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【WE AT連載・産官学で挑む社会課題とビジネス 第2回】”データドリブン社会課題工学”が拓く物流や電力のミライ(前編)
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【WE AT連載・産官学で挑む社会課題とビジネス 第2回】”データドリブン社会課題工学”が拓く物流や電力のミライ(前編)

博報堂ミライの事業室は、新規事業開発をさらに推し進める一手として、東大や京大、東京科学大などと共同で一般社団法人WE AT(ウィーアット)を設立しました。WE ATは、グローバルな社会課題に挑むスタートアップや未来の起業家を産学官連携で後押しするためのソーシャルイノベーションエコシステムづくりを進める法人です。本連載では、WE ATの理念や取組に共感いただいているゲストとの対話を通じて、ソーシャルイノベーション推進のヒントを探ります。第二回は、東大技術経営戦略学専攻教授の田中謙司先生を訪ね、物流や電力など大規模な社会課題への挑戦について語らいました。

田中 謙司氏
東京大学 大学院工学系研究科
技術経営戦略学専攻 レジリエンス工学研究センター
教授

諸岡 孟
博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
一般社団法人WE AT 事務局長

古賀 聡
博報堂プラニングハウス 代表取締役社長
エグゼクティブプラニングディレクター

サプライチェーンの不確実性にデータドリブンで切り込む

諸岡
田中先生、何度も訪問させていただきありがとうございます。研究室では、データ分析の方法論や社会テーマの知見、企業などとの実装をうまくミックスしながら、世の中の社会課題に取り組まれていらっしゃいます。そうした活動を目の当たりにして、僕は勝手に「データドリブン社会課題工学研究室」と表現しました。具体的な研究内容についてぜひご紹介ください。
田中
データドリブン社会課題工学という表現は、わりと当たっていると思います(笑)。私の学生時代の研究分野は、船舶工学でした。船舶工学という分野は、特定の分野を突き詰めるのではなく、船舶がもつ様々な側面を研究対象とし、新しい技術や理論、素材などを積極的に取り込んでいくいわば総合実践工学です。その中で、私の主な関心領域は、船舶に関連する物流の研究でした。まだ存在していない物流のモデルをシミュレーションし、それが事業的に成立するかを検証する研究です。

田中研究室の詳細はこちら →→ https://www.ioe.t.u-tokyo.ac.jp/

具体的なテーマとしては、例えば「サプライチェーンの不確実性」について探求しました。商品の売り上げは常に変動します。その不確実性をサプライチェーンの中でいかに調整し、安定的な商品の生産を実現するか。そんなテーマです。そこからさらにエネルギー分野にも研究領域が広がりました。

大学卒業後は、経営コンサルティング会社に就職し、その後、投資ファンドでもキャリアを積みました。しばらく民間企業で働く中で、世の中にあるさまざまな社会課題を知ることになりました。大学と企業で学んだことをいかし、社会課題解決につながるような研究がしたい。そう考えて、大学に戻り、研究生活に入ったわけです。現在も、私の研究室では物流が大きなテーマの一角を占めています。

諸岡
船舶という広大な分野の中でも物流とサプライチェーンに関心を持たれていたわけですね。
田中
一般に、商品のサプライチェーンでは、工場と物流と販売との間に対立が発生する構造があります。例えば、eコマースで飲料などの商品をキャンペーンを実施して売上を伸ばそうとすれば、大量に商品を仕入れなければなりません。仕入れた商品は倉庫に保管されることになります。結果、倉庫側では大量の在庫を抱えることになります。また工場では、注文が増えれば生産数を増やさなければなりませんが、その生産数をいつまで維持すればいいか見通すことは簡単ではありません。
諸岡
売上は時々刻々と変動しており、工場・物流・販売も素早い見立てを行うわけですが、その方向性がすれ違っていると、欠品や不良在庫といった事態が発生します。特に生産や物流は即時反映ができないため時間遅れが発生することも、問題をいっそう難しくしていると思います。
田中
その通りです。売上がこのあと増えるのか減るのか、どんなスピードで動くのか。そういった対立構造を変えるためには、全体最適の視点に立ちながら、かつサプライチェーンの各プロセスでどのような動きをすればいいかを明らかにするモデルづくりが必要です。シミュレーションをして、そのようなモデルづくりをすることが、私の研究室の大きなテーマの一つです。
諸岡
システム全体と個別アクターという異なる階層の挙動を制御・最適化するための汎用的なモデルを目指されているわけですね。

「WE AT」が取り組む社会課題へのチャレンジ

諸岡
先ほど僕は「不良在庫」と簡単に言ってしまいましたが、その影響はひと言では片付けられません。不良在庫を廃棄すると、それは単に企業の業績へのダメージというだけでなく、その商品が飲料や食品であればフードロス、プラスチック製品であればプラごみ問題や二酸化炭素排出というように、スケールの大きな社会課題へと波及することになります。

田中
技術の側面に集中しているとなかなか意識が向きづらいですが、現実社会への実践的応用を掲げる当該分野においては避けては通れないことです。
諸岡
僕が事務局長を務めている一般社団法人WE ATでは、そうしたグローバルな社会課題に挑むスタートアップや学生、研究者、企業内起業家などを産学官連携で多面的に後押ししていく取組を推進しています。先日はWE ATとして初となるグローバルアクセラレーションプログラム「WE AT CHALLENGE 2024」を東京大学、京都大学、東京科学大学、JETROと共同で、TIB(Tokyo Innovation Base)のご協力のもと開催しました。当日はファイナリストのピッチだけでなく、東京大学総長藤井輝夫氏、東京科学大学学長田中雄二郎氏、(藤井総長と田中学長はWE AT運営諮問会議のメンバー)、シンガポールTEMASEK Foundation CEO NG Boon Heong氏、東京都副知事宮坂学氏、OECD Head of Centre for Entrepreneurship Rudiger Ahrend氏など多くのゲストが駆け付けてくださり、WE ATへの期待や抱負などについてご講演いただきました。

ピッチについては、「Global Liveability(地球のウェルビーイング)」、「Healthy Life(心と体のウェルビーイング)」、「Living & City(街と暮らしのウェルビーイング)」という3つのウェルビーイングを掲げ、国内外32カ国から400件近いエントリーをいただくことができました。その中からぜひ支援をさせていただきたい16チームに「WE AT AWARD」を贈呈し、事業会社との共創や大学接続、海外展開サポートなどの推進にむけてさまざまな協議を始めています。

WE AT CHALLENGE 2024の詳細はこちら →→ https://we-at.tokyo/news/351

WE AT CHALLENGE の特長のひとつは、スタートアップだけでなく起業前の学生さんや研究者、エンタープライズの新規事業プロジェクトからも広くエントリーを募り、素晴らしいチームにはそれぞれ表彰もさせていただいた点です。起業していなくても社会課題にチャレンジしたい、社会をよりよくしたいと考える方は大勢いますし、そうした方々の熱い思いも応援していきたい。そうした考えで行っています。

田中
WE ATの発起人である東大の一員としても、アカデミア研究者としても、WE ATは素晴らしい取組だと思います。技術シーズや技術人材は大学で育てることができますが、商用化・事業化となると技術以外のあらゆる側面も自分たちでカバーしなければなりませんし、多様な方々との連携も必須です。そうした起業の前段階から起業直後などさまざまな困りごとが発生するタイミングでも、WE ATというプラットフォームを活用できるのでしょうか?
諸岡
はい、もちろんです。大切なのは直面する社会課題に自分もチャレンジしたいという純粋な気持ちだと思います。僕らWE ATは、そうしたチャレンジャーたちに役立つ武器を調達し、作戦をともに考え、飛躍の滑走路を用意するような役回りになれたらと考えています。
田中
たいへん心強いですね。そのようなプラットフォームがあるならばチャレンジしてみたいと考える学生や研究者が周りにもいそうですし、むしろ積極的な活用を促していきたいと思います。

エネルギーの需給バランスをいかにコントロールするか

古賀
先にふれた多様な変数を複合複層的に扱い、最適化を導くモデルは、いろいろな分野に応用できそうですね。
田中
おっしゃるとおりです。私の学生時代からの関心領域であるエネルギー分野や都市設計などに実際に応用しています。エネルギーの場合は、需給バランスのコントロールにこのモデルを応用することが可能です。それによって、脱炭素という社会課題の解決を目指すことができると考えています。

ポイントは、全体最適のレイヤーと個別最適のレイヤーを両立させることです。エネルギーの需給のバランスをとるためには、蓄電と放電の仕組みをうまく活用する必要があります。電力系統からの電気をEVや各家庭の蓄電池に貯めて、必要なときに活用したり、電気が足りていない人に提供したりする仕組みをつくることができれば、エネルギーの無駄が減りますし、供給が不安定な再生可能エネルギーの活用も広がります。

しかしこれまでは、それを全体最適の視点からつくろうとしていました。電力系統側で供給をコントロールしながら、バランスをとっていくという考え方です。しかし、それではどうしてもコストがかかり、設備などの無駄も発生してしまいます。もしユーザーのレイヤーで、電気が余っている人と足りていない人を自動的にマッチングさせる仕組みがあれば、そのような問題を解決することができます。

古賀
いわゆる分散制御ですね。
田中
そうです。私たちは、大手自動車メーカーと一緒にその実証実験を行いました。メーカーの社員の皆さんに協力していただき、それぞれが乗っているEVの充放電をAIで制御して、車が停まっているときにほかの車に電気を提供するという仕組みをつくる実験です。社員の皆さんには自由に車を運転してもらいながら、自動的にエネルギー需給のマッチングが実現する仕組みをつくりました。これによって、再生可能エネルギーも活用し、電気代も大幅に下げられることが実証できました。
古賀
とても興味深い実験ですね。物流の場合は倉庫というバッファーがあるので、生産と販売の量的、時間的な差をとりあえずは吸収できますが、エネルギーの需給は「同時同量」が大原則です。供給するエネルギー量と利用するエネルギー量が常に同等でなければならないということです。

再生可能エネルギーの普及のハードルはそこにあります。風力発電は、風がやめば稼働しないし、太陽光発電は日照がなければ使えません。田中先生が「再生可能エネルギーは供給が不安定」とおっしゃったとおりです。その問題を解決するには、電力系統側のシステムで供給をコントロールするか、ユーザー側のEVや蓄電池でコントロールするしかありません。先生の研究では、ユーザー側でコントールする分散制御が有効であるということですね。

田中
集中制御と分散制御、その両方が必要であると考えています。20世紀の社会インフラ運用は、集中制御が基本でした。しかし、集中制御の仕組みづくりにはコストがかかるので、末端側のリソースをうまく活用して、エネルギーをコントロールしていこうというのが、私たちが提唱している考え方です。おそらく、集中制御が8割、分散制御が2割くらいのバランスが現実的には最適であると思います。
古賀
分散制御が2割程度というのは、どのような理由によるのでしょうか。
田中
信頼性の観点からです。電力系統側がある程度のバッファーを用意することは、信頼性の面から必要であると考えられます。一方、末端側のバッファーは、個々のユーザーの協力がなければ成り立たないので、信頼性の面でリスクがあります。

ご指摘のように、エネルギー需給は同時同量が原則です。末端側のマッチングでそれを完全に実現しようとするのは現実的ではありません。末端側である程度の量をカバーしながら、細かな調整は系統側で行っていくというのが一つの解になると思います。

脱炭素社会時代に求められるリテラシー

諸岡
EVや蓄電池が一般家庭にさらに普及していくと、末端側に委ねられる割合が増えていきそうです。
田中
普及が進むことに加えて、ユーザー側で需給マッチングに協力してくれる人が増えていかなければなりません。エネルギー活用の経済主体が意思決定主体になる道筋をつくるためには、何らかのインセンティブが必要です。例えば、オフピーク時の電気料金を下げることで積極的に充電してもらい、放電の取引価格を上げることで余った電気をほかのユーザーに提供してもらう。そんな仕組みをつくれば、経済的なインセンティブが働き、需給マッチングが進んでいく可能性が高まるかもしれません。
古賀
以前にくらべて電気代はかなり上がりました。経済的なインセンティブを上手に訴求できれば、ユーザー側の需給マッチングの仕組みを広めていける可能性がありそうです。
諸岡
一方で、価格や補助金のような直接的なインセンティブがないと動かないというのは、まだまだ環境に対する考え方が進んでいないということの裏返しでもあります。心身の健康のためには運動して身体に負担をかける、知識習得のためには時間と労力をかけて勉強するといったように、いまあるこの環境をずっと享受していくためには一定の負担を負うことが当たり前になり、むしろそれを負担だとも思わず自然と受け入れている状態になっていくことを目指したいです。

田中
そういった観点ではやはりヨーロッパが先を行っていると思います。自動車メーカーとの共同実験は、日本よりもヨーロッパのメディアで取り上げられました。私はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)に参加しているのですが、そこでの海外の議論などを聞いていると、気候変動に対するヨーロッパの意識は非常に高いと感じます。気候変動はまさにエネルギー問題に直結するというのが、ヨーロッパの人々の考え方だと感じました。

温暖化が進むと平均気温が上がるだけでなく、地域ごとの気温差が広がっていきます。それはすなわち、必要とされるエネルギーの差となります。その差を埋めていくためにも、余っているところから足りないところにエネルギーを供給していく仕組みが必要です。そういった仕組みをグローバルに整備していくことが今後は求められると思います。

古賀
そのような仕組みを広めていくには、エネルギーを消費するユーザー側のリテラシーも必要になりそうですね。

田中
少なくともエネルギーの売買に関するリテラシーを高め、だれでも日常的にエネルギー取引ができるようになることが重要だと思います。ポイントは、意思決定のハードルを下げることです。例えば「EVや蓄電池の電気が余っている場合は、ほかの人に提供する」という仕組みをデフォルトにして、それを最初に承認したら、あとは自動的にプログラムで売買が行われるといった仕組みがあれば、毎回の意思決定の負荷が減ることになります。もちろん、それは各ユーザーの自由意思での選択となりますが、経済合理性があれば、多くの人は承認してくれると思います。ほかにも、住居新築の際に再生エネルギー活用や蓄電池の設置をデフォルトにするといった施策もありうると思います。すでに太陽光発電に関しては、そのような方向に進んでいます。
諸岡
生活者発想の博報堂としては、経済合理性はもちろんのこと、こっちを選んだほうが楽しいから・かっこいいから・気分がいいから、というポジティブな側面を合わせて用意できるよう、クリエイティビティを発揮したいところです。
田中
それを実現するためにも、博報堂のような高い情報発信力をもつ方々の役割はたいへん重要だと思います。そういった情報を広めていくためのアイデアをぜひお借りしたいですね。
負担を負担とも思わないような世の中の基本通念づくりも、博報堂のみなさんの得意分野だと思っています。
諸岡
インセンティブもうまく設計しつつ、生活者に自然と選択してもらうことが、そのまま社会課題の解決につながるというのは、素晴らしい仕組みだと思います。そのような仕組みづくりをぜひ目指していきたいです。

(後編に続く)

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  • 田中 謙司氏
    田中 謙司氏
    東京大学 大学院工学系研究科
    技術経営戦略学専攻 レジリエンス工学研究センター
    教授

  • 博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
    一般社団法人WE AT 事務局長
    1983年生まれ。東大計数工学科・大学院にて機械学習やXR、IoT、音声画像解析などを中心に数理・物理・情報工学を専攻し、ITエンジニアを経て博報堂入社。データ分析やシステム開発、事業開発の経験を積み、2019年「ミライの事業室」発足時より現職。技術・ビジネス双方の知見を活かした橋渡し役として、アカデミアやディープテック系スタートアップとの協業を通じた新規事業アセットの獲得に取り組む。東京大学大学院修士課程修了(情報理工学)。WE AT法人発足とともに事務局長として全般を推進。
  • 博報堂プラニングハウス 代表取締役社長
    エグゼクティブプラニングディレクター
    1997年博報堂入社。マーケティング局、博報堂ブランドコンサルティングを経て、2014年に同社100%出資子会社の戦略プラニング専門組織である Hakuhodo Planning House に参画。2023年4月に代表取締役社長に就任。エグゼクティブプラニングディレクター。クライアントビジネスの本質的な課題を明らかにし、課題設定から、アイデア開発、戦略構築、エクセキューションに至るまでを統合的にプラニング。ブランディング・事業開発・新商品開発・プロモーション企画など、幅広い領域の経験値を持つ。

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