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「モデリング」で世界を捉え人間とAIの共進化と価値共創をめざす(後編)
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「モデリング」で世界を捉え人間とAIの共進化と価値共創をめざす(後編)

博報堂DYホールディングスは2024年4月、AI(人工知能)に関する先端研究機関「Human-Centered AI Institute」(HCAI Institute)を立ち上げた。

HCAI Institute は、生活者と社会を支える基盤となる「人間中心のAI」の実現をビジョンとし、AI に関する先端技術研究に加え、国内外のAI 専門家や研究者、テクノロジー企業やAI スタートアップなどと連携しながら、博報堂DYグループにおけるAI 活用の推進役も担う。

本格的なスタートを切ったHCAI Institute を管掌する、博報堂DYホールディングスのCAIO(Chief AI Officer)である森正弥が、AI 業界をリードするトップ人材と語り合うシリーズ対談を「Human-Centered AI Insights」と題してお届けする。

第4回は、産業技術総合研究所人工知能研究センター首席研究員、人工知能技術コンソーシアム会長、人工知能学会副会長も務める本村陽一氏を迎え、博報堂DYホールディングス、マーケティング・テクノロジー・センター室長兼Human-Centered AI Institute室長の道本龍と共に、AI技術の発展やイノベーションの民主化、人間とAIの関係性について議論した。

前編では、本村陽一氏の少年時代からのコンピューターへの情熱、ニューラルネットワークからベイジアンネットワークへの研究の変遷、そしてビッグデータ時代の到来とともにベイジアンネットワークがどのように活用されてきたかについて伺った。さらに、イノベーションはニーズとシーズの出会いで生まれ、それがニーズ側にシフトしていく「イノベーションの民主化」という概念についても議論した。後編では、AIと人間の関係や創造性を「モデリング」で捉えることの重要性、そしてデジタル変革におけるモデリングの段階的進化について語られた内容をお届けする。

※前編はこちら

AIと人間の関係や創造性をモデリングで捉える

道本
本村先生との会話で特に印象に残っているのは、サイバーフィジカルやデジタルツインの本質についての考え方です。先生は、それらを「計算可能空間」と表現されました。デジタルツインというと、現実世界をそっくりそのまま仮想空間に再現するイメージがありますが、先生は「計算可能な仮想空間を現実と繋げる循環させること」が重要だと指摘されたのです。

計算可能なので、いくらでも思考作業や最適化の施策を回せるわけです。一番良かろうと思われることを現実に落とせばいい。単に現実世界の鏡写しを作るという世界感ではなく、シミュレーションできることが重要です。

それはあたかも人間が無意識にやっている行為に近いと感じました。例えば、子供は自然と言葉を喋るようになりますが、文法のような法則を教え込んだからでもないですし、現在のAIのように膨大な教師データを与えたからということでもないでしょう。恐らく子供の頭の中では無意識に様々な試行錯誤、いわばシミュレーションが行われ、その中で最も状況にあったものを発話しているのだろうと思います。そして、親や周りの人は逐一その全部の発話に対して正解・不正解となる教師データをフィードバックしてくれるわけではありません。時には親や周りの人は、けげんな表情をするだけの場合もあるでしょう。それらの限られたフィードバックを元に、また頭の中では無数の試行錯誤・シミュレーションが行われ、言葉の理解や世界観を作り上げていっているのだろうと感じています。そのようなことが一個人の中で行われるのではなく、社会全体で行われうるのだという世界観にとても驚きと感銘を受けました。

つまり、現実では不可能なほど大規模で複雑なシミュレーションを高速で行い、最適な解を見つけ出し、その結果を現実世界に適用し、その結果をまた戻すことでリアルとバーチャルの相互の進化・発展ができるということを意味します。

本村
道本さんと私の共通の接点は「モデリング」です。私たちは皆、頭の中に主観的な「世界」がまずある。そして、その主観的なモデルを基に、社会を他の人とも共通に理解するためモデルを少しずつ更新していきます。私たちは客観的な世界をそのまま認識していると考えてしまいがちですが、実際には「相互主観的なモデル」を通して世界を解釈しているのです。

例えば、天動説から地動説へのパラダイムシフトを考えてみましょう。人々が信じるモデルが変化したことで、世界の認識そのものが変化しました。これは、私たちが「現実」と捉えているものが、実際にはその時々に信じられているモデルによって規定された、主観的なものであることを示しています。ある研究分野ではこうした相互主観的なモデルのことを「リアリティ」と呼んでいます。「リアル」ではなくて「リアリティ」です。相互主観的に信じられることです。モデルは暫定的であって、更新されていきます。

現実世界とサイバーフィジカルシステムは、静的な「鏡写し」の関係ではなく、相互作用によって常に変化していく動的な関係と捉える点が興味深いですね。そしてどちらも「主観」であると。現実世界からのフィードバックが、私たちの思考モデルや「リアリティ」を更新していき、またその逆もある、という世界観で、本村先生と道本さんの考えが一致したということですね。
本村
教育の中で、世界はこうだと教わって、受動的に世界を受け止めようとする方が多数です。しかし、子どもは、世界はこういうものかなと思いながらアップデートして、きっとこうだろう、自分の周りの人や社会のイメージはこうだろうという主体的、能動的に作っているわけです。
道本
統計学や物理学においても、状態は常に変化しており、生成・観測されるデータもその背後にあるメカニズムもダイナミックに変化しおり、データはたまたま観測すると特定の値になっているというだけの話であって、「モデリング」という能動的なアップデートはとても重要なのだろうと思います。これらの共通点は、いずれも、現象論的に実態をありのままに捉えることの重要性とその背後にあるメカニズムを理解することの重要性、そしてそのシナジーが求められるところにあると思います。
私たちもAIと人間の関係や創造性という概念は、「モデル」ではなく「モデリング」で捉えるべきだと思っています。人とAIの関係は固定的に解釈されがちです。「人がAIを使うべきだ」「人間の方がクリエイティビティはAIよりも上だ」で話が終わってしまいがちです。そうではなく、本来は人とAIのインタラクションで共進化していくはずですし、AIのモデルもそうやって変わっていくはずです。

さらに言うと、人の想像性はAIの進化によって刺激を受けて発展していく関係にあると思います。

本村
そうですね。AIやシステムを通して私たちが新たな価値を創造していくためには、「モデリング」の考え方が不可欠です。なぜなら、データが持つ意味自体を決定づけているのは人間だからです。「これがデータである」「ここにセンサーを設置する」「データベースにこのラベルを付ける」といった判断は、すべて人間が行っています。

AIは、人間が与えたデータに基づいて学習し、数理的なモデルを構築するだけです。つまり、AI単独で進化をなしとげるということはあまり現実的ではありません。人間の創造性によって生み出されたデータが、AIの進化の原動力となるのです。逆に言えば、人間の創造性が不足すれば、AIの進化も頭打ちになるでしょう。

今起こっていることはまさにそうです。現在、AIは既存のデータを学習し尽くし、新たなデータを求めています。同時に、生成AIによって作られたデータも増加しており、人間が生成したデータ(ヒューマン・ジェネレーテッド・データ)よりもAIが生成したデータ(AI・ジェネレーテッド・データ)の割合を考えると、これからはAI生成データの割合がどんどん増えてしまうわけです。しかし、AI生成データを多く学習したAIは、性能が劣化するという問題も指摘されています。
つまり、AIの進化を考える際には、単に表面的なデータを扱うだけでは不十分だということです。人間とAIのインタラクションや、データ化されていない人間の暗黙知、さらには価値そのものに目を向ける必要があります。これらを踏まえると、AIと人の未来は、新しい世界観を持ちながら「モデリング」をいかに能動的に捉えるかにあると言えます。

HCAI (人間中心のAI)の方向性を考える上でも重要なお話です。博報堂D Yグループの武器は「モデリング」だと私は思っています。つまり人間中心とは、単にニーズを満足させたり、人間に安全を確保させたりする話だけではなく、「モデル」ではなく「モデリング」を進めていくこととインタラクションしていくということだと考えると、Human-Centered AIのコアケイパビリティとして「モデリング」を深く探求していくことが重要ではないか。今のお話をお聞きしていて感じました。

三段階のデジタル変革と人間中心のAI

本村
「モデリング」を探求していくためのデジタル変革には三段階あると考えています。現状はまだモデリングが意識されていないデジタル化です。今のプロセスがそのままデータになり、それをAIが写しとるという形で進行している第一段階です。今話しているような未来に行くためには、「何が価値なのか」、解釈を入れていく必要があります。ID-POSデータの中に価値そのものは入っていません。価値を創造するには、モデリングが不可欠です。

第二段階は、人間がデータの中に「価値」という目的変数を埋め込み、それを説明する変数で構成する構造的なモデルをAIによって可視化することです。

これにより、価値を向上させるためのAI制御・最適化が可能になり、クリック数の増加といった単純な最適化から、真の価値向上へとシフトします。しかし、この段階でAIに任せきりにしてしまうと、「自動販売機のようにただ製品を供給するだけ」になりかねません。

真のデジタル変革である第三段階は、人間がAIよりも価値構造を深く理解し、そのモデルを継続的にアップデートしていくことです。これがこれから見据えていく「未来」だと思っています。価値のモデルを新しく作り、進化させることができて初めて第三段階になる。第二段階で作った価値構造をブラックボックスにしていたら、自動販売機の世界になってしまいます。そうならないためには説明可能なAI、ベイジアンネットワークのような因果的な構造を、人が見て理解できる形で多くのステークホルダーが共有できるかどうかが勝負です。

自動販売機の背後にある「人と商品の相互作用」で起きていることがモデル化されると、製品を開発している人がそれを見て新商品をつくります。どこで誰が買っているかが分かれば、中間流通の世界も最適化できるわけです。今までの業務プロセス自体を変えるのが本来のデジタル変革で、価値構造が見えた後に変革をするのが第三段階です。これが本来の意味のトランスフォーメーションだと思っています。この世界が実現すると、いろんな人たちが協力できるようになります。今までの競争的な資本主義社会の構造から価値を共創する世界に変わります。

説明可能なAIをどう作っていくか。どうやって人間参加型のAIにしていくか。私たちはHuman-Centered AIでアップデートできるのではないかと考えています。AIを用いた際の体験価値の話や、人とAIのインタラクションによる相互の影響、さらにマルチステークホルダーをどう巻き込んで意思決定を行い、開発と管理を社会全体で進めていくか。それらをつきつめていくと、今おっしゃったことが実現できるのではないかというビジョンをもっています。

狭義の人間中心のAIは、AIでニーズを満たして生産性が上がり、価値が作り出される。そのためにはAIの信頼性も高くしていかないといけないというループでした。私たちはその先の発展したループを作れると考えています。創造性がどう変わるのか。ここで新しいコラボレーション、マルチステークホルダーや、今まで共創していなかった人とのコラボレーションが生まれると世の中が変わっていくのではないかと考えています。

道本
本村先生のお話の根底には、常に意思決定にどれだけ技術が貢献、またはサポートできるのかという観点があると思います。だからこそ理解やその共有のためのモデリングが必要になってくると。やみくもに最適化をするのではなく、背後にあるやりたいことに対し、気づきを与えてくれて、意思決定を支援してくれる部分に注力されていると感じました。

本村
おっしゃった点はAIを使うときの重要なポイントです。例えば医師が使うAIの反応速度をわざと遅くすることがあるそうです。なぜかというと、AIが先に診断結果を出してしまうと医師の主体性が失われてしまうからです。

ここで冒頭の話に戻りますが、幼少期からコンピューターが大好きな少年だった私は、ニューラルネットワークを研究するなど、自ら進んでコンピューターに触れてきました。趣味が仕事になったと言えるのです。

そこで、「趣味」と「仕事」の違いについて考えました。「人に頼まれるか、自分でやりたいか」「お金がもらえるか、もらえないか」といった軸がありますが、私にとって重要なのは「自分が主体的に動いているか」です。コンピューターを扱う活動は、ほぼ完全に「やりたいこと」の範疇です。

しかし、結婚して家族を持つと新たな軸が生まれました。「自分がやりたいこと」と「家族のために行うこと」です。これは趣味や仕事という枠組みを超えた、普遍的な問いではないでしょうか。多くのエスタブリッシュされた方々の趣味活動の中に、「家族のため、社会のため」という要素が含まれているはずです。そして、この活動が本質的に利己的なのか、利他的なのかという問いも、これからの社会において重要になります。

AI時代においては、単なる金銭的利益追求ではなく、価値創造やクリエイティビティにこそ、人間の存在意義が問われます。

そうですよね。本村先生がおっしゃるように、これは主体性の話でもあると思います。AIを活用することで、主体的に仕事を選べるようになり、リーダーシップを発揮できるようになりました。しかし、「自分のため」だけの動機では限界があります。これからの働き方では、社会貢献のような「利他」の要素が重要になってきますね。主体性の話は人間中心のAI、インタラクションの観点ともつながってきます。数多くの示唆をいただけました。本日はありがとうございました。
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  • 本村 陽一氏
    本村 陽一氏
    産業技術総合研究所人工知能研究センター首席研究員、人工知能技術コンソーシアム会長
    1994年、通産省(現経済産業省)工業技術院電子技術総合研究所入所。1999年 アムステルダム大学招聘研究員を経て2001年より独立行政法人産業技術総合研究所所属。2010年サービス工学研究センター副研究センター長、2015年人工知能研究センター副研究センター長および人工知能技術コンソーシアム会長、2016年より首席研究員。東京工業大学大学院特定教授、神戸大学客員教授、人工知能学会副会長を兼務。主な研究テーマに「次世代人工知能研究(データ知識融合型人工知能、社会現象の確率的モデル化と最適制御)」「ベイジアンネットワークによる不確実性モデリング」「サービス工学における大規模データモデリング」「人間行動モデリングのための確率・統計的手法の研究」がある。
  • 博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
    Human-Centered AI Institute代表
    外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。
  • 博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 室長
    大手金融機関にてデリバティブズやストラククチャードファインナンスの業務に従事し、その後、博報堂にて広告やマーケティングの研究開発業務に従事。
    主に、メディアにおける解析業務、データマーケティング、マーケティングサイエンス、マーケティングの投資効果分析、などの研究に携わり、現職に至る。
    マーケティング・テクノロジー・センターでは、生活者を理解するためのデータ開発、AIや機械学習といった先端技術による分析や自動化、XR/メタバースを活用した体験創出、統計解析技術によるマーケティング効果の測定やシミュレーター開発、など、幅広いマーケティングの課題に対し、テクノロジーで解決する取り組みを推進している。