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対談〈AI PARTNERS〉第1回──総合広告会社がAIに果たす役割はなにか
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対談〈AI PARTNERS〉第1回──総合広告会社がAIに果たす役割はなにか

博報堂DYグループにおけるAIの取り組みが加速しています。この4月には、グループにおけるAI研究の拠点である「Human-Centered AI Institute」が設立され、6月には、AIを始めとする最新テクノロジーを基盤とした新しい統合マーケティングプラットフォーム「CREATIVITY ENGINE BLOOM」の開発が発表されました。このような「AIドリブン」な動きが意味するものとは──。Human-Centered AI Instituteの代表である森正弥が、博報堂DYグループがAIに取り組む意義、また企業のパートナーとして提供できる価値について対話を通じて掘り下げていく連載〈AI PARTNERS〉。その第1回は、博報堂DYグループのテクノロジー領域の責任者である安藤元博を招いて、広告マーケティング会社がAIに果たすべき役割や、AIが人間と社会にもたらすものなどについて語り合いました。

安藤 元博
博報堂DYホールディングス 取締役常務執行役員/CTO

森 正弥
博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
Human-Centered AI Institute代表

広告マーケティングビジネスにおけるテクノロジーの意味

安藤さんは現在、博報堂DYグループのテクノロジー領域のトップを務めていますが、もともとはマーケターだったそうですね。
安藤
スタートはマーケティングプラニングの部署でしたね。その後、コピーライティングやCMプラニングなど、クリエイティブの仕事も手掛けるようになりました。マーケティングからクリエイティブに移るキャリアは、当時としては比較的珍しかったと思います。

背景にあったのは、ブランディングという考え方が重視されるようになったことでした。ブランディングに注目が集まったのは、私が博報堂に入社してから数年後の1990年代の半ばです。ブランディングには、マーケティング戦略とクリエイティブをトータルに捉える視点が必要になります。ブランディングに本格的に取り組むならば、その両方の領域に精通している必要がある。そう考えて、クリエイティブのノウハウも身につけようと思ったわけです。

その後2000年代に入って、広告マーケティングビジネスにおいてもデジタル活用が本格化しました。
安藤
その段階で、「マーケティング」、「クリエイティブ」に加えて、3つの目の領域である「メディア」を連携させる道筋が見えてきました。デジタル化とは、ある意味では、さまざまなデータを統合的にビジネスに活用できるようになるということです。データによってマーケティング戦略、クリエイティブ、メディアをつないで、ブランディングをトータルにマネジメントしていくことが可能になったのが、2000年代に入ってからの大きな変化でした。そこで、個人的にもデジテル領域、ついでメディア領域を担務してきたのです。
博報堂DYグループが「生活者データ・ドリブンマーケティング」という方向性を明確に打ち出すようになったのはいつ頃からなのですか。

安藤
2010年代半ばからですね。生活者データを中心にしてビジネスを構築していくだけでなく、それを実現するためのテクノロジー開発に自ら取り組んでいくこと。それが生活者データ・ドリブンマーケティングの方針の1つでした。その方針の延長で、2023年に私がグループのテクノロジー統括であるCTOという役職に就くことになりました。

一般に企業のCTOは、開発やエンジニアリングを牽引する役職であり、事業推進を「専門」的な視点から担当するポジションです。それに対して博報堂DYグループのCTOは、これからの広告マーケティングビジネスに必須なテクノロジーを定義し、その開発をいわば「総合」的な視点に基づいて牽引するために設けられたポジションと言えます。

まず大きなビジネス戦略があって、その戦略を展開していくためにテクノロジー領域を担当する新しいポジションが必要だったということですね。
安藤
そういうことです。この1、2年の間で、そのテクノロジーの領域においてAI技術の存在感が非常に大きくなりました。それが、森さんが代表を務める「Human-Centered AI Institute」という新しい組織が設立された理由です。
生活者がPCやスマートフォンなどのデジタルデバイスを活用するようになり、デジタルメディアも多様化する中で、膨大なデータの収集が可能になりました。データとは、過去ないしは現在の記録です。しかし、その記録の集積によって未来の予測が可能になります。そこで力を発揮するのがAIであり、したがって生活者データ・ドリブンマーケティングにはAI活用が必須である──。私はそう理解しています。
安藤
おっしゃるとおりです。AI、あるいはその他のさまざまな先端テクロノジーの活用は、総合広告会社にとって必須の取り組みになっています。すでにあるものを活用するだけではなく、自ら新しいツールやソリューションを開発することも求められるようになっています。その意味では、博報堂DYグループは一種のテクノロジー企業群にならなければならない。そう私は考えています。博報堂DYグループがテクノロジーに積極的に取り組んでいるという認識は、世の中にはまだほとんど広まっていないと思います。AIを始めとするテクノロジーの開発を進め、博報堂DYグループをテクロノジードリブンな企業群にしていくこと。そして、その力を世の中に役立てていくこと。それが私や森さんの大きなミッションです。

広告ビジネスの「サービス化」の先にあるもの

博報堂DYグループ独自のモデルであるAaaS(Advertising as a Service)もまた、広告マーケティングビジネスのデジタル化という文脈に明確に位置づけられますね。
安藤
今日のブランディングに必要なのは、マーケティング戦略とクリエイティブとメディアをデータによってつないでいくことであるという話をしました。先行したのは戦略とクリエイティブの連携で、その次の段階としてメディアをデータによって連携していく必要がありました。近年ウェブやSNSなどのデジタルメディアが伸長していますが、マスメディアも依然大きな力を持っています。マスの領域も含めたメディアとのデータ連携を加速させていくことがAaaSの大きな狙いでした。

重要なのは、データ連携によって広告ビジネスをいわば「サービス化」していくことです。ソフトウェアの世界では、この10年ほどの間にサービス化が大きく進みました。パッケージソフトを売るのではなく、サービスとしてソフトを提供するSaaS(Software as a Service)。自動車を売るのではなく移動というサービスを提供するMaaS(Mobility as a Service)という概念も広まりました。そういったモデルが広く社会に定着してきています。

ひるがえって総合広告会社はどうか。もともと広告業はサービス業であると考えられてきました。しかし、広告マーケティングのビジネスモデルの大きな柱は、メディアの「枠」の販売であり、総合広告会社はその販売手数料によって主な利益を得てきました。つまり、広告業とはそのような意味でのサービス業ではなかったともいえるわけです。では、広告業を「サービス化」するにはどうすればいいか。枠そのものではなく、それを提供することによる「効果」に対して対価をいただくモデルに変える必要がある──。それがAaaSの大元にあった考え方です。       

製造業などでは、モノ売りからコト売りへの転換が進んでいます。それがすなわち「サービス化」ということです。総合広告会社にとって、モノ売りからコト売りへの転換とは、「枠売り」から「効果売り」への転換である。そういういうことですよね。

サービスの質を上げるには、データを活用して効果を上げなければなりません。それによって広告戦略やオペレーションの「改善」が可能になります。つまり「効果売り」の先には必然的に「改善売り」があるということです。さらに、広告戦略を継続的に改善していくことは、どこかの段階でクライアントの事業戦略自体の改善にもつながっていくはずです。そう考えれば、「改善売り」の先には、広告マーケィング会社がクライアントのビジネスパートナーになっていく道筋が開けていると考えられます。

安藤
そのような方向を目指しています。すでにクライアントとの強固なパートナーシップが実現しているケースは少なくありません。そうした動きをAaaSによってさらに加速させたいですね。

AIと人間の創造性の関係とは

この6月に、新しい統合マーケティングプラットフォーム「CREATIVITY ENGINE BLOOM」の開発に関する発表がありました。「CREATIVITY ENGINE BLOOM」とAaaSとの関係について説明していただけますか。
安藤
AaaSが広告メディアビジネスの次世代モデルであるのに対し、「CREATIVITY ENGINE BLOOM」は、新しい統合マーケティングを支えるモジュール群です。このモジュール群には、博報堂DYグループが開発したさまざまなシステムやソリューションが含まれます。

すでに開発が進んでいるモジュールは、大きく5つに分けられます。すなわち、マーケティング戦略を描くための〈STRATEGY BLOOM〉、それと連携しながらメディア効果を最大化するための〈MEDIA BLOOM〉、クリエイティブ開発を支援する提供する〈CREATIVE BLOOM〉、新しい買い物体験を実現する〈COMMERCE BLOOM〉、生活者との関係を構築する〈ENGAGEMENT BLOOM〉です。

「CREATIVITY ENGINE BLOOM」の中でAIはどのように活用されるのでしょうか。
安藤
「CREATIVITY ENGINE BLOOM」のすべてのモジュールにおいて、AIは極めて重要なテクノロジーであり、すでにいくつかのモジュールでは生成AIの活用が進んでいます。

AIには大きく2つの役割があると私は考えています。1つは人の作業を代替する、あるいは人の作業を効率化するツールとしての役割。そしてもう1つは、人の創造性を高める役割です。多くの場合、この2つはある意味、セットで語られます。AIが人の作業を代替したり効率化したりすることによって、時間の余裕が生まれる。新たに生まれたその時間を使って、人はより創造的な作業をすることができるようになる──。そう一般的に言われています。

その見方が間違っているとは言いませんが、もう一歩踏み込んで考えるべきではないかと私は思っています。一般的に効率性と創造性をめぐるAIの議論の前提となっているのは、AIはたんなる道具であり、人間の創造性はそこから切り離されたものであるという考え方です。私はそうではないと思います。人の創造性は固定されたものではなく、人が使う道具の進化にともなって一緒に進化していくものである。そう私は考えています。

進化したAIがマーケティングやクリエイティブのプロセスを変えていくとすれば、同時に人間のマーケティングやクリエイティブの能力も共進化していくはずだし、そうでなければなりません。私たちがAIを始めとするテクノロジーの開発に注力するのは、その結果としてもたらされる人間の創造力の進化を期待するからです。「CREATIVITY ENGINE BLOOM」という名称には、このモジュール群は実は人間のクリエイティビティを高めるエンジンである、という考え方が含まれています。

その考え方は、「AIは人に取って代わるのか」という問題に対する1つの明確なレスポンスになっているように思います。
安藤
人の創造力が本当に発揮されるのは、いまだ「問い」も「答え」もない領域においてです。すでに「問い」があり、それに対する「答え」がある。そのような領域では、早晩AIが人間に代わって答えを出してくれるようになるでしょう。しかし、人間社会には、これまでなかった問いが必要になる場合があります。それは過去には存在しなかった問いですから、過去にデータの蓄積もなく、誰も答えの導き方自体を知りません。そのような問いを見い出し、それに対する答えを見つけようとする営みの中にこそ、人の創造性はあるのだと私は思います。そのような創造性は、決してAIによって代替されることはないでしょう。

創造力によって新しい価値を生み出す

新たに創設された博報堂DYグループのAI研究所「Human-Centered AI Institute」に私が代表として就いたのはこの4月のことです。この研究所の設立の意図や、そこに込められた想いについてお聞かせいただけますか。

安藤
「Human-Centered AI Institute」が目指しているのは、「人間中心のアプローチ」によるAI研究です。これは、博報堂DYグループのフィロソフィである「生活者発想」をベースにした考え方です。先ほど話したように、AIは人の創造性を刺激し、進化させるテクノロジーです。そのテクノロジーを生活者、そして一人ひとりの生活者によって構成される企業や社会の活動の基盤にしていくことが「Human-Centered AI Institute」の大きな目標です。

AIは今後、人と人、人と企業、企業と企業の関係性を変えていくことになるでしょう。その変化をより豊かなもの、よりポジティブにしていく使命が私たち博報堂DYグループにはあります。その1つの拠点となるのが「Human-Centered AI Institute」である。そう私は考えています。

ありがとうございます。より豊かな、ポジティブな関係性を生み出せるよう、博報堂DYグループとして信頼される人間中心のAIを追求していきたいと思います。最後に、安藤さんの現在の一番の関心ごとをお聞かせいただけますか。
安藤
私は「価値」という概念に徹底的にこだわりたいと思っています。私は会社の仕事の傍で大学院で社会情報学の研究をしてきたのですが、最近ようやく博士論文を書き上げました。タイトルは「価値創造する市場」です。市場においては、供給者も需要者もモノやサービスの価値がわかっていて等価交換が成立する──。それが従来の経済学の考え方でした。それに対して、私はこう考えました。実際には、供給側も需要側も最初から価値がわかっているわけではない。価値は市場の外であらかじめ決められた静的、固定的なものではない。価値とは市場の取り引きの過程で創発的に生成されるものである。そのような意味で、市場とは価値を動的に創造する場である──。「価値創造する市場」という論文の題名には、そんな意味が込められています。

少し広げてみると、このような考え方はあらゆる分野に通用すると私は思っています。私たちのまわりの職業や社会的役割には、決まった流儀やルールがあります。このような仕事についている人は、このような働き方をしなければならない。このような立場にある人は、こう振る舞わなければならない──。社会のありとあらゆるところに、そういう通念があります。

そのような通念や常識やルールのすべてを否定する必要はないとしても、社会のなかでおのおのがその実行にあたって「変えられる部分、新しい見方ができる部分があるんじゃないか」「もっとよくできるんじゃないか」という問いかけはあってしかるべきです。そのような問いを見つけ、その答えを探すことを私は創造性と呼んでいます。人と人とが形作る社会の根幹にはそうした創造性があるし、あるべきだと思っています。

そのような創造性によって何が生まれるか。その試みの先に、新しい価値が生まれ得るのだと思います。問うことによって、そしてその答えを見つけようとすることによって、それまでになかった価値が創出される。その価値によって、社会はよりよい方向に変わっていく。そう私は信じています。広告マーケティングの新しいモデルづくりも、AIへの取り組みも、創造力によって新しい価値を生み出す試みの1つであると言っていいと思います。

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  • 博報堂DYホールディングス 取締役常務執行役員/CTO
    1988年に博報堂に入社し、数々の企業の事業/商品開発、統合コミュニケーション開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループ各社を兼任し、グループのテクノロジー領域を統括している。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。著書に『広告ビジネスは、変われるか? テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』(宣伝会議)などがある。
  • 博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
    Human-Centered AI Institute代表
    1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。

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