデータから読み取れること
- 米満
- 前々回、前回に続き、生活者のデータからデジタル時代の情報選択・購買・消費行動について議論していきたいと思います。今回からは定量調査の結果を使いながら、分析・考察していきます。
これまでも買物行動において「感情」の役割について議論してきましたが、今回の調査でも主眼としたのは、「感情が盛り上がることが、買物にどのくらいつながるのか?」、また「感情が盛り上がると情報発信されるのか?」を探ることでした。先生方とともに質問の文言も含めて、ご意見をいただきながら調整し、実施しました。
- 西村
- はじめに、連載第3・4回で議論したデプスインタビューからの示唆が、定量調査ではどのように出ているかをいくつか確認していきたいと思います。たとえば、デプスインタビューでは「生活者は情報を選べず困っている」という仮説に対して、「選べるのはいいことだ」というポジティブな反応や、「SNSはそもそも好みの情報しか流れてこないので、情報の多さに気付かない」という声がありました。
今回の調査では「情報が多く選ぶのが大変だ」という問いに、あてはまると答えた人が34%という結果で、一定数いるようでした。
また、「商品やサービスに対するこだわりがなくなっている」という仮説に対し、デプスインタビューでは「自分で選んでいる感覚は重要」という意見がありましたが、定量調査だと「商品やサービスに、機能や価格に差はないと思う」と答える人は思っていたほど多くはありませんでした。「差はあるだろうとは思うが、選べない」という状況がありそうです。
更に、「買物で失敗することが増えていることから、失敗したくない意識が高まっている」という仮説については、デプスインタビューでも「失敗したくない」という声が多く聞かれていましたが、定量調査でも40%超と高い数値で表れていました。
- 米満
- いずれの結果も、SNSの利用頻度が多い人ほど、この傾向がより強くでていましたね。
「検索しない」情報探索行動とは?
- 西村
- そうですね。定量調査をさらに見ていければと思います。調査の中では、実態として感情に限らず、スキンケア、外食・グルメ、スイーツ・お菓子などカテゴリ別に「Q.意識的な情報検索」と「Q.3カ月以内の購入経験」を聞いています。生活者の「失敗したくない」という意識から考えると「検索→購入」の流れでは、検索率の方が高いと考えそうになるのですが、今回の調査結果からは複数のカテゴリで、購入率の方が高い逆転現象が確認されました。生活者が購入前の検索行動をしなくなってきているようにも考えられますが、柿原先生は、この結果をどのように解釈されるでしょうか。
※数字は%表記
- 柿原
- いくつか仮説が考えられると思います。ひとつは、そもそも検索行動の絶対量が減っていることです。情報が多すぎるために「まんべんなく集めて調べる」ことの効用が薄れている可能性がありますね。もうひとつの仮説は、「検索」そのものの概念が、多くの人たちの中で消えつつあることです。SNSで接触した情報を起点に何かを調べたとしても、いわゆる検索ボックスにキーワードを入力する検索ではないので、検索している認識がないのかもしれない。私はこちらの仮説のほうが影響として強いのでは、と思っています。
- 米満
- その認識を確かめるために、今回の調査でも設問文をあえて「意識的に検索しているか」という聞き方にしましたね。
- 柿原
- 意識的に検索ボックスに何かしらのキーワードを入力するには、その手前に、自分の中で情報の内容を整理して、調べたい内容につながるキーワードを思いつくというプロセスがあります。SNSからの情報への受動的な「接触」が起点だと、このプロセスを経ないので、「検索」という自覚が低いのかなという気がします。
ストックされた情報は「検索」し、フローの情報は「接触」する
- 澁谷
- 同感です。まさに、SNSにおける情報探索は、「検索」というよりも「接触」という感覚が近いように感じます。例えば、女性にとっての化粧品、グルメ、スイーツといったジャンルは、日常的に「もっといいものや新しいものがないかな」という意識があるから、SNSでは探索されるけど、「検索」ではなく情報を「接触」しているジャンルだと思います。
- 米満
- まさに興味関心が比較的高いカテゴリであっても同様の傾向が出ていたのは、興味深い結果でした。企業側は生活者に検索してほしいという意識は依然として強いと思いますが、生活者側からすると検索という意識そのものが薄れてきているように感じます。
- 西村
- ふと考えてみると、検索ってかなり能動的な行為ですよね。SNSのフィードによる情報接触はとても受動的なので、それに慣れてしまうと、検索しようと思ったときでもキーワードがパッと出てこなかったりします。
- 澁谷
- 検索ボックスにキーワードを入力する「ウェブ検索」自体が、実は特殊な行為だったと言えるのかもしれません。かつては図書館情報学のような領域で行われていたデータベース検索が、一般の人たちもできるようになった。でも、それ以前の時代は、何かを知りたくてもマスメディアからの発信を受けるか、周囲の人に聞くくらいしか手段がありませんでした。だから、雑誌のページを切り抜いてスクラップするようなことが行われていたのでしょう。
- 柿原
- スクラップブックは、自分好みの情報やコンテンツが詰まった、ある種のパーソナルメディアですね。ウェブ検索によって、情報源も時間軸も急激に広がったものの、一周回ってSNSのフィードを自分好みにすることで、またパーソナルメディアに回帰しているといえそうです。
- 澁谷
- SNSに好きな情報が流れてくるから、もう検索する必要もない、という感覚はありそうですよね。ただ、そこにはスクラップと違って情報がストックではなく、フローになったという変化もありますね。
- 米満
- 検索に慣れた世代からすると、情報探索はストックされた情報の生け簀に対してアクセスしているような感覚がありますが、今の生活者の情報探索はフローの情報をキャッチする感覚に近いと思います。意識が大きく変わってきていると言えそうですね。
成熟化社会だからこそ、「今の楽しみ=感情」を重視する?
- 西村
- 自分で探索して精査するには情報が多すぎるから、自分にとって居心地の良いパーソナルメディアに出てくる情報以外は調べない、というスタンスになったとき、まさに今回テーマにしている“感情”が大事になってくるのかもしれません。居心地が良くても、何らかの盛り上がりがないと、何も買わずに済んでしまいますから。
その点を引き続き、調査結果を見ていきましょう。「Q.3カ月以内に感情が盛り上がって買物をすることがあったか」を聞いたところ、まず、感情が盛り上がっての買物はしない、という方々も多くいるのですが、SNS利用頻度が高い人ほど経験率も高い傾向も出ています。
- 柿原
- とても興味深く感じたのが、感情購買経験とSNS利用頻度に強い相関があるように見えることです。ここで考えるべきは、感情購買とSNS利用のどちらが原因でどちらが結果なのか、という因果関係です。感情購買をしがちな人は、SNSでのフローの情報接触も発信もどんどんするタイプなのか、それともSNSを多く利用するからそれがトリガーとなって、感情購買が促進されるのか。
- 西村
- SNSを見ていなければ、ソースがないので感情の盛り上がりようもないのでは、という気もします。感情的な購買は理性的な購買と逆の現象といえるのでしょうか?
- 柿原
- そういう場合もあるかもしれませんが、完全に相反しているわけでもなく、連続しているようにも思います。受動的にSNSを見ながら、何かピンときたもの、深掘りしたいという意識を持つと、いわゆる検索行動に進むというケースもありそうですね。
- 石淵
- このような結果が出ていることの前提に、考え方や価値基準の変化があるようにも思います。今回の調査で「Q.生活水準を高めるために努力するくらいなら、努力せずに今の生活水準を維持するほうがいい」という設問がありましたが、全体でいうとNO(努力する)が少し多かったものの、SNSのヘビーユーザーは40%とかなり高い割合でYES(維持でいい)と答えていました。つまり、“今の楽しみ”を追求するからSNSの受動的な情報接触が多く、感情的な買物も増えている、という読み解きもできそうです。
- 西村
- たしかに。今を楽しむ手段のひとつとして、SNSが用意されているという見方もできますね。事実として、「感情が盛り上がって買物をする」人が一定数、特定の層にいるわけですが、その前提にあるのは成熟化社会なのかなと思います。
「わくわくする情報」のオーガナイズが求められる?
- 澁谷
- この研究会の中でも何度か議論をしていますが、昔は今よりも、頑張れば大きな幸せをつかめるという夢があったと思いますし、大きな幸せやストーリーを描きやすい社会だったのに対して、今はより目先の楽しみを優先する傾向が強くなっている感じがします。また、それに合わせて様々な企業の提案も、そちらを取る傾向を強めているように感じます。
- 柿原
- そうした傾向がSNSなどで可視化されて、アクセスしやすくなっていますしね。以前は楽しいことの情報源が見えづらかったから、頑張っていい大学に進んで大企業に就職し、豊かな暮らしをすることが幸せな生活へとつながる理想像のように思われていましたが、今は多種多様な”わくわくすること”がSNSで見えて、タップすれば購入リンクもあって手に入れられるという状況です。
- 西村
- そうすると、情報探索の段階で求められるのは、情報の網羅性や信頼性よりも、感情を揺さぶりよりわくわくする情報をオーガナイズすることかもしれないですね。それはこれまでのブランディングの発想が異なってきそうです。
- 石淵
- 何かを買う目的が明確な場合なら、情報の網羅性や信頼性が大事ですが、SNSはもともと買う気で見ていないから、特に明確な基準や判断軸はないのかもしれません。
- 柿原
- そうですね。一方で、たとえばアーティストのライブのチケット購入のような切実な情報は、それこそSNSを駆使して調べていそうです。化粧品なども、多種多様な口コミを調べたり、企業の公式サイトを確認したり、という行動は変わらずあると思います。そうすると、「フローの情報接触からの買物」から「本気モードの買物」がグラデーションで併存している感じがしますね。
- 米満
- 消費者行動論における購買意思決定プロセスだと、問題認識、情報探索、代替品の評価があって購買決定に至るという流れでよく説明がされます。まずは問題認識というところから入るわけですが、成熟した社会においては、生活者自身が理想と現状のギャップを認識することが多くなくなってきているのかもしれません。
- 澁谷
- そうですね。ファネルを想定して打ち手を検討していたのが、想起から関心へのパスが弱いから、経路が成り立っていないんですね。
- 西村
- 成熟社会では、そういう大層な困りごとって日常ではあまり多くないですね。今は、シンプルに「好き」を起点にして、本気モードになることも多くありそうです。購買のファネルについても、企業やブランド側が確認や検証のためにKPI設定をするには有効でしょうが、実際の消費者行動はそうはなっていない。むしろ、感情と結びついたオケージョンと、ブランドというセットをいかにつくるかがフォーカスポイントなのかもしれません。これまでとかなりアプローチが変わりそうです。
「検索させるブランド想起」ではなく、「感情を想起するオケージョン」で差別化する
- 西村
- 本気モードになると、昔ながらの情報探索行動として指名検索がされて、指名買いにつながる、と。ただ、指名買いしてもらうのは本当に難しくなった実感があります。以前なら、何回か接触して覚えてもらえたら一定数の方は調べてくれて、購買につなげられていましたが、ここまで話に上がったように、感情購買がメインになると再現性がない。
- 柿原
- まさにそれが、ブランド論ともかかわってくると思います。名前を覚えてもらい、好感や信頼を抱いてもらった結果、指名してもらえるからブランド力を上げましょう……という話だったのが、それがうまく機能しにくくなっている。ブランドに信頼が蓄積されないとなると、新たにどんなメソッドがあるのでしょうね。
- 西村
- 冒頭にもあったように、生活者の立場で考えてもそもそも欲求がぼんやりしているから、何を検索していいかわからないというのもあります。その一方で、口コミやSNSで見たり、聞いたりした感情を思い出すということは多くなっているのではないでしょうか。先日気晴らししたいタイミングがあって、初めてお笑いライブに行ったんです。少し前に、たまたま親戚からおすすめされていて、「楽しそうだな」と思った自分の感情を思い出したんですよね。それで行ってみたという流れでしたが、発端がリアルな口コミでもSNSでも、触れたときの感情を覚えていなかったら思い出さず、行くこともなかったと思います。
- 米満
- ブランドの情報は生活者の記憶に残りにくくになっていますが、そこに紐づく人の感情は記憶に残りやすいのかもしれません。今のデジタル環境で広がり、記憶される情報は、強い感情がセットでありますよね。この研究会でも、ある種のドーパミン的な情報接触や購買行動、デマの拡散やエコーチェンバーの問題などは避けられないテーマとして議論して来ましたが、その点ともつながる部分がありそうです。
- 澁谷
- おもしろいですね。その場合、ブランド側の視点に立ってみると、ブランドそのもので差別化しているというより、オケージョンで差別化していると捉えられます。あの時、あの状況というオケージョンは、人の感情と結びついていますからね。
- 米満
- 次回も引き続き、大規模定量調査からみなさんと議論を通じて、生活者意識を読み解いていきます。
【生活者の「感情」起点の買物行動実態を探る定量調査:実施概要 】
調査地域:1都3県
調査手法:インターネット調査
調査対象:20~49歳 男女個人 10,409人
調査企画分析:博報堂DYホールディングス
※SNSヘビーユーザーは「毎日6時間以上見ている」と回答した646ssのデータを掲載
第6回に続く
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澁谷 覚氏早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表東京大学法学部卒業、東京電力(株)に勤務。慶應義塾大学でMBAを取得。同社退社後に慶應義塾大学で博士(経営学)を取得。新潟大学助教授、東北大学教授、学習院大学教授、レンヌ第一大学ビジネススクール客員教授等を歴任。学習院大学では2020~21年に国際社会科学部長を務めた。2022年より現職。
この間、情報通信サービス、IT系を中心に、食品、住宅、エンターテインメント等多くの企業において、特にデジタル・マーケティング戦略、顧客分析、ブランド構築、人材育成等の策定、実行支援を数多く経験。日本消費者行動研究学会会長、『消費者行動研究』編集長、日本商業学会『JSMDジャーナル』編集長、日本マーケティング学会『マーケティングジャーナル』副編集長、等を歴任。
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柿原 正郎氏東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門は経営情報システム、ユーザー行動分析。Google在職中から続く研究テーマは、デジタル環境下における消費者の情報探索行動。最近は、eスポーツやVTuber等のエンターテイメントコンテンツビジネスにおける消費者行動についても研究を進めている。
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石淵 順也氏関西学院大学商学部 教授関西学院大学商学部中途退学(大学院飛び級入学のため)。同大学商学研究科博士課程後期課程修了。博士(商学)。福岡大学商学部専任講師、助教授を経て、2006年4月関西学院大学商学部助教授(現准教授)、2011年4月より現職。専門は、消費者行動論、マーケティングリサーチ、商業論。特に、買物行動、消費者行動における感情の働き、商業集積の魅力などを研究。主著に『買物行動と感情―「人」らしさの復権』(有斐閣, 2019年)。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事、日本マーケティングサイエンス学会学会誌編集委員等を歴任。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員マーケティング・リサーチ会社勤務の後、株式会社博報堂にてストラテジックプランニング・ディレクターとして、事業・ブランド戦略立案から顧客獲得、コミュニケーションに関するプラニングに従事。VoiceVision、ブランド・イノベーションデザイン局にて、生活者共創やユーザー・イノベーションを専門に、コミュニティ・プロデューサーとしてプロジェクト推進を行う。2021年より博報堂DYホールディングスにて、マーケティング実践領域の研究開発に従事。経営学修士(MBA)。博⼠後期課程。大学非常勤講師(マーケティング、消費者行動)。