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生活者の創造性を引き出す、なめらかなシステムとHuman-Centered AI
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生活者の創造性を引き出す、なめらかなシステムとHuman-Centered AI

博報堂D Y ホールディングスは2024年4月、AI(人工知能)に関する先端研究機関「Human-Centered AI Institute」(HCAI Institute)を立ち上げた。

HCAI Institute は、生活者と社会を支える基盤となる「人間中心のAI」の実現をビジョンとし、AI に関する先端技術研究に加え、国内外のAI 専門家や研究者、テクノロジー企業やAI スタートアップなどと連携しながら、博報堂D Y グループにおけるAI 活用の推進役も担う。

本格的なスタートを切ったHCAI Institute を管掌する、博報堂DYホールディングスのCAIO(Chief AI Officer)である森正弥が、AI 業界をリードするトップ人材と語り合うシリーズ対談を「Human-Centered AI Insights」と題してお届けする。

第3回は、GMOペパボ株式会社 取締役 CTOの栗林健太郎氏を迎え、HCAI Institute 室長補佐、主席研究員の米岡と共に、「なめらかなシステム」と生活者の関係性についてや、AIとクリエイティビティのこれからについて議論した。

栗林 健太郎氏
GMOペパボ株式会社 取締役 CTO
大学卒業後、奄美市役所に入職。ソフトウェアエンジニアに転じ、「はてな」を経て2012年にpaperboy&co.(現GMOペパボ)に入社。Webアプリケーション開発者、マネジャー、執行役員を経て、17年に取締役CTOに。北陸先端科学技術大学院大学博士後期課程在学中。エンジニア界隈では「あんちぽ」の愛称で知られている。

個人の表現欲を解き放つ技術の追求

栗林さんは、これまでどのようなキャリアを歩まれていたのでしょうか?
栗林
現在は、エンジニアリングや研究開発にフォーカスしていますが、ずっと技術一筋でやってきたわけではありません。法学部を卒業し、地元の市役所に入りました。2000年代初めにWeb2.0の話が出てきた頃にプログラミングを始めたところ、面白くなったことがきっかけで、こちらの世界に来ました。2008年にソフトウェアエンジニアに転身して株式会社はてなで働き、GMOペパボに移ってからもエンジニアとしてバリバリとコードを書いていました。マネジメントの仕事もするようになり、今は取締役CTOとペパボ研究所所長を務めています。
私も2006年にインターネット業界に飛び込んだのですが、栗林さんもインターネットテクノロジーにポテンシャルを感じたことがキャリアの転換点だったのでしょうか。

栗林
おっしゃる通りです。私は文章が好きで、中学生の頃からずっと紙に日記を書いていました。表現に対する欲求は持っていたものの、当時は出すところがありません。Webの技術を知り、これなら楽に文章を書けるし、みんなに読んでもらえる。ホームページなどアウトプットする場を持つことで、個人の表現をネットで広げられるようになったことがきっかけでWebの世界に興味を持つようになりました。
米岡
GMOペパボで取り組んでいることを教えてください。
栗林
まず、前提となる認識からお話しします。ネットに対する世の中の見方は時代とともに変遷してきました。かつて梅田望夫さんが『ウェブ進化論』で書かれたような楽観論から、今はソーシャルメディアのフィルターバブルなどマイナス面が指摘されることも増えてきました。しかし私はこの状況を悲観的にみていません。技術が未完であるために生じているに過ぎず、技術を適切に使っていけばネットや世の中はもっと良くなっていくと考えています。

私たちはさまざまなコンシューマー向けのサービスを提供してきました。基本的にはクリエイターを支援するものです。私自身の経験から、根本にあるのは、自分が作ったものがネットを通じて広がる楽しさです。

GMOペパボが創業した2003年当時、表現の場の中心はホームページでした。しかしホームページを作るにもサーバーを借りるにも何万円もかかりましたし、使い方もよくわからない。サーバーを借りるためのサービスも企業向けで、一般の人には使うイメージがわかないものばかりでした。そこで私たちは、インターネット上でのアウトプットをもっと身近なものにするために、親しみやすく魅力的なサイトデザインにして、数百円から使えるロリポップ!レンタルサーバー(https://lolipop.jp)を生み出しました。

米岡
職業人としてのクリエイターだけではなく、もっと広い意味での表現者ですね。生活者に目を向けている感じがします。
栗林
おっしゃる通りです。私自身が表現の場としてインターネットを活用していたので、そういう方々がたくさんいることを知っています。

当時はホームページで表現されていたものが、今だったら何を使うのかということをよく考えます。最近私たちが注目しているライブ配信もその一つです。表現を広げるための技術を一つずつ作っていくことをGMOペパボで取り組んでいて、ペパボ研究所もその流れの中に位置づけています。

ユーザー視点のなめらかなシステム

米岡
ペパボ研究所が掲げるコンセプト「なめらかなシステム」について教えてください。
栗林
端的にいうと「ユーザーがいちいちあれこれしなくても、ユーザーがやりたいように良い感じにしてくれるシステムがいいよね」ということです。例えばECサイトにおけるレコメンデーションは典型的な応用です。最近では、生成AIによってUI自体をユーザーの行動に合わせて動的に組み立てられるなんてこともできるようになってきました。

“良い感じにしてくれる”と言いましたが、何が良い感じなのかをそもそもユーザー自身も明確には知らないということを前提としています。ユーザーは必ずしも自分のことをわかっているわけではありません。そのことをネガティブに捉えているわけではなくて、システム構築者・サービス提供者・ユーザーの三つ組でインタラクションが進んでいくことで、ユーザーが新たな感性や欲望を発見していく。その部分のお手伝いができるシステムを作りたいと思っています。その見果てぬ夢をなめらかなシステムと呼んでいるわけです。

興味深いです。「なめらかなシステム」という時、それは誰の視点でなめらかであることを目指しているかというのがポイントになると思っています。
栗林
ユーザーから見た、なめらかさを重視しています。「誰視点か」は重要な問いです。私たちはサービス提供者の視点で話をしがちですし、ユーザーにインセンティブを与えて誘導したくなってしまいます。でもそれではいけません。ユーザーが何かを発見して生み出したことが起点になり、情報システムにフィードバックされる。情報システムが賢くなっていくと、サービス提供者にも工夫が生まれる。三つ組になっていることを忘れてはいけません。
ユーザーのアイディアややりたいことが創発されていくダイナミズムがあるから、なめらかさが成立していくわけですね。システムやテクノロジーを固定的に捉えないことが大切になりそうです。

栗林
おっしゃる通り、やり取りから新しいものが生まれます。ユーザーは自分が気づいていなかった欲望を感じるとハッとして、良い体験をしたと思い、結果としてなめらかさを見出すのではないかと考えています。そのためにコミュニケーションをいかに継続していくのかが重要です。完璧なコミュニケーションというものはありません。例えばECの場合、最終的には買ってほしいわけですが、「買ってと言われたから買いました」ということはないわけです。サービスの利用過程において、お互いが信頼できる関係性を構築していく必要があると思っています。
米岡
「なめらかなシステム」という概念と、UI/UXを追求していくこととの違いや共通点についてはどのようにお考えですか?

栗林
一致するものではないですが、重なりはあります。例えば複雑な操作画面があった場合に全部を提示するのではなくて、ユーザーの状況に応じてレコメンドを提示することはUIに関連することですし、“良い感じ”の話はUXに関連します。ユーザー体験を豊かにしていくことは、ネットに限らずサービスの最大の使命です。基本的にはそれに関連するものしかないので、UXを最大限に高めるための一つの手段として、なめらかなシステムがあると言ってもいいのかもしれません。
お話しいただいた流れの中でさらに興味が湧いてきたのですが、なめらかなシステムにおけるキーテクノロジー、あるいはキーコンポーネントには何があるのでしょうか?
栗林
そうですね。基本的には推薦技術がその中心になるのではないかと思います。あるコンテキストと別のコンテキストを組み合わせたときに何がうまいこと残るのか。抽象的にいうと、ある種のマッチング技術です。例えばECでユーザーに何を提示したら喜ぶのか。ある群とある群のマッチングがなめらかなシステムのキーテクノロジーになっているので、レコメンデーション技術には力を入れて研究開発しています。

生活者のクリエイティビティを引き出すHuman-Centered AI

栗林
森さんが管掌されている「人間中心のAIの活用」「人間の創造性の進化・拡張」を目指すHuman-Centered AIにも興味があります。概要を教えてください。
博報堂D Y グループは「生活者発想」を掲げています。消費者という消費するという一面だけではなく、人には働いたり学んだりさまざまな側面があります。私たちは全体を捉えてより理解を深めていきたいという、「生活者発想」を持っています。

また博報堂D Y グループは「生活者、企業、社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、時代をひらく力にする。Aspirations Unleashed」とグローバルパーパスを定めました。

AIに関しても同じで、生活者を中心に置くHuman-Centered AIを謳っています。AIによって生活者を支えるだけではなく、さらに内なる想いを解き放ち、創造性を引き出す助けになりたいという思いもあります。コンテキストとコンテキストとのレコメンデーションの話ともつながっているところが多いと思いながらお聞きしていました。

米岡
このような視点から考えると、AIに対する私たちのアプローチも見直す必要があるのでしょうか?
生成AIがブームになっている中、私たちはAIに対する見方を変えていく必要があると考えています。日本の大手企業の8割以上が自社のデータと生成AIを連携させているとのコンサルティングファームのサーベイがあり、活用は急速に進んでいます。ですが、生成AIへの企業の評価は必ずしも高くはありません。精度が良くないので使えないといった声もありますし、AIによる自動化は進んでいない、人間の仕事を代替するところまでいたっていないという国際機関のレポートもあります。

もしかしたら、AI活用に対する今までの見方が間違っているのかもしれません。例えば業務プロセスをAIで自動化するとコストがどれぐらい下がるのかという発想から始めると、精度が高くないと使えないという話になります。AIは確率・統計がベースなので誤差がありますし、生成AIはコンテキストの中でハルシネーションの問題が発生します。

そのような見方ではなく、人間を中心に置いてAIを人間のやりたいことを広げていくものとして使っていくというデザイン観、システム観にシフトする必要があります。人が何らかの活動をする際の生産性向上や能力の拡張に使っていく。あるいは人とAIがインタラクションすることによって、クリエイティビティを高めていく。さらにいうと、AIがプラットフォームになって、さまざまな人たちのコラボレーションを新たに生み出していく。人間中心のAIという新しい見方にアップデートしていく必要があります。このあたりは意外にも学術的にまだ深まっていない部分です。

なめらかなシステムのお話を聞いていて、Human-Centered AIと共通点が多く、親近感がわいています。

栗林
共感することが私も多いです。同じことを違う言い方で表現しているだけなのかもしれません。そこを踏まえて、生活者・ユーザーとAIの関係性について、私なりの解釈をお話しします。

これまでのAIの話では、便利になるのは良いけれど、人間が隷属的になって仕事を奪われるといった脅威論が見られます。そうではなく、人間を真の意味で主体化するためにAIが必要だと考えています。Human-Centered AIもまさにそういうアプローチだと感じました。

なめらかなシステムは、人間は自分の欲望を必ずしも明確には自覚していないという前提に立っています。人や物、AIによるインタラクションの中で生まれる文脈がガチャンガチャンとぶつかる中で、ポンポンと欲望が見出されていく。それこそが人間の主体化だと思っています。そのように欲望をどんどん生み出していくためにAIが使われるべきです。現実的にいうと、ECにおけるインタラクションはその一つだと思っています。

一方、隷属的なコンテキストの例としてあるのは、AIに仕事を奪われる話もそうですし、同じような動画がレコメンドで出てきてフィルターバブルの状態になってしまうことも一つです。隷属的なAIではなく、「あなたは実はこれもおもしろいと感じますよね」ということを適切に取り入れていくと、新たな主体を見出していける。Human-Centered AIを僕なりに捉えて意訳するとそういう話になります。

人間とAIのインタラクションを生み出す世界モデルとメタバース

栗林
森さんがよく話されている、人間の“想像”にあたる現実世界をシミュレートする技術である「世界モデル」とクリエイティビティの関係性についても聞いてみたいです。
人間中心のAIの研究でも世界モデルの話が重要になってきます。世界モデルはロボティクスの研究から出てきたもので、基本的にはAIの性能を上げる研究だと認識されています。ロボットが金属片の入っている重いペットボトルを取る場面を例にすると、水の入っているペットボトルしか学習したことがないロボットは力の入れ方がわからないので持ち上げられないかもしれません。しかし世界モデルを適用した場合、例えば色の違いから中身が金属片であると想像し、重さを想定して持つことができます。世界モデルでは、得た情報から想像ができて、さらにその想像をもとにして次のことまで予測していくというアプローチになります。少ない情報から世界を構築して、自分の中でシミュレートしてアクションできる。

今の生成AIはプロフェッショナルなクリエイターの創造性を引き出すところには至っていません。それはいろいろな可能性を踏まえてさらにその先を考えていくという機能がないために、プロフェッショナルな人のサポートができていないのです。クリエイターやデザイナーの生成AIに関する低い評価を見ると、「プロンプトを入力してアウトプットがぽんと出てくるだけでは、自分の創造性もAIの創造性も感じられない」という声があります。

そこから、インタラクションによってお互いの創造性を向上できるAIを作れないかという話になります。そのためにはAIも創造性を持たないといけません。世界モデルはAIをブレイクスルーさせる次の技術だと言われています。自動運転の車が正しく走る、ロボットが物を確実に持つといったことに留まらない、人間とのインタラクションを通じてAIが相棒になっていくために必要な技術だと捉えています。

栗林
世界モデルがAIに欠けているために、クリエイターが満足できないということはあると思います。一方で、AIを使う側が成果物を求めてしまうところもあります。森さんがおっしゃった通り、成果物よりもインタラクションによって発見していくことの方が大事です。今は、クリエイターが思ってもみなかったような考えを発見するプロセスにAIを使う時期だと考えています。インタラクションをする際に世界モデルがなければ、人間が聞いたことに適当に返してくるだけのAIになってしまいます。

世界モデルはこの世界に対する認知や思考のスキーマのようなものですよね。そうなると、まずAIを素直に実装できる場所としてメタバースが挙げられます。メタバースでは、世界モデルの基礎となる物理モデルから実装しなければいけませんが、逆にいうと、それを実装・制御できるメタバースでこそ、まずはAIの活用が進んでいくのではないかと考えています。

現実世界の空間では目の前のペットボトルを動かすためにもIoT機器を入れるなど膨大なお金がかかりますが、メタバースなら一発でポンッと動かせるものを作れるわけです。メタバースの中でAIの活用をどんどん進めていきたいと思っています。

米岡
サービスにも実装されているのでしょうか。
栗林
クリエイターの表現の場がホームページや配信など技術によって変わっていく中で、メタバースやVRも重要視しています。オリジナルグッズの作成・販売ができるSUZURI(スズリ)(https://suzuri.jp)はTシャツなど物理グッズから始まって、今はデジタルグッズにまで広がっています(※)。メタバースでの衣装になるわけです。私が今着ているTシャツもSUZURIで作ったものですが、メタバースなら柄もいくらでも変えられます。

SUZURIでは物理からデジタルだった流れが、逆にメタバースで作ったものが物理(リアル)になるような動きも進めていきたいです。今のメタバースはビジュアルと音が中心の世界なので、現実世界よりもファッションの重要性が高いです。またクリエイターが自分たちの作品をメタバースでも展開できる場も提案しています。
(※)画像1枚でTシャツの3Dモデルが作成・販売可能に!「SUZURI byGMOペパボ」、新機能『3Dグッズ作成ツール』提供開始 ~オリジナルアバターの無料公開でメタバースで活動するクリエイターを後押し~
https://pepabo.com/news/press/202407111700/

世界モデルとメタバースは相性が良いので、まさに新世界を創っていくというテーマにつながっていくと考えています。私たちもバーチャル生活者が暮らすメタバースのような世界の研究を進めています。メタバースの中で次世代のAIの研究ができるかもしれませんし、生活者の新しい可能性を開くサービスも考えられるかもしれません。

栗林
メタバースにも生活者がいます。リアルとネットでの生活者の行動分析は進んでいますが、メタバースの中で生活者である人々がどのような行動をしていくのかはこれからの領域です。世界モデルもどんどん更新されていく中で、私たちは直接実装できる場所としてメタバースに注目しています。
米岡
GMOペパボの皆さまとHCAI Instituteはまさに同じ山を登っている感じがしました。登り方はいろいろとあって良いと思っています。一人で登っているとつらいので、一緒に声を掛け合いながら目標に到達したいです。
目指しているところが一緒なので、コラボレーションできる可能性を大いに感じました。「なめらかなシステム」のお話を今後もお伺いさせてください。本日はありがとうございました。
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  • 栗林 健太郎氏
    栗林 健太郎氏
    GMOペパボ株式会社 取締役 CTO
    大学卒業後、奄美市役所に入職。ソフトウェアエンジニアに転じ、「はてな」を経て2012年にpaperboy&co.(現GMOペパボ)に入社。Webアプリケーション開発者、マネジャー、執行役員を経て、17年に取締役CTOに。北陸先端科学技術大学院大学博士後期課程在学中。エンジニア界隈では「あんちぽ」の愛称で知られている。
  • 博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
    Human-Centered AI Institute代表
    外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。
  • 博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター室長補佐
    Human-Centered AI Institute室長補佐
    1996年博報堂入社。営業職として官庁、食品、航空、自動車メーカなど幅広いクライアント業務に従事した後、2011年より、研究開発職として購買データの分析や各種マーケティングデータを起点にしたソリューション開発に従事。今年度より、 Human-Centered AI Instituteにて生成AIを活用した事業アップデートにも取り組む。