おすすめ検索キーワード
ゲームAIから考える、AIと人間の最適な関係性とは?
TECHNOLOGY

ゲームAIから考える、AIと人間の最適な関係性とは?

AI 業界をリードするトップ人材と語り合うシリーズ対談「Human-Centered AI Insights」の第2回は、ゲーム業界におけるAI開発の第一人者であり、AIの本質を探究し、幅広くその技術を社会へ広める活動を積極的に展開されているスクウェア・エニックスの三宅陽一郎氏をゲストに迎え、博報堂DYグループの統合マーケティングプラットフォームの開発をリードする木下陽介とグループCAIOの森正弥が鼎談を行った。

三宅 陽一郎氏
株式会社スクウェア・エニックス
イノベーション技術開発ディビジョン リードAIリサーチャー
京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程を経て博士(工学、東京大学)。2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。著書に『人工知能の作り方』『ゲームAI技術入門』『戦略ゲームAI解体新書』、共著に『FINAL FANTASY XVの人工知能』『ゲーム情報学概論』など多数。『大規模デジタルゲームにおける人工知能の一般的体系と実装 -FINAL FANTASY XVの実例を基に-』にて2020年度人工知能学会論文賞を受賞。

AIとゲーム開発 40年の進化

――まずは、三宅さんのキャリアと現在の取り組みについてお聞かせください。

三宅
私は現在、スクウェア・エニックスにおいて、デジタルゲームにおける人工知能の研究開発に携わっています。

――ゲーム業界におけるAI技術の開発や活用について、より詳しく教えてください。

三宅
ゲームAIの歴史は40年以上にわたりますが、現在では主に3つの重要なAIフレームワークが確立されています。

1. キャラクターAI:これは自律的に意思決定を行うエージェントです。ゲーム内のノンプレイヤーキャラクター(NPC)の行動を制御し、プレイヤーとの自然なインタラクションを可能にします。

2. メタAI:ゲーム全体を統括し、ユーザーの気持ちを読み取りながらゲーム体験を動的に調整します。プレイヤーの習熟度や好みに応じて、難易度や展開を変化させる役割を担っています。

3. 空間AI:ゲーム内の空間特性を把握し、地形や環境の情報を他のAIに提供します。これにより、キャラクターの自然な移動や、環境に応じた適切な行動が可能になります。空間そのものをAIエージェントとする技術を含みます。

これらのAIは単独でも機能しますが、連携することでより高度なゲーム体験を生み出します。例えば、空間AIがゲーム世界の詳細な情報を持ち、キャラクターAIやメタAIに提供することで、より自然で知的な振る舞いが可能になります。

具体的な例を挙げると、1994年に3Dゲームが登場した際、AIの空間認識が大きな課題となりました。2D空間では比較的簡単だった経路探索が、3D空間では非常に複雑になったためです。これを克服するために、空間AI技術が発展し、キャラクターが自在に3D空間を活用した行動を行うようになっています。この技術の基本的な部分は、現在では一般的なゲームエンジンに組み込まれるまでになっています。

現実世界やマーケティングへのAI技術の応用

――その技術が現実世界でも応用されているそうですね。

三宅
はい、現在はこれらのゲームAI技術を現実空間に拡張する取り組みを行われています。特に注目されているのが「スマートスペース」の概念です。「空間AI」とも呼ばれています。これは、建物全体や都市の一部をインテリジェントな空間として捉えるアプローチで主に建築分野とコンピュータサイエンスの融合点として研究されています。「空間コンピューティング」という総称で国内外で盛んに研究されている分野でもあります。

スマートスペースでは、空間AI技術を用いて環境そのものがインテリジェンス化されます。例えば、部屋やビル全体が空間の特性や状況を把握し、その情報をロボットやAIエージェントに提供することで、それらの知性を底上げします。

特に重要なのが「空間のインテリジェンス」(空間の知的情報)という概念です。AIは現実空間の認識が苦手ですが、空間AI技術を使えば、環境自体が情報を持ち、AIに提供することができます。これにより、AIの空間認識能力が大幅に向上し、人間との協調もスムーズになります。基本的にAIは環境認識が苦手ですので、空間のインテリジェンスによって、それなりのAIでも空間や物を巧みに使うことができるようになる仕組みです。

例えば、ロボットが群衆の中を歩く場合、従来のAIでは困難でしたが、空間AIが全体を把握し、適切な経路や振る舞いを指示することで、スムーズな移動が可能になります。また、空間AIはオブジェクトにも組み込むことができ、例えばドアがロボットに開け方を指示するといったことも可能になります。人間では一人称視点で観ながらも俯瞰的に空間を想像する能力がありますが、AIはありませんので、これを補完する技術です。

そう考えると、AIの適用範囲が大きく広がりますね。従来のAIも画像認識や予測・最適化といった個別の課題を解決するユースケースは多くありましたが、より総合的な問題にアプローチするには決め手を欠いていました。LLMはそれに対する一つの回答ではありますが、リアルタイム処理には向かず、まだ適用領域は限定的かと思います。ですが、ゲームAIの知見を活かすことで、実世界でのリアルタイムな課題解決にも応用できるわけですね。
三宅
その通りです。さらに、メタバースという概念が出てきたことで、現実空間とデジタル空間の融合が進んでいます。例えば、現実空間のデジタルツインを作成し、そこでAIがシミュレーションを行い、その結果を基に現実で行動するといったことが可能になっています。デジタルツイン・メタバースはいわばAIの空間想像力を行う空間です。

これは「世界モデル」と呼ばれる概念にも繋がります。AIが現実世界を正確に理解し、その中で行動するためには、世界のモデルを持つ必要があります。ゲームでは仮想空間がそのまま世界モデルとなりますが、現実世界では、デジタルツインがその役割を果たすことができます。

このようにゲームAI技術は実空間への応用が加速しており、実空間で鍛えられた技術がまたゲームAIへフィードバックされるという循環の中にあります。AI技術は実空間とシミュレーション空間の双方を通して鍛えられて行きます。

――木下さん、マーケティングの観点からこの技術をどう評価されますか?

木下
非常に興味深い発想だと思います。私たちも生活者に関わるデータを活用したマーケティングを行っていますが、三宅さんのお話を聞いて、空間レベルでの体験提供の可能性を感じました。デジタルとフィジカルが融合する中で、AIがそこに組み込まれることで、生活者がいる場所やモーメントに合わせてより最適な情報体験が提供できるようになるでしょう。

例えば、現在の広告は屋外のビルボードや壁にはるポスター、サイネージなど固定されたものが多いですが、空間AIを活用することで、例えばショッピングのために街を歩いている生活者が広告を見せても嫌がられないタイミングを理解し、歩いててびっくりせずに目に入る場所に最適なタイミングで情報を提供する世界が来るかもしれません。また、ARなどの技術と組み合わせることで、物理的には何もない空間に、有名なキャラクターコンテンツが出現し、大勢の人々を集めるイベントスペースに変わることも可能になるでしょう。

具体的な例を挙げると、スタジアムのコンコースなど、従来あまり活用されていなかったスペースを、空間AIとARを組み合わせることで、新たな体験の場として再定義することができます。これは、マーケティングや広告の世界に大きな変革をもたらす可能性があります。

ユーザー体験を最適化するAI

――生活者の行動に合わせてAIサービスが進化していくというお話しですが、人間中心のAI(HCAI)という概念について、森さんからご説明いただけますか?

HCAIとは、AIを人間の能力を拡張させるパートナーとして捉え、活用する考え方です。従来のテクノロジーは業務プロセスの自動化に主眼を置いており、AIもそのような見方での活用が試みられていました。自動化ありきだったわけです。一方、HCAIというコンセプトにおいては人間の創造性を引き出し、人間同士のコラボレーションを加速させることを目指しています。

具体的には、AIを従来のテクノロジーの考え方を踏襲した単なる効率化や自動化のツールとして用いるのではなく、人間の思考や創造プロセスを支援し、拡張する存在として捉えます。例えば、アイデアの発想を助けたり、複雑な情報を視覚化して理解を促進したり、人間同士のコミュニケーションを円滑にしたりする役割を担います。

三宅さんがお話しされたゲームAIの例は、まさにHCAIの良い実践例だと思います。ゲームは本質的にユーザー中心であり、AIはプレイヤーの体験を向上させるために存在しています。この考え方を社会全体に広げていくことが重要だと考えています。

三宅
そうですね。ゲーム産業では、ユーザーの心理状態を常に把握し、それに応じてゲーム体験を調整することが目指されています。例えば、プレイヤーの行動パターンや操作の特徴から心理状態を推測し、適切なタイミングで難易度を調整したり、新しい要素を導入したりします。

たとえば、プレイヤーの操作データや進行状況をリアルタイムに分析し、「エンゲージメント」と呼ばれる指標を算出します。この指標は、プレイヤーが時間あたりどれぐらい敵と遭遇しているかを反映する指標です。この指標が低下したら、新たな敵を出現させたり、ヒントを提示したりして、プレイヤーの興味を引き戻します。逆に、指標が高すぎる場合は、少し難易度を上げて適度な挑戦を提供します。

さらに、生成AIの登場により、メタAIと生成AIを結びつけることで、ユーザーごとに少しずつ異なる体験を提供することも可能になってきました。例えば、同じダンジョンでも、メタAIによってプレイヤーの好みや習熟度を測定し、それに応じた敵の配置や宝箱の内容を生成AIによって変化させることができます。これにより、プレイヤー同士の体験に差異が生まれ、差異がユーザー間のコミュニケーションを促進し、ゲーム体験を豊かにしていきます。

木下
非常に示唆に富む話だと思います。現在の広告は、ターゲティングまではできていますが、個々のユーザーの体験や感情までは十分に考慮できていません。ゲームAIのように、ユーザーの状態に応じて最適なタイミングと方法で情報を提供する、その上でユーザー参加型のコンテンツを展開するといった方向性は、今後の新たな広告・マーケティングのビジネスの可能性を感じます。

街中の広告ディスプレイが、通行人の動きや表情を読み取り、最も効果的なタイミングで最適な情報を表示する。あるいは、ユーザーの興味に応じて、広告自体が進化し、対話的な体験を提供するといったことが可能になるかもしれません。

そうですね。単に情報を投げかけるのではなく、ユーザーが参加し、共に作り上げていくような広告の形は、これからの時代に求められると思います。ただし、その際にはコンテンツのバランスや適切な制御が重要になってくるでしょう。

プライバシーの問題も考慮する必要があります。個人情報の取り扱いには十分な注意を払い、ユーザーの同意を得ながら、透明性の高い形で技術を活用していくことが求められます。

三宅
その点、ゲーム産業の知見が役立つかもしれません。ゲームでは、プレイヤーの自由度を確保しつつ、全体のバランスを保つためにメタAIが働いています。同様の考え方を広告やマーケティングに応用することで、ユーザー参加型でありながら、ブランドの意図も反映された最適な体験を提供できるのではないでしょうか。

また、ゲーム産業では、ユーザーの行動データを活用する際の倫理的な配慮についても長年の議論があります。これらの知見は、広告業界でのAI活用においても参考になるでしょう。

AIとユーザーインターフェースの進化

――AIとユーザーインターフェースの関係についてはどのようにお考えですか?

三宅
AIの発展に伴い、ユーザーインターフェース(UI)のあり方も大きく変わっていくと考えています。特に重要なのは、AIと人間の自然なインタラクションを可能にするUIの設計です。

ゲーム産業では、幅広い年齢層のユーザーが直感的に操作できるUIの開発が長年取り組まれてきました。この経験は、AIのUIにも応用できると考えられます。例えば、音声認識や自然言語処理を活用したより自然な対話型インターフェース、あるいはジェスチャー認識を用いた直感的な操作などが考えられます。

また、ARやVR技術の発展により、空間そのものをインターフェースとして活用する可能性も広がっています。例えば、現実空間に仮想的な情報を重ねて表示し、直感的な操作を可能にするといったことが考えられます。

木下
マーケティングの観点からも、UIの進化は非常に重要です。例えば、店舗内での買い物体験を考えてみましょう。ARグラスを着用することで、自分が信頼している親しい友人やフォローしているインスタグラマーの商品に関する詳細情報や口コミ情報を実際の商品を見ながらリアルタイムポップアップして見れるようになると、店頭でのマーケティングのあり方が変わっていくかもしれません。
このようなインターフェースが人間の認知や判断を支援し、より豊かな体験を提供することにつながってくるわけですね。単に情報を表示するだけでなく、ユーザーの文脈や状況を理解し、本当に必要な情報を適切なタイミングで提供することが求められると思いました。

AIと人間の最適な関係性

――AIと人間の関係性について、文化的な観点からはどのようにお考えですか?

三宅
日本と海外では、AIやロボットに対する見方が大きく異なります。日本では、AIを仲間や家族の一員として捉える傾向がありますが、海外では道具や従属的な存在として見られることが多いです。

例えば、日本のSF作品では、ロボットが人間と共に成長し、感情を持つ存在として描かれることが多いですね。一方、海外の作品では、AIが人類に反旗を翻すといったシナリオも珍しくありません。

この文化的な違いは、今後のAI開発やその社会実装に大きな影響を与えるでしょう。日本型のアプローチでは、AIとの共生や協調が重視される一方で、海外では AIの制御や管理に重点が置かれる傾向があります。

木下
確かに、文化によってAIの受け止め方は大きく異なりますね。AIを活用した広告やサービスを展開する際、日本では親しみやすさや協調性を包含し、「コミュニケーションとして気が利いているなぁ」と生活者が感じられるアプローチのほうがよりAIの機能をもった広告・サービスとして受け入れられるかもしれません。一方、昨年の米国のカンファレンスでは AIを活用した広告に関して、事前に学習したデータに人種的バイアスの偏りがないか、学習したデータに関する透明性を担保した上で、AIが生成した広告を最終的には人が判断して活用すべきという論調だそうで、AIの制御や管理の意識が高そうです。
確かに、こうした文化的な違いも考慮すべきですね。日本型のアプローチを活かしつつ、グローバルな視点も取り入れながら、人間とAIの最適な関係性を模索していく必要があると思います。

AIの未来。創造性と多様性

――最後に、AIの未来についてのビジョンをお聞かせください。

三宅
私は、AIの未来は創造性と多様性にあると考えています。現在のAIは、既存のデータから学習し、パターンを見出すことに長けていますが、真の意味での創造性はまだ限られています。

しかし、ゲームAIの発展が示すように、AIは徐々に創造的な領域にも踏み込んでいます。例えば、プレイヤーの好みに合わせてユニークなゲーム体験を生成するAIなど、既に実用化されている例もあります。

将来的には、AIが人間の創造性を刺激し、新たなアイデアや表現を生み出す触媒となる可能性があります。また、多様なAIが互いに協調し、複雑な問題解決にあたるといったシナリオも考えられます。

木下
AIによる創造性の拡張は大きな可能性を秘めています。例えば、生成AIを用いたコンセプトワークの支援やマーケティングのプラニングの支援をするプロダクトなどが考えられます。生成AIとプランナーが対話しながらターゲットのインサイトワークやクリエイティブワークを共創していくアプローチなど、暗黙知化していたプラニングプロセスを若手や新人が学びながら、生成AIの力を借りて、数百通りのターゲットのインサイトを提示してもらい、短時間では気づくことができなかった視点や問いを得られることで、より多様なクリエイティブアイデアを出すことができそうです。生成AIが出したアイデアを使うのではなく、生成AIが出したアイデアをきっかけに人間がそのアイデアをブラッシュアップし、社会や生活者にとって親和性のあるものを提供していく。今後のプラニングに関する研修やスキル伝承の視点でもこのアプローチは有効だと感じております。
そのようなAIと人間の創造性の共鳴と共進化ともよべるようなシナジーは、従来のテクノロジー観を覆し、新たな道を切り開くと思ってます。AIが創造的に新たなものを提示するのですが、人間はそれをただ受け入れるのではなく、さらにその先をいく世界を思いついて、より前へと進んでいく。AIと人間のインタラクションによって、社会全体の創造性が飛躍的に向上する可能性があります。
三宅
そうですね。最終的には、AIは人間の能力を拡張し、私たちの想像力の限界を押し広げるツールになると信じています。ただし、そのためには技術開発だけでなく、倫理的な議論や社会システムの整備も同時に進めていく必要がありますね。
ゲームAIの話からAIの創造性の拡張の話まで、非常に参考になるところが多く、大変刺激を受けました。
ありがとうございました。
sending

この記事はいかがでしたか?

送信
  • 三宅 陽一郎氏
    三宅 陽一郎氏
    株式会社スクウェア・エニックス
    イノベーション技術開発ディビジョン リードAIリサーチャー
    京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程を経て博士(工学、東京大学)。2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。著書に『人工知能の作り方』『ゲームAI技術入門』『戦略ゲームAI解体新書』、共著に『FINAL FANTASY XVの人工知能』『ゲーム情報学概論』など多数。『大規模デジタルゲームにおける人工知能の一般的体系と実装 -FINAL FANTASY XVの実例を基に-』にて2020年度人工知能学会論文賞を受賞。
  • 博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
    Human-Centered AI Institute代表
    外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。
  • 博報堂DYホールディングス 統合マーケティングプラットフォーム推進室長
    AIテクノロジーグループ GM
    テクノロジスト
    2002年博報堂入社以来、複数業種のコミュニケーション戦略、ブランド戦略、ダイレクトビジネス戦略の立案や新規事業開発に携わる。2010年よりデータ・デジタルマーケティングに関わるサービスソリューション開発に携わり、マーケティングソリューション開発、得意先導入PDCA業務を担当。2016年よりAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発を複数推進、テクノロジーベンチャープレイヤーとのアライアンスも推進。2023年4月より現職。